遅刻、そして誘拐
八話程度で終わるので、どうか最後までお付き合い下さい。
もともと「デートの時間に」と約束した時刻からは、もう確実に、三十分以上の遅刻なのだけれど、そんなオレが、彼女のところに到着してすぐに発した第一声は、
「わり、遅れた」
の一言であった。
震える拳を抑えつつ、健気にも三十分間オレを待ち続けた彼女──小鳥遊さゆりは「はぁ……」と深く嘆息をする。
「……デートに遅刻とは、不心得者ね」
「悪い悪い」
でもさ、とオレは続ける。
「ヒーローは遅れてやってくるもんだろう?」
蹴られた。
それも二発。
「痛ってぇ! 何すんだよこの暴力女!」
更にもう一発。
弁慶の泣き所。
走る電撃。
「反省したかしら?」
「し、したした! 悪かったって!」
「ならよし」
蹴られた患部をさすりつつ、オレはさゆりに「でもまあ、安心しろよ」と言う。
「今宵、最高の夜を約束するぜ」
※
「その後、顔見知りの魔物にさゆりが拐われたので、普通に今捜索中だ。……今のところは犯人との交渉に応じるくらいしか、取れる対応は残されていない」
出し抜けに何を言いだすのか、と思わず人差し指でメガネのフレームを持ち上げた僕だったが、しかし彼、榊原英雄は、その程度の些事は意に介さない……、構わず続けて、僕の混乱を一層、助長させた。
「前に、異世界に巣食う悪を倒して、異世界を救う機会があったんだけどな? そん時に倒し切れなかった残党が、復讐の為にこの世界に来たらしいんだよ」
ふんふんなるほど、と相槌を打ってしまうのは僕の悪い癖だ──こんなことだから相談を持ちかけられるのだ。
以前、英雄とは第三次世界大戦を惹起する筈だった、某国の暴走を食い止めた仲なのだけれど、それ以来、彼は世界の危機に関する難題を突きつけられると、決まってこの僕に相談を持ちかけた。
その度にいみじくも名案──と言っても英雄が勝手に会話からヒントを得ていくだけなのだが。だから彼にとって大事なのは僕ではなく、どうしてか僕から得られるキッカケの方だ──を思いついてしまう僕も僕なのだが……、それ以上に「それでそれで?」と続きを促してしまうのも、やっぱり、僕の悪癖なんだろう。
「奴には明確な弱点がある。俺が救った異世界は七十八っつほど数があるのだが……、奴の出身は四十七個目の異世界で、俺たちの世界で言う『金細工』や『十字架』が苦手だった。今も一応、相手から分からないよう、かなり小さいけれど、一定の効力を発揮するくらいの物は持っている……、具体的に言えば、鉛筆の芯くらいの直径で、縦に二センチくらいのサイズしかない、本当に小さいやつが。対策として」懐かしさに目を細めて、英雄はそう言った。そして続け様に「そしてその弱点は、その世界を巣食う全てのモンスターと共通のものだった」とも。
困惑気味に僕は言った。「なら、それを使えばいいじゃないか?」
「勿論、隙があれば使うつもりだ。ここまで小さければ効果は薄かろうが……、奴はその世界での俺の親友を殺した仇でもある。だからこの状況は、誤解を恐れずに言えば、願ったり叶ったりでもあるんだ」
「親友を……? そうか……」冒険譚には悲劇が付きものである。しかし、悲しいものは悲しいだろう。「でも、それなら余計にどうして?」
「一度それで滅ぼされたんだ。対策してくるに決まっている」何やら、そこは自信のある風だった。
「そう、か……」僕は声のトーンをいくらか下げた。「マジックみたいにミスディレクションでも出来ればいいんだがね……」
「ミスディレクション、視線誘導、か」
「思いつきそうか?」
「微妙だ」英雄は素直かつ端的だった。
「なにやらいろいろ企んでいるな」
背後から聞こえた声に踵を返し、英雄はその声の主をきっ、と睨め上げた。
「ザクレン!」
「久闊を叙するよ、サカキバラビデオ。こうして顔を合わせたのは、貴様が魔王様を倒して以来かな?」
その男の、つまり、誘拐犯の笑顔は、虚無主義と冷笑主義と悲観主義を足して、三で割らずに倍加したような……、ぞっとしない種類のそれであった。
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