5話 とある売人の悲劇
売人のジャンの家のドアをシウランは扉が壊れるほど強く叩いていた。
相棒のルァが興奮しているシウランを落ち着かせるように宥める。
「貴方の勘違いかもしれないでしょ? 子猫ならその辺に散歩して、ひょっこり戻ってくるに……」
ルァの言葉の途中で、扉が開く。
売人のジャンが非常にご機嫌な顔で現れる。
ニヤニヤとした笑顔から現れる歯はすきっ歯まみれで、不衛生そうな色をしていた。
顎は髭が無造作に伸びている。
全身を黒いフードで包み、怪しさを醸し出しているが、シウランとルァにとっては見慣れているので、気後れしない。
この男は見かけこそ怪しい売人だが、中身は気が小さく、いい歳して親と同居している子供部屋おじさんだ。
ジャンは陽気にシウランに話しかける。
「どうしたシウラン? お前がハッパ買いに来るなんて珍しいな? 一緒にハイになろうぜ」
シウランはジャンのおどけた姿に動じることなく、怒気を込めた声でジャンに伝える。
「……オレ達の家に空き巣が入った」
シウランの言葉を聞いたジャンはそれをオーバーなリアクションを交え、深く同情するような言葉をかけた。
別に気の毒とは微塵も思って無いが、ジャンなりのコミュニケーションだ。
「おぅ、シット! なんて可哀想な奴なんだ! ほら、そんなお前にとっておきのハッパを用意してやる。すぐに元気になるぜ! HAHAHA!!」
シウランが短く断る。
「今日はハッパを買いに来たんじゃねぇ」
ラリってるジャンにシウランの言葉は届かず、構わず戸棚からハッパを取り出す。
「これは交配種から作ったマッタリXで……」
シウランが遮る。
「人の話を聞け! ジャン! 買い物に来たんじゃねぇ!」
シウランの剣幕に怯んだジャンは顔色を変え、改めてシウランに尋ねる。
「偉いご機嫌斜めじゃねぇ。何とられたんだよ?」
シウランが一言。
「キアだ」
「キア? あのチビちゃんか。おぅ、そりゃ気の毒だ。可哀想に、今頃雨に打たれて震えてるぜ」
ルァが溜息を吐く。
「もう雨は止んでるわ。窓ぐらい開けなさいよ。ねぇ最近怪しい奴とかと取り引きとかしなかった? 貴方、しょっちゅうギャングと揉めてるでしょ?」
ルァがジャンを詰問すると、ジャンは罰が悪そうな顔をして、シウラン達から距離を置いて、答える。
「えっと、そうだな。あー、これでもプロの商人なんだぜ。クレーム客だっていねぇ。顧客のことは言えねぇよ」
ルァが追求する。
「とぼけても無駄よ。最近はぶりがよくなったじゃない。ずいぶんとまぁ、太いお客さんと取り引きしてるのね。相手はどんなギャング? それとも海賊かしら?」
シウランが怒気を込めて詰問する。
「オレたちの家とお前の家を間違えたんだろーが!」
二人の追求に怯みながらも、ジャンはハッパを吸って、ハイになって誤魔化す。
「あー本当のことを言う。今の前の景色はオアシスだ! 二人な赤髪と青髪の美少女が水着姿で誘惑してくる。このまどろみのハーレムの中でトロピカルジュースを飲んでるんだ! もう何も耳に入らない!」
シウランがジャンの机の引き出しにある美少女土人形を取り上げる。
ジャンの下衆なコレクションだ。
それを見たジャンは慌て出す。
「何しやがる!?」
シウランが叫ぶと同時に土人形はその握力で粉々になる。
「お前を恨んでいる奴を吐け!」
大事なコレクションを破壊されたジャンは力なく答える。
「……オレの大事なユフィが……。そうだよ! スーフーヤってギャングの連中だ。アイツら俺の商売が大きくなったから、こないだ脅しに来たんだ。『お前んちぶっつぶす』ってな……」
構わずシウランは次の土人形コレクションを掴み出す。
今度の美少女土人形は水着を着ていた。
それがシウランの手の中に握られている。
シウランは問いただす。
「どんな連中だ!?」
「セフィは勘弁してくれ、言うよ! ダークエルフで結成された連中の一味だ。最近勢力を伸ばしてるギャングだ! 武闘派でヤベェ! もう勘弁してくれ!」
「居場所はどこだ!?」
「スラムの17番通りだ!」
シウランとルァが目を合わせる。
「もっと詳しく!」
ヤケクソになったジャンはついに開き直る。
「ネコちゃんは可哀そうだが、チクるとオレがヤベェんだ! お前らみたいなマヌケより、ギャングの方がヤベェ!」
シウランが氷つくような眼光をジャンに向ける。
「……誰がマヌケだって?」
「お前らのことだよ! 無職の脳筋女に、ヒッピーの薬師! どうした殺して見せろよ、殺し屋シウランさん!!」
ジャンの大声に心配したジャンの母親が顔を出す。
「どうしたの? ジャン?」
「何でもねーよ! クソババァ! ただのクレーマーだ! 今追い払うところだ! さっさと風呂入って寝てろ!」
シウランとルァが再び目が合い、ジャンの引き出しから金色に輝く、美少女人形を取り出す。
今度のは土人形と違い、金属のようなものでできている。
服まで金属製だ。
衣装は女騎士であった。
勇敢そうなポーズを取っていた。
ルァはその精巧な作りに感嘆し、弄り回す。
「あら、衣装が着脱式になってるのね。下着まで丸見えじゃない。卑らしい男ね」
そしてシウランの手の中に入った人形を見て、堪らずジャンが取り乱す。
「止めろ! ソフィには手をだすな! お願いだ!!」
ジャンの嘆願も虚しく、その金属製の人間はぐにゃりとシウランの握力の前に歪んだ形に変わる。
「……どんな握力してんだよ……。……キャバレーのグラントが奴等の根城だ。……けどダークエルフ以外入ることできないし、親玉のマシュマーは極悪な奴なんだ。……いくらお前が強くても危険すぎる。……ネコは諦めろ……」
ルァがシウランに視線を送り、シウランは低い声で答える。
「……今すぐ行くぞ」
ルァがシウランの肩を叩いて、落ち着かせる。
「相手はギャング、しかも黒い耳長以外入店できないのよ。ひとまず変装していく必要があるわね」
シウランがジャンの黒いフードを見て、尋ねる。
「その服もう一着あるか。あとマスクもよこせ。大事なお人形をこれ以上壊されたくなかったら、言うことを聞け」
ジャンは項垂れながら、シウランに手配された物を用意し始めた。
シウランの心はキアを救う気持ちで熱く燃えている。
感情的な相棒とは対照的に、ルァはクールな顔で冷静にことの対策案を考えていた。