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107話 祝勝会

 

 暗雲の天気は崩れ、大地には嵐が吹き荒れていた。


 闘技場で倒れるサザンの巨躯を両腕で抱き上げる巨漢の男がいた。

 激しいスコールが男を雨粒で叩きつける。

 だが男はそれを意に介さず、意識のない傷塗れのサザンの顔をじっと見つめていた。

 その男はライガー=ウルバルト。

 ライガーは魂の兄弟であるサザンを雨から守るように抱く。

 そしてじっと敗北したサザンの顔を見つめていた。

 ライガーの顔は雨に濡れているのか、それとも涙が溢れているのか、それは誰も知らない。

 ただライガーは闘いに敗北した兄弟とも言える存在、サザンにできる自身の精一杯の敬意を評していた。


 ライガーは不器用な男である。

 本来なら医者の手配をすべきであるのに、それはしなかった。

 不器用ながらも、兄弟の矜持を知っていた。

 そして同じく魂を分け合った兄弟であるライガーは今のサザンを誰にも触らせたくなかった。

 ただ心の傷の痛みを分け合う。

 それがライガーにできるせめてもの行いであった。

 長い嵐にライガーの瞳は濡れ、景色はぼんやりとしていた。

 だが瞼は閉じなかった。

 傷つき倒れた兄弟の姿をただ目に焼き付けることに夢中であった。

 

 サザン、我が友よ……! 

 ハーフオークの生まれの我を兄弟と呼んでくれた唯一の人間よ……。

 お前が何故この大会に出たのか、それはわからなぬ……!

 そこまで我と雌雄を決したかったのか!?

 ならばその無念、晴らしてくれよう……!!

 今はただ休んで、安息の時を過ごすのだ……。


 ライガーは天を鋭い眼光で睨む。

 すると空は青色へと変わり、雨は止んでいった。


 そしてライガーの背中からは果てしない闘争心が溢れかえらんばかりにみなぎっていた。

 そして前を歩み、サザンを抱え、闘技場から立ち去っていった。

 その剥き出しの闘志を前に、ライガーに近寄る者は誰もいなかった。


 ライガーの心の中では長い嵐がいつまでも続いていたのだ。

 ライガーの胸には未だにスコールが吹き荒れていた。





 試合後の夜、シウラン達は祝勝会をあげていた。

  

 激闘で傷ついた身体を回復させるように、シウランは山のようなベンガルの特製肉料理をひたすら口に放り込み、貪り食べる。

 器用なことに複体修術で身体を修復しながら、シウランは食事に夢中になる。

 ベンガル特産高級猪肉の腰の部位を煉瓦状にカットして、小麦粉で包み、油で揚げ、白く濃厚なパセリソースを染み込ませた、ベンガルの高級料理。

 ベンガル国民は普段、祝いの時にしか口にできない逸品だが、シウランは飲み込むように次から次へと口に放り込み、皿を空にして、遠慮なくおかわりを頂く。 

 食卓にいる皆がその振る舞いに唖然とし、心の中で文句を言う。


 ちゃんと味わって食べろよ……。


 シウランが食事に夢中になっているところで、ルァがイズモにぼやく。

「この国は猪や鳥の肉ばかりね。レパートリーが少ないわ。まぁ海鮮じゃないだけマシだけど。せっかく陸に上がったんだから美味しい仔牛のステーキが食べたいわね」

 イズモが首を左右に振り、両手を上げる。

「何でも宗教上の理由で牛や豚の肉は御法度なんだとよ。この国じゃ牛や豚は神聖視されてるらしい。理解に苦しむぜ。俺から見れば代わりに食べてる馬や猪の肉の方が野蛮に見えるがね」

 西大陸出身のライエルがシウランを見ながら、溜息を吐く。

「ていうか、一回戦の相手、レッドドラゴンがステーキになってテーブルの上に並べられた時、正直ヒキましたよ……。私の祖国のトワレでは、トカゲの肉を食べる習慣がないんで……」

 デーヴァが行儀良く、ナイフとフォークを音立てずに上手に使い、肉を一口サイズに切り分けながらつぶやく。

「あの一回戦の相手は殆どシウランが食べていました。その様子見て、世の理がわかった気がします。この世界はまさに弱肉強食なのだと、だからシウランは強くなっていくんですね」

 話しの話題を逸らすタイミングが生まれたので、ここでライエルがシウランの先の戦いの勝利を讃える。

「いやー、それにしても凄い相手でしたけど、勝ちましたね! 流石シウランです! しかしいつ魔法なんて使えるようになったんです? 最後に放った技は私の目からも何かの攻撃魔法のように思えたのですが。しかしシウランは魔導書どころか、文字が読めないんでしたよね?」

 シウランが猪肉をバクンと口に入れ、殆ど咀嚼せずに、ゴクンと飲み込む。

 そして食事の邪魔をされて少し不機嫌そうに答えた。

「男なら食事は黙って食え、ライエル!」

 すかさずルァがツッコむ。

「今はあなたも男でしょうが。意地悪言わないでライエルの質問に答えて上げなさいよ」

「おい、ルァ。いつまで俺は男の姿でいなきゃなんねーんだ。そもそも試合が終わった時ぐらいは元の姿に戻してくれよ! このままだとトイレの仕方を忘れちまいそうで怖ぇーんだよ……!」

 食事中にトイレというとてもマナーの悪い単語が出て、イズモの眉がヒクつく。

「ルァの処方箋は大会が終わるまでだ。いつどこで誰に見られるかわからんからな。女って正体がバレたらハーフオークの不戦勝になる。しかしライエルの言う通りだ。お前さん、いつ魔法なんて覚えた?」

 シウランがやれやれと言った顔をしながら答える。

「紅弾のこと言ってんだろ? ありゃ魔法なんて大層なモンじゃねーよ。単純に俺の魔力を練って、ぶっ放しただけのヤツだよ。今の俺じゃルァの水弾みたいに速射もできないし、動いてる的にも当たんねーさ。あのデカブツが立ち尽くして大声で叫んでたから当たったのさ。命中してくれてラッキーだったぜ」

 シウランの言葉に、ライエルが驚きを隠せなかった。

「いやいや、魔法には本来詠唱が必要だし、魔法陣を刻む必要があります! 触媒だって不可欠なんです。私だって攻撃魔法は覚えられなかったんですよ!? 魔導書も読めないのに、どうして習得できたんですか!??」

 シウランが胸を張る。

「大会が始まる一週間前まで、ルァと猛特訓したぜ! ルァのヤツ、冷てーからよ。見て覚えた方が俺は早いからって水弾を容赦なくぶち込んでくれたぜ。鶏が鳴き出してから、夕陽が沈んで真っ暗になるまで毎日ぶっ通しでルァの水弾をひたすら食い続けたぜ!」

 ルァがゲンナリした表情をする。

「魔力切れの度に、二度と飲むまいと思ったアナコンダの精力剤の味が忘れられないわ……。まぁ、まだまだ練習不足ね。射出速度、命中精度、追尾性能を上げる必要があるわね。まぁ決勝戦までには間に合うでしょ」

 常軌を逸した魔法習得術に、魔法が使えるライエルは開いた口が塞がらない。


 やはりこの二人はおかしい……!


 するとシウランが眉間に皺を寄せて、ルァに訝しげに尋ねる。

「……それよりルァ、ヤツらはいたか?」

 ルァも眉を顰め、首を振りながら、警戒するような目線で静かに答える。

「……今のところ姿はないわね。決勝戦まで警戒する必要があるわね……」

「こんな武人の国の武道会だぞ。仙霊山の連中が来ても不思議じゃねー。いや、最悪あのクソ野朗のフェイが姿を現すことだってある……」

「……大丈夫よ。もしもの為のアレならいつでも持ち歩いているわ……。あなたこそ、試合中は大丈夫なの?」

「安心しろ……。例の切り札は試合中どころか、風呂や寝る時だって肌身離さず持ってるぜ。ここは陸だ、安心できねーぞ。もしもの時は躊躇すんなよ?」

「あなたこそね……。てか忘れたい過去なのに、陸にいる限り恐怖が蘇るなんて最悪だわ……。海で海賊とドンパチやってる方がマシよ」

 シウランとルァのヒソヒソ話しにデーヴァが小首を傾げる。

「二人ともどうしたんですか?」

 シウランが笑って誤魔化そうとする。

「ハハハ、デーヴァ、何でもねーよ。決勝戦の相談さ。まぁ今は食事を楽しもうぜ。料理が冷めちまうぞ」


 そう、ここは大陸、しかも大陸の中央だ。

 実はシウランとルァは航海中、心の不安を取り除くことができたが、陸にいる時は常に恐怖に悩まされていた。


 それは海賊なぞではない。

 二人の故郷、仙霊山からの追っ手だ。


 特に二人の恐怖は兄弟子のフェイの復讐である。

 だが、二人はニュークのスラムにいた頃から現在に至るまでその対策を万全にしていた。

 しかし、その秘策は完全なものではなかった。

 相手の注意を引く必要があるものだった。

 大会中に観客に紛れて不意打ちを敢行されたら、対応できないものであった。

 シウランとルァは常に過去のトラウマに縛られている。

 だから、シウランは勝利の時も残心の構えを取り、隙を見せない。

 ルァも観客席の中で常に警戒し、周囲に気を配り、いつでも臨戦体勢が取れる状態にしている。


 それだけフェイの恐怖は凄まじい。


 シウランとルァ、二人はいつになれば過去の恐怖から逃れられることができるのか。

 それは誰も知らない。


 不幸とは突然その身に起こることなのだ。


 シウラン達は決勝戦の相手、ライガー=ウルバルトより強い存在がこの世には数多にいることを知っている。

 だからこそ警戒し、その対策をとっている。

 決して強さに驕ったりはしない。


 決勝戦までシウランは新たな秘技の特訓に励み、己を磨くのであった。


 大会に優勝すれば、船に眠る妹分のネムをやっと救える。

 ネムに青い海を見せたい。


 その想いがシウランを強くさせるのであった。


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