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69話 小説批評家の姉御


 薄暗い密室でルーファウス、ウェッジ、ジークの三人は黙々と手書きで何かをひたすら書き続けていた。


 燕の海賊の最高武闘派組織、刻の刃の幹部三人が一心不乱に書き綴るもの、それは小説である。


 手書きの小説の原稿の山が次々に積み重なっていく。

 彼らは小説執筆のために不眠不休で三徹させられていた。

 あまりの疲労と指先の筋肉が悲鳴を上げ、ウェッジは弱音を吐く。

「もう、無理だ、ルーファウス……。ただでさえ書き物苦手な俺に小説執筆なんかできねぇよ……。そもそも俺には才能なんてねぇ……」

 ルーファウスが励ます。

「ふ……。失態続きの制裁が小説執筆とは、姉御もいい趣味してやがる……。頑張れウェッジ。誰も小説の才能なんて持ってはいない。まずは完結させることが大事なんだ。それで俺たちは大きく成長できる!」

「けどよぉ……10万文字なんて俺には無理だ……。ジークは大丈夫か?」

 ウェッジの言葉が届いているのかいないのか、ジークは虚空を見つめながらぶつぶつと不気味に独り言を呟いている。

「これだから俺は仕事が嫌いだ。大嫌いなんだ。こんなことばかりだから最高に大っ嫌いなんだ……。ペナルティで士気が上がると思うなよ……。これでモチベーションが低下して、仕事の質が下がったらどうするつもりなんだ……」

 ルーファウスが悲しく笑う。

「何が悲しくて俺達が、生まれ変わった中年が貴族令嬢に転生して知識無双する痛快物語を書かなきゃいけないんだ。いくら制裁でも、小説の内容ぐらいは自由に書かせて欲しいよな……」

 項垂れるルーファウスにジークが言葉をかける。

「姉御の趣味だ。あの女、本好き、読書好きだからな。最近こういう物語が姉御のマイブームなんだ。さぁ姉御を喜ばせるための下らない物語を書き上げよう……」

 ウェッジが毒吐く。

「しかしなんだって生まれ変わり先が貴族令嬢なんだよ!? 普通に町に住んでる町娘でいいだろ! 貴族の家なんて堅苦っしい生まれだと、生き方が窮屈だろ!? あーいう貴族連中は王族に自分の子供を王宮に人質として送られるものだろ? しかもなんでその貴族は辺境の領主なんだ? 国境最前線じゃねーか! ほんわかストーリーなんて書けるかよ!!」

 ルーファウスがガッツポーズを上げる。

「よし! 10万字のクソ小説を書き上げたぞ!」

 ウェッジが羨望の眼差しを送る。

「流石ルーファウスだ……! 頼む! 俺の原稿も手伝ってくれ! このままじゃ四徹になる……」

「安心しろ、俺達仲間じゃないか。お前だけじゃなく、ジークの分も手伝ってやるよ。こういう時はみんな揃って提出が一番だ」

 ジークも頷く。

「ああ、そうするのが説教時間も短縮できるからな……。説教は嫌いだ、大嫌いだ」



 数刻後、原稿が完成した三人は御簾の奥にいる女性に侍女を使い、10万字の力作を送り届けた。

 静寂の中、ペラペラと紙を捲る音が聞こえる。

 ページを捲る音が異様に早い。ルーファウスは内心怒りに震える。


 絶対流し読みしてるだろ!

 オレ達は一文、一文に命を削ったのに!


 すると突然、火球が生まれ、ルーファウス達の原稿は次々に焼かれ散っていく。

 灰になっていく原稿をみてウェッジは堪らず抗議をする。

「姉御! 何しやがる! なんて酷いことを!!」

 だが甲高い女性の怒声が響きわたる。

「うるさいバカどもが! 私の貴重な読書の時間を無駄にしたわ! よし、一人一人に駄目出ししてやるわ。まずルーファウスよ、貴様じゃ!」

 ルーファウスがゴクリと固唾を飲む。

「なんじゃこの『蛮族令嬢は姫になっても獅子を狩る』は!? こんなの自己満足のファンタジーじゃ! 姫をお飾りとでも思っておるのか!? お前は自由奔放なカッコいいヒロインを描きたいと勘違いしとるのか!? 国家の象徴であり、政治的な均衡を保つ存在が我がままな無能なトラブルメーカーでどうする!? 読者を納得させる努力を放棄しておるわ! そもそもお前は獅子狩りを通じて何を伝えたい!? 中途半端なギミックを出すな! 派手だから入れました、としか思えない、なんと浅はかな考えよ! そもそもタイトルのフレーズ自体が知的怠惰を象徴しておる! 物語の核心に真剣に向き合う気概が感じられん! 読者である私を舐めておるのか、創作への敬意が欠如しているのか……。奇抜さで誤魔化そうという姿勢が許しがたい! ご都合主義を無理やり形にした失敗作の典型じゃ!! 時間を無駄にしたわ!」

 的確かつ痛烈な批評にルーファウスの心はへし折られた。

 まるで自分の人生を否定されているかのような錯覚に陥ってしまい、たまらず両脚が崩れ落ちた。

「次にジーク!お主の『貴族令嬢に転生した私が、ワイルド伯爵に求愛されて困ってる』だ! はっきりいう、これはオリジナリティの欠片もない凡庸さが酷いぞ! そもそも設定がありきたりの極みで初っ端なから結末まで見透かせる! 緊張感や驚きなぞ皆無だ! 主体性の欠けるテンプレヒロイン、何故かワイルド伯爵はそんなヒロインに好意を抱く理由が曖昧だ! ヒロインが可愛いからという安直な動機で、感情移入も共感もできんわ! こんなご都合展開書いてて楽しいか!? ストーリーも単調! ギャグやラブコメ要素も中途半端! 恋愛は唐突過ぎて説得力が皆無だ! こんなもん令嬢ものの流行モノの量産型小説に過ぎん! 読者の知性と感性を刺激させろ! 何故か求愛される以上の問いを投げかけない、薄っぺらい物語に終始している!」

 ジークは目の前が真っ白になり、バッサリ斬られた自信作の自負心を喪失した。

 そして意識が白濁し、全身から何故か湧き起こる震えに身悶えする。

 そして言いようのない敗北感に打ちひしがれた。

「最後はウェッジじゃな! はっきり言おうお前が一番失望した。なんじゃこの『極悪貴族令嬢のやっちゃいました救済伝説』は! まずコンセプト自体が致命的な上、陳腐じゃ! 勘違いものの使い回しではないか! 悪を気取るが実は聖女なぞ、類似ジャンルで飽き尽くされ、焼き直し感しかないわ! 読者が耐えられると思っているのか! キャラクターが極悪を自称してるのに、行動は可愛いげあるなんてとんだ誤解ではないか! もっと狡猾さと残忍さをだせ! 個性や主体性のないキャラが物語の舞台装置となっている! ストーリーがさらに酷い! ギャグと称する部分は強引で全く笑えない! 治安が良くなった、生活レベルが向上した、を括弧書きで安易に挿入する手法は読者を馬鹿にしているのか!? 令嬢が何もやっても成功するを繰り返す単調さは読む者を退屈の極地に追いやるぞ! こんな荒唐無稽、ご都合主義なストーリーにリアリティやテーマ性も皆無だ! 何より文章表現が稚拙過ぎる! 文体は勢いだけ、感情の機微や情景描写が乏しく、読後に何も残らない薄っぺらさがある! なんじゃこの中途半端な茶番劇は! 流行りの要素を浅くかき集めただけの駄作だ! 知性も工夫も感じられん! お前の読書時間が人生の無駄遣いであったわ!」

 すでにウェッジは血の涙を溢れさせていた。

 地面に突っ伏し、壊れた人形のようにその場で静止していた。

 ウェッジはもう立ち上がる気力の欠片もない。

 自尊心を粉々にまで粉砕されてしまったのだ。

 

 みっともない三人を御簾越しで見下す女性は書状の紙切れをポイっと床に捨てる。

「文才もない、仕事もしくじる! そんな馬鹿共に汚名返上の機会をくれてやるわ! 燕の海賊の棟梁が私ら、刻の刃の力を示せと催促してきおったわ。来週開催されるボンベイの闇オークションで大陸のマフィア共に、我らが力を示せ! 手段は問わん大陸、世界中の裏社会の人間に刻の刃の恐ろしさをとくと味わせるのじゃ! 刻の刃の連中で暇な奴ら全員集めて、派手に暴れて見せろ。簡単な仕事だろ? のうルーファウス?」

 項垂れた顔を上げて、御簾越しの女性にルーファウスは確認する。

「姉御……。派手に暴れろ、手段は問わないってことは殺っちまっていいのか? あそこは一応中立地帯で不戦協定が結ばれてるはずなんだが……」

「私が許す。燕の海賊の恐ろしさを存分に示せ。この広い海にいる海賊は燕だけでいい」

「やれやれ、これから忙しくなりそうだな……。後始末の方が大変そうだ……。ウェッジ、ジーク、いつまで凹んでるんだ。大仕事だぞ、さっさと手の空いてる連中をかき集めろ」

 御簾越しの女性が一言つけ加える。

「ああ、ちなみにオークションの品に、古の賢者ヴォイニッチの著書、ヴォイニッチ備忘録が出品されるらしい。忘れずに盗ってきてくれ。お前らのクソ小説のせいで気分が悪くてな。読書で気分転換したい」

 複雑な表情を浮かべながら、三人はその場を立ち去る。


 刻の刃の猛者達が鬱憤晴らしに、いや八つ当たりにボンベイの街を襲撃しようと動き始めていた。


 シウラン達の知らないところで、その影は蠢く。


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