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100話 ルァVS剣聖グレン②

 

 ホテルの上空の大気は暗雲が立ち込め、不吉な知らせを警鐘するかのように激しいスコールが地上に降り注げらる。

 大きな雨粒がけたたましい音を立てながら、霧散し、ホテルの外では道が水没していた。

 だが豪雨は容赦なく大地に大水をまき散らし続ける。

 雷鳴が走る。

 

 突如の荒れた天候のせいで、ルァとグレンとの戦いはホテルの滞在者の気を逸らすことができた。

 二人の対決を止める者はいない。

 二人の戦いを邪魔する存在もいなかった。


 ルァの放った水魔法で形成された鋭利で高速回転した刃物のような飛沫がグレンの眼前に迫る。


 グレンには魔術士対策の秘策があった。


 片手剣の利点はもう片方の腕を自在に動かすことである。

 そこから両手剣に構え直すも、もう一本の剣を抜くこともできる。

 しかしこの時片方の腕はルァの水糸で縛られていた。


 だが手首の自由は効く。

 グレンが選んだ対魔術士の攻略法は剣士の間合いを錯覚させることだ。


 剣士は遠距離では距離を縮めなければならない生き物という固定概念を利用するものだ。

 グレンは袖に仕込んでいたコインを握り、強烈な指弾を弾いた。

 それはルァの放った水の斬撃を霧散させるほどの威力であった。

 すかさずグレンは指弾の嵐をルァに打ち込む。


 しかしルァは祈りのように両手を合わせて印を結ぶ。

 するとルァの前に堅牢な水壁が現れ、グレンの指弾を防いだ。

 瞬間、ルァの水糸の拘束を破ったグレンの剣が走る。

 水飛沫により前方の視界が悪くなったところを利用し、グレンは天井から斜め下に突き下ろすような突きの剣閃を繰り出した。


 その刃は確かにルァの身体を貫いていた。

 しかしグレンは苦い顔をする。


 手ごたえがない。

 幻影か!


 気付けば四方にルァの姿を形成した水魔法が展開されていた。

 グレンはここで窮地に陥ったことを悟る。


 全方位攻撃(オールレンジ)が来る!


 グレンの察した通り、四方八方からルァの水弾が繰り出された。

 ただの水の飛礫なら防御という選択肢もあったかもしれない。

 しかしグレンは相対する魔術士の少女が手練れであり、今眼前に迫る水弾の威力は高い殺傷力を持っていると悟った。


 故にグレンの回避という選択肢を選んだ。

 手狭な通路を高速で移動し、壁を蹴り飛び、空中を舞う。

 刹那の距離で水弾の嵐を躱した。

 さらに避けながらルァの本体を見極めた。


 通路の奥、窓際で印を今結ぼうとするルァを視界におさめる。

 それに精錬された袈裟斬りをグレンは放つ。

 その斬撃は長年の歳月、途方もない鍛錬の末辿りついた境地の剣技であった。

 その斬撃は光となり、剣から離れ、空間を切り裂き、風の刃となってルァに迫る。


 グレンの必殺の剣技、風の太刀であった。


 その奥義は剣で防ぐという防御行動を不可能にした。

 

 鋼や固い鉱物程度ならあっさり切断する斬撃であった。


 大抵の剣士ならばなす術なく両断されていたであろう。



 しかしルァは違った。

 魔術士は(タオ)のコントロールが他の流派と違い卓越している。

 グレンが辿りついた秘伝剣技もルァから見れば(タオ)の斬撃を飛ばしただけ。

 ルァの知る魔術士の兄弟子達は素手でそれを放つことができた。

 故にそれの防御法もルァは熟知している。


 グレンの奥義、その飛ばされた斬撃を(タオ)で固めた手で払い、軌道を逸らす。


 グレンはルァのその動作に驚愕する。


 それまで防御不可の必殺の斬撃であったからだ。

 しかし目の前の少女が当たり前のようにそれを攻略する。

 グレンの誇りの一撃が破られたのだ。

 通路の壁はその必殺の斬撃で真っ二つになっているのに、ルァは無傷であった。

 その事実に剣聖グレンの信念は崩れ去った。


 しかも目の前の少女は何事も無かったかのように両手を上げ、降参の意思を伝える。

「流石剣聖グレン、負けよ……」

 グレンは言葉の意味が理解できなかった。


 負けを認めるだと?

 ここまでの攻防をしておいて、しかも我が秘技を破りながら降参だと?

 何を言っている?


「御女子といえ、ここまでしておいて無事に済まさせると思うなよ! その首、頂く!」

 剣聖グレンは剣を強く握り、構え直す。

 しかし目の前のルァは不適に笑みを浮かべた。

 そしてクスクスと笑いながら告げた。

「何勘違いしてんの? 私はもう貴方の負けが決まったから終わりにしてやってもいいと言ってるのよ」

「何を……言って……いる……?」


 グレンが身体の異変に気付いた。

 脚に力が入らない。

 気付けば握っていたはずの剣も落としていた。

 手足だけではなく、全身の力が抜けていく。

 最早、立つことさえ困難であった。


「……何を……した……?」

 「最初にお見舞いした針の一撃。あれで終わらすつもりだったのよ。けど困っちゃったわ、上着の下に鎖帷子なんか着込んでるんだもの。けどちゃんと刺さってくれたみたいね。おかげで毒が回ってきてくれたわ。毒の巡りを早くさせるために、大立ち回りした甲斐があったわ。あーあ、汗かいちゃった。帰ったらすぐにシャワー浴びないといけないわ」

 グレンはたまらず胸を抑える。

 そして歯軋りしながら呻く。

「始めから……仕組んでいた……のか……」

 笑いを堪えるのをルァは必死で抑えながら答える。

「安心しなさい。致死性の毒じゃないわ。まぁ一週間ぐらい生死の境を彷徨うことになるけど、ゆっくり寝てれば治るわ」


 剣聖グレンは魔術を、魔術士を心の底から憎んだ。


 憎しみの怨嗟の声を絞り上げる。


「……この……卑怯者……!」


 刹那、鼓膜を痛めるような衝撃音が走る。


 通路の向こうの窓が破れ、凶弾がグレンの胸部を貫いた。

 血飛沫を上げながらグレンは倒れ伏す。


 しかしルァの顔には驚きと戦慄が走っていた。

 思わず窓の方へ駆け寄り、向かいの建物にいるイズモに怒鳴り声を上げる。

「ちょっと! 狙うのは脚でしょ! 胸に当たっちゃったじゃない! どこ狙ってんのイズモ!」

 向かいの建物からイズモの怒声が返ってくる。

「違げぇ! 引き金を引く時にライエルがやっぱり腕でしたとかぬかすから、狙いがズレたんだ! 俺だって殺すつもりねぇ! ライエルのせいだ! とりあえずバックれよう! 警備隊や他の連中に見つかると厄介だ!」


 思わぬ暗殺行為にルァは脱兎の如く逃げ出す。

 その走る音を聞きながら剣聖グレンは無念の言葉を漏らす。

「最期は火縄か……。どこまでも……汚い奴らだ……」


 剣に人生を捧げたグレンの最期が最新の武器という皮肉。


 自分はただ時代に取り残された存在であったと痛感した。

 そして意識が白濁しながら、己が剣を見る。


 もしこの剣に付与魔法がついていれば違う結果になっていたかもな……。



 幸いなことに剣聖グレンはたまたま宿泊していた医者によって一命を取り留めた。

 後日、剣聖グレンは故郷に帰り、抜け殻のような余生を送った。


 しかしその事実を現場から逃亡したルァやイズモ達は知らない。


 卑怯な手段で殺人を冒した呵責を背負って生きていくことになる。


 その罪の意識をお互い擦り付け合っていた……。





 第二試合 勝者シウラン

 不戦勝


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