オトシュ王国崩壊
帝国軍がオトシュ王国内への爆撃を開始した頃、シーヤは白いベッドの上で目を覚ました。隣にはベルドマンが座っており、目が開いたのを見るや興奮して話しかけた。
「シーヤ!ようやく目を覚ましたか!死んだかと思ったぞ!」
喜ぶベルドマンにシーヤは掠れた声で聞いた。
「ベルドマン…」
「シーヤ、まだ体が良くなったわけじゃないんだ。無理して話すな」
「帝国は…どこまで来た」
ベルドマンは真剣な顔をして言った。
「帝国はオトシュ王国に侵攻し始めた。帝国の新型戦艦で同盟艦隊は壊滅状態で、オトシュ王国内では停戦の話が出ているらしい。国王と貴族の立場が確保されるなら停戦もやむなしだとよ。それに、同盟を去ったミニーム共和国でも不穏な動きが起こっているらしい。行方不明のアベルノ公爵もミニームにいるって噂だ。こう思うとお前が寝てる間に色んなことがあったな。お前の暗殺未遂事件だって特大ニュースだったんだぞ」
シーヤは痛みを感じながらも体を起こした。
「お前、今日ぐらいは寝てろって」
「今は…寝てる場合ではない…。一刻も早く指揮を執らなければ…帝国に負ける」
ベルドマンは起きあがろうとするシーヤを支えながら言った。
「今はオトシュに帰らない方がいい。お前は暗殺未遂に遭ったんだ。国内のどこに敵がいるのか最早わからない状況になっている。今は体の回復に注力しろ」
掠れる声でシーヤは言った。
「ここは…オトシュじゃないのか…?」
「ここはエアード王国の病院だ。さっきも言ったようにオトシュはお前の敵だらけだからな」
「今すぐ…オトシュへ帰してくれ…。私は…あの国を守ると決めたんだ…」
「今の体では無理だ。シーヤ」
「頼むから…帰してくれ…。頼む…」
シーヤは弱々しくベルドマンの腕を掴み、懇願した。ベルドマンはその手を握り、語気を強めて言った。
「シーヤ、これは1人の友人として言う。お前はここで死ぬべきではない人間だ。オトシュの市民を守るために奮闘してきたお前がここで死ねば、その後のオトシュはどうなる?また貴族の思うようにさせるのか?シーヤ、あと2日は休め。それから考えよう」
シーヤは黙ってベルドマンを掴む手を離した。
「帝都侵攻用に用意していた…特殊砲を防衛に使ってください…。帝国軍の…足止めを…」
シーヤがいなくなった同盟は混沌とし、同盟艦隊を離脱する国が出るなど混乱が起こっていた。ベルドマンは何とかオトシュ王国の同盟離脱と帝国の侵攻を食い止めたかったが思うようにいかず、結果、帝国の艦隊がオトシュ王都目前まで迫ったことでオトシュの同盟離脱は必然的なものとなった。
オトシュ王都を特殊砲の射程に入れた帝国艦隊の元へ、一通の文書が届いた。それは皇帝ルーサスへと届けられた。
「皇帝陛下、オトシュ王国が停戦の申し入れをしてきました」
ワンス将軍が文書を手渡すと皇帝は目を通した。
「王政の存続と領土割譲拒否だと?あいつらは戦争が何かわかっているのか?」
「いかがなさいますか」
皇帝は笑って言った。
「警告を送れ。我々帝国艦隊はオトシュ王都に対して特殊砲を発射し、跡形もなく消すとな。自分の立場もわかっていないような奴らは抹殺せねばならん。これも世界のためだ」
特殊砲使用に反対のワンスだったが、これは流石に皇帝に賛成しそうだった。帝国はオトシュに対して警告文を送り、期限内に回答がなければ王都への侵攻を開始することになった。
帝国からの回答が予想外だったオトシュ王国首脳陣は大いに焦った。すぐに回答を送りたかったが、あの停戦案は熟考した上で譲れない部分のみを残したものであり、これ以上削りようがなかった。帝国から示された停戦案は「国王の退位」「同盟の解散」だった。王政の下で生かされてきた貴族は当然反発し、国王もあり得ないとして一蹴した。この時にオトシュ王国の運命は決したのだった。
回答期日の次の日。王都には砲弾の雨が降っていた。精密な射撃は主要な政府施設や軍施設、街を囲っている城壁をことごとく破壊し、国王の住む宮殿は砂山を崩すかのように崩壊した。
帝国艦隊が王都上空へと移動を開始しようとしていたとき、将校が叫んだ。
「王都より高エネルギー反応!特殊砲と思われます!」
次の瞬間、王都の至る所から光が放たれ帝国艦隊へと向かってきた。ワンス将軍が命じた。
「エネルギー装甲展開急げ!」
展開した時、皇帝の乗る旗艦への直撃は防げたが、他の戦艦や駆逐艦に命中し、数隻が炎上・戦闘不能に陥った。王都に配備された特殊砲はシーヤが集めさせていたものだった。
「第五艦隊を救助に向かわせます」
フィフス将軍は第五艦隊を分散させ、一部を友軍の救助に当たらせた。
「敵航空艦隊が出現しました!おそらく残存艦隊です!」
照る太陽が船体を焼きながら、両艦隊は睨み合った。
「皇帝陛下、敵の特殊砲の数が多い以上、エネルギー装甲を切るわけにもいきません」
「わかっている。航空攻撃隊を出撃させろ」
ワンス将軍の助言で皇帝は攻撃隊の出撃を命じた。第29A特務大隊も例外ではなく、各中隊長機にA-1爆弾を載せて出撃した。
セイツェマンは出撃した機内から、遠くに広がるオトシュの街を見ていた。それは子供の頃に見た写真のままそこにあり、唯一の違いは空を鉄の塊が覆っていることだった。眺めていると、ジェルソン少佐が全体に言った。
「敵はまともな戦力を持っていない。だから激戦とはならないだろう。油断せずいつも通りやってくれ」
今回はA-1を使う予定はない。敵艦隊は巡洋艦や駆逐艦級ばかりで戦艦はたった2隻しかいないからだ。大隊は二つの中隊に分かれてそれぞれの爆撃任務を行うことになっている。
「敵航空隊が接近!ここに向かってきます!」
キースが叫んだ。セイツェマンは銃座を動かして射撃に備える。
遠くから光が近づき、それに銃口を向けた。深く呼吸をして目を開く。晴れた空には雲一つなく、太陽が激しく照つけていた。
銃声と閃光、そしてミサイルの噴煙が空を埋め尽くし、戦闘機が爆撃編隊の中を縦横無尽に飛び回った。時折反射する日光がセイツェマンの目を刺激しながら、攻撃隊は着実に敵艦隊へと向かっていた。無線から入る情報によると敵も同じように攻撃隊を発進させており、帝国艦隊へと迫っているとのことだった。
ある程度敵艦隊に近づくと対空砲火が始まり、黒や白の爆煙が編隊を襲った。砲弾が直撃した機は炎をあげて落ちていき、速度を落として編隊から離れた機は敵戦闘機が容赦なく攻撃した。
「間も無く敵艦隊だ!徹甲爆弾投下用意!」
ジェルソン少佐の声で中隊は突撃態勢をとり、敵艦隊中央に位置する戦艦へと狙いを定めた。
「一番機に続いて爆弾を投下せよ!」
速度を上げた機体は対空砲火を受けながらも戦艦の真上まで迫り、爆弾を投下した。船体深くまで突き刺さった爆弾は内部で炸裂し、戦艦は炎を噴き出したが、1発では致命傷にはなっていないようだった。セイツェマンは久しぶりに普通の爆弾の威力を思い出し、今までの日常がいかに非日常であったかを再確認した。
中隊の爆撃で対空砲火が弱まった戦艦に他の爆撃隊も爆撃を開始したことで、戦艦の周りには虫のような帝国軍がまとわりついて爆弾を次々に落としていた。時間が経つにつれて戦艦は抵抗力をなくしていき、攻撃開始から数十分でついに撃沈に至った。その頃には敵艦隊はほとんど戦闘能力を失っており、敗走を始めていた。
「王都が目の前だって言うのに逃げるんだな」
アモスがそう言うと、ジェルソン少佐は言った。
「あの艦隊のほとんどはオトシュ王国軍じゃない。同盟国のものだ。だから死んでまで同盟国を守る気はないってことなんじゃないか」
攻撃隊は帰還し、帝国艦隊は空の護りを失ったオトシュ王都へと進軍を再開した。
王都には母艦を失った同盟国艦隊の航空機が殺到し、飛行場は迎撃隊を出せないほどに混乱していた。特殊砲も数は多かったが消費エネルギーが膨大で、まともに迎撃に使えていたのはたった数基程度だった。明らかに敗戦が近づく中でオトシュ王国は再度、帝国から降伏するように警告を受けた。オトシュ国王は国の運営を担う役人や貴族を半壊の王宮に集めることにした。
「国王陛下、帝国が再び同じ条件で降伏を要求してきました。ですがこの王都には同盟国軍、オトシュ軍合わせても相当な数がいますし、空が失われたからといって負けが決まったわけではありません。それにオトシュは広いですし、エアード王国の支援もありますからまだまだ戦えます。ご英断をお下しください」
国王は玉座で黙って目を閉じていた。それは過去の栄光やこれまでの没落を思い返していたのかもしれない。
目を開けると、国王は言った。
「退位する。同盟も解散せよ」
貴族はざわめき、国王を説得した。
「まだ我々は戦えます!もうしばらく続けば帝国も疲弊してオトシュが勝つかもしれません!その可能性をお捨てになるおつもりですか!」
「国王陛下は勘違いしておられるのだ!前線であるオトシュが一時的に攻められるのは当たり前のことなのです!エアード王国などの前線から離れた国々はまだ余力を残しております!そんな同盟がどうして帝国一つに負けるでしょうか!そんなこと起こり得ません!」
貴族たちは国王に呼びかけたが、国王はそれを黙って聞いた後でこう言った。
「ここまでくればもう何もできまい。民の命を守るためにも、余はここで戦争をやめる。民を思う者はここに残れ。それ以外の者は今すぐここを出て次の戦争にでも備えるがよい。さあ、去れ」
宮殿は静まり返った。貴族たちはただどこかを見て、何も言わなかった。すると国王が言った。
「では、余は退位前の最後の仕事をする。同盟を解散するとエアード王国に伝えよ。今すぐにだ。そして、帝国に降伏の旨を伝えよ。余はそれを見届けてからこの玉座を降りる」
王都を囲っていた帝国艦隊にオトシュ王国降伏が伝えられ、最後の処理期間として1週間が設けられた。その1週間の間に対帝国秘密同盟は解散となり、加盟国は続々と帝国と停戦を行った。加えて、オトシュ地域における全ての戦線でオトシュ王国軍の武装解除、同盟国軍の撤退が行われた。そして期間が終わる前日にオトシュ国王は退位し、オトシュ王国は崩壊した。この一連の流れは世界中に報道され、市民は世界を巻き込んだ戦争の終結に沸き立った。
オトシュ王都に帝国軍が入城した。そこには皇帝ルーサス、ワンス将軍、フィフス将軍、シクス将軍の姿があり、オトシュ王宮で降伏文書調印式が行われた。大勢が見守る中オトシュ王国全権大使は文書に署名し、正式に戦争は終わった。オトシュ王国はサイシュのように帝国の属国としての独立ではなく、ルーサスがオトシュの王座に就くことで実質的に帝国へと取り込んだ。貴族たちは全員資産没収となり、軍も解散となった。しばらくは帝国軍が治安維持、防衛任務にあたる。特に文書調印直後は不安定になるため、侵攻軍である第五、第六、第七航空艦隊は王都に駐留することとなった。
新しくなった街を眼下に見ながら、セイツェマンとアモスは戦艦の甲板で話していた。
「せっかくここまで来たのに降りられないなんておかしいよなー」
「そんなに文句言っても仕方ないじゃないか。エアード王国はまだ降伏していないし、他の国とも戦争中なんだから油断はできないだろ」
「でもさー、観光地が目の前にあるっていうのに半日降りることすら許されないのはひどすぎる。俺たち十分戦争で貢献したからご褒美くらいくれても良いのにな」
「まあしばらくはゆっくりできるんだ。それだけでも儲けものだろう」
澄み渡る空に鋼鉄の龍が浮かび、時々航空機がその間を縫って飛んでいた。平和とは何かわかっていなかったが、こういう何もない時のことを言うのかもしれないとセイツェマンは思った。王都を眺めるセイツェマンにアモスは言った。
「そろそろ食堂行かないか?お腹空いてきた」
「今日はまだ何もしてないだろ?」
「空くときは空くんだから仕方ないだろ」
2人で笑いながら歩いていた時、警報が鳴り響いた。
「総員、出撃準備せよ。間も無く艦隊は出撃する」
急いで格納庫に行くと、ジェルソン少佐が言った。
「ラースの方で、ミニーム共和国軍が帝国に侵攻を開始したようだ。第六艦隊はその撃退のため出撃する。全員持ち場につけ」
オトシュ王国との戦争が終わり同盟が解散したことで世界戦争の終結が見えていたが、未だエアード王国や旧同盟加盟国は帝国との停戦を行っていなかった。そんな時、帝国軍の主力がオトシュへと集結している隙を突いてミニーム共和国は帝国への侵攻を開始。世界戦争は終わりの気配を消し、再び加熱しようとしていた。




