過去に囚われた男たち
侵略戦争時、シーヤはオトシュ王国陸軍の1人の指揮官として戦場に立っていた。
「シーヤ大佐!帝国の航空艦隊が接近中!」
帝国の進撃は続き、オトシュ王国領を次々に制圧していった。
「シーヤ大佐!左翼に展開中の部隊が突破されそうです!戦力が足りません!」
圧倒的な戦力差を前に、シーヤは何もすることができなかった。
「大佐!援軍が奇襲を受け壊滅したとのことです!」
シーヤに迫られる選択一つずつに多くの命がのっていた。
「敵航空艦隊の対地砲撃です!前線と連絡がつきません!」
そして無情にも、どの選択を取ったとしても失う命は減らなかった。
「シーヤ大佐、本国から停戦命令です。戦いは終わりました」
自分の判断で落とした命はどれほどだろうか。彼らの死を意味あるものにできているだろうか。
シーヤは荒れ果てた祖国を見た。家は焼け、人々は飢え、街中には帝国旗を掲げた軍用車が走っていた。
シーヤの元に一通の手紙が届いた。両親と住む弟からだった。それは両親の死亡を告げていた。
雨の中、両親の葬式が行われた。以前来た時は狭かった墓地も、周辺の林を伐採し広大な墓地となっていた。
葬式後、王都に帰ったシーヤは机の引き出しに入れていた拳銃を取り出した。弾を一発だけ込めて頭にあてる。その手は震え、目には涙が浮かんでいた。
これ以上、選択をしたくなかった。不確定な未来を、自分の選択が不幸を招くかもしれない未来を、見たくなかった。
目を閉じ引き金を引こうとした時、両親の顔が頭に浮かんだ。それに続いて、先に死んでいった仲間や守れなかった部下たちの顔も頭に浮かんできた。そして同時に帝国への怒りが湧き上がってきた。戦争を始めたあいつら、無関係な人間を巻き込んだあいつらを許してはおけない。シーヤは今にも死にそうな自分が映った鏡を銃で撃った。銃声が静かな街に響いた。
シーヤは捕虜収容所から王都へと帰り、ベルドマンと話していた。
「シーヤ、ワンス将軍はどうだった」
「なかなか手強い相手でしたね。目の前で部下の命が失われているというのに一つも情報を出しませんでした」
「やはり簡単にはいかないか」
「ですが、彼は思い悩んでいるようでしたよ。あのまま続ければ必ず情報を聞き出せると思います」
「そうか」
少しの沈黙の後、ベルドマンがシーヤに聞いた。
「なあ… お前、本当は国の勝利なんてどうでもいいと思ってないか?」
シーヤは表情を変えずにベルドマンに答えた。
「何を言ってるんですか?」
「周りから見ていると、最近のお前は自分のために戦争しているような気がするんだ」
シーヤは相変わらず表情を変えずに答えた。
「何言ってるんですか。そんなわけないじゃないですか」
「お前が帝国にどれだけ恨みを持っているのかは知らんが、まずは同盟全体を優先してくれ」
「だから、私は自分のために戦争してないですよ」
シーヤは少し声を荒げて言った。しかしベルドマンも声を大きくして言った。
「そんなわけないだろ。突然収容所に行ったかと思えば、なぜ中途半端に拷問だけして帰ってきた?普通なら情報を吐くまで続けるだろ」
「私が私情で拷問をしたと言いたいんですか?」
「ああ、今のお前を見てるとそう思って仕方ない。なあシーヤ、自分だけを優先すればそこから勝利を逃すこともある。勝ち続けてる今だからこそ、冷静になるべきなんじゃないのか?」
シーヤは開き直って言った。
「別に良いじゃないですか、復讐のために戦争してても。元々この同盟は帝国への復讐のために作られた同盟じゃないですか」
「それはそうだが、今は全員で勝利を目指すべきなんじゃないのか?個人の利益を追求していたらキリがないぞ。それで負けたらどうするんだ」
「もうすぐ帝国は負けるんです。ここから逆転されることはないでしょう。それともあなたは帝国に勝ってほしいんですか?」
「シーヤ、ここで対立を作っても仕方ないぞ」
「答えられないということは帝国のスパイなのですか?」
「いい加減にしろ」
ベルドマンは怒りを堪えて冷静に話そうとしたが、シーヤはベルドマンを挑発した。
「思えば、あなたは毎回口論になって会議をめちゃめちゃにしていましたね。あれは私たちを妨害するためにやってたんですか?」
「そんなわけないだろ!お前こそどうなんだ!こうやって同盟の間で溝ができているのはお前のせいでもあるんじゃないのか!作戦のほとんどが失敗してるじゃないか!」
「うるさい!」
シーヤの怒鳴り声にベルドマンは驚いた。
「シーヤ、お前が大声出すなんてらしくないぞ」
「うるさいんですよ!これまで何度失敗しては乗り越えを繰り返してると思ってるんですか!何度も何度も次こそは上手くいくと思ってやってきましたよ!でも…それでも自分の思い通りには進まないし…。一体私は…今まで何をしてきたのでしょうか…。彼らの死に…意味を作ることはできたのでしょうか…」
シーヤは声を上げて泣いた。
シーヤの脳裏には仲間を殺してしまったあの戦争の光景が焼き付いていた。それを克服するために、意味あるものにするためにこれまで打倒帝国を目標に生きてきた。しかし、今その目標が実現しとうとするのを目の前にして焦っている自分がいた。目標達成を目前にしてもなお、シーヤは過去の記憶に囚われ続けていた。
シーヤ、ベルドマンが黙り静かになった部屋に緊急連絡が入った。
「帝国軍が捕虜収容所を強襲しているとのことです!」
ベルドマンは驚いた様子だったが、シーヤは冷静に聞いた。
「ワンス将軍はどうなりましたか?」
「まだ詳しい様子は分かりませんが…」
「必ず生きたまま捕えるように命令してください。それと動ける部隊をすぐに向かわせてください」
「了解しました」
シーヤは報告に来た兵士が部屋から出たことを確認すると、強く拳を握り机を叩いた。
「どうしてこう上手くいかないんだ…くそっ!」
拳に残った痛みが、これまでの失敗を思い出させる。これまでどれだけ失敗しても、次こそは成功してやると切り替えてやってきたつもりだった。しかし現実はそう甘くはなく、シーヤの心は日々失敗の恐怖に飲み込まれそうになっていた。彼は何度自死の選択をしようと思ったことか、何度現実から逃げようとしたことか。その度に死なせてしまった者たちがシーヤにささやいた。死んでは何も成せない。逃げては落ちるのみだと。
「少し落ち着いたらどうだ?」
ベルドマンは取り乱すシーヤに煙草を差し出した。シーヤは煙草が得意なわけではなかったが火をつけると口に咥えた。
「シーヤ、この後はどうする?お前はここから挽回できる男だろう」
ベルドマンの質問にシーヤは遠くを見て言った。
「C作戦を決行します」
受話器を手に取り、シーヤは収容所にそう命令するよう伝えた。
帝国軍による襲撃の後、シーヤは捕虜収容所にいた。将校がシーヤに報告する。
「ワンス将軍など第一航空艦隊の捕虜も大勢脱走したようです。得た情報によると、ワンス将軍を助けるための強襲部隊だったようです。あそこに見える壁の大きな穴がその部隊が爆破した跡だということです」
「そうですか、報告ありがとうございます」
シーヤは爆破されてできた穴の中に入り、ワンス将軍が逃げたであろう道を歩いた。銃撃戦の跡なのか壁には穴が多く残り、血痕もいくつか残っていた。
「ひどくやられましたね」
「はい、襲撃を受けた30分ほどの間で大勢負傷者が出ました」
「C作戦の状況はどうなりましたか?」
「今のところは順調です」
「このまま上手くいけばいいですが」
シーヤは王都に戻り、同盟に所属する各国の代表を集めた。ワンス将軍を逃したことはすでに広まっており、議場は騒がしくなっていた。
「今日集まってもらったのは今後の作戦についてです」
シーヤがそう言うと、他の代表から声が上がった。
「ワンス将軍を逃したことはどう説明するつもりですか」
「オトシュ王国の王都に近い場所でありながら、なぜ逃したんですか」
その声に、出席していたアベルノ公爵も同調した。
「帝国を追い詰めているという時にこれでは、いざという時に負けるぞ。君たちは勝つ気があるのか?」
ベルドマンが反論しようとしたのをシーヤが抑え、話し出した。
「みなさん、この度は申し訳ありません。こちらの甘さが原因でワンス将軍などの捕虜を逃すことになってしまいました。ですが、次の作戦はすでに発動中です。それに、一部の捕虜からは情報を得ることができました。それによると帝国は六大艦隊のうち第二、第三、第四、第六艦隊を稼働しており、さらに南部のラース戦線には戦力があまり割かれていないということです。なので戦略をしっかり立てれば勝利を手にすることは簡単です」
続けてベルドマンも話した。
「皆、文句はあるだろう。だが戦局が優勢である今、仲間割れを起こせば得をするのは帝国だけだ。ここはまた一致団結しようじゃないか」
その後も文句は絶えなかったが、そのまま会議は終わった。
会議後、ミニーム共和国の代表とアベルノ公爵は王都にあるミニーム共和国大使館で会談を行なっていた。暗い色の壁に囲まれた部屋には3人の男の姿があった。
「アベルノ公爵殿、彼が以前お話ししたスウィンター君です。彼は北の山脈を越えた所にある盆地の国の出身でして、現在はミニーム共和国で外交官として働いています」
「スウィンターと申します。よろしくお願い致します」
スウィンターと呼ばれた男はアベルノ公爵に対して頭を下げた。
「それで、話とはなんだ?」
アベルノ公爵はミニーム共和国代表に聞いた。
「我がミニーム共和国は現在、国を挙げて戦争継続に全力を尽くしています。ですが、オトシュ王国やエアード王国を見ると戦争に対する意欲が少ないどころか、我々小国を重要だとは思っていません」
「同盟に不満があるのか?」
「王政であるオトシュやエアードとの同盟に不満が無いわけではありませんが、それは同盟締結時からあったことです。それよりも、今の状況を見るに王政という過去の産物を使い続ける国家と協力していくことは最早不可能なのかもしれないということです」
「王政では何かいけないのか?」
「公爵殿はミニーム共和国の歴史をご存知ですか?我が共和国は侵略戦争が終わった頃、王政から解放された自分達の国を作りたい有志が集まって成立しました。なので今だけ帝国という共通の脅威に対して協力しているのであって、本来なら王国は我々と相反する存在なんです。王国と対立するのは必然なんですよ。それに、今のオトシュ王国やエアード王国は同盟内で自分達の意見を押し通している。これは王政というものの弊害です。ろくな相談をせず一部の人間だけで物事が決まるので、これまでも失敗してきたでしょう。これが王政が招く結果です。本来なら国の大小関係なく全員の意見を聞き、そして決定すべきなのです。今の我々には、一部ではなく全員で決める、そういった新たな同盟が必要なんです」
「なら今ある同盟を抜けるのか?」
「いえ、まだそこまではいきません。今後はそうしたいというだけです。とりあえず今日はアベルノ公爵にミニーム共和国へと来ていただいて、我々小国だけでも戦えるということをお見せできればと」
「わかった」
「ミニーム共和国にはスウィンター君がお供します。スウィンター君、よろしく頼むぞ」
「はい。ではアベルノ公爵様、こちらへ」
スウィンターに連れられてアベルノ公爵は部屋を出た。そして駐機していた飛行機に乗り込むと、そのままオトシュ王国、エアード王国、シグマ帝国の3国に周囲を囲まれた国、ミニーム共和国へと向かって行った。




