114話 リスタート
ライエル=シュターデンのアイデンティティはサラサラのブロンドの髪だ。
髪の色が祖国の身分の証明であったし、その黄金色の髪には家柄の矜持がある。
何せ王族と同じ髪の色なのだ。
ライエルにとって髪は誇りの象徴なのだ。
髪質も癖もなく、さらっとしたストレートでそよ風が吹けば美しく靡く。
ライエルは自慢の髪を毎日櫛で手入れをし、油脂でヘアスタイルを整えている。
腐っても名家の生まれを大切にしている。
例え、ハンター業、トレジャーハンターとしてボロボロの衣服を泥だらけにしても、自身の誇りのシンボルである金髪の髪は大切にしてきた。
ライエルは今日も欠かさず、入念に髪の毛の手入れをしている。
そんなある日、悲劇がライエルを襲った。
ライエルは自分の頭頂部が燃えるように熱くなり、悶え苦しむ。
そしてなんと、自慢のブロンドヘアがズルズルと指から抜け落ちていく。
手のひらに抜け落ちた毛髪の量は夥しく、ライエルは恐怖のどん底にいた。
咄嗟に手鏡を見る。
まるでどこぞの宣教師のように、頭の上がピカピカに禿げている自分の姿を見て、堪らずライエルは絶叫した。
「髪がーーーー!!!!!」
あまりの恐怖にライエルは目を覚ます。
咄嗟に自分の頭頂部を確認した。
そこにはフサフサのブロンドヘアがあった。
ライエルは悪夢を見たことに心底ホッとする。
しかし頭皮がチクチクと痛みを覚えた。
よく見るとシウランがライエルの傍らにいて、ライエルの自慢の金髪をいじっていた。
ライエルが良くシウランを観察しているとシウランがライエルの髪の毛を一本ずつ抜こうとしていた。
堪らずライエルは抗議するようにその行動を制した。
「痛っ……、シウラン、……何をやっているんです? やめて下さい!」
シウランがなんだ起きたのかと言わんばかりに残念な表情をした。
「いや、なかなか目ぇ覚まさねぇから、ルァとかけてたんだよ……」
シウランは何故か不貞腐れた顔して、ライエルに意味不明なことを告げた。
意識がはっきりしないライエルは誰か説明してくれる人間はいないか周囲を見渡そうとすると、不敵な笑みを浮かべたルァがいた。
その側には相変わらず無表情のデーヴァがいた。
ライエルはなんだか嫌な予感がした。
そのライエルの不安気な顔に教えてやると言わんばかりにルァがほくそ笑む。
「ライエルが髪の毛何本抜いたら目を覚ますかって、シウランと賭けてたのよ。シウラン、賭けは私の勝ちね。賭けごとって楽しいわね。早くベガスに行きたいわ」
ライエルは未だに状況が掴めていない。
現在判明していることは紅髪の小娘が自分のアイデンティティであり、名家の誇りでもある髪の毛を抜こうとしたことだ。
こういう時に正確な状況を伝えてくれるには最適な人材がいる。
デーヴァだ。
彼女は致命的に空気は読めないが、計算や状況解説能力だけは優れている。
ライエルは恐る恐るデーヴァに尋ねる。
「……デーヴァ、僕が寝ている間にシウラン達は何本抜きましたか……?」
デーヴァの手のひらの上に金髪の髪が一房、風に靡いていた。
「現在126本です。この社会では金髪の髪の毛は高く売れるとルァが教えてくれました。興味深いです。通貨と同じで髪の色にも価値基準が異なるのですね」
……126本!
あまりの残酷な事実に、ライエルの意識は揺らぐ。
そしてたまらず問いただす。
「ノォーーー!!! 僕の髪がっ! シウラン、抜いたのは前髪ですか!? 後ろ髪ですか!?」
ルァは呆れた顔をしてハッパを吸い出す。
「そこ? 気にするところ?」
シウランは満面の笑顔で答える。
「ライエル、安心しろ。てっぺんのツムジから抜いてやったぜ!」
ライエルは先ほど見た夢を思い出す。
そして頭抱えながら、心から突き上がる情動に任せて叫んだ。
「ノォーーー!!! 若ハゲになる!!!なんてことしてくれるんですかっ!!!!!」
そこへイズモがライエルの頭に拳骨をかまし、黙らせる。
「何呑気に漫才やってんだよ! 起きたなら仕事しろっ!」
それに追従するようにシウランとルァはライエルを糾弾する。
「そうだ! ネムを眠りから覚せ!」
「古文書の解読は終わったんでしょ? さっさとしなさいよ!」
辛い現実を突きつけられ、ライエルはウンザリした顔をして説明する。
「やっぱりロクに休ませてくれないんだなぁ……。ではシャイン号のネムの所まで行きましょう。古代サンハーラの言語を習得しましたので、サンハーラの古代魔道具の操作術式も操れます。これでネムも助かると思います」
ライエルの頼もしい言葉に心が弾み、デーヴァを間に挟んでシウランとルァが抱き合う。
「長い旅だったわね、シウラン!」
「やったぜ、相棒! 辛ぇこともお前が側にいたから乗り越えられた!」
喜び二人に挟まれたデーヴァはキョトンとした表情を浮かべながらも、少し表情を緩ませ、口元に優しい笑みを浮かべた。
それを眺めながらイズモはやれやれと言った顔をして、タバコを吸い始めた。
シャイン号の船室の奥、船底に当たる部屋の中で、透明なガラスのような箱の中のベッドでネムは深い眠りについていた。
ネムの全身には様々な管が刺さっており、シウランはその痛々しい妹分の姿を見ると、いつも胸が痛くなる。
シウランは言葉を発することができなかった。
だから相棒であるルァがライエルに催促する。
「さぁライエル、ネムを眠りから覚す古代魔法を使って」
ライエルは自信満々に決めポーズまでして宣告する。
「いいでしょう。古代語をマスターした、このライエルの力を見せてあげましょう! さぁ古代より眠りしサンハーラの神具よ、我が名において、その命に従え……」
ライエルは両手をかざして、ネムの寝ている部屋の壁の紋様に向かって古代の呪法を放つ。
『 Jambo, Sil!(ヘイ、シル!)』
『Unahitaji msaada jamaa?(なにか御用ですか?)』
部屋全体が謎の言語の呼びかけと同時に眩く発光する。
シウラン一同はライエルが習得したという古代サンハーラの御業に驚愕する。
ライエルはニヤリと笑みを浮かべ、続ける。
『 Kumesho nguvu za hekima hiyo saiwa!(さぁ、その叡智の力を示しなさい!)』
『 Thabitisha ufikiaji wa mtumiaji, kufungua kiwango cha kitesha hadi leveli 4!(利用者のアクセスを確認し、施設レベルをレベル4まで解放します)』
すると船内が揺れ、透明の板がどんどんと浮かび上がり、そこには古代文字が羅列されていた。
これがシャイン号に隠された遺跡の謎の鍵であったのか。船内の空中に浮かび上がる無数の古代語、光輝く壁の文様や古代魔法陣にシウランたちは驚きを隠せなかった。
いやむしろ心が弾み、好奇心が躍動した。
そして確信した。
これでネムを助けられる。
調子に乗ったライエルが芝居がかった動きで古代の呪法を唱える。
『Kwa jina la Lyell, namudu! Sil! Mtende msichana ndani ya sanduku!(ライエルの名において命じる! シルよ! ケースの中にいる少女を治療するのだ!)』
ネムの眠る透明の箱が眩く光り出す。
しかし警告音のような耳を刺すような響きと赤色の明かりが点滅する。
『Ufikiaji wa mtumiaji umezyanzwa. Karama za kitibu zinahitaji uwekezhaji wa kodi za sifa za wanatibu!(利用者のアクセス権限が制限されています。医療行為は医療従事者の資格コードを提示してください)」
突然焦ったライエルがそんな馬鹿な、という言葉を吐きながら呪法を唱え続ける。
『 Upuuzi! Kumesho Sil, tumia hekima za zamani za kale kuamzisha msichana alielala mlalawo! Onyesha hekima za Sanhaara!(馬鹿な! さあシルよ、古代の叡智を使って眠る少女の目を覚まさせるのだ! サンハーラの叡智を示せ!)』
『 Kwa hiyo, matendaya kitibu bina leseni yakatazwa. Tafadhali uwekezhaji wa sifa za kustahili au kodi za leseni!(ですから、無免許での医療行為は禁止されています。資格者であるか、免許コードを提示してください)』
ライエルが何度も壁を叩きながら、叫ぶ。
「馬鹿な! サンハーラの技法を持ってしてもその呪いは強いというのか……!」
シウランは切なそうな顔でライエルに申し訳ない気持ちになる。
「ライエル……」
するといつものように船内からシャインの声が響き渡る。
「やれやれシウラン、単純に医療行為は資格者が必要なのですよ。残念ながら我々は医療資格を持ち合わせていません。ライエルが古代語で命令しても無意味ですよ」
シウランの青い瞳が輝き出す。
「おぅ、久しぶりだな、シャイン。資格ってのはなんだ?」
「サンハーラでは様々な行為に資格が必要でした。例えばこの船はデーヴァが船舶操舵ナビゲーションロイドとして航行資格を持っています。同様にそこのケースに眠る少女、ネムは脈拍、血圧、心拍数に異常は見られませんが、脳波に異常な数値が見られます。船内の救急システムでは治療できません」
シウランが藁にも縋る思いでシャインに呼びかける。
「どうすりゃネムを助けられんだ!? シャイン、俺達はどうすりゃいい!!??」
「医療ナビゲーションロイドかサンハーラ人の医療免許保持者が必要です。一番現実的なのは古代サンハーラ大陸の都市に行くことでしょう。医療ナビゲーションロイドはデーヴァより個体数は多かったので現存している可能性が高いです」
シウランの頭が混乱する。そして隣にいるルァに首を傾げて尋ねる。
「つまりどうすりゃいいんだ? 相棒?」
何もかも理解したルァはハッパに火をつけて、深く息を吸う。
「私達の船旅は続くみたいね……」
無表情のデーヴァが赤と青の髪の少女達に警告する。
「僕の記憶だと、これからの大瀑布超えで必要な情報を持っている獣族の女性、クロエ史を二人は手ひどく追い払ったと覚えています。しかしネムを助けるには彼女の力が必要です。どうするのですか?」
シウランとルァはお互い目を合わせて、何か諦めたかのような表情を浮かべ、透明のケースに眠るネムに強い意思のある眼差しを送った。
数時間後、クロエの前で二人は全力の土下座を見せた。
プライドも意地も捨てて。
以前調子に乗った自分達を深く呪った。
過去に戻れるなら、あんな態度を取るべきではなかった。
シウラン達の船旅は、クロエの靴を舐める所から再スタートした。




