109話 悪夢の決勝戦②
突如、闘技場の会場、上空に現れた大型帆船。
陽の光を遮り、その大きな影は会場を覆い尽くしていた。
南国の蒸し暑さは乾いた風が吹き、シュナが放つ異様な空気に、シュナ本人以外は皆、背筋を凍らせ、冷や汗を滴らせていた。
誰もがいいしれぬ恐怖を抱き、会場の誰もが心の中で、戦慄し、同じ気持ちをよぎらせていた。
……今日我々は死ぬ……。
誰も声を発することはできなかった。
人は極度に怖気が走ると言葉を失うのだ。
それだけ心臓を鷲掴みされたような雰囲気が場を支配していた。
そんな中、銀色仮面を外したシュナだけは笑う。
笑い続ける。
まるで狂ったかのような狂気に満ちた笑い声を上げる。
シュナのけたたましい笑い声が耳を裂くように響き渡っていた。
この場の支配者の狂気の笑い声だけがこだましていたのだ。
この国最強の戦士ライガーは無惨にも地面に倒れ伏していた。
血塗られた薔薇の花に覆われて、地面には多量の血が流れていた。
最早生死も不明だ。
この状況を打開できるのは、赤い長髪に真紅のドレスを身に纏ったシウランだけであった。
会場の観客たちはその少女に一縷の希望を向けていた。
しかし肝心のシウランは、目の前の狂気の支配者に恐怖こそしてないものの、戦意を失ったように両手を頭に回し、降伏のポーズを取っていた。
そしてシュナに向かって投げやりに伝える。
「わーたよ、降参だ、降参。負けたよ。そもそも賢者相手に喧嘩する度胸はねー。あと、俺の名前はシウランだ。変な名前で呼ぶんじゃねー」
シュナは紅く染まった薔薇の花束をもって、シウランのドレス姿に満足気にしていた。
「そうですね、今はまだシウランと呼びましょうか。どうですか? この美しい薔薇、実に貴方に相応しい。気に入ってくれましたか?」
シウランは後ろ手に回した右手を小刻みに揺らしながら答える。
「花には興味はねー。以前用意してくれたホテルのコース料理のがマシだぜ。早く連れてってくれよ」
シュナが不敵に微笑む。
「その前に、貴方の戦いは素晴らしかった。そのしぶとい戦いぶりには胸が躍りましたよ。そんな貴方が大人しくついて来るとは思えません。私の裏をかくつもりでしょうけど、まさかその背後に隠した魔力を帯びた魔力弾で私を不意打ちするとかではないですよね? 見え見えですよ、フフフフ」
やっぱり見破られてたか、というような顔をしてシウランは落胆する。
しかしシウランは両手を挙げて降参する。
「わかったよ、俺の負けだよ、負け。もう抵抗なんてしねーよ」
シュナの口元が緩む。
「そう言う貴方は、私の注意を自信に向け、お友達さんと奇襲のチャンスを狙っていますね。いいんですか? 大事な人質ですよ、フフフフフフ」
シュナが指をパチンと鳴らすと、倒れたライガーの巨躯から身を隠していたルァが宙に浮かされてしまった。
シウランはルァと目を合わせて、やれやれといった具合に両肩を上げる。
シュナは穏やかに微笑みながら警告する。
「やれやれ、おてんばなお姫様達だ。まだまだ抵抗するつもりらしい。火縄銃で狙うのはやめてもらうよう伝えてもらえますか? これ以上抵抗するなら青髪のお友達には青い薔薇なってもらいますよ」
シウランは舌打ちしながら、客席のイズモに向けて、腕をクロスして、狙撃を中止するように促した。
シュナは無邪気に笑う。
「これは、これは、どうやら貴方を大人しく連れていくにはもう少し贄が必要のようですね。青い薔薇をプレゼントしますよ」
シュナが石畳を踏もうとするのをシウランは慌てて止めた。
「わかったよ! もう何もしねぇ! チクショウ! お姫様みてーな格好させやがって、どこに連れ回すつもりだ、この野朗!」
シュナはここで微笑むを崩し、少し哀しげな表情を浮かべる。
「私達の故郷への里帰りですよ。確か貴方達はそこをサンハーラと呼んでましたね……」
ここでシウランは銀仮面シュナの目的を突き止めた。
こいつもサンハーラ大陸を目指しているのか!?
口ぶりからしてサンハーラについても詳しく知っているようだ……。
上手く情報を聞き出したいところだが……。
「そこに俺を連れて何しようってんだ?」
「幾千年もの宿願を果たします。フフフフ、このために委員会を欺き、世界の裏をかいたんですよ。フハハハハハハハハハハハハッ! 笑いが止まりませんね! クハハハハハハハハハッ!」
シュナの昂ぶりと正反対にシウランは肩を落とした。
ダメだ、言葉が通じねー。
何言ってるか、サッパリだ……
…….諦めよう……。
シウランはシュナの金色の瞳を見つめなおした。
そして、自身の青い瞳の強い眼差しでシュナを映す。
何かを決意した、覚悟を決めた目であった。
それを感じ取ったシュナは勝利を確信した。
シュナは目の前の赤髪の少女が全てを諦め、自分の元へ来ると信じて疑わなかった。
シュナは手に持っていた紅い薔薇の花束をシウランに手渡し、その細い手を引く。
するとシュナの手に何かが握らされていた。
シュナはそれをよく手に取ってみる。
どうやら加工された小さな石板のようだ。
紋様まで刻まれている。
ついシュナはシウランに渡されたそれを尋ねてしまう。
「?? これは??」
シウランはしてやったりとばかりに不敵に笑う。
「へへ、俺からのプレゼントだ。ありがたく受け取りやがれ! やるぞルァ!!」
シウランは手を伸ばし、ルァも手を伸ばす。
そして二人の手のひらが合わさった瞬間、二人は同時に起動術式を唱えた。
『転移』
突如、小さな石板が青白く、眩い閃光が解き放たれる。
シュナは最初は単純な目眩しと思っていた。
しかし違和感に気づいた。
自身の身体が手のひらの石板に吸い込まれていく感覚を察知したのだ。
思わずシウランの赤い瞳を睨む。
「何をしたんです!!??」
してやったりとした、したり顔のシウランはシュナに向けて中指を立てる。
「対フェイ対策に俺たちが仕込んだ転移石だ。仙霊山で修行してこいや!」
忌々しそうな声を上げながらシュナは輝く石板に吸い込まれていく。
「このクソガキ共が!!!!!!」
海原に昇る陽の光の射のように眩く輝きを放つと共に、シュナの身は石板に完全に吸い込まれていった。
跡形もなく、忽然と。
静寂の中、転移石がカランと音立てて、石畳に落ちた。
同時に周囲を覆っていた血のような赤い膜の結界を崩れていった。
会場は未だに静まり返っていた。
その沈黙の中でルァとシウランは無言で拳と拳を合わせた。
誰も何が起きたかを理解できなかった。
しかし会場の中央にいるシウランとルァは危機を乗り越えたことを実感していた。




