遅刻、そして……
ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。最終回です。
「さぁ、さゆりの居場所を教えてもらおうか」
「? 断る」
「なっ!? お前、どういうことだっ!!」僕は横合いから半畳を入れた。「そういう約束で、英雄はお前と『命賭け』をしたんじゃないか!!」
「いや、そんな約束はしていない」
「はぁ!? どういう──」
言いさして、はたと思い至る。
「そう──か、あくまで約束は、賭けに勝ったらか。さゆりさんの居場所をチップにしたギャンブル……、つまり、不正が発覚した時点で、ゲームオーバー……」
それと気付かれない内に、不正を仕込まなくてはならないらしい。
「そんなの──、無理に決まってる」
ザクレンはククと笑って、英雄に正対し、こう言った。
「貴様の努力は全て無駄だったのだ! 片腕を失ったことも! 手の込んだ不正も! 全て無意味だ! ぎゃーーららららららららっ!!」
ここに来て笑い方が特殊という新事実を提供しつつ、ザクレンは極めて、悪辣に笑った。
「ぎゃーーらららららっ!! ぎゃーーらららららっ!!」
「………………」
「お、元気がないなサカキバラヒデオ、どうしたんだ? さも、契約を交わすときに文章をしっかり読んでなかったみたいな顔をして」
「………………」
「元気を出せよサカキビラヒデオ。事情は知らないが、女は星の数ほどいる。レッツゴー・ネクスト! 次のオンナ!」
「………………」
「オイオイオイオーーーーイいつまで暗い顔しちゃってんの? 過去なんか振り返ってもなんも意味ねぇーーーーよっ! ほら、昔のことは忘れて、未来に目を向けよう! 誰に恨みがあるのかは知らないが、復讐なんてマッタクの無意味だ! 明日の朝日へ、さあ行こう!」
「………………」
「あ、そうだ思いついた! 良かったらなんだけど、私のオンナを貸してやろうか? 生きている間は無理だから、抱くにしても、墓石と抱き合う形にはなるが。どうだ、良い提案だろう?」
「ここまで俺が黙っていたのには訳がある」
「へ?」
いくらかの間を開けて──、彼は言った。
「お前をブン殴るカタルシスを、最高潮にまで上げる為だ──ッ!」
すわ、森羅万象をも潰えさせる勢いを伴って──右手の拳を、
「──ってああああああああああっ!!」
めぎり……、と。
ザクレンの顔面に陥没させた。
顔の骨は確実に折れている。
「んぎぃああああああああああ!!!!」
ザクレンの大音声が一帯を震わせた。
その声を聞いて、僕は「このギャンブルの公正さを担保する、平等の為の舞台装置」とやらの、暴力を禁じる『箱』が壊れていることを思い出した。
これこそが英雄の狙いだったのかと、僕は遅まきながらようやっと気づく。
ザクレンの呻き声が聞こえる。
実に痛そうな、悲痛な慟哭だ。
しかしそうか、暴力が使えるなら、無理やり吐かせちまえば良いもんな──。
「さゆりの居場所を吐くか?」
「い……っ、居場所を吐く!? ジョーダンはよせ!!」大いに顔を歪めつつ、しかし口の端は持ち上げて、ザクレンは言う。「私は不死身だ!! なればこそ、貴様は魔王様を滅ぼせても、私だけは滅ぼせなかったんだっ!!」
「俺が異世界を救ったのはお前の世界で四十七度目だ」
「………………は、はぁ?」それがどうしたとばかりに、ザクレンは胡乱な表情をした。
「そして、オレはその後も、三十一回は異世界を救った」
「だから、それがなんだって……」
「それまでに、オレは不死者の攻略法を理解して、百五十二体の不死者を撃滅した」
「!?」ザクレンは目を剥いて驚いた。「オイ、それはどういう──」
「全ての不死者は、生きようと思えば生きていけるが、死のうと思えば死ねる奴だった」
「!? 貴様、それを知って──」
「だから、考えたんだ。不死者本人が死にたいと思うまで、極めてドラスティックに、痛めつければ良いのだと」
「な、何を──」
「殺し続ければ良いのだと」
「何を言っているんだあああああああ!!」
「わかるだろう? お前は死ぬんだよ」
微塵の容赦もなく英雄はそう言った。
「ただし、お前がさゆりの居場所を吐けば、その限りではないのだがな」
英雄のそのセリフを聞いて、途端、ザクレンは取り戻す。
「ふ……、ふふふ……、結局は私に命運を握られているわけか。バカだな、サカキバラヒデオ。それはほとんど、懇願と同じだ」
ククク、となんとか笑って、満身の力でザクレンは嘲った。
それを受けて、英雄は喋り出す。
「『も、もう疲れた……、オレを殺してくれ』」
「……は?」
「『死にたいない、殺してくれ、死にたくない』」
「ん? え? 何?」
「『頼むもうやめてくれ、オレの娘をやる。好きなだけ犯して良い。だから殺してくれ』」
「は? は? 何? 何なの?」
「全て、俺が殺した不死者共の台詞だ」
英雄は縷々として続ける。
「奴ら不死者には核がある。生きたいと思ううちは奥底に隠し、死にたければ前面に露出させる。そしてオレは、その露出した核を掴んで、それ以外を永劫、殺し続けた」
「……………………っ!!!!」
ザクレンは怖気と共に戦慄いた。
腹の底からの恐怖したのだろう、彼は失禁してしまった。
「不死者ってのはタチが悪いからな。見せしめとして、これくらいは必要だ。さて──」
ザクレンに正対して、英雄は言う。
「教えてくれ、お前はどんな風に死にたがる?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!!」
ザクレンはさゆりさんの居場所を話した。
※
ザクレンに誘拐されてからこっち、私はどこかの建物に監禁されていた。
デートの別れ際を狙って、私は拐われたわけだけれど、しかしその後は、ずっとここに放置というのだから色気がない。
もちろん、最低限の食料、トイレなどの設備はあるけれど、それこそ本当に最低限であり、最低であるのには変わりなかった……、文化的水準は現在、地に落ちている。
「……ねぇ、そんなことしていいの?」
「あぁん?」
ザクレンは私の監視に番を置いていた。
魔物の番ゆえに、ザクレンに言いつけられた命令などは、結構な割合で無視されている。
それなりの厚遇を命じられていた記憶があるのだが、しかし実情は、用意された食料や衣服等は、前者は貪られ、後者は打ち捨てられるばかりだった。
だから私は、食料に関しては、番の魔物が残した残飯にありつけるかどうかなどという、かなり喫緊した状況に置かれていたし、服装に関しては、誘拐されて以来ずっと同じものを着ていて、もう、なにをかいわんやというやつである。
そして今、この瞬間。
上記の待遇以上の酷遇を、番の魔物により、私は迫られているのだった。
「監視の番を監視する番はいねェ。イッパツくらいヤッてもバレねーの」
「────っ!」
緊急事態である。
異世界にいた頃の力は、もう失くしているし、食事やトイレの時以外、私は椅子に縛られている……、この状態では抵抗も出来ない。
「く……っ、やめて! やめなさい!」
「そんな状態で抵抗しても興奮するだけだって」
言って魔物は、私の服を強引に──といっても容易く──引き裂いて、溢れたバストを見て満足すると、ズボンのベルトをかちかちと鳴らした。
露出するグロテスクな男性器。
私はさっ、と目を逸らした。
「ほら、股ひらけ」
「…………っ!」せめてもの抵抗として、私は魔物を睨め上げて、絶叫する。「厭よ、厭! 触らないでっ!」
魔物はそれを意にも介さず、強く閉じた私のふとともに手を入れた。「うるっせーんだよ。大人しく犯されろ」抵抗虚しく、私の太ももはがば、と開かれる。「おほは、エッロ」
魔物の舌がうち太ももを這った。
その刹那、込み上げる嫌悪感と共に、想い人の顔が脳裏に浮かんだ
「……誰か……」
僅かに掠れた声で私は言う。
「助けて……」
「応」
常識とは埒外の轟音を伴って、建物の屋根を突き破り、空から何者かが降ってきた。
驚く暇もなく、番の魔物は鎧袖一触、伸びた足により、胴を穿たれる。
「か──、かはっ!」
立ち込める煙と舞い上がった塵芥が眼前を塞いで、姿は見えない……、見えないのだが、もはや見るまでもなく、誰何するまでもなく正体は知れた。
きっと、彼だろう。
「わり、遅れた」
それは、いつかの遅刻のような台詞だった。
「……デートに遅刻とは、不心得者ね」
「悪い悪い」
でもさ、と彼は続ける。
「英雄は遅れてやってくるもんだろう?」
私は思わず顔を逸らした。
が、あるいは彼──榊原英雄からは、赤く染まった頬が見えたかもしれない……、そう思うと一段、私の頬は赤くなるのだった。
「遅くなって悪かった。でも、もう大丈夫」
英雄は、上着を引き裂かれて、露出した私のバストを一瞥すると、拘束を解き、上着を脱いで、私の身体に羽織らせてくれた。
「帰ろう?」
差し伸べられた手を取って、私はゆっくりと、立ち上がった。
「待"て"っ"!」
声の主の方向を見遣ると、私はザクレンの姿を認めた。
「あ、貴女には……、そんな男よりも、私の方が……っ!」上擦った声で、ザクレンは言う。「私の方が、相応しいっ! わ、私と、私と、婚約してくれ、タカナシサユリ!」
「アンタ誰」
「んぇ……っ!?」ザクレンは思いっきり目を剥いて驚いた。「お、覚えていない!? い、いやいやいや、そんなわけないでしょうっ!」
無論知っている。
私と英雄の親友を殺した下手人であり、あの世界ではついぞ殺せなかった魔物だ。
そして私を誘拐した犯人……、忘れられるわけが断じてないが、しかしここは、こう言うのが一番効くだろう。
「お前なんか、記憶に留めておく価値すらない」
「そんな──」
「二度と、関わらないで」
呆然と、ザクヘンは立ち尽くしてしまった。
ほとんど死人みたいな声で彼は言う。
「どうして……」
「まだ、わからないのか?」と英雄。
「……わからないな」怒気を孕んだ声だった。おそらく、ザクレンは逆ギレするつもりなのだ。「私ならお前のように、デートで三十分も待たせたりしない! もっと早くから来て……、そう! 約束した十分前には来る!」
と思ったら──待ち合わせの時点からずっと見張っていたのかという点に目を瞑りさえすれば──、指摘だけは真っ当な指摘であった。
さて、英雄はどう切り返す?
「十分前に? そうだろうな、情景が目に浮かようだぜ」
「だ、だろう!? だから私の方が、彼氏に、夫に──」
「ただし、早いのは十分ぽっちじゃない」
「はぁ!?」
英雄は言う。
「────テメェにゃ百年早ぇンだよ、ザクレン!」
詭弁だった。
でも、滅法素敵な、詭弁だった。
※
少し経って、英雄とさゆりさんは婚約した。
プロポーズの成功を知らせるLINEには「あの日、当日のギリギリまで悩んで良かった」という文面と共に、指輪の写真が添えられていた。
……あの小箱はそう言うことだったらしい。
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