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101話 涼塵のヨナ

 

 南天に光る夜空の下で男は静かに盃を口にする。


 湿った空気の夜風が酔いで火照った身体を涼ませる。

 深夜の肌寒い温度が男の沸る激情の心を冷やした。


 涼塵のヨナ、傭兵達は男をそう呼ぶ。

 男は傭兵崩れであった。

 その日生きるためなら汚い始末屋の仕事さえやってきた。


 しかし腕は確かであった。

 傭兵の世界では畏怖された存在であった。

 しかし所詮は流れ者の傭兵だ。

 金の為だけに使われる駒のような存在だ。

 ヨナは今の自分の立場、使い捨ての傭兵という存在を不遇だと感じていた。


 本来自分はこんな世界にいるべきではない。


 涼塵のヨナの過去は栄光に輝いていた。

 彼はここより西にある大国、ビガロス神聖国の聖騎士であった。

 騎士団史上最年少の聖騎士であった。

 若干齢13歳、成人もしていないのに、聖騎士に叙勲された。

 それはヨナの実力がずば抜けていたからだ。

 剣術だけでなく、魔法を無詠唱で操り、その実力はベテラン聖騎士団員すら凌駕していた。

 ヨナは自身の腕に覚えがあった。

 その実力で聖騎士団の頂点に、いく末は将軍位すら掴み取ろうと野心を抱いていた。


 しかし現実は甘くない。

 強さだけで立身出世できる世界ではなかった。

 涼塵のヨナは極端に世渡りが下手であった。

 言いたいこと裏表なくずばりと告げる。

 その癖、愛想もなく、挨拶もろくにできない不器用な男であった。

 ただでさえ、何の後ろ盾もなく、その実力だけで入団できたことさえ奇跡なのだ。

 ビガロス聖騎士団には縁故や周囲のコネを頼りに入団する者もいる。

 事実、ヨナの同期入団の団員は巧みな話術とペコペコと頭を下げる交渉術で入団した。

 ヨナはそんな彼を同じ聖騎士として軽蔑していた。

 が、皮肉なことに彼の方が上からの覚えもよく、大事な任務も任され、出世していった。

 上司から嫌われていたヨナがゴブリン退治ばかりさせられている間、彼は皇女殿下の専属騎士に抜擢されていた。

 ヨナはその事実に納得がいかなかった。

 自分が汚いゴブリンの巣穴で血と汚物に塗れている時に、彼は自分が出入りすることさえ許されない皇宮で華やかに振る舞っている。

 ヨナは不満を抱いていた。


 自分の方が明らかに強い存在であるのに、何故こうも冷遇されねばならぬのか。

 それは単純にヨナが世渡りが下手で、人付き合いが極端に不器用であったからだ。


 ヨナは確かに強かった。

 強さが全てと彼は誤解していた。


 しかし騎士団は縦社会で出来ている。

 礼節と品格、そして信仰心が求められていた。

 ヨナはこの三つのことに著しく欠けていた。


 まず人格に問題があった。

 脆弱な団員にはそれが上司であろうと先輩騎士であろうと非礼に振る舞った。

 ヨナは弱者は聖騎士に相応しくないと思っていた。

 それが周りから疎まれ、敬遠される立場へと追いやった。


 さらにヨナは聖騎士団員でありながら、信仰心に欠けていた。

 何より無類の色欲狂いであり、女との姦淫に目がなかった。

 上司にどれだけ咎められても、売春宿に通い、酷い時には町の娘を攫って関係を迫った。

 これだけモラルに欠けている人物がビガロス聖騎士団の頂点の強さを持っていることに国の上層部の頭を悩ませていた。

 ビガロス神聖国においては、敬虔で誇り高き人物が聖騎士に相応しいと考えられていた。

 ヨナは気付いていなかった。

 自分が聖騎士団、いやこの国で嫌悪される存在であることを。


 やがてヨナは閑職へと追いやられた。

 それはゴブリン退治よりさらに悲惨なものであった。

 真冬の真夜中に凍りつくような大雨が降る中、ヨナは争いの無い辺境領の砦の門番をさせられていたのだ。

 大きな雨粒は寒さで凍り、雹となって直立不動のヨナの身体に叩きつける。

 ヨナは心の底から不公平なこの世界を呪った。


 この世は不条理だと。


 皮肉なことにヨナを僻地へと追いやったのは彼の同期入団の男であり、今や姫の覚えめでたき聖騎士団長となっている。


 不運は重なる。

 あくる日、ヨナはその腕を買われて国の重鎮から野盗退治を命じられた。

 任務成功の暁には爵位と知行加増を約束されていた。

 ヨナは単独で野盗の討伐に成功した。

 しかしその夜盗はヨナに命じた国の重鎮の政敵の貴族の子弟達であった。

 無論、何の後ろ盾もないヨナは蜥蜴の尻尾切りをされた。

 かくしてヨナは祖国を追われることになる。


 他国を渡り歩いても戦うことしか能の無いヨナ。

 不器用な彼は傭兵稼業にその身を窶した。

 戦乱の時代ならば彼は英雄の一人になれたかもしれない。

 しかし大きな戦乱もない、泰平の世に於いて、ヨナの立場は不遇のものとなる。


 ヨナは各地の山賊や海賊、あるいはマフィアやギャングに雇われ、町や村々を襲い、転々としていた。

 本能と己が欲に従い、村を襲い、村娘に強く姦淫を迫り、酒池肉林に溺れれていた。

 果てしない欲望を吐き捨て、賢者タイムに陥った時、彼はふと我に帰り、どうしようもない自己嫌悪に陥る。


 これではまるで自分がゴブリンのような存在ではないか。

 堕ちる所まで堕ちたものだ。

 かつて聖騎士だった男がこのあり様か……。

 若き日の栄光が眩しい。

 もうあの頃の輝きは取り戻せないのか……。


 荒んだ日々はヨナの自我をますます歪ませていった。

 過去の栄光と今の自分の境遇のギャップがヨナの心を荒まさせる。

 劣等感を紛らわせるために酒に溺れ、奈落の未来を予期させる時は娘を抱き不安を払拭させる。

 ヨナにはそれしか生きていける理由がなかった。

 生きがいなど、すでに捨てていた。

 

 そんな絶望の底にあるヨナの元に朗報が入る。

 大国ベンガルで、次期女王の王配を決める天覧武道会が開催されるというのだ。

 ヨナはその知らせを聞いた時、血が沸り、曇った心の中に希望の光が走ったことを実感した。

 そして思わず歓喜の雄叫びを上げた。


 やっと自分にも武運が舞い降りた。

 世間に自身の強さを証明し、正当に評価され、相応しい栄光を掴む時が来たのだ。


 涼塵のヨナは赤竜を瞬殺した次の対戦相手の姿を見定めた。

 まだまだ歳若い赤髪の少年であった。

 その少年の瞳の輝きに、過去の自分を重ねた。 


 コイツに世間の厳しさを刻み込んでやる。

 俺と同じ運命を辿るがいい。


 屈折した精神を持つヨナは次の対戦相手であるシウランを身も心も完膚なきまでブチのめすことを固く誓った。

 

 再び盃に口をやり、夜空を見上げる。

 すでに星の輝きは無く、暗雲が停滞していた。

 今にも雷雨が起こりそうな不吉な空であった。

 それを見て、ヨナは歪に笑う。


 涼塵のヨナの歪んだ笑みの正体を、シウランはまだ知らない。


 そしてヨナも気付いていなかった。


 それがただの八つ当たりであることに。


 シウランはまた知らない間に敵を作ってしまっていた。


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