鉛空の下で
「敵、間も無く目視可能距離!」
キースがレーダーを見てそう告げる。攻撃隊はより緊張感が増し、セイツェマンはゆっくりと深呼吸をした。すると、艦隊から無線が入った。
「敵の迎撃隊と思われる機影を多数確認。攻撃隊に向かっているものと思われる」
ジェルソン少佐は機内にいる全員に聞こえる声で叫んだ。
「敵が来るぞ!絶対落とせ!全機、前方のエネルギー装甲展開せよ」
次の瞬間、曳光弾が友軍機に直撃し火だるまになって落ちていった。
「上だ!」
誰かが叫んだ。セイツェマンは慌てて機銃を上に向ける。雲間から漏れる太陽の光が眩しく、まともに敵を見ることができなかった。しかし、太陽の前を黒い影が横切っているのはわかる。だんだんと目が慣れてくると、黒い影は急降下で攻撃隊に襲いかかっているのだった。セイツェマンは引き金を引くが、味方はやられる一方だった。
操縦席ではジェルソン機長とヴェルン大尉が話していた。
「特務大隊に被害はないな?」
「ああ、まだ一機も撃墜されてない」
「よし、全機に告ぐ。今、この状況を打開できるのは速度と装甲を持った我々だけだ。我々だけでも敵艦隊に辿り着くぞ!」
ジェルソン機長の合図で特務大隊は速度を上げて隊列を離れた。それに続くように第一航空艦隊の部隊も速度を上げた。
「あれはワンス将軍のとこの101戦闘爆撃隊だな。全機、彼らに負けるなよ」
ジェルソン少佐によると、エース揃いの101戦闘爆撃隊らしい。従来機でありながらA-2についてくるのはさすがだ。噂によるとここの隊員は従来型の戦闘機を改造して自分好みの機体に仕上げているそうだ。
「敵艦隊から新手!速度からして対空ミサイル!」
キースが告げるとジェルソン機長はエネルギー装甲の全面展開を命じた。特務大隊はミサイルを装甲で受けていたが、101戦闘爆撃隊は華麗に避けていた。その姿はまるで蝶のようだった。
その後、何波目かのミサイル攻撃を受けながらも特務大隊、101戦闘爆撃隊ともに被害を出さずに敵艦隊まで進むことができた。敵はミサイル攻撃に加えて対空砲火も始めた。機体は文字通り十字砲火にさらされたが、エネルギー装甲のおかげで一機の被害も出なかった。
「特務大隊全機へ。爆撃を開始せよ」
ジェルソン少佐が無線でそう告げ、各機爆撃態勢に入った。セイツェマンらの乗る機も爆撃態勢に入った。
「エネルギー装甲を部分解除!爆弾倉開け!」
機体は機首を下げた。
「投下!」
機体を覆う対空砲火で何も見えない中、爆弾は黒煙の中へと投下された。爆音と黒煙が覆う戦場で戦果は確認できなかったが、いつも通り大きな被害を与えられているだろう。
「戦況確認のために全機、一時離脱せよ!」
そんな時、ジェルソン機長の下へ一つの連絡が入った。
「左エンジンが損傷しました。おそらく装甲を一部解除していた時に対空砲の破片が当たったのだと思われます」
「わかった。すぐに離脱して母艦へ帰ってくれ」
話が終わるのを見ると、ヴェルン大尉がジェルソン少佐に話しかけた。
「久しぶりの損害だな」
「今まで出なかった方がおかしいんだ。本来の戦場はこんなもんだ」
対空砲火の雨を抜けて、視界が一気に開けた。しかし、撃沈はおろか炎上している艦すら見つけられなかった。
「一体どうなってるんだ!一つも被害がないなんておかしいじゃないか!」
アモスが大声で叫んでいる。今まで負けなしだったのだから無理もないだろう。しかし、これが強国を相手にするということなのだろう。これまでの戦いでは本格的な航空戦艦と戦ったことがない。航空機の爆撃程度ではびくともしない、これが本物の航空戦艦の強さなのだ。
しかし、敵の艦隊から大爆発が起こった。巡洋艦と思しき艦は崩れながら地表へと落ちていった。
「こちら101戦闘爆撃隊所属機。敵巡洋艦を一隻轟沈」
無線が入った。これに感化されたのはアモスだった。
「ジェルソン少佐!エネルギー装甲もないようなやつに負けてられません!我々も攻撃に戻りましょう!」
「気持ちはわかるが、我々にできるのはさっきのような攻撃だけだ。彼らのように撃沈することは難しいだろう。そこへ部下を突っ込ませるわけにはいかない。ここは退却だ」
「ただいま出撃中の攻撃隊に告ぐ。砲撃が始まるため至急帰還せよ。繰り返す、至急帰還せよ」
タイミングを見計らったかのように、艦隊からも帰還命令が出た。アモスはぶつぶつ言いながら機銃席に戻っていった。
「巡洋艦一隻が撃沈されましたが、それ以外に目立った被害はないそうです」
オトシュ王国の同盟司令本部には各国代表が集まり、随時届く報告に一喜一憂していた。
「やはり我々の新造艦隊は帝国を凌駕しているな!」
「これまではラース共和国が使っていたものを流用しただけでしたからね。国力を結集して建造した航空戦艦はこれまでのものとは格が違いますよ」
すると、帝国と砲撃戦に入ったとの連絡が入った。ベルドマン代表は勢いよく立ち上がるとシーヤ代表に言い放った。
「今こそ!我が同盟の叡智の結晶を撃つ時だ!すぐにでも射撃せよ!」
「ベルドマン、少し落ち着いてください。まだ撃つ時ではありません。もう少し近づかせて確実に損害を与えられる距離で発射します。それまでは通常の砲撃を続けましょう」
ベルドマンは面白くなさそうに座った。机の上に広げられた地図には、銃口を向けられた帝国の艦隊が進撃しているのだった。
「巡洋艦の主砲も有効射程内に入りました」
「全艦一斉射撃。エネルギー装甲は装填時間に展開せよ」
帝国艦隊では一定間隔で主砲の砲撃が始まり、同盟側からも主砲弾が飛んできた。装填中は、各艦隊の旗艦や主力艦が艦隊全てを覆えるくらいほどのエネルギー装甲を展開し、敵の砲撃を防いでいるおかげで被害はまだ出ていなかった。シクス将軍は旗艦シクスの艦橋で指揮を執っていた。
「敵に被害は出ているか?」
「敵駆逐艦数隻が被弾しているようですが、未だ撃沈に至っていません」
航空攻撃で大きな戦果が見込めないとわかり砲撃戦に移行したものの、帝国側は一向に大きな損害を与えられずにいるのだった。すると、ワンス将軍から連絡が入った。
「シクス、通常の砲撃戦では埒が開かないからA-3砲弾を使おう。ここからなら、こちらの被害を抑えつつ損害を与えられるだろう」
「わかりました。合図で発射します。出力はどうしますか?」
「100%でやってくれ」
「わかりました。主砲手に通達、A-3砲弾の発射準備」
ベルが鳴り、主砲弾が入れ替えられた。慎重にA-3砲弾が装填されていく。
「A-3砲弾、射撃準備完了です」
「わかった。ワンス将軍の合図を待て」
しばらくすると、ワンス将軍のアナウンスがあった。
「全艦に告ぐ。A-3砲弾の射撃開始まで残り2分」
カウントダウンが始まり、主砲の誤差が修正されていく。その度に機械音が艦を震わせ、足元まで伝わってくる。
「残り10、9、8 …」
全員が息を呑んだ。
「… 2、1、発射」
轟音と共に全ての戦艦から主砲が発射され、少し雲がかかった空に衝撃波を起こした。
「発射成功。着弾まで残り8、7、6、5、4、3、2、1、着弾」
遠くに見えていた同盟側の艦隊全体が光に包まれた。同時多発的に起こった火球は空に浮かぶ影を飲み込んでいく。艦橋では「おおっ」と歓声が上がり、全員が勝利を確信した。しばらくの間、空には静寂が続き、思い出したかのように爆発の衝撃波が帝国の艦隊に届いた。爆風は凄まじく、駆逐艦などは少し後ろに流されるほどだった。
「間も無く爆煙が晴れそうです」
双眼鏡を皆が覗いていた。その中の1人が声を漏らした。
「そんなのありかよ…」
黒煙の中から黒鉄の姿が浮かび上がった。砲身を静かに光らせ、帝国の艦隊を見ていた。
「まずい!光の束が来るぞ!全艦すぐに退避!」
シクス将軍は呼びかけたがもう時は遅かった。次の瞬間には光の束が第五航空艦隊の艦艇を貫通し、轟沈させていた。
「散開せよ!」
ワンス将軍の声が全艦艇に響いた。しかし、密集していた艦はどこに動けばいいのかわからないまま、バラバラに動き始めた。
「別の敵艦の主砲も光り始めました!」
誰かがそう言った。しかし、また光の束は艦を貫いた。今度は第五航空艦隊の旗艦フィフスだった。沈没は免れたものの、甲板は火の海になっているのが遠くからでもわかった。
「第六、第四艦隊は至急第五艦隊の救助をせよ!第一、第二、第三艦隊はエネルギー装甲を全面展開して第五艦隊を守れ!」
ワンス将軍が焦った口調で各艦に通達した。しかし無情にも、また別の敵艦が主砲を光らせ光の束を発射した。それは旗艦フィフスの右舷に直撃し、大爆発を起こした。
「フィフス将軍と連絡はつかないのか!」
シクスは思わず声を荒げた。しかし、フィフス将軍はおろか第五艦隊全体と連絡が取れなくなっていた。
オトシュ王国の同盟司令本部は特殊砲の射撃成功と帝国の航空艦隊に大打撃を与えられたことに歓喜していた。喜びの声で溢れる部屋の中で、ベルドマンはシーヤに話しかけた。
「シーヤ!やったな!これで帝国の世界も終わりだ!我々の世界が来るぞ!」
「はい!ですがまだ油断は出来ません。帝国もただでやられるとは思いませんから」
シーヤの予想通り、ワンス将軍らは反撃を画策していた。練られた計画は、敵航空戦艦にA-1爆弾を投下して少しでも敵に損害を与えるというものだった。
「ワンス、一ついいか」
フィフス将軍不在の作戦会議中、ジース将軍が聞いた。
「敵艦隊はA-3を使ってもびくともしなかった。A-1爆弾を使ったとしても効果は見込めないんじゃないだろうか」
ワンス将軍は答えた。
「敵戦艦に対してA-3は直撃弾じゃなかった。それにA-1の直接攻撃をくらってまだ立っていられる人工物はこの世に存在しない。帝国の艦隊でも敵の艦隊でもそれは同じだ」
「だが、誰がそんなところに行くんだ?」
少し間があり、ワンス将軍はゆっくりと話した。
「うちの101戦闘爆撃隊とシクスの第29A特務大隊だ」
待機していたセイツェマンらに出撃命令が下った。任務内容はA-1爆弾を敵航空戦艦に投下し、生還せよというものだ。無謀に見える作戦だったが、特務大隊の士気は高かった。
「本日、ワンス将軍様、シクス将軍様からA-1を担いで敵陣に殴りこめと命令があった。第五艦隊がやられた今、反撃できるのは我々第29A特務大隊だけだ。帝国の希望となって戦おう!」
ジェルソン少佐の言葉に全員が覚悟を決め、出撃準備にかかった。
帝国軍第五航空艦隊の旗艦が大破したことは同盟本部からすぐさま世界中に伝えられ、反帝国を掲げる人々に希望を与えた。しかし、その帝国六大艦隊は同盟への反撃に向けて準備を始めたのであった。雨の降りそうな空模様の中、互いに傷を負った鋼鉄の龍は睨み合っていた。




