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33話 ウミガメのシチュー

 

 シウラン一向がニュークの港へ旅立って3日が経った。


 シウラン達を乗せた金色に輝くシャイン号は青い大海原を駆け、今は大海の中心にいる。


 見渡す限りの水平線、空には海鳥もいなく、ここが陸から離れていることがよくわかる。


 望遠鏡でイズモも周辺を警戒するが、この海の景色の中には自分達しかおらず、海面から飛魚の群れが宙を跳ねる姿しか見当たらない。

 先日出た、危険な肉食獣がいる気配もない。

 耳に聞こえてくるのは、停泊する船の側で海中を泳いでいる少女達の楽しそうな笑い声だ。

 シウラン、ルァ、デーヴァ、しかも猫のキアまで海面で無邪気に泳いで、楽しそうに魚達と戯れている。


 アイツらよく水着なんて持って着てたな……。

 こっちは着の身着のまま、この船に乗り込むハメになったから、替えの服すら持って来ていないというのに……。


 調子に乗ったシウランが海中で高速回転して、大渦を作り、船体が揺れ、洗濯をしていたライエルがすっ転んでしまった。

 シウランの度が過ぎた遊泳に堪らず警戒していたイズモが怒鳴りつける。

「シウラン! 真面目に魚を捕まえろ! 食糧調達の為に泳いでもらってんだ! 遊んでんじゃねぇ!」

 イズモの怒声にルァが抗議する。

「何よ、航海士の癖に見張りしか出来ないじゃないの。魚捕まえるのに、網の一つぐらい用意しときなさいよ。使えないわね」

「悪かったな! お前らが港でドンパチやってくれたおかげで釣竿すら持って来れなかったよ! おかげで手掴みで魚捕まえるハメになったよ!」

 クラゲを両手で持つデーヴァが尋ねる。

「イズモさん、こないだシウランが肉食獣を捕獲したと記憶していますが、それはどうしたんでしょうか?」

「今派手に泳ぎ回ってる奴が2日で平らげやがった。あと、デーヴァ、今お前さんが持ってる奴は調理が難しいから、別の獲物にしてくれ」

 デーヴァが頷くと、クラゲは海に帰り、海中に浮かぶように泳いでいく。

 その姿をデーヴァは嬉しそうに微笑んで見つめていた。

 優雅に海面に浮かびながらルァはシウランを眺める。

 シウランは海中で泳ぐ魚達と競うように泳ぎ、大きな魚を狙って捕まえようとするが、寸でのところで避けられた。

 ルァはその姿に小さな笑みを浮かべて、船の上にいるイズモに聞く。

「海にいる生き物なら何でも食べれるの?」

「ああ、珊瑚礁以外なら大抵はな。毒フグや海蛇だって調理に気を使えれば捌ける」

「アレも?」

 ルァが指を示す方向に目を向けると、人間ほどの大きさの海亀を捕まえたシウランが満面の笑顔でイズモに呼びかけた。

「デッカい獲物捕まえたぞ!どうだイズモ!」

 シウランの功績を讃えるように海面に浮かんでいたキアが鳴く。

「キューン」

 イズモは頭を掻きながら、答える。

「何でお前は魚類を捕まえないんだ……。ああ、食べれるよ、今夜は海亀のシチューだ」

 海面からシウランが渾身の力を込めて巨大な海亀が放り投げられ、看板へと叩きつけられた。

 衝撃で気絶したせいか、海亀はぐったりとしている。

 それを見てイズモは思った。


 おかしい、船旅のはずなのに魚の味が恋しい。

 刺身が食べたい。

 何でこんなものばっかり捌かなきゃならんのか。


 少女達が海水で戯れる無邪気な笑い声が大海原に響き渡る。



 シウラン達はイズモによって見事に調理された海亀のシチューを見て、感嘆の声を上げる。

「あんな生き物でも食べれるのね」

「なんだかビーフシチューみたいです」

「旨そうだな、なんて料理なんだ?」

 イズモが少女達の感想に意外そうに答える。

「ああ、陸育ちだから海亀を知らんのか。船乗りじゃ結構定番の料理なんだがな。海亀のシチューだ。ちょっと東洋風の調理法だがな」

 ルァが眉を顰めて、イズモに抗議する。

「今、亀って言ったわよね。亀があんな大きい訳ないでしょ」

 イズモがやれやれといった具合に両手をあげて、返答した。

「海ってのはな。生き物を大きくする力があるのさ。お前達が今まで見て来たのは多分川のミドリガメなんだろ。海ってのは陸より大きな生き物で溢れてんだ。まぁそのうち鯨とかに会えるさ」

 するとシウランがキョトンとした顔する。

「前にニュークのスラムにいた時、そのウミガメのシチューって言うヤツ食べたことあるぞ。そうか、調理法でこうも変わるんだな。前食べたヤツはクリームシチューみたいに、もっと白かったぞ?」

 デーヴァが興味深そうにイズモの料理を眺める。

「凄いです。料理というのは、作る人によって赤くも、白くもなるのですね。勉強になります」

 ライエルも同意する。

「ニュークの料理は西洋風ですしね。ウミガメってのは湾岸部でも食べれるものなんですね」

 すると眉を顰めたルァが疑問を口にする。

「ちょっと嘘つかないでよ、シウラン。私、海亀なんて生き物初めて知ったのよ。ニュークにこんな料理ある訳ないでしょ」

 イズモもシウランに聞く。

「ん? 海亀のシチューなんてのは船乗りぐらいしか食べないはずだし、ニュークの沿岸部には棲息してないはずなのに、おかしいな。シウラン、お前なんか勘違いしてないか?」

 シウランが抗議する。

「んな訳ねー! 俺はあの味を覚えてる! ニュークのスラムに流れついて、飢えに苦しんでいた俺を救ってくれた料理なんだ! 忘れる訳ねぇ!」

 ハッとしたルァが目の前のシチューを眺めながら、ゆっくりとシウランの方へと向く。

「ちょっとシウラン、その時の話、詳しく聞かせてくれないかしら?」

 ルァの真剣な眼差しに思わずシウランは狼狽えるが、思い出すかのように語りだした。

「スラムに流れついてよぅ。あんまり馴染めなかった時期があったんだ。物乞いみたいに地面にうずくまってたんだ。けど腹が空いて、ここで死ぬのかと思った時なんだ。いつも隣に座っていた足の悪い爺さんが、俺に温かい白いシチューをくれたんだ。感激したぜ。こんな美味いもんがこの世にあるのかとさ。こんな流れ者の俺でも優しくしてくれたことに涙が出ちまったよ。おかげで生きる希望が湧いて、あの街でも逞しく生きてこれたのさ……」

 瞳に涙を溢しだしたシウランに、首を傾げたイズモが尋ねる。

「お前は何でそのシチューが海亀のシチューって知ってんだ?」

「海亀のシチューだって、その爺さんが去り際に教えてくれたんだよ……」

 ルァが唇を震わせながらシウランに恐る恐る聞く。

「その老人はどうしたの?」

「シチューくれたら、立ち去っちまったよ。けど爺さん、最後には片足が無くなっちまってな……。一本足で不自由そうに歩いて行ったよ……」

 シウランの話を聞いたルァはゴクリと唾を飲み込み、イズモに目を合わせる。

 イズモも額から脂汗を垂れ流してしまった。

 呑気なライエルが思い出したかのように話し出す。

「ああ! 思い出した! それと似た話を知ってます。そうそう、確かウミガメのスー……」

 ルァがそれ以上言うなとばかりに無詠唱水魔法でライエルの口を塞ぐ。

 そしてイズモと両目を合わせて頷き、シウランを説得する。

「シウラン、残念だけど、今晩の料理は食べちゃダメよ……」

 イズモも同意する。

「ああ、これを食べたらお前は一生後悔する……」

 二人の真剣な表情に戸惑うシウランを脇目に、デーヴァが目の前の海亀のシチューを口に運ぶ。

 とても眩い笑顔でシウランに味の感激を伝える。

「とっても美味しいです! こんな素晴らしい料理があるんですね!」

 その無邪気なデーヴァの笑顔にルァが殺意の眼差しで睨みつける。

 そして小声で囁く。

「……ちょっとは空気読めよ……ポンコツ……!」

 ルァの罵倒にデーヴァは思わずキョトンとしてしまう。

 しかし空腹だったシウランは限界だった。


 目の前の料理、その美味しそうな香りが鼻をくすぐり、気づけば、ルァやイズモの制止を無視し、その皿を平らげてしまう。


 その行動にルァとイズモは顔面蒼白になった。

 しかし、シウランは満面の笑顔で鍋から皿に料理を盛り付ける。

 そして眩しい笑みを浮かべて、ルァに告げる。

「そうそう、この食感、この味だよ! これが俺を救ってくれたんだ! ルァも早く食べろよ! スゲェ美味いぞ!」


 その言葉を聞いて、ルァとイズモは心の底からホッとし、堪らず項垂れてしまう。


 ルァはシウラン同様、この味を忘れることは生涯無かった。


 その味は安心と生への感謝を感じさせてくれた。


さぁ航海の日常だ!


なるべく船旅の日常回は増やしていきたいですね!


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