108話 悪夢の決勝戦①
決勝戦当日、雲一つない澄み切った青空であった。
高く昇る太陽の陽射しが闘技場の石畳に照り返し、足場を熱する。
満員の観客席は静寂に包まれていた。
そこにいるルァやデーヴァ、イズモにライエルも固唾を飲み、言い知れぬ緊張感をその身に宿し、すでに闘技場の中央に立つシウランを見守っていた。
観客達もこの決勝戦、この試合が前代未聞の戦いになることを予想していた。
この戦いはその瞳に焼き付けねばならない、そんな使命感に皆が駆られていた。
いつもの不穏な罵声を発する者など、誰一人もいない。
皆がこの試合に注視し、息を飲んでいた。
そんな沈黙の空気を破ったのは闘技場に姿を現したライガー=ウルバルトの怒号である。
「刮目せよ! 我は名はライガー、ライガー=ウルバルト!! 我が太刀筋の前に断ち斬れぬもの無し!!! 我が奥義、斬竜剣をとくと見よ!!!!」
ライガーはいきなり巨大な、まるで大樹のような大剣を小枝のように振り、斬撃波を繰り出した。
その大気を切断するような斬撃はシウランの身体を紙一重で避ける。
だがその斬撃は闘技場の囲っている壁を両断していた。
その斬撃に観客席の観客達だけではなく、斬られかけたシウランすら驚きを隠せなかった。
ただ分厚い石壁を二つに割いただけではない。
その斬撃の凄まじい切れ具合だ。
石細工の壁の断面がまるで鏡のように顔が映るほどの光沢を放っていた。
途轍もない膂力と果てしない技量が無ければ成せぬ、絶技。
その光景に、観客席はどよめく。
しかしその斬撃を目の当たりにしたシウランはニヤリと笑みを浮かべる。
コイツなりの挨拶ってことか、面白れぇ!
シウランは両手を重ね、掌印を結び、右腕をライガーに向ける。
指先に紅い雷光が走り、大きな球体が形成されていった。
サザンを屠った紅弾が放たれる。
そう思ったライガーは躊躇うことなくシウランへと駆け出し、巨大な大きく大剣を振りかぶった。
刹那、天空から轟音が轟く。
互いに秘技を放とうとした二人は咄嗟に上空を見る。
空には城ほどの大きさの帆船のような船が浮かんでいた。
思わずその光景に呆気に取られる観客達とシウラン。
すると空から光輝く階段が浮かび上がっていき、それが試合会場まで降りてくる。
それを優雅に下る人物がいた。
銀色の仮面をした青年だ。
シウランはその人物の正体を知っている。
決して忘れられない、忘れてはならない存在。
賢者、シュナだ。
妖しい笑みを浮かべるその姿にシウランの赤い長髪が逆立つ。
妹分のネムを昏睡状態にさせた張本人だ。
シウランは今にも飛び掛かりそうな気持ちになったがグッと怒りを堪えた。
考えろ……。
アイツは一体何が目的でここにやってきた!?
何が狙いなんだ!?
「やぁ、今日は天気が良くて幸いですね、ノア。勇ましくなった貴女を迎えに来ましたよ。この時をずっと待っていたんですよ、フフフ……」
シュナが光の階段を降りながら、銀仮面の下の瞳から闘技場の観客席を覆う防御結界を捉えていた。
「ククク、児戯な結界ですね……。結界術のお手本を見せてあげます」
シュナが指をパチンと鳴らす。
すると闘技場を覆う防御結界が床に落ちたグラスのように音を立てて、粉々に崩れていく。
そして武道会の会場、いや市街地全体が黄昏よりも赫く、まるで血の流れような巨大な膜に覆われてしまう。
赫く染まる観客席がパニックになる中、結界術に心得のある冷静なルァが我が目を疑う。
あり得ない……!
最高硬度の精密な防御結界を一瞬で破壊して、ここ一帯に空間結界を形成させるなんて……。
しかも無詠唱の上、掌印省略なんて……。
しかもただの結界じゃないわ……。
ルァがすぐに水の結界を張り、デーヴァ達だけでも守ろうとするが、魔力が上手く練れないことに気付いた。
いくら魔法障壁を発動させようとも、指先から霧散してしまう。
それを見て、ルァは舌打ちする。
もう既に私達は籠の中ってわけね……。
するとシウランの姿がみるみると本来の姿、小柄な少女の姿に戻ってしまう。
思わずギョッとするシウランと観客達。
それを見たシュナは満足気に元の姿に戻ったシウランを見て微笑む。
「やはりノアの器はこうでなくてはね。貴方に似合うドレスを用意しましょう」
シュナが足元の階段を靴で軽く踏み鳴らす。
すると一瞬でシウランの衣服が胴着からベージュに染まった華やかなドレスに変えられてしまった。
あまりの唐突な現象にシウランは呆然とする。
派手なドレスの裾を見てシウランはぼやく。
「なんでもアリかよ……」
光の階段を降りたところでシュナが銀仮面を外し、シウランに対面する。
その仮面の下は、端正のとれた優顔の温厚な青年の顔立ちであった。
ただ笑みは歪んでいた。
そして宣告した。
「大人しく私のところへ来て下さい。人質はこの会場の観客、街の人間全員です」
シウランが睨み返し、反抗する。
「嫌だって言ったらどーすんだよ!?」
シュナがニッコリと笑い、小指を立てる。
「デモンストレーションをお見せしましょう」
すると観客席にいた数人の男女が空中に舞う。
そして一瞬で紅い塵芥となって霧散していく。
シュナが目尻を下げて、妖しく笑う。
「いいんですか? お友達も来てるんでしょう……? 駄目じゃないですか、お友達は大切にしなきゃね……。クク、ハハハハハハハハハハハハハハッッ!」
シュナの高笑いにシウランは肩を震わせていた。
静かに怒りを抑え込み、昂る激情をなんとか鎮めようと、唇を噛んだ。
シウランの握った拳に血が滴った。
するとシュナの背後にライガーが大剣を振り翳して奇襲する。
「貰ったーー!!!!」
しかしライガーの奥義、斬竜剣は空を切る。
そしてライガーの背後、その背中にいつの間にかシュナが立っていた。
「やれやれ、無粋ですよ。せっかくの水入らずの時なのに……」
完全に不意を突かれたライガーであったが、すぐに振り返り、太刀を浴びせようと大剣を握る。
するとシュナが石畳を靴で鳴らし、唇を動かした。
「咲き乱れろ、千花繚乱」
突然ライガーの全身は白く染まった薔薇の花弁の嵐に呑まれていった。
そして無数の花弁が刃となってライガーの全身を斬り刻み、包み込む。
大量の血飛沫が舞い、ライガーを覆った薔薇の花弁は紅く染まっていった。
ライガーは何も出来ず、無惨に力無く倒れ伏す。
シュナはその血で染まった紅い薔薇の花弁を摘んで、シウランに差し出した。
「貴方にふさわしい素敵な花束をプレゼントします。どうです? 綺麗でしょう……」
シウランはその青い瞳でシュナを睨む。
強い意志の籠った眼差しで。
そして静かに笑みを浮かべた。
決して目の前の相手に悟られないように……。
そして会場の観客席にいるルァにそっと目配せする。
ルァも悟られぬように笑みを浮かべ、ゆっくりと頷く。
シウラン達はまだ諦めていなかった。
このままシュナのなすがままになる気は毛頭無かったのだ。
そして観客席の何人か、特にデーヴァやイズモ、ライエル達はこの長い旅路で何度も痛感していた。
シウランはここからが強いことを。




