正義の壁
ランドルの言葉に、セイツェマンは言葉を失った。ランドルは言った。
「この前、オトシュ王国の収容所にいたことがあったでしょ。その時にスパイになったんだ」
セイツェマンは混乱する頭を整理しながら話した。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。自分の言ってることわかってるのか?お前は敵なのか?」
セイツェマンはそう言いながら撃鉄を起こした。
「うん…そう言うことになるね」
「何を言ってるんだよ。きっと収容所で薬か何かで洗脳されたんだ。ランドルの傷を手当てしてもらう時に薬が入ってたんだろう」
ランドルは言った。
「そんなことないよ。彼らは僕を熱心に治療してくれたし、それにスパイになるのも自分で決めたんだ」
ランドルの言葉にセイツェマンは動揺し、立ち上がった。
「嘘つくなよ。帝国軍人がそんなはずないだろ」
「セイツェマンもあの本読んだでしょ?僕らが、この国が戦争を続ければ続けるほど大勢の命が失われるんだよ。今ある命だけじゃない、未来の命まで殺すことになるんだよ」
「そんなこと…みんなわかってるに決まってるだろ!」
セイツェマンは銃口をランドルに向けた。
「みんなみんな、そのことは心のどこかで理解してる!でもこれは戦争なんだ!オトシュだって、サイシュだって、ラースだって、あいつらは本気で私たちを殺しにきてた。あそこで私たちが爆弾を落とさなければ、失われる命は敵のじゃなくて身内のだったんだぞ!そのことをわかって言ってるのか!」
ランドルは銃を向けられているとは思えないほど冷静だった。
「僕だってそのことは考えた。でも今の帝国がやってることはただの殺戮にしか思えないんだよ。この前の命令もおかしいと思わない?民間人がいるかもしれない都市に、当たり前のようにA-1を落としたんだよ?力を持っている国は、それを自覚しなきゃいけないと思うんだ」
「だが、お前のやっていることはその強大な力を持つ国を滅ぼすことだ。そんな状況になればもっと多くの命が失われるとは思わないのか」
「自覚できない国は周りから抑えられるか、滅ぶしかないんだよ」
セイツェマンは引き金を引いた。銃弾はランドルの服の袖を切り裂いて床に当たった。
「次は当てるぞ」
セイツェマンは撃鉄を起こした。
「なあランドル、私はこの戦争がどれだけの命を犠牲にしようとそれは仕方ないと思う。圧倒的な力を持つこの国を倒すために、敵は同等の力を求めたんだ。それに、もしランドルが言うように今オトシュが勝って帝国を抑えられたとしても、帝国はいずれ復讐のための戦争をするだろう。それでは今せっかく救えた命も、次の戦争で失われるんじゃないか?そもそも武力で解決しようとしている時点で多くの犠牲が出るのは避けられないんだ。なら、パパッと帝国がこの戦争に勝って、もう戦争が必要とならない新しい世界を作った方が将来の犠牲もみんなの幸せも守れるんじゃないか?」
ランドルは床の弾痕を触りながら言った。
「オトシュが勝つことで将来起こる戦争を防げるとは僕も思わない。でもね、それは帝国が勝っても同じだと思うんだ。新型爆弾とか光線とか、この戦争だけでも多くの新兵器が生まれたんだ。侵略戦争時代だって航空戦艦を産んだ。次の戦争はどうなると思う?今度こそ人類は滅亡するんじゃないかな。そして、人類を滅亡させる可能性が今一番高い国はこの国なんだよ。この国は力を持ちすぎたんだ。人の生死を支配できるのは神のみであって皇帝じゃない。命令一つで何十万もの命が奪われるのはもう嫌なんだよ」
セイツェマンはランドルに銃を向けたまま黙った。自分が大量殺戮に加担していることは頭でわかっていても完全に自覚していたわけではなかった。
「セイツェマン。一緒に軍隊を辞めて、どこか遠い場所で暮らさない?」
セイツェマンは少し悩んでしまった。それと同時に、そんな風に考える自分とその選択を押し付ける世界に腹が立った。
「辞めるわけない!大体、ランドルもスパイ行為をしておいて簡単に辞めれるわけないだろう!次におかしなことを言ったら撃つぞ!」
セイツェマンは目に涙を浮かべた。
「ランドル!頼むから正気に戻ってくれ!」
ランドルは相変わらず落ち着いた様子で言った。
「僕はずっと正気だよ。セイツェマンも他のみんなも、本当は心のどこかでこの国のおかしさに気づいてるんじゃないの?」
「うるさい!」
セイツェマンが引き金を引こうとした時、ドアを叩く音がした。
「誰かいるんですか?いるなら返事をしてください」
セイツェマンは銃をしまい、ドアを開けた。そこには帝国軍の兵士が立っていた。
「この近所で銃声があったと通報を受けたのですが、何か知っていますか?」
セイツェマンは部屋の奥を見られないように体を動かしながら答えた。
「あー…少し前に銃声みたいなのが隣の通りで聞こえました。花火かと思ってたんですけどねぇ…」
「そうですか。ご協力感謝します。喧嘩はほどほどにしてくださいね」
そう言うと兵士は歩いて行った。
セイツェマンは汗を拭いながらランドルの方を見ると、ランドルはそこにいなかった。
「おい!ランドル!どこに行った!」
セイツェマンは窓が開いていることを確認すると急いで外へ出て走り出した。
「ランドル!どこ行ったんだ!」
しかし、どの通りを見てもランドルの姿はなかった。セイツェマンは仕方なくシクス将軍邸へ戻ることにした。
シクス将軍邸に着くとアモスとキース中尉が車を出すところだった。車の中からアモスが言った。
「おい!セイツェマン!早く乗れ!」
セイツェマンが車に乗り込むとアモスがランドルの居場所を聞いた。その質問にセイツェマンは正直に話すべきか迷った。ここで言えばランドルはいずれ必ず殺されるだろう。だが言わなければ自分も共犯として死罪だ。
「ランドルが急にいなくなったんだ。集合場所にいなくて、それから少し探したんだが見つからなかった」
「え!それ本当か!中尉、どうしますか」
「今は極秘任務が優先だ。とりあえず向こうでジェルソン少佐に報告しよう」
車は猛スピードで市街を突っ切った。女性の家の前には、外で待っていた第一班とアルマの3人がいた。アルマを車に乗せながら、セイツェマンはジェルソン少佐にランドルがいなくなったことを報告した。
「警備隊に捜索を頼んでおこう。きっと街で迷ってるんだろう。我々は任務があるからアルマさんを連れて向こうへ戻るぞ」
セイツェマンらはランドルを置き去りにしてバカラシントシを発った。長い道のりを経て航空戦艦シクスへとアルマを送り届けた。到着後すぐにアルマはシクス将軍、ワンス将軍の下へ案内され、セイツェマンらは持ち場へ戻った。
「ランドル、どこに行ったんだろうな」
セイツェマンにアモスが話しかけた。
「ああ、それほど遠くに行ってなければいいが」
「あの街はそんなに大きくないから大丈夫だろ。いつか見つかるって」
「そうだな」
セイツェマンは俯いた。アモスが心配して聞いた。
「セイツェマン、そんなにランドルがいないのがショックか?」
「…まあ、そんなところだ。私がもう少ししっかりしていればな…」
「ランドルがいなくなったのはセイツェマンのせいじゃない。道に迷うランドルが悪いんだよ。だから責任を感じるな」
セイツェマンはため息をつくとアモスに言った。
「ありがとう。少し1人にしてくれないか」
アモスの返事を聞く前にセイツェマンは早足でランドルの書庫に向かった。
書庫へ着くと積んである本を読み漁った。ランドルの考えはなんだったのか、なぜ急にスパイになったのか、誰がランドルをスパイにしたのか。自分が知らなかった、気づかなかったランドルの一面を知りたかった。しかし何も手掛かりになるようなものはなく、セイツェマンはどうしようもなくなったので自分の寝床へと向かった。
寝台の上には紙袋が置いてあった。ランドルから借りている本だ。確か借りた本は世界神話だったか、そう思いながら紙袋を開けると借りたものと一緒にあの文集も入っていた。セイツェマンは迷いがあったが、その文集を開けることにした。
そこには反戦、反帝国の文が多く並んでいた。戦争で家族を亡くした者の話、帝国の侵略戦争で貧しい暮らしを強いられた者の話。文集を読むと、この世界でどれほど戦争、帝国が憎まれているのかがよくわかった。
「これを読むと気が滅入るな」
そう独り言を言うと読むのをやめて隣に置いていた本を手に取った。「世界神話」と書かれたその本は、この世界の成り立ちについての神話が書かれている。表紙を開くと次の一文が書かれていた。
「広き大地に神の雷降りし時、人は作られ世界は生まれ変わった」
ランドルがあの日に言っていた言葉だ。世界神話は全部で七章あり、セイツェマンが開いていたのは第七章だった。世界神話は第一章で世界の成り立ちと神の誕生、第二章から第六章までは神々が世界を統べていた頃の話、第七章は人類が誕生してからの話だ。
「神々の争い、か」
人類が誕生する直前の頃、神々は豊かな暮らしを送っていたそうだ。しかし神々はその豊かすぎる生活でも不満を言い合い争うようになった。その争いは地上の環境を全て変え、何もかもを壊し尽くした。そして神々は地上を捨て、地上世界の再生を託して産んだのが人類だ。
セイツェマンは神々の自分勝手さと、人類が神々から何も学ばず殺し合いを続けていることに腹が立った。A-1爆弾をはじめ、今の人類は古代の神々が世界を変えたのと同じくらいの力を持っているはずだ。いつこの神々のようなことになってもおかしくないだろう。
しかし、それに加担しているのは自分だ。
世界の生命を滅ぼしかねない力を使う決断をするのは上層部だが、実際に使っているのは自分たちなのだ。自分たちが落とさなければ大勢が助かるし世界は滅ばないだろう。だがそれでも落とす。それが大量殺人であったとしても、むしろ大量殺人であるからこそ自分たちはこの戦争に意味を見出さなければならない。セイツェマンはこれまで長くそういったことについて悩んできたが、ここ最近になってようやく気持ちに整理がついた。セイツェマンはこの戦争を、身内を守るための戦争なのだと思うことにした。身内と言っても血のつながった家族がいるわけではないが、ランドルやアモスなどこれまで出会った人の幸せを守るために戦うと決めたのだ。
セイツェマンは自分の寝台に横になり目を瞑った。
この戦争で家族同然だった友を1人失った。セイツェマンの心には言葉に表せない焦りと虚無感が響いていた。ランドルがまだ生きている可能性、改心させられるかもしれない可能性のおかげで正気を保てている状態だった。ランドルに銃口を向けた時に感じた震えが思い出される。人生でこれほど同じ時を過ごした人間はおらず、誰かと一緒にいる楽しさを教わった。だがその日常はまた、戦争によって失われてしまった。
果たして自分の行動は正しかったのだろうか。ランドルを逃したことも、爆弾を落としたことも、軍隊に入ったことも正しかったのかわからない。セイツェマンはただその時を生きていただけだった。
いつの間にか眠りにつき、セイツェマンは夢を見た。それは悪夢だった。ラース首都へのA-1爆弾投下、撃墜した敵機、収容所での生活。どの場面でも自分を憎む顔があった。お前も早くこっちに来い、私たちの命を返せと。
朝、アモスが話しかけてきた。
「大丈夫か?ずっとうなされてたんだぞ」
「少し悪い夢を見たんだ」
「そうか。どんな夢なのか聞いてもいいか?」
「これまでに私が殺した人たちが私を睨んでた。どこに行ってもついてきて、頭から離れないんだ」
アモスが驚いた様子で言った。
「おい、泣いてるぞ。本当に大丈夫なのか?」
セイツェマンが顔を触ると頬が濡れていた。自分でも気が付かなかったが泣いているようだ。
「ちょっと休んだらどうだ?ジェルソン少佐に言っておくから」
「いや、本当に大丈夫だ」
「何言ってるんだよ。こういう時は休んどけ」
そう言うとアモスはジェルソン少佐に報告すべく走って行った。去っていく背中に「ありがとう」と言うと、セイツェマンはその日、休暇を取った。




