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80話 若きマリヌスの悩み


 マーメイドと別れ、それを見送るシウラン達。


 皆が笑顔で見送る中、一人の少年だけは違っていた。

 思春期のマリヌスは溜息をついていた。

 船の甲板から無邪気に泳ぐシウランの姿を見て、今まで感じたことのない感情に悩まされていたのである。

 



 僕は弱い。

 こんなはずじゃなかった。

 物事がつく前から、今日までハンター組合の本部で選ばれた人間として英才教育を受けてきた。

 いや、とても教育なんて言えるものではなかった。

 食事や睡眠まで管理され、ひたすらハンターに必要な技術の全てを叩き込まれた。

 定められた訓練をひたすらこなしてきた。

 たった一人でだ。

 友達と呼べる存在もいた。

 可愛がっていた愛犬であり、親友のマーリーだ。

 毛並みのいいシベリアンハスキーだったな。

 訓練所の卒業儀式で一番辛かったのは、教官の命令でマーリーを魔法で殺せ、命令された時だ。

 訓練課程で人を殺めたこともあったが、マーリーを自分の魔法で手にかけた時ほど辛いものはなかった。

 最後に見せたつぶらな瞳が忘れられない。

 その頃から、人間が大嫌いになった。

 おかげで任務中、躊躇なく人を殺せるようになった。

 特殊な訓練で育ったせいか、僕と組むハンターは皆ベテランのハンターだった。

 話を聞けば、僕の歳で特殺部隊に入れるのは所謂天才と呼ばれる存在らしい。

 そんな事を言われても、育った環境のせいで同世代の人間と話したこともない。 

 任務中、街で見かけたことがあるくらいだ。

 平和で腑抜けたその顔を見た時、僕は心の中に黒いものが渦まいた。

 それは殺意と呼ばれるものなのかもしれない。

 何故そんな気持ちになるかはわからなかった。

 任務では感情を殺して、淡々と実績を積み上げた。

 ブラックリストに乗った人間を消す。

 それを繰り返すだけで、周りの大人達は僕を天才少年と持て囃した。

 どんなに賞賛の言葉を投げかけられても、僕の心は空虚なままだった。

 今回の任務の時も、ああいつも通り殺ればいいのかと達観していた。

 そんな僕の心を奪ったのはあの赤い長髪の少女、シウランだ。

 誤ってガイウスを殺めてしまい、海賊に命を奪われる恐怖の中、彼女はまるで英雄のように、僕の窮地を救ってくれた。

 僕より一つか二つ、歳下なのに、その逞しい強さに驚愕し、純粋に憧れを覚えてしまった。

 あの夜、彼女の腕に抱かれた時、何故か心臓の鼓動が高まった。

 激しい揺れる馬車で嘔吐感に苦しんでる時、僕の肩を叩き、励まされた時は何故か羞恥心を覚えた。

 けど頼もしかった。

 同世代で僕より強い存在は初めてだった。

 嫉妬心なんか湧かなかった。

 羨望と憧憬、そしてよくわからない感情が僕を支配していた。

 今彼女は海の中で気持ち良く泳いでいる。


 なんて美しいんだ!


 気がついたら、無防備な彼女の豊かな胸に視線を奪われてしまう。

 そして邪な感情に頭をぐちゃぐちゃにされてしまう。


 死んでしまえ!!


 僕は自己嫌悪に陥ってしまった。


 よく見たら、エタールやマイヤが彼女に泳ぎ方を手取り足取り教えてもらってやがる!

 アイツら!

 同性だからって気安く話しかけて、彼女の美しい肌に触れるなんて! 


 この感情は知ってる。

 嫉妬だ。

 何故か年上の異性を妬むなんて、僕はおかしいのだろうか。

 そういえばチームリーダーのクロエが午後には彼女達と別れ、帰還するとか言ってたな。

 そうなれば、もう麗しのシウランとも会えなくなるじゃないか。

 今のうちに彼女の純粋で無垢、そして美しい姿を目に焼き付けておかなければ。

 僕が彼女を凝視していると、青髪の暗くて辛気臭そうな少女が、僕に聞こえるような声でシウランに話しかけていた。

「シウラン、あの気味が悪いガキ。あんたの胸ジロジロ見てるわよ。いやらしいわ。視姦しにきたの? あの役立たず……」


 あの青髪!

 なんてこと言うんだ!

 僕は純粋に彼女の姿に心を躍らせていたというのに!


 矮小な僕は言い返すこともできず、後ろ髪に惹かれる想いで、船室の中へと小走りに立ち去った。

 そして深く溜息を吐く。

 この気持ちはなんなのだろうか。

 初めて知る感情だ。

 シウラン、彼女を想う気持ちで胸は締め付けられてしまう。

 今日で別れるのに、なんて言葉をかけたらいいのだろう。

 

 そんなマリヌスが悩みに耽っていると、船に戻ったシウランがマリヌスの顎に膝蹴りを喰らわす。

「無料見してんじゃねー! 痴漢野朗!!」

 激痛と共に、マリヌスは打ちひしがれる。

 そして思い知る。


 なんか気持ちいいぞ……!


 マリヌスは謎の快感を覚えると共に、新たな世界の扉を開いた。


 そうだ。

 全く僕は一個の旅行者、海上の巡礼に過ぎないんだ!


 そしてつい、言葉を発してしまう。

「……もっと殴ってください……」


 シウランは虫ケラを見るような目でマリヌスを馬乗りになって殴り続けた。


 この時、マリヌスは知らなかった。

 その歪んだ発言がシウランとの別れの言葉になることを。


 そして屈折した痛みと伴い、少年は大人へとなっていく。

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