103話 シウランVS涼塵のヨナ②
涼塵のヨナは自身が置かれた状況を俯瞰した。
奴の強烈な蹴りのおかげで5メートルは距離が開いた。
この距離は魔法展開に絶好の距離。
しかしおかしい。
両脚の自由まで奪い、先ほどまで近接戦に固執していた奴が、何故距離を空ける?
アウトレンジから無詠唱魔法を叩き込まれるのは奴にとって不利な状況のはずだ……。
そもそもこの距離を作ったのは奴の凄まじい蹴撃だ。
一瞬シウランの姿勢が獲物を狙う猛獣のような前傾姿勢を取ろうとしているのを看破した。
そしてヨナは確信する。
これは誘いだ。
魔法の印を結ぶ、一瞬の隙に奴は距離を詰め、再び近接攻撃を仕掛ける。
窮地に陥っていることを理解したヨナは全身から汗が吹き出す。
それは危機的状況による冷や汗ではなかった。
極度の緊張による汗。
ヨナはシウランの動きを予測することができた。
シウランは直線的な動きで、真っ直ぐにヨナに向かってくる。
それは瞬きするだけでこの間合いを殺し、再びあの凄まじい蹴り、打撃が来る。
対するヨナは丸腰、武器である剣を叩き折られ、逃れようにも両脚には深いダメージを負っている。
少なくともシウランはそう思い込んでいた。
せいぜいガードを固めることしかできない。
そう確信して、迷わず駆け出し、宙を舞う。
上空からの胴回し回転蹴り。
死神の鎌のような蹴撃が再びヨナの首に狙いを定める。
もし再びガードされても、その勢いは殺さず、後ろ回し蹴りで脚を狙う。
そしてサンドバッグのようにヨナが倒れるまで攻撃を繰り返す。
しかし、予想外のことが起きた。
身動きが取れないはずのヨナもシウランに向かって駆け出す。
そして背後に激しい炸裂音と閃光が迸る。
シウランのガラ空きの背中は爆風の衝撃をダイレクトに受けてしまう。
……何が起きたんだ!?
シウランがそう疑問に思う瞬間、シウランの四肢、身体中に激しい痛みと衝撃が走った。
その不意の痛打、それはシウランの意識を奪うほど激しいものであった。
ヨナの切り札が決まったのだ。
シウランの誤算は砕いた剣がただの金属だと思ったこと。
無詠唱魔法を使うヨナの武器がその剣に頼ったものだと誤解したこと。
脚に深手を負ったヨナは身動きが取れないと思いこんだこと。
ヨナはこの不利な状況を覆す奥の手を持っていた。
ヨナが装備していた剣は魔法を付与した魔法剣だ。
ヨナの指先一つで強烈な風魔法が発動される仕掛けになっている。
そしてヨナはこの戦いで装備の全てを魔法で付与してきた。
ヨナは靴や腰のベルトにも魔法を付与していた。
靴に付与した魔法で高速移動し、抜剣術をするようにベルトを抜く。
同時に強烈な付与した風魔法の嵐のような風刃がシウランに炸裂したのだ。
ヨナは巧みに時間差を利用した。
シウランが背後の衝撃に気を取られているその刹那にベルトに付与した魔法を発動させた。
シウランの尋常ではない素早さに対応する為にだ。
シウランの四肢は嵐の中、刃に切り刻まれ、鮮血が飛び散る。
その出血量は致命的なものであった。
失血のショックでシウランはなす術なく、倒れ伏す。
倒れ伏したシウランを見下ろし、ヨナは安堵の息を漏らした。
「……強い相手だった……。だが戦闘経験が不足しているな……。覚えておけ、慢心は命取りになるとな……」
そしてヨナは観客席を見上げ、勝利の咆哮を上げた。
だがヨナの期待に反して、観客達の反応は薄い。
沈黙した観客達はまだ二人の試合に騒然としていた。
その観客席の中から、物騒な言葉が叫ばれる。
「へし折って!!」
何を言っている。
放っておいてもこの出血量だ、時期に死ぬ。
それとも惨たらしくこの強者である少年をなぶり殺せというのか?
腐っても聖騎士であったヨナの誇りは高潔であった。
少なくともここまでの強者に出逢えたことはヨナにとって充分な期待に応えてくれた。
もし早く治療すれば、生きて再び立ち上がるだろう。
ここまでやる戦士は次はもっと強くなる。
ヨナは罵声を浴びせた観客を見定める。
長い青髪の少女であった。
こんな女の子がよくもまぁ過激な言葉を吐くものだ。
全く本当に暴力的な国民性だな。
グギン……。
不穏な音とともに、右脛に激痛が走り、ヨナは身体のバランスを失ってしまう。
激痛により、咄嗟に両手で足首を抑えようとした瞬間、血塗れのシウランの両腕がヨナの胴体を腕ごと抱き、抱き上げるように掴んでいた。
ヨナの右脚は骨折していた。
倒れ伏していたシウランが渾身の力を込めた、その握力で掴み、その太い骨を砕いたのだ。
脚の骨折による激痛の中でヨナは自分が置かれている状況ができてなかった。
どうしてだ!?
赤髪の小僧は致命傷で動けるはずがなかったはず……!
すでに勝敗は決まっていたはずなのに……!
まずい、このままでは……!
シウランの両腕がヨナの胴体をメキメキと音を立てながら締め上げていく。
ヨナは自身が犯した致命的なミスに気付いた。
脛の激痛により反射的に両腕を下げてしまったこと。
そしてシウランはその隙を見逃さずヨナの両腕ごと胴体を抱きかかえた。
いくらヨナが無詠唱で魔法を操れると言っても、腕の自由を奪われては掌印は結べない。
ヨナは自身の不覚とシウランの戦闘センスに驚嘆した。
まさか全て計算して、俺の足をへし折り、この状況を狙っていたのか!?
そしてシウランの猛烈な膂力によって、左右肩は脱臼し、締め上げられた肋骨は嫌な音を立てながら、砕かれていく。
全てはヨナの油断であった。
シウランの強さを見誤ったこと。
そして不覚にも対峙する相手が複体修術の使い手であったことを失念していたこと。
シウランは気絶から覚醒し、すぐに傷を癒した。
そしてヨナの隙塗れの瞬間を狙い、近距離の捕獲を完了した。
万が一、無詠唱魔法の印を発動されたら厄介と判断し、不意の右脛の粉砕。
周到に練って、腕の自由を奪い、ヨナの身体を抱いた。
片足の骨をへし折られたヨナは下半身で踏ん張ることができず、なすがままにシウランの締め上げを食らうハメになった。
シウランはその腕力を存分に奮う。
膨大な気が収束されヨナの身体を覆った。
極限まで締め上げられたヨナは背中の中心にある大きな骨が砕かれた時、泡を吹いて気絶してしまう。
そして、ヨナの全身は力を失い、糸が切れた人形のように石畳へ倒れ伏した。
すかさずシウランは残心の構えを取り、倒れた相手を注意深く観察する。
そして相手が微動だにせず、倒れる様子を見て、バックステップをとった。
するとシウランは天空高く拳を突き上げ、ガッツポーズをする。
一斉に観客席が湧く。
場内が勝利にどよめいた。
黄色い歓声が響き渡る。
涼塵のヨナ、まさに慢心という言葉が勝敗の行方を左右した。
もしヨナが血まみれで倒れ伏していたシウランにとどめの一撃を与えていれば、勝者の立場は変わっていたかもしれない。
しかしシウランは勝敗が決したこの瞬間も倒れた相手を注視する。
シウランに油断という言葉はない。
かつて仕留めたと思った兄弟子がしぶとく生きていた苦い記憶があるからだ。
両者の勝敗を分けたのは勝利への慢心であった。
準々決勝、勝者、武神流魔術士シウラン。
極め技、鯖折り。
涼塵のヨナ、彼の運命は不運続きだった。
だが最後に宿願の強者と熾烈な戦いに興じられたのは彼の人生にとって最も恵まれた瞬間であったであろう。
彼が本当に欲しかったのは栄光ではない。
自身の持て余す力を発揮することだったのだ。
倒れるヨナは満足気な顔で気絶していた。




