36話 オスマン自治領
煌めく太陽の光が暗い夜の海に昇り始め、朝を知らせる。
シウランが日課の腕立て伏せをしているとき、ルァがその上に座ってハッパを吸ってるとき、デーヴァがキアに朝食をあげているとき、イズモが双眼鏡で周囲を警戒しているとき、ライエルがベッドで熟睡してるときだ。
水平線の先に陸が見えた。
久しぶりの陸の姿に一向は感動した。
無邪気にはしゃいで、嬌声を上げる。
「やっと陸だ!」
「久しぶりに地面を歩けるわね。揺れる船内生活は疲れたわ」
イズモがデーヴァに尋ねる。
「航路予定のオスマン自治領の沿岸であってるよな?」
デーヴァがキアを抱いて静かに頷く。
「はい、このまま船行すればオスマン領の港街、ダキアに到着します。一度ここで補給を行うのですよね?」
イズモが顎の無精髭を撫でながら指示を出す。
「こんな金ピカの船だ。目立つと面倒だ。街から近くの漁村に船を停めよう」
ルァが文句を言う。
「ちょっと、漁村じゃハッパは売ってないわよ。それにまだ帝国の領内なのに、なんでわざわざ密入国するみたいな真似しなきゃならないのよ?」
イズモは呆れたようにぼやく。
「……お前らこないだまで海賊連中に襲われたの忘れてるだろ? 奴等に見つかると面倒だ。なるべく目立つ行動は避けるべきだ。デーヴァ、近くの漁村まで航行するように進路変更だ」
デーヴァがデスクのモニターを素早くタッチして船のナビゲーションを始める。
片手で腕立て伏せしているシウランが背に乗ってるルァに尋ねる。
「オスマン自治領ってのどんな街なんだ?」
ルァがしけたハッパに火をつけながら、答える。
「帝国の貿易都市の一つよ。帝国に馬鹿高い税金納めて、自治権を手に入れた珍しい都市よ。おかげで帝国では迫害対象になってる獣族やリザードマンなんかが暮らしているわ。外国人とかもいっぱいいるわね」
イズモがそれに補足する。
「その分、貿易で栄えてるから、世界有数の港湾都市だ。帝国海軍とオスマンの私兵警備隊とかいるから少しややこしいがな。あの街じゃ、領主の立場が帝国軍より強い。まぁ治安も良いし、街の暮らしも豊かだ。ニュークみたいなスラムなんてない。海賊連中も派手に暴れたりはしないだろう」
二人の説明に頭がパンクしたシウランはルァをどかして、立ち上がり、船室に入る。
「寝てるライエル起こしてくるわ!」
シウランの元気の良い背中を眺めながら、ルァがイズモに尋ねる。
「補給って言ったって、お金なんてあるの?」
イズモがニヤリと笑みを浮かべる。
「香辛料を積んで置いた。向こうじゃ高く売れる。前の貿易会社の得意先もあるから大丈夫だ」
「食糧は積み忘れた癖にこういう所を抜け目がないのね……」
ルァに痛い所をつかれたイズモは双眼鏡を持って再び付近の警戒を始める。
シャイン号は海原を裂き、潮風を切って、漁村へと航行をした。
漁村に辿り着いたシウランは我が目を疑った。
村が無人なのだ。
漁村は廃村と化していた。
ウミネコの鳴き声だけが無情に響き渡る。
シウランが訴えるような目でイズモを見た。
イズモも不可解そうな顔している。
「おかしいな。ここの漁村は街への海産物とかで賑わっていたはずなんだが……」
ライエルが慌てるように結論を出す。
「地域格差問題ってヤツですよ。みんな田舎より、都会の暮らしに憧れて、そこに移り住んだんですよ!」
無表情のデーヴァがゆっくりと指を指す。
「人影があります。ゆっくりとこちらに近づいてきます」
デーヴァが指を指す方向にシウラン達は身構えると、子供の姿が現れた。
顔を覆面で隠し、ナイフを片手に持ち、血走った目でシウラン達を見つめている。
それを見たルァは大きく溜息をついて、吸っていたハッパを放り投げた。
「なんて歓迎のされ方なのかしら、嬉しくて涙が出てくるわ。どこの誰かしら、治安が良いって言ったのは? 海賊に追い回されたと思ったら、次は盗賊? しかもナイフを持った子供が相手よ」
イズモは嫌味を言うルァ睨みつけ、火縄銃を構える。
シウランは子供が一人とはいえ、身構えながら、周囲を警戒し、対峙する相手を観察する。
「おい、ルァ。あのチビっ子の盗賊。一人だけっぽいぞ。しかも動きが素人だ。本当に漁村の住民じゃねぇよな?」
シウランの言葉にルァは嘆息する。
「相手は子供なんだから、手加減してよね。あと、村の状況も知りたいから、無抵抗にして捕まえるわよ」
「スラム流の取り調べをしてやるぜ!」
「あら、下剤はあるけど、下痢止めがないわ。コルクを使おうかしら」
シウランとルァのやり取りにライエルはあの時の恐怖が蘇り、顔が青ざめる。
脱兎の如く、二人の達人が子供の盗賊に襲いかかる。
その姿、まさに獅子白兎を形象していた。
瞬く間に制圧された子供の無情で悲痛な叫び声が廃村に響き渡る。




