105話 シウランVS黒獅子のサザン①
空には暗雲が立ち込めている。
今にも大雨が降りそうな積乱雲が天空を支配していた。
昼間だというのに、薄暗く、湿った風が舞う。
そんな不穏な天気とは正反対に、天覧武道会の満員の観客席は熱狂で活気付いていた。
剛力のサザン、そして前の試合で対戦者を腕力で倒したシウラン。
観客達は力と力のぶつかり合いに大いに盛り上がっていた。
大歓声を浴びながら、シウランとサザンは対峙する。
シウランもサザンが今までの対戦者と強さの格が違うことをサザンを見て理解していた。
サザンのまるで大熊のような巨体と、黒いスーツの上からでもわかる肥大した筋肉の鎧からだけではない。
サザンの身に纏う膨大な気の量と凍りつくような気配、まるで巨竜が目の前にいるような感覚を肌で感じとった。
二人の距離は直線にして10メートル以上。
長い間合いだ。
だが、シウランは危険を察知し、身構える。
一方のサザンもまるでハンマーでも投げ飛ばすかのように大きくその巨体を激しく捩る。
シウランから見て、そのサザンの姿勢は隙だらけであった。
瞬時に理解し、心の中で怒りの感情が湧く。
この黒スーツ、俺をそこらの雑魚と舐めてやがんな。
前回のヨナとの戦いのように、相手を削る。
ゆっくりダメージを与えて戦う選択肢もあったが、プライドを傷つけられたシウランにその選択は無かった。
もしかしたら、相手を殺してしまうかもしれない秘技を放つことを決断させた。
自身の溢れんばかりの気を収束させ、魔力へと変換させる。
それは紅い閃光を身に纏い、身体から放たれる稲妻はシウランの身体能力の限界まで引き上げた。
必殺奥義、『瞬雷』。
シウランは固い石畳を踏み砕き、紅い稲光が曲線を描いて、サザンへと襲いかかる。
両者の長い間合いはあっという間に無くなった。
渾身の一撃、回転飛び膝蹴りがサザンの分厚い首に断頭台の刃のように叩き落とされる。
しかし、シウランはこの一撃で決めようとは思っていなかった。
すかさず上回転を利用して身体を捻り、重い下からの後ろ回し蹴りをサザンの後頭部に炸裂させる。
さらに身体の回転を利用して、筋肉の薄い部位を中心に止まらない連撃を繰り出した。
電光石火の連撃。
シウランは秘技『雷輪』をサザンに向けて放ったのだ。
以前発動させたこの秘技、相手に倒れることさえ許さない連撃。
かつてと違う点は、シウランは利き腕の反対側である左腕をガードの為に使用しなかった。
さらに『瞬雷』もルァとの魔力修行の成果でコントロールでき、ある程度余力を残して放つことができた。
だが奥義の重ねがけ、特に『雷輪』はその極めて高い殺傷能力のため禁術とされている技である。
だがサザンの無防備な状態だからこそ、シウランという相手に油断している今だからこそ、この奥義の重ねがけができた。
事実、高速回転するシウランの秘技にサザンはなすがままだった。
サザンの巨体は紅い稲妻に包まれ、無数の雷撃がその身に叩き込まれていった。
右肘振り上げ 上段左廻し蹴り 左背足蹴り上げ 上段頭突き、回転蹴り打ち下ろし 右揚げ打ち 左中段三日月蹴り 右上段膝蹴り 左回転後ろ回し蹴り 右上段順突き 左下段足刀 右上段直突き 左下段回し蹴り 右上段突き上げ 左飛び膝蹴り 右中段正拳突き 左上段高速回し蹴り 左高速蹴り揚げ 右上段手刀……
シウランの眩い連続攻撃を観客たちは目で捉えられなかった。
ただサザンが紅い雷に打たれているかのように映っていただけであった。
それはサザンとて同様であった。
紅い閃光が走り、自分の急所を容赦なく打ち込んでいく。
されるがままのサザン、だがサザンにはこの猛撃を防御するという発想はなかった。
全身に走る激痛、破壊される筋肉、軋む骨格、どれもサザンにとって些細なことである。
サザンのスタイルはシンプルだ。
身体を捻り、振りかぶった全身全霊の右拳を目の前の相手の顔面に叩きこむ。
その一撃にはタメの時間が必要であるのだ。
それがシウランにとって絶好のチャンスの時間であった。
しかしシウランは知らない。
このサザンの脅威的パワーと脳内麻薬を自在にコントロールし、痛覚を抑え、いつでも火事場の馬鹿力が発揮できることを。
容赦ない激しい連撃を繰り出すシウラン、最初に感じ取ったのは違和感だった。
……妙だ、急所に当ててる手ごたえはあるのに、全くダメージが効いてる気配を見せなねぇ……。
それにまるで首長竜みたいに分厚い身体に打ち込んでるみたいな感覚だ……。
次に本能的な悪寒が背中に走る。
こいつ、ガチでヤバい相手かもしれん!
早く止めを!
シウランは敢えて避けていた、人体の急所である頸椎に雷輪の一撃を叩き込もうとした。
しかし手遅れであった。
サザンの巨大な体躯からは信じられないほどの、まるで獅子が獲物に飛び掛かるように俊敏な動きで、攻撃動作が起きていたのだ。
ただの振りかぶった素人の右拳打。
しかしそれはサザンの全身の筋肉をバネに身体を回転させ、その巨躯の重心移動で放たれた渾身の拳であった。
そのサザンの攻撃の回転動作はシウランの俊敏な動きを遥かに凌駕し、動体視力に自信のあるシウランでさえ、その動きに対応できずにいた。
シウランの眼前にいきなり大岩のような右拳が突如迫ってくる。
だがシウランは念の為に残していた左腕で咄嗟にガードをした。
ただのガードではない、不意不測の現象でもシウランの攻撃的な戦闘スタイルは変わらない。
左肘を前に突き出し、迫り来る岩のような右拳の甲を破壊するためのエルボーブロック、さらに長年の戦闘経験からすぐにカウンター体勢が取れた。
狙うはサザンのガラ空きの顎。
すぐに右膝蹴りを繰り出すことができた。
シウランはこのカウンターは確実に入る自信があった。
確かにサザンの全身全霊の動きは凄まじい。
しかし、幼少期から武術の訓練に明け暮れていたシウランにとってその一撃は稚拙、そのものだった。
スピードと威力は脅威だが、まるで隙だらけの振りかぶった素人の大振りのテレフォンパンチ、シウランにとってカウンターを入れるのは容易である。
そのはずだった。
シウランの膝蹴りがサザンの顎を壊した瞬間、骨が砕かれる、固い竹がへし折れた音が走る。
それが自分のサザンの拳を防いだ左肘が砕かれた音だと気づいた時、シウランの青い瞳には閃光のような白い光が走り、そして突然暗闇のカーテンが落とされた。
シウランは意識を喪失した。
サザンの強烈な右拳がシウランのガードを破壊し、その猛烈な勢いでシウランの顔面に叩き込まれたのだ。
サザンの全身全霊の一撃の前に、シウランは大嵐で吹き飛ぶ小枝のように、闘技場の壁に叩きつけられる。
そしてその壁は破壊され、ガラガラと音を立てて崩れていき、シウランは瓦礫の中に埋まってしまっ
た。
シウランが秘技、雷輪を嵐のように繰り出したのなら、サザンの一撃はまさに巨大な台風そのものである。
強さの桁が違う。
観客席は静寂に包まれ、誰もが息を飲み、こう実感した。
これがこの国の頂点であるライガー=ウルバルトに肩を並べる強者の力なのだと。
そして観客席の皆がこの試合のサザンの勝利を確信した。
瓦礫に無残にも埋もれているシウランは確かに強い戦士であった。
だが強者の次元が違い過ぎる。
まさに一撃必殺。
観客の誰もがシウランは二度と起き上がることはないだろうと信じて疑わなかった。
ただサザンの強さに言葉を失い、会場は沈黙に包まれる。




