116話 転生者
このワルドの世界にも異世界、特に現代日本からの転生者は実は存在する。
しかも一万人に一人の確率で赤ん坊に転生する。
しかし現実は厳しい。
ランダムで産まれてくるため、転生者の大半はマジョリティの平民や農民だ。
貴族、王族での出自などスーパーレアケースなのだ。
では転生者はこの世界でアニメや漫画、ラノベのように天才児として育ち、この世界で人生をやり直し、謳歌できるか?
否である。
別に転生者だからといって、特別な力を授かる訳でもない。
しかも転生者の大半は現代社会からの落伍者、ニートや恋愛童貞などが極めて多い。
現代知識を役立てようとしても、小学生の分数の足し算すら出来ない知能レベルの人間が大半だ。
何より平民や農民で産まれてきた場合、知識を手に入れることは極めて困難だ。
農業を生計しているコミュニティには本というものも存在しない。
この世界の識字率は極めて低いのだ。
文字を読めないのが平民にとって当たり前なのだ。
ここで転生者の知識チートは封じられる。
さらに転生者達が苦しむのが平民の環境だ。
当たり前だが、この世界の平民の生活は過酷だ。
トイレはボットン便所が当たり前、六歳ぐらいになれば農業の労働力とみなされ、酷使される。
水や食事も問題だ。
ミネラルウォーターなぞ、無論ない。
古びた井戸水から汲み上げられた濁った水を啜り、食事はカビの生えたカチカチのパンを日常的に食べる。
農村に医療設備などなく、村の怪しい言い伝えの薬を飲んで、病気や怪我の治療をする。
こんな環境下で恵まれた現代社会で頑張れなかった人間が本気で頑張れるか?
否である。
転生者の生存率は極めて低い。
十代まで生き延びただけでも稀有な存在だ。
大抵の転生者は最初の関門、赤ん坊の時点で脱落する。
そもそも転生者とは本来生まれるはずの赤ん坊の魂を乗っ取り、擬態して生まれる。
つまりこの世界で夫婦が愛し合った結晶が得たいの知れない存在にすり替わっているのだ。
その時点でアウトである。
もし愛しの我が子と愛してる存在が中身が異世界からきた中年と知った両親の悲しみは計り知れない。
そして長い歴史から転生者は生まれ、その存在は忌み子、狐憑き、悪魔憑き、と忌むべきものとして扱われた。
意外に転生者は赤ん坊のうちに見破られるケースが多い。
普通の赤ん坊と違い、泣くことが著しく少ないのだ。
特に夜泣きをせず、スヤスヤと就寝する。
決定的なのがモロー反射がない。
突然の音や抱き上げる時に後ろに傾けてしまう時などに、乳幼児は反射行動として、両手両足を広げて、背中をのけ反るような姿勢を取る。
同時に、顔は驚いた表情になり、瞳孔も大きく広がる。
だが中身が転生者であれば、この行動は取らない。
この程度の危険は問題ないと、脳で処理するのだ。
ここで両親や周囲の大人が怪しみだす。
集落には助産師がおり、その赤ん坊が純粋な赤ん坊の魂か、異物に中身がすり替わっているかの識別儀式が存在する。
それは危険予知能力が備わっているかの確認である。
助産師は長いお祓いの後、赤子を裸に剥き、刃の無いナイフを赤ん坊の眼前にかざし、腹を割くような儀式を施す。
紛うことなき無垢な赤子なら、まだ視力も発達せず、目の前のナイフを無邪気にも手に取ってしまうケースもある。
しかし転生者は違う。危険な刃物を眼前に見せびらかされて、恐怖で硬直する。
さらにその鋭利と思われるナイフが自分の腹を裂こうとするのだ。
身体を硬直させ、瞳孔を大きく開き、助けてくれと言わんばかりに、大泣きをする。
そして、全身から冷や汗が溢れ出てくる。
ナイフを危険な刃物と認識している証拠の汗である。
ここで大抵の転生者は脱落する。
そして忌み子の烙印を押され、山に捨てられるか、教会の収容所で監禁され、鉱山送りにされる。
他にも屋敷の離れで隔離され、一生を終えることもある。
この世界で転生者で成功した者は表舞台に決して出ない。
仮に成人まで奇跡的に生き延びても華々しい人生とは無縁の存在だ。
クロエの弟、ジャック=ヒューゲルもこの忌み子の烙印を押されて、この世界で生まれ、蔑まれて生きてきた。
幸い、クロエは獣族でも獣帝ベルクムントの末裔で由緒正しき武門の家柄で、血統を重んじる一族であったため、ジャックは山に捨てられることはなかった。
上の兄達の成人になるまでの影武者として生きていくことで、その人生を許された。
無論、両親からは憎まれ、周囲からは蔑まされていった。
ジャックの兄が家督を継ぎ、用済みになって追放されたところを実姉のクロエが引き取り、なんとか成人して、医師として生計を立てるまで育つことができた。
皮肉なものに、ジャックの転生前の職業は歯医者であり、周囲からは、
「歯医者は医者じゃない。事故が起きてもちゃんと通報してくれ、お前は診るな」
と、蔑まれてきたが、なんとか苦難な人生をやり直して、医師となったのだ。
この世界で転生して成人になった極めて稀有な存在だ。
だがこの世界は転生でやり直しができるほど温くはない。
忌み子として徹底的に蔑まれる存在なのだ。
そんな転生者とシウラン達の邂逅が始まろうとしていた。




