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22話 招かれざる客

 

 銀仮面が部屋に戻るとテーブルの椅子に招かざる客が座っていた。


 大柄な体躯、このホテルの風情には似つかわしくないボロボロの胴着、烏のように黒い髪の毛を無造作に短く切った男、男はその筋骨隆々した右腕で盃に茶色の酒を注ぎ、みたす。

 そしてそれを一気に飲み干す。

 そして銀仮面に振り返った。

「先に一杯やらせてもらってる。星霜のシュナ」


 銀仮面は罰が悪そうな顔を仮面で隠しながらぼやく。

「武神、貴方を招いた覚えはないのですが……。帰ってくれませんか? 大事な客人が来るんですよ」

 武神と呼ばれた男は銀仮面の言葉に耳を傾けることなく、構わず次の酒を盃に注ぐ。

「遺跡ではやってくれたな。帝国軍がやっとの思いで、探索した魔道具を横から掻っ攫ったんだろ?」

 銀仮面は武神と呼んだ男に対面する位置でテーブルに座る。

「あれは魔道具じゃない、単なる小型船ですよ」

 武神と呼ばれた男は無精髭を撫でながら、鋭い視線を銀仮面に送る。

「委員会を舐めるなよ。今まで遺跡に無関心だった貴様がこの街にやって来て、その古代の産物に手を出したんだ。隠し立ては許さんぞ」

 銀仮面は降参するように肩を竦める。

「これだから、人間という生き物は……。船はこの街の港に停泊してありますよ。好きに調べて下さい。せっかくの家族との帰省を楽しみたかったんですが……。貴方が来てはそうもいかないみたいだ」

 武神と呼ばれた男の眉間に皺が寄る。

「……家族? お前の……?」

 仮面の下でほくそ笑むように、銀仮面は囁く。

「ええ、赤毛の娘です。やっと見つけたんですよ」

 武神が盃に浸させれた酒を一気に飲み干す。

「奇遇だな、俺の弟子にも赤毛の娘がいる」


 武神の言葉が銀仮面の琴線に触れた。

 凄まじい殺気が二人の間の空間を歪ませる。


 銀仮面が怒りの混ざった声で肩をわなわなと震わせた。

「……とぼけるなよ。お前が大戦の後、拾った赤子だ。私に隠して育て上げたことまでは調べてある……。お前も委員会も舐めた真似しやがって……」

 銀仮面の口調が乱暴になる。

 その様を見て武神がニヤリと笑みを浮かべる。

「なら、遺跡で見つけた魔道具のように奪えばよかったろ? それとも俺が怖くて手出し出来なかったのか? 星霜の賢者?」

 殺気が部屋に迸る。

 その圧力のせいか、部屋が軋み、窓に響が入る。



 すると部屋の外から足音が聞こえてくる。

 来客の知らせに、銀仮面は殺気を抑えながら声を絞り出す。

「貴方達はいつも邪魔ばかりします。家族水入らずの大事な時に……」

 武神が減らず口を叩く。

「まだ娘ではないだろう。中身は違う。シュナ、お前は根本的に人間を見下してやがる。悲しいな、同じ人として俺達を見てくれ」


 部屋のノック音が鳴る。

 銀仮面は武神の言葉を無視して、指をパチリと鳴らして、ドアを開ける。


 扉の先には金髪の少女、エコーが客人達を連れて来ていた。

 部屋の中の人物達を見たシウランとルァは驚愕した。

 銀仮面ではない、武神と呼ばれた男の姿を見て、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

「げぇ! 師匠!!!?」

「ひぃ! 師範が何でここにいるのよ!!!?」


 シウラン達に振り返り、武神は手をひらひらさせる。

「よぉ、元気そうじゃねぇか。お前らもお呼ばれされにきたんだろ? まぁ座れよ。説教はその後だ」

 銀仮面は溜息をつく。

「貴方は呼んでません」


 武神、シンはシウラン達の師であった。

 物心ついた時から、大陸の北の果てにある仙霊山でシウランとルァは師に育てられ、鍛えられていった。

 死ぬような過酷な修行を続けられ、自分達はこの北の大地の果てで朽ち果てる運命を呪った。

 そして師が留守の時を見計らい、二人は一年前に脱走した。

 留守居の高弟を半殺しにして、禁所にあった転移魔法陣に飛び込み、下界である中央大陸に逃走し、なんとかルシア帝国に辿り着き、そのスラムへと身を隠した。

 シウランとルァは追っ手が来ないように、転移魔法陣の祠を徹底的に破壊した。


 しかし目の前には自分達の師がいる。

 二人は知っている。

 この男の前では抗えないことを。

 この男の足元にも及んでいない自分達の無力さを。


 だが、逃げることならまだできる。

 ルァは身を翻し、必死にドアノブを捻るが扉は開かない。

 シウランが渾身の力を込めて扉に蹴りを放つが扉はビクともしない。

「無駄だ。結界を張った。大人しく座れよ」

 武神が指をくるりとさせると、シウラン、ルァ、ネムの身体は宙に舞い、椅子へと着地させられてしまう。

 あまりの出来事にネムはキョトンとしているが、シウランとルァの二人の顔は青ざめていた。

 ガタガタと身を震わせる二人を愉快そうに見ながら、武神は銀仮面に声をかける。

「これでいいんだよな? 星霜の」


 銀仮面はシウランを凝視していた。


 身を震わせ、付けていた銀の仮面が床へと落ちる。

 その素顔は青年の姿だった。

 そして頬に涙が伝っていた。

 涙が床に溢れる。


 その姿に思わずシウランはギョッとしてしまう。

 静かな声で武神がシウランに告げた。

「コイツはシュナ。巷じゃ星霜の賢者と呼ばれている。ちゃんと挨拶しろ、馬鹿弟子」

 促されたシウラン達はそれぞれ挨拶する。

「ネムです! 賢者様、武神様!」

「ルァです! 賢者様、この男を追っ払って下さい!」

「……シウランだ」


 シュナは挨拶を意に介さず震える腕でシウランに手を伸ばす。

 そしてシウランの頭を優しく撫でた。

 そして嗚咽混じりに、穏やかで優しい声をかける。


「……やっど……あえだ……あいだかっだ……」


 そしてシウランを抱きしめようと身を寄せるが、武神にそれを腕で制止されてしまう。

「ウチの愛弟子にお触りは厳禁だぜ?」


 シュナは殺意の籠った眼光を武神に放ち、周囲にその殺気を撒き散らす。

 武神の太い腕を掴み、感情の限り激昂する。

「大事な瞬間を邪魔しやがって! それに勝手に部屋に結界を張るといい! ブチ殺すぞ!!」

 武神はその様子を見てニヤニヤと笑みを浮かべた。

「そんな顔すんなよ、シウランが怯えてるぜ」

 武神の指摘にハッとしたシュナがシウランを見る。

 凄まじい殺気とシュナの行動にシウランは戸惑っていた。

 床に落としてしまった銀仮面をシュナはつけ直し、気を取り戻す。

「失礼しました。エコー、客人にお茶と朝食を用意して下さい。楽しい朝食をとりましょう。挨拶が遅れました。シュナとお呼び下さい」


 とても楽しく朝食をとる雰囲気ではないことをシウラン達は感じとった。

 先ほど掴まれていた武神の腕がありえない方向に曲がっている。


 伝説の賢者と武神の一触即発の空気感にシウラン達はすっかり気圧されてしまった。


 今、シウランとルァは自分達がボッタクリバーで懲らしめていた客の気持ちを心の底から痛感している。


 そしてシウランは心の中で叫んだ。



 誰か助けてくれ!!

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