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32話 海の恐怖

 

 夕陽が水平線へと沈みかけ、薄暗くなった空に、渡り鳥の群れが飛んでいっていた。


 船内の荷物を確認していたイズモが頭を掻く。

「しまったな。水は一週間分あるんだが、食糧を詰め込み損ねた。近くの港で買い出す必要があるな」

 イズモの言葉にシウランが疑問を口にする。

「ここは海なんだから、メシなんて魚食べればいいんじゃねぇのか?」

 シウランの発言にルァは眉を顰める。

「えー私、魚嫌いなんだけど」

 ライエルが胸を張る。

「僕、料理得意ですよ。サバイバルで培った料理技術を見せてあげますよ!」

 デーヴァが思いついたように呟く。

「そういえば今日は食事をしてませんね。色々と騒動があったので摂取する時間がありませんでした」

 船内からシャインの声が響く。

「この近海では多種多様な海洋生物が棲息しています。特に魚類はカルシウムが豊富で健康に良いですよ。食後にシャワーを浴びて、リラックスして睡眠をして下さい。船内の福利施設は万全であります。現在自動運行システムを起動しておりますので快適に過ごして下さい」

 皆の言葉を聞いて、イズモが頭を掻きながら溜息をつく。

「お前らなぁ……。まぁ数日は魚だけでも持つと思うが、この先魚ばっかり食べてたら、栄養失調で死ぬぞ。デーヴァ、確かこのままシンドリア海を南東に進めば、オスマン自治領の港があるはずだが、そこまで航行できるか?」

「問題ありません。5日ほどで到着が可能です」

「よし、そこで食糧と水の補給だな」

 イズモの提言にシウランが口を挟む。

「おい、オッサン、何勝手に決めてんだ。ネムを助けるんだ。真っ直ぐに目的地までいくぞ」

「……お前、この船旅が何ヶ月続くと思ってんだ。眠り姫が目覚める前に、俺達が先にくたばるぞ。言っただろ。水も一週間分しか無いって。それをシャワーに使うだと!? お前ら船旅舐めてんのか! 旅行じゃねぇ!」

 苛立ちを隠せないイズモの言葉にシャインが意見する。

「イズモ、このシャイン号は海水を濾過し、淡水に変える機能があります。水道設備は整っています。衛生面の観点から、飲料水として推奨されませんが」

 ライエルがその言葉を聞いて驚く。

「何でも出来るんですね。この船! 凄いな! 海水を水に変えるなんて魔法みたいだ!」

 ルァがライエルをチラリと見て呟く。

「何だったら私の水魔法で作った水飲んでみる? 今まで怖くて飲み水として使ったことないから、貴方で実験してみたいわ。……それでネムの容体は大丈夫なの?」

 デーヴァが少し悲しそうな表情を浮かべながら答える。

「現在、シャインの生命維持装置の中で治療していますが、意識が戻る様子はありません。やはり適切な治療措置が必要です」

 辛い顔を浮かべたルァが嘆息して、シウランに話かける。

「シウラン、焦っても仕方ないわ。とにかく航海経験が豊富なイズモに従うべきよ」

 シウランが深く深呼吸して、心の整理をつけた。

「……ああ、そうだな。船のことは任せるよ。ちょっと夜風に当たってくるわ」


 ルァはシウランの背中を見送り、船室の扉を乱暴に閉めたのを見た後、皆に言う。

「アイツ、頭が筋肉でできてるから、色々と面倒臭いのよ。みんな、扱いには注意するのよ。言葉を話す猛獣だから、あんまり刺激しちゃ駄目よ。イズモも年上なのはわかるけど、あんまり突っかかると、噛みちぎられるから言葉には気を付けなさい」

 ルァの言葉に船内にいた者達が静まり返る。

 イズモが小さな声で毒つく。

「今度の雇い主は猛獣で、それが船長かよ。クソブラックじゃねぇか……」

 するとシャインの声が響き渡る。

「おっと私としたことが失念しておりました。室温が高いようですね。空調機を作動させます。室温を23°に設定します」

 すると船内に冷たい風が流れ込み、夏の暑さに熱った皆の身体を冷やす。

「あー涼しい……。船旅って意外に快適ね。街の暮らしよりいいわ」

 ライエルも同意する。

「遺跡探索なんかより、全然楽じゃないですかー」

 航海経験のあるイズモが声を震わせた。

「この船が色々とおかしいんだよ……」


 すると、突然、船の外から、けたたましい雄叫びが訪れた。


 あまりの衝撃音に船内は激しく揺れ、皆の鼓膜を痛めつける。


 皆が堪らず耳を抑え、身を縮める。


 思わずルァが叫ぶ。

「何が起きたの!?」

 ハッとした顔をしたイズモがこの雄叫びの主に気付く。

「しまった! この海域には獰猛な海洋肉食動物がいるんだ! 海賊ばかりに気を取られた!」

 デーヴァが申し訳無さそうに謝る。

「すいません、海上水域の警戒はしてたのですが、海中の探査を怠ってしまいました……」

 ライエルが顔面蒼白して気付いた。

「シウラン! あの娘、外に出ちゃいましたよ! 危険だ! すぐに呼び戻さないと!」

 しかし激しく揺れる船内で全員が起き上がれずにいた。


 すると稲妻が落ちたかのような咆哮と共に、船がまるで高くジャンプしたかのように揺れ動き、ルァの頭が天井にぶつかり、すぐに床に身を叩きつけられる。


 ルァがシウランの身を案じる。


「……ごめんなさい、シウラン……」


 衝撃に身を耐えながら、イズモが分析する。

「大型の帆船なら襲われることはないんだが、この小型船だ。餌と思われたんだろう……。クソっ! こんなところでくたばるとは……!」


 すでにライエルはショックのあまり失神している。下半身を濡らして。


 しかし妙なことに気付く。


 先の激しい揺れから、船内は静まり、揺れもない。


 諦めてくれたのだろうか?


 それとも今度は船が沈むような衝撃が来るのだろうか。


 静寂が船内を包む。


「キューン」

 キアの鳴き声が聞こえた。


 一瞬、その猫の鳴き声ですら、身を縮めてしまうほどの恐怖が襲った。


 すると突然、船室のドアが開く。


 全員が戦慄する中、現れたのはシウランのご機嫌な笑顔だった。

「ルァ、でっけぇ獲物仕留めたぞ! コイツは魚じゃないから食えるぞ!」

 ルァはシウランの無事な姿に安堵した。

 そしてすぐに呼び叫ぶ。

「今は危ないから船内に隠れて!」

 シウランは首を傾げ、逆に甲板に来るように手招きした。

 ルァはシウランの姿をよく観察する。


 その姿は血塗れに染まっていた。


 それを見て、ルァは堪らず絶叫する。


 状況を把握したいイズモは重い足取りでシウランの所まで近づく。

 するととんでもない光景に腰を抜かしてしまった。


 首長竜の頭部が甲板に転がっていたのだ。


 よく見ると、海面には大きな胴体が力なく浮かんでいた。


 冷静にそれを見極める。


 看板に転がっているのは海のギャング、プレシオサウルスの生首だ。


 まさか、たった一人。

 しかも武器も持たずに退治したというのか!?

 海賊や海軍ですら苦戦する海の怪物を!? 

 強い強いとは思ってはいたが、こんな真似が出来るのか!?


 イズモは戦慄した。


 この血塗れの少女の姿に。

「す、凄いじゃないか……。……シウラン……お、お手柄だな……」

 シウランは少し頬を赤らめて、微笑む。

「まぁこんなの楽勝だよ。人間じゃないから本気で殺すつもりで仕留めたからよ。これ、料理とかに出来るかな?」


 イズモは再認識した。


 新たな雇い主は猛獣ではない。

 自分は怪物を主にしたと。

 

 ルァが駆け寄る。

「大丈夫!? 怪我は無いの!?」

「擦り傷ぐらいだ。それより返り血がベットリだぜ。一緒にシャワー浴びて、スッキリしよう。シャイン、シャワー室まで案内してくれ」

 シウランの呼びかけにシャインは答える。

「シャワールームは一階の奥にあります」

「サンキュー、じゃあ行こうぜ。ルァ、おーそうだ。デーヴァも来いよ、キアも連れてってくれ。楽しく流しっこしようぜ」

 デーヴァはキアを抱き、シウランとルァを一階の階段まで案内する。

 まるで何事もなかったかのように平然とした表情で。


 その三人の少女達の後ろ姿を震えながらイズモは見送る。


 化け物だ。

 この船も、乗ってる奴らもイカれてやがる。


 そしてイズモは瞬く星々に向かって叫ぶ。

「こんな現実クソ喰らえだー!!!」



 その日の夕飯はプレシオサウルスのステーキだった。

 シウランは20皿を平気で平らげた。

 その食べっぷりは獰猛な肉食獣を彷彿させる。

 シウランの屈託ない無邪気で満足そうな笑顔に、イズモの顔がひきつる。



 イズモは人生の教訓の中に、生き残るには強者の機嫌を伺うことが肝要だと肝に銘じた。


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