コワ〜…
八話程度で終わるので、どうか最後までお付き合い下さい。
『箱』とザクレンの目視によるダブルチェックは思いのほか厳重だった。
例えば千円札を掌に包み込んで、握り拳を入れてはいけないし、もちろんのこと、それで『箱』の口が開くことはない……、絶対に三百六十度どこから見ても、不正が無いことを確かめてからじゃないと、『箱』が口を開くことはないのだ。
そして、仮にそこを抜けても、千円の価値が認められなければ片腕はなくなるというのだから、呆れてしまう。
とにかく千円札の端をつまんで、不正があり得ないことを示してから……、彼は千円を『箱』に投じた。
「あの『箱』の設定を鑑みるに、君が『金細工』ないしは『十字架』の力で、あの『箱』を機能不全にすることは難しい」
「そうだな」と英雄。
「あの『箱』の口が開くのは、不正がないと認められた時だけ。…‥要するに、『箱』自身が納得するまでは、あの口は一切開かないということだ……、どこかしら潜めておくことは、基本、叶わない」
「わかっている」
「そして恐らくは、奴は大量の札束を用意している。無駄になる金額を惜しんで……、大量に手に入れたであろう一万円を、全て千円札に換えて、だ」
「そうだろうな」
「なら、どうする!? 勝ち筋は閉ざされたぞ!?」
「そんなことはない」英雄は断言した。「勝ち筋はある……、どんな時にもな」かっこいいセリフだった……、だけど、ただそれだけのセリフだった。
「……もう良いか?」とザクレン。「とっとと次のジャンケンを始めたいんだが」
英雄は肩をすくめる。若干シニカルな仕草だった。「わかったよ」
「最初はグー!」と掛け声をした。どちらともなく。
「ジャンケン──!」「ジャンケン──!」
以下はそのリザルトである。
二戦目:英雄の勝ち。ザクレンが千円を消費。
三戦目:英雄の勝ち。ザクレンが千円を消費。
四戦目:ザクレンの勝ち。英雄が千円を消費。
五戦目:ザクレンの勝ち。英雄が千円を消費。
六戦目:ザクレンの勝ち。英雄が千円を消費。
七戦目:英雄の勝ち。ザクレンが千円を消費。
八戦目:英雄の勝ち。ザクレンが千円を消費。
九戦目:ザクレンの勝ち。英雄が千円を消費。
上記の流れで、英雄の持つ千円札は全て消えた。
以降確実に使えるのは、たったの六千八百二十二円。
問題はそれ以降の……、つまり、不確定要素である、スマホだの、モバイルバッテリーだのの、価値の定まらない領域だろう──国から公式に価値を定められた日本銀行券と違って、単なる商品にあの『箱』が、全体どれくらいの値をつけるのか……、問題の争点は、だからその辺になってくる。
「何故、さゆりを拐ったんだ? 目的がわからない」唐突に英雄はそう言った。考える時間を稼いでいるらしい。
「……もしかして、覚えていないのか? サカキバラビデオ」
「はぁ?」英雄は胡乱な顔をした。「なんの話だ? 覚えていない?」
「冗談を言っているのか? サカキバラビデオ。貴様が魔王軍を滅ぼしにきた時、一人の女を巡り合って、貴様と私、正義と悪とで、二人争い合っただろう!」
「?」全然記憶にないといった風情で、英雄は首を傾げた。「わからねーぞ」
「な……っ!? ここまで言っても分からぬのか!?」
「だから、説明しろって」
「ぐ……ぐぐ……っ!」いかにも屈辱そうな表情を浮かべて、ザクレンは英雄に「良いだろうッ! そこまで言うなら教えてやるッ!」と喚き散らした。ザクレンは縷々として続ける。「お前のパーティーにいた彼女──、タカナシサユリを、真実先に好きになったのは、この私なんだぞ!? それを貴様……、サカキバラビデオ! 私の許可なしに、先んじてアタックをしかけおって……、それどころかあまつさえ、アタックを成功させて、私の前で恋人特有の仕草をそここに忍ばせて、高貴なる私を苦しませおってぇ!」
絶ッッッ対に許さないぞ、サカキバラビデオ!!
そう言って、ザクレンは英雄を睥睨した。
英雄は思わず閉口した。
空いた口が塞がらないといった顔でもある。
僕は小声で「小鳥遊さんとは異世界で出会ったんだね」と問うた。
英雄は「……ああ、一緒に召喚されたんだ」と答えた。
「確かに! 私は彼女に思いを寄せていたことを、貴様には伏せていた! 黙っていた! だがしかし、そこは恋敵同志! なんとなく分かってくれていると、貴様のことを信じていた! 抜け駆けなんてしないって……、信頼していたのに……ッ!」ザクレンは恨めしそうに英雄を睨んだ。「こんのォ……、裏切り者がァ!」
支離滅裂の牽強付会。
言っていることの内容の矛盾も、もはや分かっていないことだろう、ザクレンは、昂る感情を抑えきれず、半泣きで喚き散らしていた……、実に惨めである。
「……そのことと、このギャンブルを仕掛けたことに、全体、何の関係が?」英雄は流されない。と言うより、もうそこに触れたくないと言った風情である。
「ここで貴様に勝つことで、貴様と私、どちらが上なのかを明確に示し、改めて結婚を申し込む……」ザクレンは神妙にそう言った。「そのための勝負ギャンブルに決まっておろうッ!」
呆れ返った様子で、英雄は言う。「……ああ、そう」
「なんだ、言いたい事があるなら言えば良い」
「ああ、いやな?」
英雄は言う。
「お前のその強い執着を知って、ようやくのこと思い至ったのさ。だからあの時、お前は俺の親友を殺したんだな。……自分の想い人を奪われた腹いせに、俺からも何か奪いたかったんだろう?」
「そうだ」
「ちなみに」と英雄。
アイツはさ、さゆりの親友でもあったんだぜ?
そう言うと、英雄は腹の底から嘲笑した。
「誰が親友の仇に惚れるってんだよ! マヌケ!」
彼は哄笑を上げた。
げらげらと、げたげたと、親友の恨みを晴らさんとして──、高らかに。
「とんだ道化だよ、お前。さゆりに「知らなかったんだ」で通すつもりか?」
「? 別に知っていたぞ」ザクレンは確かにそう言った。「その上での腹いせだ」
「!?」英雄は相好を崩した。「な、なんだと!? 知った上で!?」
ザクレンは「なにがおかしいのだ」とでも言いたげに顔を顰しかめた。「私の愛した女だ。タカナシサユリならわかってくれる」
「そ、そんなわけないだろうっ!」
「そうとも限らんさ」
ザクレンのイカれっぷりに、意見の正しい正しくないに関わらず、英雄は圧倒されたらしかった。
正しいのは彼の筈なのに、ザクレンの方が、圧倒的に優位にすら映った。
英雄はなんとか反駁を試みる。
「それで成功するとか思ってんなよ」
「愛は勝つ」とザクレン。
「……あの時のオレみたいに?」
刹那、ザクレンは顔を歪めた。
評価・感想等、よろしくお願いいたします!