43話 オスマン自治領の闇
シウランは寝室のベッドで目を覚ました。
知らない天井、知らない部屋、何より記憶がぼんやりしている。
シウランは額に手を置いた。
確か井戸から地下道を通ったら、地下に街があったんだ。
そこの街の連中に追いかけられて、最後は人喰いババアに襲われたはず……。
あれ?
そういえばあん時、腹がスゲー痛かったのに治ってやがる。
そもそも皆んなはどこに行ったんだ?
「目が覚めたか……」
するとシウランのベッドの脇で僧服を纏った男が坐禅を組みながら、シウランを見ずに呟く。
シウランは寝起きとはいえ、その僧服の男の気配を察知することができなかった。
自然と身構え、その男を挑発する。
「乙女の寝顔を眺めるなんて、いい趣味してんじゃねぇか。覗き好きのクソ坊主」
シウランのへらず口を耳にして、僧服の男はクスリと笑む。
「ふむ、体調はもういいようだな。儂の複体修術が良く効いたと見える。案内仕る。ついてこられよ。お主の仲間もこの本殿の上の間にて待っておる」
すると男は真っ直ぐに立って、シウランを見ずに、部屋を出る。
まるで何も言わずについてこい、と言わんばかりに。
シウランはやむを得ず、ベッドから起き上がり、男の後を追う。
男の背中を見てシウランは男が内に秘めた強さをヒシヒシと感じた。
こいつ、強ぇな……。
僧服の男が館の広い部屋に入る前に一礼する。
「最後の客人を連れて参った。悪郎、話は進んでいるか?」
広い部屋の奥の上座に頭巾を被った少年がキアを撫でながら、クスクスと笑う。
「まだだよ。お客人の船の冒険譚を楽しく聞かせて貰ってたところさ。コイツら面白い。俺は気に入ったぞ。お師匠も座って聞きなよ。ダークエルフになりすました話とか最高だぞ!」
「結構、では儂から説明するとしよう。おい、赤毛の娘。下座に座れよ、仲間も首を長くして待っておったぞ」
シウランが広間に入ると、ルァやデーヴァ達が床に座っていた。
思わずルァが安堵した顔をして、シウランに呼びかける。
「シウラン、ここの人達が毒で倒れた私達を救ってくれたのよ。心配したわ。貴方、赤い泡ふいて痙攣して、倒れてたんだから。無事で良かったわ」
その言葉を聞いてシウランは背筋がゾッとする。
マジか!?
死にかけてたのか?
腹が痛かったのは覚えてんだけどな……。
僧服を着た男は上座へと歩み、頭巾の少年の傍らに座り、坐禅を組む。
「礼は不要。我らは我らでお主達を利用する腹づもりだからな。そうか、まだ説明をしておらぬか……。まずは挨拶をしよう。儂はこのオスマンの将軍職を務めるナレスだ。隣に座す方は前領主の忘れ形見、第二王位継承者、ルドラ=オスマンだ」
シウラン達がざわつく。
無理もない、この領地の要職にいる人間が目の前にいるのだ。
しかし小声でルァが毒つく。
「王子様って言うのに、貧乏臭い身なりね」
イズモがルァを肘で小突く。
狼狽えながらもライエルは疑問を口にする。
「あのー、そんな偉い方が僕達みたいな下々の身分にいったい何の用件で……?」
頭巾の少年がつまらなそうな顔をする。
「人に役割はあれど、人に上も下も無い。下らぬことを抜かすな」
「悪郎、そう噛み付くな。失礼、儂からこの領地の問題を話そう。このオスマン自治領の前領主は名君であった。街も賑わい、徳と礼で民衆を導いてきた。しかし、前年に逝去され、無能な後継者がそれを相続してしまった。あやつは帝国の弁務官の言いなりで民に重税を敷き、銭を増やすことしか頭に無く、この街で悪銭の金貨を作り続け、民の暮らしを狂わせた。お主達も見たであろう。この街の異質な物価を」
ルァがぼやく。
「土産物屋の記念銅貨が金貨より高かったわ……」
ナレスは続ける。
「当然そんな街には富裕層しか暮らしていけぬ。しかし、田畑を耕す民草にはそんな暮らしはできん。そして税を納めることができぬ者達は使用人という名の奴隷に身をやつすことになる。だが無能な現領主はこの領地でとんでもない政策を取ろうとしている」
デーヴァが首を傾げる。
「とんでもない政策?」
「人身売買よ。他国にこの領地の民草、奴等の言う使用人を売りつて、更なる金貨を得ようとしているのだ」
イズモが狼狽する。
「ルシア帝国は奴隷売買は禁止しているはずだ!」
「ここは自治領。それに表向きは使用人の販売だ。だが無力な民草を他国で物のように出荷するなぞ、領地軍の長として見過ごせぬ。儂は暇を貰い、この悪郎を擁立し、一揆を起こすため、砂の団を作り上げた」
ルドラも頷く。
「それにな、奴等の本当の狙いはそれだけじゃない。国政が傾いた所で、帝国政府が介入して、この領地の自治権を奪うつもりなんだ。全部、帝国の弁務官の絵図なんだよ」
イズモが無精髭を撫でながら尋ねる。
「で、俺達に何を頼むつもりなんだ? その反乱に協力しろって言う気か? たかだか船旅やってる連中に。この中に従軍経験者なんておらんぞ」
ナレスが鋭い眼光で居眠りしているシウランを睨みつける。
「赤毛の娘! 寝るな! お主に期待しておるのだ! 儂は昼間の出来事を良く覚えておる。よく我が身を顧みず、少女を救った。しかも話を聞けば、悪郎の自慢の護衛官であるカーリーを火炙りにした青毛の娘より腕が立つと聞く。主に帝国軍の足止めを頼むつもりだ!」
ルドラがクスクスと笑う。
「けどお師匠、コイツ、俺と歳が同じくらいだよ? 大丈夫なの?」
居眠りしてるシウランをしばきながら、ルァも食ってかかる。
「冗談じゃないわ! 軍隊相手に戦えって言うの? できる訳ないでしょ!?」
ナレスは答える。
「無論、礼は弾む。街に跋扈する銭の欲望に目が眩んだ高利貸の連中から奪う財を惜しみ無く報酬に当てよう」
ルドラが渋い顔をする。
「けどその褒賞も不渡りなりそうだよね。よし、お師匠、コイツと立ち合ってくれよ。まずはその腕を見たい。一騎当千のお師匠と渡り合えたら、この商談は成立だ」
「御意。青毛の娘、早くそこの赤毛を起こせ!」
寝ぼけてるシウランの胸ぐらを掴み、頭を揺らしながらルァが起こそうとする。
眠そうな顔をしたシウランがルァに尋ねる。
「ふにゃあ、あ、ルァ。話し終わった。結局どうなった?」
「あんたが目の前の坊さんを叩きのめしたら、私達、大金手に入るのよ! 気合い入れないと水魔法でしばくわよ!」
ルァの激しい剣幕に動じることなく、シウランはこれから戦う相手を品定めする。
武器の類は持っていないようだ。
シウランが念の為に聞く。
「おい、スケベ坊主。獲物はいらねーのかよ?」
ナレスは毅然と答え、身構える。
「童の女御相手に剣なぞ不要! いざ尋常に参る!」
久々の徒手格闘にシウランは胸を躍らせ、目を輝やかせる。
側にいたライエルやイズモはそのやり取りに唖然としていた。
無表情のデーヴァがイズモに意見を言う。
「提案します。二人が対峙している時に、奥にいる少年を人質に取れば勝算が上がります」
ルァがデーヴァを白い目で見る。
「貴方たまに、こういう卑怯なこと言い出すから怖いのよ……」




