56話 ライエルの悲劇②
夕日が水平線に沈み、静寂な夜の時間が始まる。
闇夜の大海は暗闇に包まれる。
僅かな月明かりと瞬く星の輝きが照らされていった。
船上のシウラン達は、食卓で夕飯を囲む。
メニューは鶏肉のクリームシチューだ。
ライエルが微塵切にりした大量の玉葱がそのシチューに入っていることを、誰一人気付く者はいなかった。
目の前の料理を前にイズモが仕切りだす。
「おい、シウラン。メシの後には周囲の警戒に当たるぞ。また海賊が現れるかもしれん」
シャインがその言葉に反応する。
「イズモ様、お言葉ですが船の探知能力に不備はありません。肉眼での目視よりも効果的と判断します」
すかさずイズモが口ごたえする。
「こんなよくわからん船の技術なんか信用ならん。こういうのは人間がやるべきなんだよ」
ライエルは内心毒付いた。
何言ってやがる。
こんな時間に双眼鏡で見たところで暗闇だけだろう。
相変わらず無意味なことしやがって。
あんたの老眼化した両目より、この船の古代技術の方が信用できる。
しかも食後にすぐに警戒だと?
さらっと皿洗いを僕に押し付けたぞ。
デーヴァはともかく、ルァが手伝うなんてあり得ない。
コイツのやってることは食後の後片付けよりも意味があることなのか?
昂る感情にライエルは肩を震わせる。
そんなライエルの気持ちも知らず、シウラン達は眼前の料理に目を奪われていた。
シウランがシチューの放つ香りに涎を垂らす。
「美味そうだな、ライエル。皆んなの中で一番メシ作るの上手いもんな」
「いえいえ、私なんてまだまだですよ。もっとシウランには私が冒険の旅で味わった料理を振る舞いたいです」
ルァがシチューを見て嘆息する。
「オスマンに寄るまでずっと魚介類ばっかりだったわ。やっと肉の入った料理が食べれるわ。ライエル、ちゃんと味付けは濃くした? 貴方の西側仕込みの薄味、私好みじゃないんだけど。ホント西側諸国は味音痴ね」
その言葉にライエルは怒りをおさえ、愛想よく苦笑いをする。
このクソガキ、僕の故郷の味付けを、故郷の人間を下に見やがって!
お前らみたいなスラムの貧民料理で育った舌とは違うんだ。
きっとお前らは宮廷料理と下町のジャンクフードの区別もつけられないだろう。
味音痴はお前だ、このメスガキめ。
今度はお前の大嫌いな鼠の肉を料理に混ぜてやる。
イズモが軽口を叩く。
「まぁライエルの数少ない取り柄が料理だからな。せっかく魔法が使えるなら、もっと戦闘面で役に立てればいいのに。コイツ、性根が弱いからな。今度は漏らすなよ」
ライエルはスプーンを力強く握りしめる。
この野朗!
戦闘で大して活躍してないのはお前も同じだろ!
取り柄が料理だと!?
人を馬鹿にしやがって!
お前の大嫌いな玉葱入りのシチューを味わえ!
そして美味いと言ってみせろ!
デーヴァがシチューを口に運ぶ。
「味付けはルァのリクエストに応えてはいますが、野菜と肉の配分量がアンバランスです。この食事は栄養配分が偏ってます。改善を求めます」
ライエルは持っていたスプーンを震わせる。
このガキは相変わらず意味不明なことで文句を言いやがる!
能書きばっかり言いやがって!
だいたいお前らの代わりに炊事してやってるのに、何故クレームを言われるんだ!
感謝の概念は無いのか!?
シウランがシチューを飲み込むように食べる。
「あ、けどこれうめぇ! こういう飯があるから冒険も楽しめるな!」
ライエルは眉を顰める。
僕は全然楽しめてないがな。
この脳筋に味の機微なぞ理解できているのか!?
イズモがスプーンに盛った熱いシチューに息を吹きかけて冷ます。
横目でライエルはそれを見て歪んだ笑みを浮かべた。
矮小な男、ライエルの嫌いな先輩へのささやかな復讐である。
いよいよ食べるぞ。
さぁお前の好物になる玉葱入りのシチューだ。
たっぷり大嫌いな玉葱を味わえ。
そして美味しいと言ってみせろ!
イズモがシチューを口の中にシチューを運ぶ。
そして懐に入れた航路図を取り出して眺めた。
食事には無関心で地図を見つめていた。
その行為がライエルの感情を逆撫でさせた。
食事中にそんなもん読むな!
マナーって言葉を知らないのか!?
少しは味の感想とか言えよ!
ライエルの呪いが通じたのか。
イズモの顔色が次第に青ざめていく。
息を荒くする。
段々と呼吸困難に陥っていき、ついに思わず倒れ伏してしまった。
口からは泡を吹いてる。
突然の惨劇を前に少女達の悲鳴が静寂な夜を引き裂いた。
突然のことにライエルも慌てふためいた。
どうして!?
持病でもあったのか!?
まさか玉葱?
そんな訳ないよな!?
何も知らないフリをしてライエルはシウラン達と共にイズモの介抱を始めた。
この時ライエルはまだ知らなかった。
まだ悲劇が序の口であることを。




