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2話 神のハーブ


 闘技場の控え室で少女が水で顔を洗っていた。


 そしてついでと言わんばかりに、水を口に流し込む。


 ボサボサの濃い色の赤い長髪を後ろに一つにまとめ、肌は汚れてはいるが白く、身体つきは小柄で細身の女性らしさを残してはいる。

 しかしよく鍛えられているのがわかる。

 胸も豊かで女であることを強調させている。

 その丸顔は可愛らしい目鼻立ちをしていて、鋭い目元に、青色の瞳が印象的だ。


 シウランは試合後だというのに、疲れも見せず、すぐに腕立て伏せを始め、鍛錬に勤しむ。

 するとこの闘技場の支配人がシウランの控え室に入る。

 非常に険しい顔をしていた。

 シウランはそれを無視して、鍛錬を続ける。

「おい、シウラン。ちゃんと筋書き通りやれや! チャンピオンの座を賭けた戦いだぞ!? 最終ラウンドまで粘らせて、辛勝するって手筈だろ!? それをお前は……」

 捲し立てる支配人が鬱陶しいのか、シウランは声を荒げて反論する。

「手加減はしたぜ!? それに瞬殺の方が盛り上がったろーが! それよりさっきの飛び入りはなんだよ?」

「お前が瞬殺ばっかりして、しらけてきたから、こっちが手配した。そいつも秒殺しやがって……」

「やっぱりな! 腹いせに技の実験体にさせてもらったぜ。それより次の試合はいつになんだよ?」

「……お前が筋書き通りにやってくれんなら、相手を用意してもいいぞ」

「なんか含みがある言い方だな?」

 支配人が溜息をついてシウランに告げる。

「次はわざと負けろって意味だよ、馬鹿。それができないならクビだ」

 その言葉に反応したシウランは腕立てをやめて、支配人に掴みかかる。

「……本気か? ……ブチ殺すぞ!」

 シウランの剣幕に怯む支配人であったが、闘技場を取り仕切る者として毅然と告げる。

「なんだ不満か? やれよ! 殴り殺してみろ! さっきの野朗みたいにな! この脳筋バ……」

 シウランは支配人の言葉を遮るように、その鳩尾に掌底を叩き込んだ。

 堪らず倒れ込む支配人、しかし彼の発言がシウランの中で疑問に思った。

「おいハゲ、さっきなんつった?」

 悶え苦む支配人は苦しそうに呻めきながら答える。

「……さっきの飛び入りは死んだよ……。上手く揉み消してやろうと思ったのに……。お前はクビだ……」

 仕事を失ったショックと殺人を犯してしまった衝撃にシウランは思わず目眩がした。

「……嘘だろ……」


 ニュークの貧民街の片隅にあるボロボロの借家、そこの傷んだドアをシウランは力なく開ける。

 その散らかった部屋の奥にシウランの相棒がいた。


 サラサラと美しく長い青髪をしどけなく流し、肌は青ざめて見えるほど白い。

 髪と同じ濃い青の瞳は、今はどこかトロンとした眠気を湛えているように見える。

 その上、なんだか充血している。

 普段はキツく見えるほど知的な鋭さを持っているはずなのだが。

 シウランとは別の意味で少女らしい体躯は、細く華奢で、ペンより重いものを持ったことがなさそうだ。

 胸もシウランと違って控えめだ。

 水煙草のようなものでブクブクと音を立てながら、その煙を美味しそうに吸いながら、落ち込んでいるシウランに緩く手を振る。

 美少女も台無しのダウナーっぷりだ。

「あら、ずいぶん早いおかえりね。ニューク最強の戦士様にはなれた?」

 青髪の少女の挨拶にシウランは力無く答える。

「……ルァ、闘技場はクビになった……」

 シウランにルァと呼ばれた少女は含んだ笑みを浮かべていた。

「うん、知ってる。秒殺したそうね」

「……なんで知ってんだよ」

「隣の売人のジャン、イヤね。噂話が早く広まるのは」

「いやいや、早すぎだろ? それに売人のジャン? ルァお前が今吸ってるのって……」

「あなたも吸う? 神のハーブよ! この多幸感、たまらないわ!」

「それ、魔草じゃねーか! 身体に悪いんだぞ!」

「失礼ね、薬師の私が保証するわ、これは医療目的でも抜群の効果が発揮できる魔法の草よ! 今のしょげてるあなたにはピッタリの処方薬よ!」

「お前は健康だろ!? それにオレはそんな草に頼ったりはしねぇ!」

 するとルァが意地悪そうな顔をして、シウランを見つめる。

「あらあらずいぶん強気ね。人を殺した後だってのに」

 その言葉に静寂が走り、シウランが硬直しながらも疑問を口にする。

「……なんで知ってる?」

「隣の売人のジャン、それより殺し屋シウランさん、ついにやってしまったわね。いつかやるかと思ったけど」

 シウランがルァに詰め寄り、言い逃れを始めた。

「わざとじゃない! 殺すつもりなんてなかったんだ!」

「お願い、その血で汚れた手で私に触らないで……」

 ルァの言葉にシウランは膝を落とす。

 プルプルと身体を震わせていた。

「ごめんなさい、言い過ぎたわ……」

「いや、だからホントに死ぬとは……」

「シウラン! これ以上自分を責めてはいけないわ!

 ルァの意地悪な罵倒に、ついにシウランの心は折れた。

 床に跪き、目に涙を浮かべる。

 ルァがそんなシウランの肩を優しく叩き、神のハーブを差し出す。

「さぁこれでも吸って、一緒にハイになりましょう♪」

 シウランはルァが差し出すガラス瓶を奪い取った。


 そして新世界へと誘われていく。


 辛い現実から逃れるために。


 ガラス瓶から湧き出る魔性の煙をその肺に吸い込み、脳から溢れる多幸感の悦に浸り、溺れていった。


 その姿、まさに無法者(アウトロー)そのものであった。


 美しい少女たちが堕落していく様はこの街の不浄さを物語っていた。

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