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惑星記  作者: フランクなカイザーフランク
第三章 対帝国秘密同盟
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歯車は進む

 セイツェマンは遠くにランドルを見つけると呼びかけた。


「おーいランドル、これ返しに来たぞー」


 そう言ってセイツェマンは紙袋を高く掲げると、それに気づいたランドルが近づいてきた。


「この前借りた本を返しにきたんだ」


「わざわざありがとう。置いといてくれたら良かったのに」


「早く次のを借りたくてな。しかし、なかなか見つからないから結構探し回ったんだぞ。普段なら読書してるランドルがいないなんて珍しいじゃないか」


「ちょっと用があってね。それより次のやつを貸すよ。行こう」


 ランドルが保管している本の量は異常だった。初めの頃は2、3冊だったが、本好きが周知されると寄港地で降りては新しい本を買い込み、いつしか本棚に収まりきらない本が至る所に積まれていた。


「セイツェマンは世界神話って読んだことあるんだっけ?」


「いや、しっかり読んだことはないな。有名な話をいくつか子供の頃に読んだくらいだ」


「なら世界神話読んでみる?意外と現実的なところもあって面白いよ」


「じゃあそれを借りよう」


 ランドルが数冊の分厚い本を紙袋に入れている間、セイツェマンは本棚に並べられた本の題名を見ていた。恋愛小説だけだった頃から色々と種類を増やしたようだ。

 そうして一つ一つ見ていた時、一冊の本が目に止まった。


「ランドル、これは?」


「ああ、それは文集だよ」


 表紙を捲るとそこには反戦の主張が書かれていた。


「おい、ランドル。こんなの持ってて大丈夫なのか?どこで買ったんだこれ」


「えーっと、ラースだったかな。市場で売ってたんだよ」


「もしかしてこれ、レジスタンスが作ったやつなんじゃないか?持ってるだけで国外追放か死刑になるぞ」


 そう言って本を破ろうとするセイツェマンにランドルは叫んだ。


「やめて!破らないで!」


 セイツェマンはランドルの気迫に驚いた。


「どうしたんだ。これは帝国軍人が持ってはいけないものなんだ。ジェルソン少佐に報告しても良いのか?」


「セイツェマンも読めばわかるよ!16ページを読んでみて!」


 セイツェマンは言われる通り、本の16ページを開いた。そこには短い文が載っていた。


『抜けた歯』


 お母さん 歯がぐらぐらしてきたよ


 お母さんは優しく教えてくれた


 抜けた歯は大事にするのよ おまじないで使うから


 ぐらぐら ぐらぐら


 抜けそうな歯を手でさわる


 揺れる歯 いつか抜ける歯


 丈夫な歯と入れ替わる歯


 お別れは寂しいけれど


 おまじないで使うから


 きっと次の歯は丈夫になるから


 ぐらぐら ぐらぐら


 次は丈夫でありますように


 ぐらぐら ぐらぐら


 次は強くなりますように


 ぴかっ


 びっくりして歯が抜けた


 手から落ちそうになる歯をあわてて追いかける


 お母さん 歯が抜けた


 言おうとしても声が出ない 体が熱い


 ぐらぐら ぐらぐら


 ものが倒れてくる


 お母さん


 どれだけ呼んでも返事はこない


 ぐらぐら ぐらぐら


 体の上にものが落ちる 倒れてくる


 気がつけばあたりは真っ暗闇


 お母さん 助けて


 さっきまでいたお母さんはもういない


 歯が抜けたところから血が出てくる


 抜けた歯の次はない




 セイツェマンはこれを読んですぐにラースでの任務を思い出した。普通ではなかったあの爆弾を。

 黙って文集を見つめるセイツェマンを見て、ランドルは言った。


「セイツェマン、考え直して欲しいんだ。あの爆弾を使うことを」


 セイツェマンは黙ったままだった。ランドルは続けた。


「僕はあの爆弾を使うことは間違ってると思う」


 セイツェマンは思わずランドルの方を見た。


「ランドル、やめろ。それは言ってはいけない。私たちは落とした張本人なんだ。それに英雄としてもてはやされたんだ。私たちに文句を言う資格などない」


「でもセイツェマン…」


「黙れ!…これは戦争なんだ。自分を正当化せざるを得ないこの世界が間違ってる。ランドルも早くそう思った方が良いぞ」


 セイツェマンは数冊の本と一緒に文集を紙袋の中に入れると、振り返らずに自分の持ち場へ戻った。




 しばらくして、セイツェマンら一番機の搭乗員はジェルソン少佐から集合命令を受けた。全員が揃うとジェルソン少佐は話し出した。


「先ほど、ワンス将軍様、シクス将軍様から直々に命令を受けた。今から言うのは極秘任務なので我々一番機の者のみで遂行する。決して漏らさないように」


 全員が緊張した。


「では言うぞ。『バカラシントシにいる“アルマ”という女性を探し、ここへ連れてくるように』というのが任務内容だ。時間はあまりない。すぐに行動するぞ」


 セイツェマンらはあまり理解しないままバカラシントシへ向かった。

 極秘任務のため足取りを掴まれるわけにもいかず、何度も乗り継ぎし大回りしてバカラシントシの飛行場に着いた。つくやいなやジェルソン少佐は飛行場前まで来ていた迎えの車に皆を乗せ、シクス将軍邸へと移動した。移動中、ジェルソン少佐は言った。


「着いたらすぐに用意してもらっている服に着替えろ。それと、街では一班2人で目標を探す予定だ。セイツェマン、お前はこの街に詳しかったよな」


 どんどん進んでいく話に追いつけず、セイツェマンは慌てて返事をした。


「はい、ここ出身なのである程度の地理はわかります」


「そうか。ならこの地図を使って班の配置を考えといてくれ」


 そう言ってジェルソン少佐は小さな地図をセイツェマンに渡した。セイツェマンは言われるがままに行動した。

 将軍邸に着いて手渡された服は軍服ではなく市販の服だった。それを見てアモスが言う。


「これを着るのか?休暇だな」


 するとジェルソン少佐が言った。


「これは市民に悟られないためだ。将軍様から必ず任務がバレないようにとのお達しだからな」


 セイツェマンはそんなに重大な任務なのかと思いながら、渡されていた地図を見て配置を考えていた。


「どうだセイツェマン、できたか?」


 ジェルソン少佐に呼ばれて、セイツェマンは答えた。


「はい、ある程度はできました。班はどうしますか?」


 ジェルソン少佐は少し考えて言った。


「私とヴェルンを第一班、キースとアモスを第二班、セイツェマンとランドルを第三班にしよう。一班は市街地西側、二班は市街地東側、三班は郊外だ。それでいいか?」


 するとセイツェマンが言った。


「私は市街地東側で育ちましたので、そちらの方が効率が良くなると思います」


「そうか、なら第二班が郊外で第三班が市街地東側だ。さあ行こう」


 着替え終わった三つの班は携帯用無線機を装備しそれぞれ担当場所へと向かった。ランドルとはこの前口論したばかりだったこともあり、あまり会話はなかった。

 ランドルと一緒に向かう道中、セイツェマンは街の様子がまた変わっていることに気づいた。いくつかの建物は崩れ、なかには全焼しているものもある。ここはラース戦線から一番近かったこともあって敵の攻撃を受けていたのだろう。それに街にいる人も少なくなっていた。一方で良い変化もあった。以前は開いていなかった商店がいくつか開いていたのだ。オトシュ戦線ではまだ戦闘が続いているのに、ここではもう戦争の影が薄れ始めていることに、人間のたくましさを感じた。


「セイツェマン、このあたりかな」


 ランドルに聞かれて、セイツェマンはあたりを見渡す。ところどころ変わっているものの、そこは孤児院時代によく見た街の風景だった。


「ああ、ここだ。すぐに始めよう」


 セイツェマンとランドルは聞き込みを始めた。アルマという女性はいないか。しかし、一向に手掛かりを掴めなかった。


「他の班のところにいるのかな」


「連絡がないからまだ見つかってないんだろう。もしかしたらこの前の一斉疎開で引っ越したのかもな」


「えー、極秘任務って失敗したらどうなるんだろう」


「もし女性が戦争の命運を握っているなら、帝国が戦争に負けるのかもしれないな」


「そうなったら僕ら、英雄から極悪人に転落だね」


「そうならなければ良いな」


 街を行き交う人々を眺めていると、ランドルが聞いた。


「セイツェマンが育った孤児院もこの近くなの?」


「ああ。ここらへんはお使いなどでよく来ていたな」


「もし嫌じゃなかったら孤児院に行ってみない?僕、見てみたいんだ」


 セイツェマンは少し悩んだが、過去の自分と決別するためにも行くことに決めた。

 通りを進むに連れて、子供時代の記憶が徐々に思い出された。孤児院の窓からいつも眺めていた時計店、年長者になって任されたお使いで通った八百屋など見覚えのある街並みを歩くと、ある一つの記憶が蘇った。


 あれは孤児院に入って間もない頃、突然の環境の変化についていけず夜中に1人で孤児院を抜け出したことがあった。1人で静かな街を歩いていると不意に悲しくなって、涙を流しながら街を彷徨ったのを覚えている。すると空がうっすら明るくなっている場所があるのに気がついた。今思えばそれは夜明けの光だったが、その時は夢中でその光に向かって走った。街のはずれまで来た時、空は大半が明るくなっており、向こうまで広がる草原や畑が見えた。そばにあった木にもたれて休んでいると、1人の女性がいることに気がついた。その女性はこちらに近づくと、ここにいるわけを聞いて私を自分の家まで連れて行き軽食を出してくれた。そして日が昇り始めるとその女性は私を孤児院まで送り届けた。それが覚えている最古の記憶だ。


「ランドル。ここが私の育った孤児院だ」


 孤児院の前に着くと、セイツェマンはランドルに言った。出た時よりも外壁は劣化していたが、形は昔のままだった。子供の頃は大きく見えた建物も、今見ると周りの建物と同じような小ささであることに驚いた。


「へーここがセイツェマンが育った場所なんだ」


「何も面白くないだろう」


「自分が育った場所なんだから大事にしなきゃダメだよ。挨拶していくの?」


「今は極秘任務中だ。なるべく無駄な行動は控えよう」


「そうだね」


 セイツェマンがぼーっと孤児院を眺めていると、ある考えが頭に浮かんだ。もしかしたらあの人がアルマさんなのかもしれない。何も根拠はなかったがその考えはセイツェマンの頭を支配した。


 するとランドルが言った。


「僕、ちょっとトイレに行ってくるよ」


「ん?ああ。私は少し気になる場所があるから行ってくる。またさっきの広場で集合しよう」


 そう言うとセイツェマンは立ち上がり、記憶を辿りながらあの場所へ向かった。少し昔と風景は変わっていたが、断片的な記憶を元に路地を進んだ。

 ある路地を曲がると、景色が急に開けた。そこは記憶にあった風景そのものだった。


「まだこの木あったのか」


 記憶のものより背が高くなった木は、その存在感を増していた。


 その女性の家はそこから少し歩いた場所にあった。行ってみると変わらずその場所にあり、昔のことをより鮮明に思い出させた。セイツェマンはドアをノックした。


「すみません、誰かいらっしゃいませんか」


 しかし返事はない。もしかすると引っ越してしまったのかもしれない。


「すみませーん」


 セイツェマンは半分諦めてノックした。すると奥から声が聞こえた。


「ちょっと待っててください。今行きますから」


 ドタドタと床が鳴り、ドアが開いた。中から出てきたのはあの時の記憶から何も変わっていない姿の女性だった。あれから十数年経っているはずだが、この美貌が維持されていることに驚いた。


「何か御用でしょうか?」


 セイツェマンは、はっとして本題に入った。


「この辺で人を探しておりまして、“アルマ”さんという方なのですが、ご存知ないですか?」


 すると女性は驚いた様子で言った。


「私がアルマですが、どうかしましたか?」


 セイツェマンは嬉しさと驚きが混じりながら言った。


「本当ですか!実は、少し協力していただきたいことがありまして」


「構いませんが、内容を教えていただけますか?」


 セイツェマンはこの時、自分が何も聞かされていないことを思い出した。その様子を見た女性はセイツェマンに言った。


「中でお話しません?」


 セイツェマンはそのまま家にあがり、お茶を出された。ランドルに無線で連絡しようとしたが、その前に女性から質問を受けた。


「あなた、軍人さん?」


 セイツェマンは驚いて聞いた。


「なぜ分かるんですか?」


「それだけ良い体をしていればわかりますよ。いくつか心当たりもありますしね」


 セイツェマンは聞いた。


「心当たりとはなんですか?」


「あら、それで来たんじゃなくて?」


 これ以上は話が進まないと思ったセイツェマンは正直に話すことにした。


「実は…アルマさんを探すように言われただけで、その理由までは聞いてないんですよ」


 すると女性は笑いながら言った。


「あら、そうだったの。理由も聞かせず探させるなんて、ひどい命令ね」


 セイツェマンは苦笑いしながら続けた。


「上官に連絡しても良いですか?上官なら理由を知っているので」


「ええ、どうぞ」


 セイツェマンは家の外に出て無線機でアルマを発見したことと、その住所を伝えた。しばらくすると第一班の2人が家までたどり着いた。着いてすぐにジェルソン少佐が聞いた。


「その女性はどこだ」


「この家の中です。ここは彼女の家だそうです」


「そうか。後は私たちが話をしておく。お前たちはシクス将軍様の邸宅まで戻れ。第二班が車を準備しているはずだからここの住所を伝えといてくれ」


「了解しました」


 そう言ってセイツェマンはシクス将軍邸に向かって歩き出した。その時、ランドルを置いてきていることに気がついたので帰る前に集合場所まで向かった。

 しばらくして集合場所の広場に着いたが、そこにランドルはいなかった。集合場所の伝え方が曖昧だったかもしれないと思いながら、セイツェマンは広場を見て回った。しかし、ランドルの姿はなかった。ランドルが迷っていることを考えて、セイツェマンは広場から最後に別れた孤児院前まで歩き出した。途中、細い路地なども見たがランドルはおらずセイツェマンはだんだんと焦り始めていた。


 孤児院の近くまで来たが、やはりランドルの姿はなかった。セイツェマンはランドルの名前を精一杯に叫んだ。


「ランドル!どこにいるんだ!」


 すると、路地の方から物音がした。その音へ近づくと、ある家の前から聞こえているようだった。家の中から壁を蹴る音が聞こえている。セイツェマンは携帯していた拳銃を持つと、ドアノブに手をかけた。耳を澄ますと「暴れるな」と言う男の声とそれに抵抗する声が聞こえた。

 セイツェマンは中の様子を伺おうとドアをそっと開けた。するとそこには椅子に縛り付けられた傷だらけのランドルと、それを囲む男が数人いた。幸い、男たちはドアに背を向けて立っているためドアが開いたことに気づいていないようだった。セイツェマンは部屋に侵入すると撃鉄を起こした。静かに物陰に隠れ、飛び出す準備をした。

 すると、男がランドルに言った。


「お前が知っているのはそれだけじゃないはずだ!早く吐け!」


 殴打する音が聞こえる。男はおそらくレジスタンスか敵の協力者なのだろう。セイツェマンは飛び出すとランドルの側にいた男を狙って引き金を引いた。久しぶりに感じる拳銃の反動で体がよろめいたが、弾丸は男を貫いたようだった。


「お前っ、どこから入った!」


 セイツェマンは飛び掛かろうとする男から順に発砲した。静かな街に数発の銃声が響いた。


「ランドル!大丈夫か!」


 倒れている男をどけながらランドルに駆け寄った。きつく結ばれた縄を解きながらランドルの怪我を確認したが、思っていたほどひどくはないようだった。ランドルの口に結ばれた縄を解いて、セイツェマンは聞いた。


「ランドル、何があったんだ」


ランドルはセイツェマンの声に被せるように言った。


「ありがとう。僕の蹴ってた音が聞こえたんだね」


「ああそうだ。とりあえずジェルソン少佐に連絡して救護に来てもらうぞ」


 するとランドルはセイツェマンを止めた。


「待って、セイツェマン。自分で歩けるから」


 ランドルはそう言って立ちあがろうとするが、足を痛めているらしくすぐに転けてしまった。


「その怪我じゃ無理だろう。なあランドル、なんでこんなことになったんだ?」


 ランドルはすぐに答えた。


「街を歩いてたら急にこいつらが襲ってきたんだよ。多分こいつらはレジスタンスで僕が帝国兵だって知ってたんじゃないかな」


 セイツェマンはランドルの隣に座って言った。


「ランドル、私たちはもう長い付き合いだ。嘘をついてることくらいわかる。何があったか正直に話してくれないか」


 暗い部屋で2人は黙って座っていた。ランドルは下を向いたまま何も言わなかった。


「水、飲むか?」


 セイツェマンは腰に下げていた水筒をランドルに差し出した。


「ありがとう」


 ランドルは顔を上げて水筒を受け取った。ゆっくり水を飲むとため息をついた。


「セイツェマン」


 その声は震えていた。


「実は僕、オトシュのスパイなんだ」


 部屋は相変わらず暗く、屋根裏を走るネズミの足音がかすかに聞こえた。

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