複製師団進軍
オトシュ王国降伏が世の中に知れ渡った頃、ミニーム共和国のガイス大統領はスウィンターら側近を集めていた。
「大統領。今日は一体何を?」
高官の1人が聞くと、ガイス大統領は言った。
「最近、野党の連中が戦争の終結と、私の退陣を要求しているそうだな」
スウィンターが答えた。
「はい。戦時体制で大統領選を止めている現状を不満に思っているようです。一部の国民もその声に賛同していますが、連日の労働に国民が疲弊し始めているのは事実なので早急に対策を打つ必要があります」
ガイス大統領は聞いた。
「ではスウィンター、どうすればこの状況が収まると思う?」
スウィンターは少し考えた後、言った。
「帝国と休戦して、大統領選で勝つことですか?」
「違う!我々は戦争を続けるべきなのだ!」
大統領の声の大きさに側近は驚いた。大統領は続けた。
「今、我が国は史上類を見ない団結を見せている。なのにここで戦いをやめれば、これまで積み上げてきたものの意味がない。国民には輝かしい勝利を見せ、この機を潰そうとするごく一部の人間は“休憩所”に入れろ。そうすれば、これまで以上に国は団結するだろう。そして我々は揺るぎない団結をもって帝国、しいては旧体制を打破する。ここにいる者には、悪の体制から抜け出した我々こそが真の世界市民であり、世界を作り変えれる唯一の人間であることを自覚してほしい」
側近たちはただ黙っているだけだった。大統領は言った。
「帝国に侵攻を開始せよ。CLN師団に出撃命令を出せ」
側近たちが戸惑っていると大統領は言った。
「聞こえているのか。帝国への攻撃を開始しろ」
すると1人の高官が言った。
「大統領、帝国との間には急峻な山脈があります。それを越えて攻めるのは悪手なのではないでしょうか。何より、このタイミングを逃せば帝国と休戦する機会を失います。国民のためを思うなら、無茶な戦争はやめて講和してください」
大統領はスウィンターに聞いた。
「CLN師団は今いくつ準備できている」
「い、今は4個師団ほどですが、1ヶ月もすれば10個師団を用意できるかと」
大統領は笑って言った。
「これは無茶な戦争などではない。十分に勝算がある戦争だ。それに、勝てば国民も喜ぶだろう」
大統領は続けた。
「彼は少し熱くなり過ぎているようだ。丁重に“休憩所”まで送って差し上げろ」
大統領に反論した高官はどこかへと連れられていった。その場にいた全員はすぐに帝国侵攻へ向けた準備を始めようとした。
「全国に非常事態令を出す」
大統領は紙に署名した。それは大統領府直轄の警察機関の設立、国民の国有化、反国者収容所 通称“休憩所”の運用、政治活動の禁止など、およそ共和国とは思えない内容のものばかりであった。しかし、それを止められる者など共和国内にはもはや誰もいなかった。
翌日、大統領は国民の前に姿を現した。道いっぱいの群衆は視界の外まで続いており、皆ミニーム共和国旗を振りながら熱狂した。ガイス大統領は次のように発言した。
「かつての強国は衰え、ついに待ち望んだ世がやって来ようとしています。それは国王の存在しない、国民全員が平等で幸せな世です。ですが、新たな世代の登場もあれば古き世代の退場があるのは必然であるにも関わらず、古き国々は世界を支配し続けようとしています。我が国は世界の先頭に立ってこれを終わらせなければなりません。ミニーム初の航空戦艦の英雄は、今や軍神となって我々の背中を押しています。我々は世界平和のために戦うしかないのです!国民よ前進せよ、隣の誰かが倒れても。その止まない歩みが新世界を創るのです!ミニームに栄光あれ!」
国民の熱狂は最高潮に達し共和国万歳が街中に轟く中、大統領は演壇から降りた。その後、非常事態令を発布し新たな体制に移行することが政府から発表されたが、国民は喜んでそれを受け入れ大統領は国家を掌握した。
帝国侵攻作戦の内容を決めるため、大統領は閣僚と軍幹部を集めた。
「帝国侵攻作戦の第一目標はラースにある資源地帯の奪取です。まず資源を確保し、その後に帝国を叩き潰します。侵攻軍の主力は特別編成師団であるCLN師団です。CLN師団の生産は順調で、計画の第一段階が終わる頃にはミニーム共和国民の半数近くが生産される見込みとなっています。これだけの数があれば、いくら工業力と資源がある帝国でも太刀打ちできないものと考えます」
スウィンターから作戦案を聞いて、閣僚たちの顔には不安が滲み出ていた。少し前まで小国だったミニームが世界一の強国に立ち向かえるイメージができないことに加えて、今後の命運を握る作戦がCLN師団という謎の師団によって行われようとしていたからだ。その空気を感じて大統領は言った。
「CLN師団について説明してくれ」
これを受けてスウィンターは言った。
「CLN師団とは、北の国ヘキシンからの技術提供で生み出された師団です。国民から採取した毛髪や血液を用いて家畜の肉から複製人間を作り、それに訓練を施した兵士で構成されています。CLN師団はほとんどコストをかけずに量産でき、さらに普通の師団より従順な兵士が揃うので作戦を遂行しやすいというメリットがあります」
手元の資料を見ながら、1人の軍幹部が聞いた。
「補給路について全く記載されていないのですが、これから決めるのですか?」
「いえ、CLN師団はいくらでも生み出せる消耗品なので、補給は一切しません。その場で略奪するか、倒れて次の師団と入れ替わるかの二択です。元は家畜なのですから、倫理的にも問題ないかと思います」
表情を変えず話すスウィンターに、参加者たちは固まった。すると1人の高官が言った。
「それなら国力の低下を気にせず帝国と長期的に戦えますね!」
それは“休憩所”に入ったはずの高官であった。
「そういうわけだ。諸君らには期待している。なんとしても帝国侵攻作戦を完遂してくれ」
大統領の言葉に、参加者はただ返事をするだけだった。
会議終了後、大統領とスウィンターはアベルノ公爵と面会した。
「アベルノ公爵殿、おかげさまで資金面はなんとかなりました。ありがとうございます」
「かまわん。彼らも金のやり場に困っていたようだからな。紹介したまでだ」
スウィンターが出した茶を飲むと、大統領は聞いた。
「他の国にも協力してもらえそうでしたか?」
アベルノ公爵も茶を飲んだ。
「すでに同盟を抜けていた国は協力してくれそうだったぞ。だがまだ同盟に入っている国はどこも帝国との講和準備で取り合ってくれなかった。エアード王国もだな。あそこはまだ帝国と講和しないみたいだが協力しないのか?」
「まさか。するわけないでしょう。協力してくれそうな国には後で文書を送っておきます。本当にありがとうございました」
アベルノ公爵はいかにも不思議がる様子で聞いた。
「どうしてエアード王国とは手を組まないんだ?良い協力関係を築けると思うのだが」
大統領は少し顔色を変えて言った。
「公爵殿、我が国にはエアード王国出身の者もいます。私もそうですが、彼らは王という1人の人間が支配する国が嫌でここへ辿り着いたんです。いくら目的を達成するためとはいえ、敵のような存在である彼らとはもう協力できません」
「そうか。ところで、この国の最終目標とはなんなのだ?」
大統領はアベルノ公爵の目を見つめて、はっきりと言った。
「世界征服ですよ」
アベルノ公爵は聞いた。
「なら、サイシュ公国再建も反対するか?」
大統領は笑顔で答えた。
「恩は仇で返しません。むしろお手伝いさせていただきたいくらいです」
アベルノ公爵は「そうかそうか」と少し嬉しそうに言っていたが、隣にいたスウィンターには大統領が本心ではないことくらいすぐにわかった。
「そういえば、この絵は新しいものか?」
アベルノ公爵の目線の先には巨大な大統領の肖像画があった。
「ええ、国内に貼るポスターの原画にしようと思いまして」
「なかなか良い絵だ。これはモデルが良いからだろうな」
大統領とアベルノ公爵は笑った。大統領邸には肖像画がいくつも飾られており、以前より煌びやかになっていた。
数日後、首都で壮行会が開かれた。軍楽隊の勇ましい音楽と共に軍靴を鳴り響かせて兵士は市街地を歩いたが、これはCLN師団ではなくCLN師団の元となった別の部隊だった。国民が旗を振って熱狂していた時、首都を歩く部隊と同じ顔をしたCLN師団は山の麓にいた。
「これから我が軍は、この山を越えて帝国へと侵攻する!仲間が倒れても進み続けろ!撤退は許さん!いいな!」
指揮官の命令で兵士たちは一斉に山を登り始めた。山は所々に雪が積もっており、食糧不足や装備不足が原因で行軍中に何人もの死者が出た。しかし兵士は味方の死体を踏み潰して進み続け、ついに帝国領に入りある村を見つけた。
「あの村を制圧せよ。住民は殺してもかまわん。旧体制の下に生きる者は全員敵だ」
空腹と疲労がありながらも統率を失わない部隊は命令を受けると一瞬で村を制圧し、住民を皆殺しにした。村にはミニーム共和国旗が掲げられ、司令所が置かれた。
一連の報告を受けて大統領は満足していた。首都にある飛行場で、大統領はスウィンターに言った。
「帝国もエアードも、全て私に跪くことになるだろう。ヘキシンの首長にはくれぐれも感謝の意を伝えておいてくれ」
スウィンターは「わかりました」と返事をして飛行機に乗り込むと、北の国ヘキシンへ向けて飛び立った。




