4話 奪われた家族
一週間後
シウランは子猫のキアにドレスを着せて、愛おし気に、ニヤニヤ笑みを浮かべている。
その様子を見たルァが呆れ果てていた。
「何してんの?」
「見ろよ、ルァ。このドレス、作るのにすっげぇ手間と時間がかかったんだ。キアも気に入ってくれてる!」
「……猫用のドレスを作ったの? ……あなた見かけによらず器用ね……」
「他にも作ったぞ」
シウランは手のひらサイズの鎧や軍服、修道女の衣装をルァに見せつけた。
あまりの見事な出来具合に思わずルァは引いた。
ルァの反応に気にする素ぶりもなくシウランはキアに次の衣装を着せた。
「さぁキア、今度は英雄の甲冑だ。お前のために剣と盾も用意したんだ! さぁ構えるんだ、ほら、ドラゴンだぞー!」
シウランはキアの前にドラゴンの土人形を用意した。
屈強な女闘士が子猫きメロメロになっている異様な光景を見て、思わず溜息を吐くルァ。
「猫が剣なんか持てるわけないでしょ。……その土人形もあなたが?」
「いや、これは隣の売人のジャンの家からパクってきた。アイツ、こんなの作って何が楽しいんだ?」
ルァは思わず、ツッコミそうになるが、言葉を殺し、話題を切り替える。
「さっさと仕事の準備しなさい! 病院に薬届ける日でしょ! 荷物が山のようにあるから、一気に持って来なさい。馬車代が勿体無いから全部手運びよ!」
シウランは残念そうな顔をして、子猫にキスする。
そして愛するキアのために作った小さなベッドに座らせた。
「キア、いい子で留守番するんだぞ。ああ、爪研ぎは思いっきりやっていいぞ。やっちまえ!」
キアの前にはギザギザに爪研ぎで刻まれた、闘技場の支配人の似顔絵があった。
キアは出かけるシウラン達に愛くるしい鳴き声をかけた。
「キューン」
夕方。
シウラン仕事を終えて、病院を後にする。
「前に対戦したチャンピオンがまだ入院してたとはな……。手加減したんだけどなぁ……」
「可哀想に、未だに流動食を食べているわ……。なんで猫の服作る器用さはあるのに、肝心な所で不器用なのよ! この脳筋女!」
「何とでも言え、オレにはキアがいる」
「じゃあ愛するキアのために早く定職に就くことね」
相棒の嫌味を気にすることなく、ご機嫌そうにシウランとルァは帰路を歩く。
すると突然大雨が降り出す。
雨から逃げるように二人は走っていく。
「ニュークの通り雨は困るわ」
「だな、借家が雨漏りしてるかもしれねー。キアが濡れる。早く帰るぞ」
不幸はこの雨のように突然起こるものだ。
誰もそれを避けることはできない。
それは予想できないものなのだ。
不幸が訪れたら、人はただ受け入れるしかできない。
我が家を前にし、シウランは雨になすがままに打たれ、呆然自失していた。
扉は破壊され、部屋の中は散乱している。
隣にいたルァは青い長髪を掻きむしる。
「空き巣……!」
すぐにシウランはハッとする。
「キアーー!!!」
子猫の名を叫びながら、散乱した部屋に入り、愛する子猫の姿を探す。
残念ながら影も形も残っていなかった。
愛するキアはいなくなっていた。
シウランは雨音をかき消すように叫んだ。
「キアーーーー!!!!!!」
通報に駆けつけた憲兵が項垂れるシウランに優しく声をかける。
「残念だったな、ニュークじゃよくあることだ」
シウランは項垂れながら俯くことしかできなかった。
「金目のものが物色された様子はない。幸いだったな」
シウランは救いを求めるように憲兵に尋ねる。
「……犯人は見つかるのか?」
「空き巣はまず捕まらない……」
憲兵が立ち去り、ルァが静かに話しかける。
「ねぇ、家にあった金庫すら無事っておかしくない? 空き巣は何のために私達の家を漁ったのよ? まぁ隠してたハッパを持って行ってくれたおかげで憲兵もすんなり帰ってくれたけど……」
ルァの言葉にシウランはハッとなる。
ハッパがない!?
ルァはいつもどこでハッパを手に入れてる?
シウランは隣に住む売人のジャンの部屋を鋭い眼光で睨みつける。
空き巣は部屋を間違えたことをシウランは察した。
そして空き巣がキアを奪い去った。
シウランは赤い長髪を殺気とともに逆立たせていた。
野生の嗅覚で真相を突き止めたシウランは、ギロリと隣の家を睨む。
まるで肉食獣が獲物を狩るような眼光であった。
ニュークの通り雨は止んでいた。
静寂の闇の中に殺意の炎が揺らめいている。