102話 シウランVS涼塵のヨナ①
南国の蒼天に眩い太陽の光が差し込む。
空は晴れ、渡り鳥の群れが上空から賛美の鳴き声を上げる。
賑やかな空とは反対に、地上の天覧会場は沈黙に包まれた。
観客席の大勢の観戦者達も静寂を守る。
ただ静かに会場で対峙する両者を注視していた。
片や赤竜を瞬殺した歳若き武道家、もう一方は剣士でありながら、その剣を振るうことなく、魔法のみでここまで無傷で勝ち抜いた男。
シウランと涼塵のヨナ、二人の対決、勝負の行方に観客達は固唾を飲んで、その瞳に焼き付けようとしていた。
両者の間に砂塵が走り抜けた。
それが戦いの合図だった。
最初に仕掛けたのはシウランであった。
足元の石畳を素手で粉砕する。
ヨナの眼前には膨大な土煙が舞った。
目眩し、大抵の強者ならそう思ったであろう。
だがヨナはそれがフェイントと見切っていた。
ヨナの首元にはシウランが飛ばした気の手刀が迫っていた。
しかしその奇襲をヨナは目にも止まらぬような速さの抜剣術で弾き返す。
そして眼前を向く、土煙から飛翔する石飛礫、まるで銃弾のような速さでヨナの身体を貫通しようといた。
ヨナはすぐさま風刃結界を展開した。
その結界は硬く、石飛礫程度なら防ぐことはできた。
すぐにヨナはすぐの術式を発動させる。
展開していた結界から幾重もの風の斬撃が形成され、土煙を切り刻む。
それが仇となった。
魔法術式の発動、その際、一瞬、手先で印を結ぶ。
その際の指先の動きと魔法展開までの魔力をためるための一瞬の隙。
そこをシウランはついた。
突然、ヨナの下半身に激痛がほと走る。
それは大きな鉈で右太腿を切断されたかのような激しい痛みであった。
思わずヨナは左手を下げて脚の喪失を確認しようとした。
しかしここでヨナの長年培っていた戦士としての生存本能が働く。
これはフェイント、赤髪は先日の赤竜との戦いの時も、先の仕掛けでも狙う場所は決まっていた。
剣を持つ利き手の右腕で首元をガードする。
案の定、シウランの鋭い手刀が首を庇うヨナの右腕の籠手にめり込んだ。
その隙にヨナは再び空いた手で魔法の印を結ぼうとした。
すると今度は左太腿に強烈な激痛が迸る。
まるでその一撃は最早鉈ではなく、斧であった。
ヨナはその痛みに思わず叫び声を上げそうになる。
シウランの放つ、二度の強烈な下段蹴り。
シウランはヨナの挙動を観察していた。
最初の土煙からの奇襲を三度も防がれた。
ここにきて、シウランは対する男を瞬殺することは不可能と理解した。
相手は無詠唱魔法の使い手、しかも剣の達人だ。
自分が有利な土俵、近接戦に持ち込む。
そのためにヨナの両脚を狙った。
相手の機動力を無くし、じっくりとダメージを与えて攻略する戦法に戦い方を変更した。
ヨナにとって誤算だったのは防御装備だ。
赤竜戦で相手が体術の達人と想定して、重装備のプレートアーマーではなく、自身も身軽に動ける装備をしてしまったこと。
素早く動く為に、胴体は胸当て、関節部位は肩当てや籠手という軽装でこの戦いに挑んだこと。
ただの武道家ならその選択は正解だった。
素早い相手にはこちらも素早く動けるように対処しなければならない。
だが、ヨナはシウランの膂力を甘く見積もっていた。
両脚に致命的なダメージを負ってしまった。
足首の感覚を確認し、大腿骨の骨が折れていないことを確認する。
しかし、余りの痛みに身動きがとれなくなったことを自覚した。
そして悟る。
目の前の赤髪の少年は猫が獲物を嬲り殺すように、自身を仕留めようとしていることを。
シウランが近接戦で仕掛けることを。
再び、下段蹴りを繰り出す。
ヨナは身を翻し、態勢を立て直そうとした。
しかしそれをシウランは許さなかった。
ヨナの左耳をシウランは強く握っていた。
これでヨナの頭の動き、上半身の動きを封じた。
両脚には深いダメージを負っているため、ヨナは最早身動きが取れない状況にあった。
あの強烈な蹴撃が上半身に炸裂する。
ヨナの想定通り、シウランの膝蹴りが胸部に炸裂しようとしていた。
だが、そうはならなかった。
瞬時にヨナは上体を大きく逸らした。
掴まれた自身の耳はそのまま千切れ、不意の動作にシウランは身体の支点を奪われてしまう。
すかさずヨナはその反動を利用して、腰と背中の筋肉を最大限に発揮し、目にも止まらぬ高速の剣突を繰り出した。
無防備なシウランの腹部はヨナの剣によって貫かれる。
剣術に近接攻撃はない。
そうシウランは思い込んでいた。
そこを突かれた。
シウランは今まさに串刺しにされているのだ。
ヨナは零距離からでも剣撃を放つことができた。
相手の胴体を剣で貫き、勝ちを確信したヨナ。
そして剣を引き抜こうとした時、ヨナは違和感を覚えた。
剣が抜けない?
するとヨナの鳩尾に衝撃が走る。
シウランの左膝蹴りがヨナの胸当てを破壊し、臓器を守る肋骨を砕き、腎臓を炸裂させるほどの蹴撃が襲いかかったのだ。
内臓が悲鳴を上げ、この上ない苦痛が起こる。
さらにヨナの両脚は深手を負い、立つことは困難だった。
堪らず膝を落としかけるヨナだが、すぐに悟る。
これは意趣返しだ。
決めるつもりなら顎や首で致命傷を与える。
すぐに次の攻撃がくる……!
ヨナはすかさず手に持つ剣を離し、両腕で頭と首をガードする。
今度はシウランの強烈な回転肘打ちが顎をガードしたヨナの籠手に突き刺さる。
腕に走る痛みを抑えながら、一瞬の隙にヨナは手で印を結ぶ。
烈風の刃がシウランの身体を切り刻んだ。
シウランもヨナの不意の魔法展開を避けることはできなかった。
距離を取ったヨナはシウランの姿を見て、剣が抜けなかった理由を理解した。
膨大な気、それに強靭な腹筋と背筋の力で剣が掴まれたのだ。
シウランは何事もなかったかのように、身体に突き刺さった剣を容易く引き抜く。
そして流れた血をその筋肉で止めた。
さらに複体修術でその傷を癒す。
そして持っていた剣を造作もなく叩き折った。
機動力を奪い、ヨナの攻め手を減らす。
試合の展開はシウランの思惑通りに進んでいた。
すぐには決めず、ゆっくりとダメージを与える。
そのシウランの仕草にヨナは唖然としながらも、忌々しく顔を歪めた。
まだだ、まだ終わらんよ。
ヨナの瞳は闘志で燃えていた。
心は折れていなかった。
対するシウランも目の前の強者、ヨナの次の一手を警戒していた。
両者はお互いの強さに敬服し、もてる武技で相手を倒すことこそが相手への敬意と認識していた。
シウランとヨナの睨み合いに、会場は息を飲む。
誰もが闘いに行く末を静かに見守っていた。




