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55話 ライエルの悲劇①

 

 オスマン自治領で食糧や物資の調達を果たしたシウラン一行は再び船で大海を航海していた。


 この旅で一人浮いている人物を紹介しよう。


 ライエルだ。


 彼の本名はライエル=シュターデン。


 ライエルの生まれは西大陸の大国トワレの名家である。

 ライエルは優秀な兄弟達の末っ子であった。

 歳の離れた兄、テトは祖国の宰相にまで勤め、他の兄弟達も優秀な官僚として働いている。

 しかし名門一族の中で英才教育を十分に受けたライエルが選んだのはハンターとしての人生だった。

 たくさんの兄弟の中でも優秀なライエルはその将来を嘱望されたが、彼は古代遺跡に馳せる浪漫を優先させた。


 ライエルはハンターとしても優秀だった。

 武術、学問、魔法、どれをとっても同期のハンター達に比べ抜きん出た才能を発揮していた。 

 若干二十歳ながら、シングルの称号を得ていた。 

 古代文字が解読できる世界でも有数の存在であり、数多の遺跡捜索に貢献した賜物であった。

 

 名家の生まれながら、ライエルは市井でトレジャーハンターとして生きていくことに抵抗はなかった。

 自身の育ちとは違う異文化や階級による価値観の違いもすんなりと受け入れることができた。

 遺跡探索で蛇や鼠、昆虫に出くわすこともあったが苦ではなかった。

 無論、野宿や洞窟で一夜を明かすなぞも問題では無い。


 ライエルは自分でも我ながら逞しく生きていたと思っていた。


 しかし現実は甘くない。


 ダークエルフのギャングに連れさらわれるわ、海賊に命を狙われるわで、ライエルは幾度となく、絶体絶命の状況を強いられた。


 極めつけはシウラン達のドタバタ劇による船旅への連行だ。


 確かに古代技術で動くシャイン号はライエルの好奇心を大いにくすぐった。

 しかし、大海を渡る船旅だ。

 ライエルの専門分野は遺跡探索や研究であり、船乗りの暮らしには慣れなかった。


 何よりこの船旅の人間関係がライエルにストレスをかけていた。

 年頃の少女達が三人。

 同性は歳の離れた中年一人。

 心を許せる存在はいなかった。

 もし、年若い乙女達が頼れる大人として、ライエルを頼ってくれたらその自尊心をくすぐらせ、前向きになれたかもしれない。


 しかし現実は甘くない。


 少女達は完全にライエルを舐めていた。

 赤髪の少女の男勝りの活躍劇はライエルの存在感を薄くした。

 黒髪の少女はこの船を操舵できる唯一の存在であり、ライエルの存在意義を無くしていた。

 青髪の少女はたまにライエルをゴミを見るような目で見ていた。

 その視線にライエルは存在を否定されたかのような気持ちにされた。


 そして何よりライエルを悩ませていたのは同性の一人であり、少女ばかりのチームで窮屈な思いを共有しているはずのイズモの存在であった。


 

「ライエル、お前、食糧と備品の在庫チェック間違えてるぞ! 何度も言わすんじゃねぇ。社会人としての常識が欠けてるぞ! アホのシウランならともかく、お前は大人だろ? 文字の読み書き出来るからお前に任せたのに、こんなくだらないヘマすんじゃねぇ! お前は洗濯しか取り柄がないのかよ!?」

 その言葉にライエルのプライドは深く傷つけられた。

 しかし数多の苦難も乗り越えたライエルは取り繕った笑顔で返す。

「すいません、私としたことが。以後気をつけます」

 その笑顔の返しがいけなかった。

 イズモの機嫌を損わせてしまった。

「何ヘマしてんのに白い歯出してんだ! お前、自分のヘマ自覚してねーな! お前のこのミスで俺達が食糧不足になって、死にかけるかもしれねーんだぞ! もっと危機感を持って仕事に取り組め! 遊びじゃねーんだよ! だいたいお前は……」


 イズモの長い説教が始まる。


 ライエルは歳上のイズモが苦手であった。

 ライエルが下手に出れば、容赦なく罵声を浴びせる。


 だいたいこの古代技術で動く船の前では、航海士のイズモさえ、無力に近い存在であろう。

 しかし、イズモは前にでる。

 ライエルの出番をことごとく奪う。

 まるでライエルを足手纏いのように扱う。


 ライエルはイズモを快く思ってなかった。


 当たり前のように自分に洗濯や炊事を押し付けるイズモを許せなかった。



 私が喜んで女性服を洗濯していると思っているのか?

 あなただって対して役に立つことはしてないのに、何故そんな振る舞いをしているのだ?


 長い説教は続く。

「まぁお前、今まで苦労してる人生送ってなかっただろうからな。ハンターなんてさぞかし楽な仕事だったんだろうな」

 ライエルは誇りあるハンターを貶され、心に黒い影を落とした。

 つい言葉を返してしまう。

「すいませんね、お役に立ててなくて。イズモさんは航海士として長いんですか? 流石プロですね」


 ライエルなりの嫌味のつもりだった。

 相手を怒らせないギリギリを攻めた。


 この船で航海士らしいことなんて貴方はしてないでしょう!


「まぁかれこれ十年以上は経つな。まぁ船の仕事なんてするもんじゃねーよ。陸いる嫁には逃げられるし、給料は低いしな」


 この野朗、嫌味を鵜呑みにしやがった。

 しかもバツイチ?

 まぁこんなにしつこく説教する旦那さんなら、嫁も逃げたくなる気持ちはわかります。

 まぁここは海の上なので、私に逃げ場は無いのですが……。


 ライエルは内心で毒づく。

 そんなライエルの心の内を知らず、イズモは指示を出す。

「まぁ次は気をつけろよ。それより厨房に行って今夜のシチューを作ってくれ。あ、玉葱は入れるなよ。俺、玉葱は食べられないこと覚えてくれ。他の連中にも伝えてくれよ。まぁシウランやルァやデーヴァが炊事するとは思えないが」


 この野朗、さらっと炊事まで押し付けやがった。

 しかも玉葱が食べれない?

 いい歳して好き嫌いしやがって。

 嫌がらせに玉葱を微塵切りにして、シチューにぶち込んでやります。

 いい気味だ。

 名家の生まれである私に雑用ばかり押しつけた報いです、平民め。


 イズモが立ち去った後、食糧庫に行き、ライエルは玉葱を手に持って歪んだ笑みを浮かべる。


 この浅はかな行動がとんでもない悲劇の呼び水になることを、この時ライエルは知らなかった。

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