18話 眠りから覚める遺跡
シウランは坐禅を組み、瞑想する。
深く息を吸い、ゆっくり吐く。
「……複体修術……」
するとシウランの身体から光が溢れて、それを横たわるルァを包む。
光の膜が二人の先ほど戦いで負傷した箇所を癒やし始めた。
シウランの腕の大怪我が塞がっていく光景を見て、ライエルは驚きを隠せない。
「凄いな……。僕も気は使えるけど、ここまでコントロールできない……」
傷が癒えたルァがゆっくり起き、そっけなく答える。
「シウランが絶好調だったら、戦いながら傷が回復できるわよ。貴方、ホントにアウトプットは苦手ね、精進しなさい」
坐禅を組み、手を合わせながら、シウランは答える。
「うるせぇ、まだ動くな。治療途中なんだからよ」
「大丈夫よ、身体は問題なく動くわ。ライエル、準備はできてるの?」
ライエルは胸に抱いたネムをシウランに手渡すと、自信満々に声を弾ませる。
「ああ、階段の下見は済んでる。罠も仕掛けもない。天井まで登るだけだ」
シウランがゆっくりと起き上がる。
「さてと、キアが待ってるぜ」
すかさずライエルがツッコむ。
「この先にあるのは遺跡だよ……」
四人が階段を渡り切ると、大広間が広がっていた。
広間の中心に巨大な柱が立っている。
ライエルはこの柱に何か仕掛けがあると直感した。
しかし、手帳を捲ってもこの柱の記述は載っていなかった。
持っていた小型のピッケルで慎重に柱を叩く。
すると、柱が揺れ動き、四人が聞いたこともない音を響かせる。
まるで生きてるかのようだ。
そして柱が語りかける。
『パスワードを入力して下さい』
ライエルを始め、シウラン、ルァも戸惑う。
「この柱喋るぞ! 生き物か!?」
「……まさかこんなしょうもないものが遺跡の財宝なの!?」
「二人共落ち着いて。きっと最後の試練だ。しかし『パスワード』……? 知らない言葉だ……」
構わず柱は続ける。
『四桁の暗証番号を入力して下さい』
ライエルは手帳を捲りながら頭を抱える。
「碑文にそんなこと書いて無かったぞ! 『パスワード』? 古代民族固有の言語か!? ここまで来て手掛かりが無いなんて……!」
ルァは溜息をついてライエルに尋ねる。
「ねぇ、ハッパ吸っていい? なんか疲れちゃった」
シウランがハッと思い出したように、ライエルに話しかける。
「なぁ、聖堂の下水道の奥にあったミイラの所に9999って文字が掘ってあったけど。お前、写し忘れてたぞ」
シウランの言葉に取り乱したライエルが聞き返す。
「えっ!? なんだって?」
「だから9999って数字を写し損ねたんだって!」
すると、柱が突然発光し、四人に語りかけた。
『コードが認証されました。これよりエントランスを起動させます』
すると地震でも起きたかのように、周囲が揺れ動き始めた。
振動のあまり登ってきた階段がガタガタと崩れ、崩壊する。
ライエルが揺れに耐えながら、シウランに叫ぶ。
「ああ! 入り口が! シウラン! 何をした!?」
同じく床の揺れを耐えながら、シウランは抗議する。
「俺は何もしてない! 俺のせいじゃないぞ!」
全てを諦めたルァがハッパを吸い出した。
「あーあ、最後の最後でヘマしちゃったみたいね? なんかこの床、上に上がってない? 天井も崩れ始めてるわ!」
ライエルが顔を真っ赤にしてルァに叫ぶ。
「こんな状況だからって、ここでハッパは吸うな! クソっ! こんな馬鹿二人がいたから、遺跡の怒りを買ってしまったんだ!」
ライエルが膝をガックリと落とす。
あまりの騒ぎに、それまで寝ていたネムが起きて、寝ぼけた声でシウランに話しかける。
「ふにゃ……。……地震? シウランまた海に来たの?」
シウランは起きたネムの頭を優しく撫でて力無く答える。
「おはようネム……。残念ながらここは海じゃない、洞窟だ。もうすぐ崩れ落ちるけどな……。お互い短い人生だったな……」
「へ? 洞窟? だけど、ここ海岸だよね? だって夜の海がこっから見えるよ?」
ネムの言葉に反応した三人は初めて気づいた。
洞窟の壁が崩れ落ちていっていることに。
そしてその先にニュークの海が広がっていくのを。
ニュークの浜辺を見下ろしている状況に、今さらシウラン達は気付いた。
シウランがライエルにおそるおそる尋ねる。
「ここって、もしかして浜辺の近くの海じゃねーのか?」
ライエルは声を出さず、深く頷く。
遺跡は眠りから覚めて、地上へと姿を現した。
ニュークの海中から巨大な塔が聳え立つ。
シウラン達は今その頂上にいたのだ。
振動が静まると共に、四人は落ち着きだした。
眼下の暗い海を呆然と眺めて、この塔の高さに驚きを隠せない。
光を明滅させながら柱がシウラン達に語りかける。
『メモリアルホールが解放されました。足元に注意して入場して下さい』
すると光の階段が地上へと降りていく。
もっともこの階段の下は海であったが。
シウランは安堵の息をついて肩に抱いたネムを立たせる。
「どうやら助かったみたいだぞ、ネム。おい、ライエル。遺跡とやらはどこだ?」
ライエルは乾いた笑いを浮かべながら、床を叩く。
「シウラン、何を言ってるんだ? 遺跡ならここだよ。私達は遺跡の上にいるんだよ! やったぞ! ついに遺跡を発見したんだ!」
咥えていたハッパをポトリと落として、ルァはライエルに尋ねる。
「遺跡の財宝とやらはどこにあるのよ?」
「財宝? ああ、君たちはそれが目的だったか、言ったろ、もうすでに話しはつけてあるって」
ライエルが指を指すと、ニュークの浜辺には松明を持った帝国海軍達が集結していた。
四人が光の階段を降りると、ボートに乗った制服将校がライエルに敬礼する。
「ライエル調査官、海軍の協力に御礼申し上げます! 依頼通り、この遺跡は帝国政府が管理及び、調査致します!」
それにライエルは握手で返す。
「いやぁ、命懸けの調査だったよ。ダークエルフのギャングや海賊に狙われるわで。遺跡のことは頼むよ」
するとルァがライエルの首を締め上げる。
「貴方! 政府の犬だったのね! 最初から私達を騙してたのね!? 財宝をよこしなさい!!」
すると帝国将校が申し訳さなそうに、鞄をライエルに手渡す。
「こちら報酬の依頼料です。遺跡の中の財宝には及びませんが……」
「ああ、このお嬢さんに渡して上げてくれないかい? どうやらお金が大好きみたいなんだ。金貨2000枚なら喜ぶと思うよ……」
ルァは呆気に取られて金貨が詰まった鞄を受けとる。
シウランはライエルに不満を漏らす。
「おい、キアはどこにやった? それもフカシか?」
すると別の将校が現れ、その肩には軍服を着た子猫がいた。
「キューン」
ネムが思わず声を上げる。
「キア! 制服コスチュームも可愛いね!」
シウランは涙を堪えて、震える手でキアの頭を優しく撫でる。
「キア……! もう離さねぇ……」
シウランの豊かな胸にキアは抱かれる。
「キューン……」
これまでのシウランの苦労を労うように優しく鳴き声を上げた。
すると浜辺から怒鳴るような声が響き渡る。
「おい! 縄から離せ! 帝国の犬め!」
スーフーヤの連中だった。
全員縄で縛り上げられていた。
ルァが優雅にハッパを吸い、暴れるマシュマーに煙を吹きかけるように告げる。
「あの、汚らしい黒耳長の連中は全員縛り首にしてちょうだいね」
ライエルが愉快そうに笑いながら、答える。
「安心しろ、当分アイツらは刑務所で臭い飯を食べてもらおう。この街の無法者の連中も暫く大人しくなるだろう」
シウランがキアを大切に抱きながら、悪戯っぽい笑顔でライエルに忠告する。
「おいおい、その無法者がこの遺跡を見つけてやったんだぜ。俺達を忘れるなよ」
ライエルが目をぱちくりさせて、笑顔でシウランに礼を告げた。
「ありがとう、シウラン。そうだね、今回は無法者にも助けられた。縁があったらまた会おう」
シウランはライエルに強い握手をした。
そして胸に眠るキアヌを撫でながら、ルァとネムに呼びかける。
「さぁ、お姫さん方、ご帰還だぜ!」
かくしてシウランの最初の冒険は幕を閉じる。
しかし、彼女は知らない。
自分が起こした遺跡に何が眠っているかを。
その遺跡から見つけ出されるものに運命を翻弄されることを。
この冒険が発端に過ぎないことを。
今はまだ何も知らないままだ。
遺跡編が終了です。
次章かシウラン達は船旅へと向かいます。
この序章、映画、「キアヌ」のオマージュです。
物語の最初に映画のオマージュをぶつけていくのがシリーズの風物詩にしたいと思っています。