61話 乙女の誤り③
黄昏に染まる海面。
夕陽を遠い目でシウランは見つめ続けた。
その物憂げな表情は喪失感と哀しみを物語っている。
飛魚の群れが海面から空中にはばたく。
船室の影からライエル達が好奇な目で赤髪の美少年を覗いていた。
「シウラン、何か僕より背が高いですよ。身体も逞しいや」
「悪い夢だ。早く現実に戻ってくれ」
「薬の調合は済んでます。後は処方するだけなのですが……」
「キューン」
皆がルァを白い目で見る。
確かにシウランを元に戻す薬は出来上がっていた。
だが、思いもよらぬ障害が立ち塞がる。
ルァが男のシウランに一目惚れしてしまったのだ。
ルァとて、相棒の身体を元に戻したい気持ちはある。
だが恋心に嘘はつけない。
胸の鼓動は高まっていた。
今までの景色が色褪せていたかのように、ルァの瞳には鮮やかな世界が広がっている。
それは青春の鼓動だった。
切ない初恋である。
禁じられた恋である。
ルァはそれがわかっていながらも、手元にある薬をシウランに渡せないでいた。
今、薬を飲んで元の姿に戻ったら、目の前の理想の初恋の相手はいなくなってしまう。
それが障害であった。
いっそ薬を捨てて、シウランが男のままでいいとさえ、邪な考えが頭によぎる。
意を決したルァはシウランの前に立つ。
シウランの目に純白のドレスに着飾ったルァがいた。
化粧も気合いが入っていた。
手には一体どこで手に入れたかわからない花束があった。
ルァはもじもじしながら尋ねる。
「……どうかしら?」
シウランが悲しげな目でチラリと見て、興味無さそうに呟く。
「……似合ってんじゃねーか。うぅ……、早く女に戻りたい」
「ホント? 似合ってる? えへへ……」
そのやり取りを見たライエル達は呆れた。
そうじゃない。
渡す物があるだろう。
照れてる場合か。
そしてライエル達は悟った。
まさかルァの奴、薬を渡す気がないのか。
初恋を優先させる気か。
事態を解決させるためにデーヴァが動いた。
そしてシウランに告げる。
「シウラン、安心して下さい。薬はもうできています。ルァが所持しています」
それを聞いたシウランは目を輝かせた。
「ホントか!? 早く元に戻してくれ!」
「嫌よ、やっと理想の王子様に会えたのに。デーヴァ、私の恋路を邪魔しないで!」
「何訳わかんねーこと言ってやがる! 早く薬を寄越せ!」
抵抗するルァをシウランは組み伏せる。
そしてルァの着ているドレスの中を無造作に弄った。
ルァは瞳に涙を浮かべて、消え入りそうな声を上げる。
「お願い……。乱暴にしないで……」
「うるせぇ! 大事なドレスを破られたくなかったら大人しく薬をよこせ!」
完全に男性が女性を乱暴を働いている現場である。
絵面的に不味いことになってることを感じたデーヴァは興奮したシウランを制止する。
「シウラン、女の子にそういうことをするのはよくありません」
「俺だって女だ!」
「……貴方は今男性です。ルァもいい加減、早く薬を処方して、シウランを元に戻してあげて下さい」
ルァは物凄く残念そうな顔しながら、嘆息する。
「……わかったわ……。じゃあシウラン、両目を瞑って」
「なんでだよ?」
「いーから目を瞑りなさい!」
シウランは両目を瞑る。
シウランの肉体は今男性だ。
当然、思考回路も男性のものになっていた。
異性の吐息に何故か心が落ち着かない。
胸の鼓動が高まっていた。
ライエル達はその様子を眺めながら囁く。
「……なんだか妙な光景を見せられてますね。あ、ルァの顔がシウランに近づいていきます! これはまさか!」
「……悪い夢だ。早く現実に戻してくれ!」
「キューン! キューン!」
シウランは自分の唇に生暖かいものが触れたのが感じた。
そして口の中に異物が侵入する。
思わず閉じた瞼を開ける。
そこには切ない顔をしたルァの指先があった。
口の中に入ったのは薬だった。
「さよなら、私の初恋の人……」
そう告げるとルァは足早に立ち去ってしまった。
シウランがすぐに後を追おうとするが、デーヴァがそれを制する。
「今はそっとしてあげて下さい。それよりも副作用があるかもしれないので、ベッドで休んで下さい」
シウランは謎の喪失感に包まれた。
傷心のルァの表情が目に焼き付いている。
夕陽は沈み、当たりはすでに暗くなっていた。
薄暗い海の上でシウランは立ち尽くしていた。
翌日。
再びシウランとルァは修行に励んでいた。
ルァは重たい水瓶を持ちながら、傍らにいるシウランを見る。
そこには豊かな胸を持つシウランがいた。
自分より大きい水瓶を持つ赤髪の少女がいた。
それを見て、ルァは顔を俯く。
その表情がどんなものだったかは誰も知らなかった。
敢えて言うなら甘酸っぱい青春の誤りである。
言葉にはできないものがあった。
しかし、二人の少女達の絆はより強くなっていた。




