75話 激闘! オークション⑤
裏口の通路、従業員用の狭い廊下にいたエタールとマイヤは自身の両目を疑わずにはいられなかった。
通路の先には花畑が広がっていたのだ。
蒼天の空に日光が差して、鮮やかな色を草花は咲き、花弁が通路に舞う。
何もかもがおかしい。
今は夜更け、場所は城であったオークション会場、しかも五階という高さのところにいるはずなのに、目の前には地上の楽園のような景色が広がっていた。
疾風のマイヤは駆け出していた足を思わず止めてしまう。
並んでいたエタールも同様だ。
しかし後を追っていたガイウスは違った。
間髪入れずに得意の貫通魔法を目の前の景色に叩き込む。
すると、花畑の景色は風穴を空けて、ガラガラと崩れ落ちた。
そしてガイウスは二人に向かって叫ぶ。
「幻覚に惑わされるな! とにかく魔法をぶつけろ!」
エタールとマイヤが身構えるが、手遅れであった。
崩れた花の景色から触手が伸び、瞬く間に二人を拘束した。
ぼやけた人影が姿を現す。
「はじめまして、私は刻の刃の一人、ロイ。私のラビリンスへようこそ。そして死ね」
ガイウスが魔法を繰り出そうと手をかざすと、背後から突然、激痛が走る。
背中から無数の刃が突き刺さったのだ。
鮮血が舞うと共に、攻撃したマリヌスをガイウスは見た。
「何故だ……。マリヌス……」
ガイウスは薄れゆく意識の中で、理解した。
……マリヌスも幻惑を見せられている……。
……私を攻撃したのは敵と錯覚しているのか……。
ガイウスが糸を切られた人形のように倒れると、ロイが指をパチンと鳴らす。
景色は会場の廊下へと変化した。
ロイは左右両方の腕でマイヤとエタールの首を絞めながら、味方を誤って殺めてしまったマリヌスを蛇が蛙を睨むような眼差しを向ける。
「ありがとう少年! 厄介な中年を労せず仕留めてくれて。ご褒美をあげようじゃないか」
味方を自分の手で殺してしまったショック、そして目の前の強者による威圧感でマリヌスは恐慌状態になってしまい、取り乱すように魔法を放つ。
しかし、マリヌスの見えざる剣はロイの身体には当たらない。
いや、命中したところで、無情にもすり抜けてしまうのだった。
ロイは高笑いをする。
「駄目だよ、少年! 私は今、両手に美しい花を持っているんだよ。また味方を殺すつもりかい? ハハハハハハハッ!」
その言葉に、マリヌスの戦意は喪失してしまった。
そして怯えながら、後ろへとたじろぐ。
そしてロイの狂気に満ちた顔と目が合うと、思わず絶叫を上げてしまう。
「来るな来るな来るな来るな来るな来るなー!!!
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
ロイが勝ちを確信した時、紅い閃光が走る。
同時に両手に激痛が襲いかかり、掴んでいた人質を手放してしまった。
光の先へとロイが振り返り、目を向けると、真紅の髪を舞い上がらせた少女が両腕でマイヤとエタールを抱えていた。
シウランだ。
「ルァ、この姉ちゃん達と兄ちゃんのカバーを頼む。仕方ねぇから、この手で海賊どもを懲らしめる。二度と現れて来ねーように叩きのめすわ」
ルァはシウランからマイヤとエタールを受け取り、深く溜息を吐く。
「やっぱりこうなるのよね……。あ、シウラン、コイツ、霧で正体隠してるから気をつけなさいよ」
「ん、援護任せるわ、相棒」
「任されたわ、相棒」
シウランはロイと対峙する。
対峙したロイはあっさり人質を奪われたこと、あっさり自分の魔法の正体を見破られたことに、驚きを隠せなかった。
「……やるじゃないか。君が例のイカれた赤髪だな。腱鞘炎のルーファウスに代わって私が直々にお相手しよう。霧と化した私に無惨に殺されるといい!」
そうシウランにロイは告げると霧に包まれて、姿を眩ます。
しかし、シウランは臆することなく、スッと目を瞑り、意識を集中させる。
一見無防備とも見える状態だが、構えは解いていない。
その構えの型は以前ジークが見せた柳のような、脚を前に出したものだ。
仲間の得意とする構えをしたシウランを見て、姿こそ隠していたが、ロイは警戒する。
あの構えはジークの、コイツ何者だ……!?
シウランは以前戦ったジークの技を見て覚え、模倣し、短期間で自分の技へと昇華させた。
その構えに隙は無かった。
受け流される、そう直感したロイは標的をシウランからルァ、正確には錯乱状態のマリヌスに狙いを定めた。
そして襲いかかろうとした刹那、怯え切っていたマリヌスに強烈な下段蹴りを浴びせられる。
太ももの激痛がロイの身体の自由を奪った。
しかし考えるより先に容赦なく回転肘打ちが側頭部に炸裂する。
ロイの意識は混濁し、そして何が起きたか理解できなかった。
遠ざかる意識の中、ルァの無情な嘲りが鼓膜に響き渡る。
「悪いけど、幻覚が十八番は貴方だけじゃないのよ。それに霧って、私の水魔法の一種じゃない。攻撃する時は実体化するんだから、今度使う時は気をつけなさいよ。貴方に今度はないけどね」
ルァの言葉通り、ロイにシウラン達も幻覚を見せていた。
ロイがマリヌスだと思っていたのは、シウランであった。
そしてルァの通告通り、ロイには次がない容赦なきシウランの回転する連撃が浴びせられる。
右下段蹴りからの左背足蹴り上げ、右上段膝蹴りからの左回転肘打ち、右回し蹴り、と絶えることのない猛打を喰らう。
その猛攻の前に、ロイは戦意を失い、身体が崩れ落ちようとしていた。
しかしシウランの素早い連撃は倒れる隙すら与えない。
ロイの意識がすでに無く、失神してても、倒れることを許さず、無慈悲に容赦なく、竜巻のような連打が浴びせられ続けられる。
これはシウランの禁じ手であった。
自身の師から相手を殺めかねないと厳しく諌められ、使用を禁じられた秘技であった。
シウランは過去に一度この技を放った。
それは仙霊山での修行の日々から抜け出すために、自身の兄弟子に放った時。
幸いにも兄弟子は一命を取り留めた。
だからシウランもロイ相手にこの技を出し惜しまなかった。
多分半殺しぐらいで済むだろう、と。
しかしロイは兄弟子ほど屈強でもなく、体術の受け技に長けているわけでもない。
ロイの命はすでに燃え尽きていた。
シウランは知らずに死体に鞭を放つような行為をしていた。
不味い、と思ったルァは必死でシウランを止めに入る。
そして、すぐにロイの心臓の鼓動を確かめた。
ルァはやるせない表情を浮かべながら、首を左右に振り、シウランに告げる。
「……貴方……また殺ってしまったわね……」
興奮状態だったシウランの顔が真っ青になり、思わず膝を崩す。
そして涙混じり呻く。
「あ、あぁアァアアー! 殺すつもりはなかったんだー! 生き返ってくれー!」
シウランの両手は血で真っ赤に染まっていた。
また罪を重ね、シウランは深く後悔する。
ロイは絶命し、シウラン達はまた海賊達の恨みを買うことになった。




