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106話 シウランVS黒獅子のサザン②

 

 サザンの脅威の一撃を目のあたりにし、観客席は静寂に包まれる。


 あまりのサザンの強さに観客席にいた普段は無表情のデーヴァは顔を青ざめ、皆が思わず咄嗟に口を両手で覆った。

 ライエルとイズモは信じられない光景を見て、腰を抜かしていた。

 ただルァだけはハッパを吸いながら、静かにこの戦いに注視していた。

 そしてハッパをふかしながら、心の中で呟く。


 全く、油断してるからこうなるのよ。

 さっさと修行の成果を見せなさいよ、シウラン……。


 勝利を確信したサザンは観客の耳が裂けるような咆哮を上げた。


 サザンとて無傷の勝利ではない。

 シウランの凄まじい連撃により、纏っていた衣服は破け、裸の上半身からはシウランによって抉られた生傷が無数にあり、全身が血塗れであった。

 サザンのこの雄叫びは倒れたシウランの強さへの敬意を表するものである。


 その姿、まさに百獣の王たる獅子の叫び、そのもので、サザンの二つ名に相応しいものであった。

 猛る黒獅子がそこにはいた。


 観客の誰もがサザンの勝利を疑わなかった。

 しかし、長年シウランと背中を預け合っていたルァだけは違った。

 シウラン共に戦い抜いて来たルァは確信していた。

 シウランはここからが強い、と。



 壁が崩れた瓦礫の中、シウランは意識を取り戻した。

 全身に激痛が走りながも、まず取った行動は頭部の喪失の有無を確認する為に額に手を当てて、自分の首から上があるか無いかの確認だった。

 瓦礫の暗闇の中、混濁した意識の中、一人ホッとしたように呟いた。

「あった……」

 一見、錯乱したとも取れるシウランの行動だ。

 意識があるなら当然頭があるはずである。

 しかし、思わずそうした行動、あたかも自分の顔面が喪失かのように感じるほど、サザンの拳の一撃は凄まじかった。

 そしてシウランは何故自分が瓦礫の暗闇に埋もれて倒れているのか、自分の身に何が起きたのか、この全身の激痛は一体何なのか、理解する必要があった。

 まずシウランは至近距離で強烈な魔法攻撃を喰らったことを考えた。

 しかし、砕けた左腕肘の激痛がそれを打ち消した。

 そして全身の中でも背中と腰のダメージが大きいこと、骨の何本かが骨折してることを、それを苦しい激痛の中で把握し、これが自身の身体が壁に猛烈な勢いでぶち当たり、受けたダメージだと理解した。

 それから自分が瓦礫に埋もれて、倒れ伏していることを把握する。

 すぐに複体修術で身体の傷を回復させた。

 耳鳴りのする鼓膜からはサザンの勝利の咆哮が響き渡る。

 シウランにとって幸運な状況ができていた。


 まずは追い打ちが来ていないこと。

 止めを刺しに来ず、サザンが勝利の猛りに酔っていること。

 これは大きかった。

 これで暫く受けたダメージの回復に専念できる。

 しかし、あまりに時間をかけると審判がサザンの勝利宣告をしてしまうかもしれない。

 できるだけ早く、せめて反撃できるまで傷を回復させたら、すぐに立ち上がらなければならない。

 追い打ちが来ない、サザンの雄叫びが聞こえた事実でシウランは確信したことがある。


 相手は体術の素人だ。


 訓練を受けた武人は必ず止めを刺しにくるか、相手の反撃を警戒する。

 ここで無駄に叫び声を上げるなど愚の骨頂だ。

 そしてサザンには二つの油断があることをシウランは悟った。

 それに気付いた時、シウランは悔しさで手元にあった瓦礫を思わず握り潰し、思わず怒りの言葉を吐く。

 

「……舐めやがって……!」


 サザンの二つの慢心。

 一つはサザンが自分の勝利に疑いを持っていないこと。

 この鼓膜に響く叫びがいい証拠だ。

 さらに一つ、これがシウランの矜持を踏み躙った。

 それはサザンにとってシウランは格下の存在相手であると思っていることだ。

 追い打ちもせずに、雄叫びを上げる。

 そしてシウランの猛烈な連撃に構わず、防御無視で渾身の一撃を放った事実、この二つがサザンにとってシウランなぞ脅威の存在ではなく、格下の相手と舐めている証拠であった。


 狩人が熊のような猛獣に致命傷を与えた時、確実に仕留めにかかる。

 手負いの猛獣が一番恐ろしいことを狩人は知っているからだ。


 サザンにとってシウランなぞ猛獣ですらない、羽虫のように煩わしいだけの存在だという事実。


 シウランは対戦相手にそう思われたということに激しく憤りを感じた。

 怒りのあまり、真紅の髪が逆立つ。

 そして決断した。


 ぶち殺す!

 決勝戦まで隠そうと思った新技で派手にぶっ倒す!


 シウランはサザンの雄叫びの方へ静かに耳を澄ませた。

 瓦礫の中から、シウランは祈りのように両手の指を重ね、印を結ぶ。

 そして右腕を真っ直ぐに伸ばし、右手の人差し指と中指を上下に重ねて、咆哮の方角へとゆっくりと狙い定めた。

 指先に温存していた(タオ)を収束させ、それを自身の内在する魔力へと変換させ、ルァが普段多用する水弾のイメージで魔力を集中させる。


 するとシウランの指先から、真紅の球体が、紅い稲妻を走らせながら、シウランの指先に収束、円球状に形成されていく。


 ルァとの特訓の成果で生み出した秘技、『紅弾』

 ルァが操る水魔法の水弾を模倣した、遠距離で、射程の離れた相手を仕留める技。

 近接攻撃主体のシウランにとって絶好の新技であった。

 しかしその技は未完成であり、一日に数発、いや魔力操作の加減を間違えれば、一発で魔力が枯渇してしまう。

 ルァの得意とする水弾との違いは、その威力だ。

 ルァは水弾を石礫のイメージで操作している。

 しかしシウランが今操作、形成している紅弾のイメージは大砲だ。

 一撃で大型帆船を木っ端微塵にする砲弾を具現化しようとしていた。

 一撃必殺がシウランの魔法の創造性であり、闘いの理念だ。


 それをシウランは弓矢を放つイメージでそれを解き放った。

 同時に静かに声をあげる。

「砕け散れ!」

 解き放たれた紅弾は瓦礫の山を瞬時に吹き飛ばす。



 咆哮を上げていたサザンはすぐに異変に気付いた。

 サザンの獅子のような本能が危険信号を上げていた。

 すぐに瓦礫の中で倒れ伏しているはずのシウランの方へと振り返る。

 だが目の前には真紅の紅弾が迫っていた。


 避けるか防御するか?


 いずれも下策であった。

 サザンのプライドがそれを許さない。

 その時サザンが咄嗟に取った行動は一つ。

 再び全身全霊の拳の一撃で自身に迫る紅弾を打ち破り、捻り潰すこと。

 サザンは瞬時に四肢を捻り、猛烈な勢いで迫る紅弾に拳をぶつけた。

 圧倒的な力の前に小手先の小細工のようなものなぞ無力と信じて疑わなかった。


 これが間違いだった。

 確かに紅弾は弓矢や火縄銃のような速さはない。

 紅弾の大きさは鷹が羽を広げたほどの大きさ、これなら充分自身の膂力で粉砕できるとサザンは確信していた。


 猛全とほと走る紅弾とサザンの渾身の力を込めた右ストレートがぶつかり合う。


 その威力はサザンの想像を遥かに凌駕していた。

 サザンは激しく拳をぶつけながら実感した。

 まるで巨大翼竜を想起させるほどの質量がこの紅弾には篭っていることを。

 その貫通力は自分の右腕が紅い鷹に食い破られるかのような威力。


 このままだと押し負ける……!!


 サザンはこの大会で初めて冷や汗をかいた。

 もはや精神力だけでこの紅弾を抑えつけるのがやっとであった。

 歯を食い縛り、何とか防いでいる事実に気付いた時、無情にもサザンの前に二つ目の紅弾が迫っていた。


 すでに万策尽きたサザンは紅い稲妻が走る紅弾を胴体にまともにくらってしまった。

 サザンの鋼のような巨躯が紅い孤影の隼の前に食い破られていく。

 その威力は石畳の会場を破壊し、会場の壁を粉砕し、防御結界がかろうじて観客席を守った。

 サザンは砕けた瓦礫の山に埋もれた。

 サザンが力尽きるのと同時にシウランが瓦礫から立ち上がり、残心の構えでサザンの方へと睨む。

 シウランに油断は無い。


 あっという間の逆転劇に観客達は空いた口が塞がらない。

 何が起きたか理解できなかった。

 そんな中喝采の拍手を放つ者がいた。

 それはシウランと共にこの秘技を編み出した存在であり、最後までシウランの勝利を疑わなかったルァであった。


 そして会場の審判がシウランに勝利の裁定を下すと、すぐに万雷の拍手がシウランを包んだ。


 準決勝、勝者、武神流魔術士シウラン。

 決め技、攻撃魔法。





 試合に勝ち、満面の笑顔になるシウランに妖し気な笑みを浮かべる者が拍手を送っていた。

 銀色の仮面を被った青年だ。

「いい試合でしたね……。決勝戦が楽しみだ……」

 勝利に喜ぶシウランの勇姿を、銀仮面の男、シュナはゆっくりと眺めながら静かに微笑む。


 暗雲の空からは雨粒が滴り落ち始めた。

 不穏な雨空の下で銀仮面シュナが水面下で動こうとしているのを誰も知らない。


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