64話 ゴースト&ダークネス③
静寂な漆黒の闇に包まれるシャイン号が、大海原で孤立していた。
昼間の襲撃から鮫は姿を現さない。
昼間から夕暮れ時まで危機感を持って全員が海面を警戒していたが、海面には波一つ訪れ無かった。
極限まで緊張したライエルは襲撃者が立ち去ったと思い、安堵の息を漏らす。
「一時はどうなるかと思いましたよ……」
しかしイズモは険しい顔で暗くなる海を見つめていた。
「あの化け物……。銛に樽を3本括りつけたってのに平然と泳いでやがった。鮫は賢い。視界が悪くなる夜を待ってやがるんだ……。長い夜になるぞ……」
闇夜を照らそうとルァが明かりをつけようとすると、イズモが制止する。
「よせ、光は奴を刺激することになる。デーヴァ、船内の照明を消すように操作してくれ。とにかくここでじっと待つんだ」
周囲が闇に染まり、視界が悪くなったことを焦ったシウランはイズモに抗議する。
「昼間のうちにこっちから仕掛けておいた方が良かったんじゃねぇか? この夜に奇襲された方が厄介だ」
「水中で鮫と戦う気か? 勝てる訳がねぇ。それに奴が夜に仕掛けてくるのは予想済みだ。海の男の戦い方を教えてやる」
ルァがぼやく。
「こんな暗闇でどうするのよ? ちょっとハッパ一服してもいいかしら?」
「……今夜は禁煙だ。鮫退治ってのは大人数でやるもんだが、まぁこの人数でも大丈夫だろ。シウラン、そこの縄を全力で力を込めて手繰り寄せろ。今から大物を釣る」
シウランが首を傾げる。
「釣り?」
「俺が昼間仕掛けた銛にこの縄が繋がってる。コイツを引っ張って奴を釣り上げる。海面に上がってきた時に奴を仕留める。どっちが狩人か教えてやるぜ。他のみんなはシウランを手伝ってやってくれ。この暗い海だ。海面を肉眼目視は無理だろう。それに下手すると海に振り落とされる危険もあるからな」
ルァやライエルは当たり前のようにイズモが仕切ることに舌打ちした。
デーヴァは万一船内操作が必要な時のために、船室に待機する。
シウランは渾身の力を込めて縄を手繰り寄せる。イズモの指示通り、確実に、ゆっくりと手繰り寄せた。
シウランは縄が引っ張られる手応えを感じた。
しかし慌てず、無理に引っ張らず、縄先の相手の反応を見ながら確実に手繰り寄せる。
長丁場の戦いだった。
シウランと共に引っ張っていたライエルとルァは体力の限界だった。
嫌な汗が身体中に付き纏う。
よく見れば、船首で銃を構えるイズモはタバコを吸っていた。
ライエルとルァはイズモに殺意を覚える。
すると大きな波がシャイン号を揺らす。
それを見たイズモが叫ぶ。
「今だシウラン! 一気に引っ張り上げろ!」
シウランは縄に渾身の力を込めて引っ張り上げる。
しかし縄の反応がおかしい。
手応えがない。
まさか、刺した銛が抜けちまったのか?
そうシウランが不安を覚えた時、それは現れた。
巨大な顎が船首にいるイズモの眼前に突如現れる。
海面から飛ぶような物凄い速さでシャイン号の船首を喰らいつこうとしていた。
その巨体に大きな樽を巻きつけながら鮫はイズモを丸呑みするかのように迫っている。
シウランが助けに駆けつけようとした時、冷静なイズモは鮫に怯まず、銃の引き金を引く。
銃弾の先は鮫ではなかった。
その巨体に巻きついた樽。
イズモはそこに狙いを定めていた。
イズモの銃弾が樽に命中すると、爆風と爆炎が周囲に舞い起こる。
その衝撃に鮫の身体は耐えられず、爆散する。
鮮血と肉塊の雨がシャイン号の甲板に降り注いだ。
鮫の返り血を浴びたイズモがタバコに火をつける。
「樽の中には獣の油がたっぷり入れてあった。次の港で売る予定だったんだがな……」
イズモが勝利の余韻に浸っている時、悪夢が訪れた。
油断している間に海面から再び巨大な顎が現れたのだ。
イズモは間一髪、紙一重の差でそのナイフのような歯から避けることができた。
しかし縄が足に絡みつき、鮫と共に海面に落ちてしまう。
さっきまでカッコつけていたイズモが暗い海の上で醜くもがいて命乞いをする。
「た、助けてくれーー!!」
そこに先ほどの勇敢な振る舞いは無い。
みっともなく恐怖に染まって取り乱す海の男の末路の姿だった。
哀れであった。
不謹慎にも出番を奪われたシウランはちょっと笑ってしまった。
ルァは禁煙の恨みで、ざまぁみろと胸がすくような気持ちだった。
ライエルはそのイズモの醜態に歪んだ笑みを浮かべた。
海面から巨大な顎が現れ、今まさにイズモが食いちぎられようとしたとき、シウランは甲板の床に拳を叩きつけた。
すると鮫がシウランの見えざる拳によって、胴体に衝撃が走ると同時にその衝撃で宙に舞う。
シウランは以前ナレスが放った技をトレースした。
放出した気の塊を鮫にぶつけたのだ。
空中に舞った無防備な鮫はルァの作った魔法の水刃で容易くスライスされる。
再び鮮血の雨を浴びたイズモにシウランが元気良く尋ねる。
「イズモー! コイツは食えるのか!?」
「フカヒレは高級料理だ、クソッタレ! それより早く助けやがれ!」
看板の影でライエルはイズモの滑稽な姿に笑い転げる。
かくして、シウラン達を狙う海のギャング達は、晩御飯にされるという末路になってしまった。
だがシウラン達は知らない。
海には人の未知の恐怖が存在するということを。
更なる苦難が待ち受けるということを。




