正義の選択
セイツェマンら第29A特務大隊は対地爆撃任務についていた。地上軍からの爆撃要請がヴェルン副操縦士を通してジェルソン機長に伝えられる。
「ジェルソン、左の山に敵の砲台が隠れているらしい。砲台はこの座標だ」
「わかった。キース、爆撃準備だ」
爆弾倉が開き、砲弾の飛び交う地上に爆弾が投下される。風を切って落ちた爆弾は、山の中腹で大爆発を起こしている。何度も爆撃にさらされた山は所々が窪み、その窪みを使って蟻のような兵士達が戦っている。生命を育む山は殺し合いの舞台となっていた。
しかし、混沌とした戦場だったが、帝国軍の優勢は誰の目にも明らかだった。
数日後、山の頂上には帝国旗が掲げられ、帝国は眼下に公国の首都を見た。しかし、城壁に囲まれた都市は完全に要塞化されており、誰1人として侵入を許さない状況だった。
航空艦隊で指揮を執っていたシクス将軍が地上砲撃命令を出そうとした時、レーダー員が声を上げた。
「敵の大規模な攻撃隊を発見しました!」
艦内に対空警報が鳴り、砲台が一斉に動き始めた。艦橋からもこちらにやってくる機影を確認することができた。
「将軍様!敵機の砲身が光り始めました!」
「エネルギー装甲を最大出力にせよ」
レシプロ機の砲身が光り、航空戦艦に狙いを定めた。
「総員、衝撃に備えよ!」
艦隊中に警報が鳴り響き、光の束は発射された。しかし、光の束は真正面から装甲によって弾かれた。光の束が弾かれたのを見るや、シクス将軍は砲撃戦開始を告げた。公国の攻撃隊に一斉に砲撃が始まり、なすすべもなく一機、また一機と落ちていった。しかし、航空優勢は取れているものの地上では拮抗した状態が続いており、首都攻略に時間がかかっていた。シクス将軍はルビウス海上艦隊長など高級将校を集めて会議を開いた。その中にはマンターの姿もあった。
「今回、皆に集まってもらったのは目下行われている首都攻略作戦についてだ。戦局は優勢だが、遂行進度が遅いように思われる。地上軍司令官、状況を説明してくれるか?」
「はい、我々地上軍はこれまで1日に10kmほど進軍してきましたが、ここにきて1日に500m進めれば上出来というような状況になっています。山での攻防戦に加えて、首都に近づくにつれて敵の砲台が増えてきたことが原因です。要塞化された首都の攻略には航空支援があっても1週間ほどかかると思われます」
「戦争の早期終結のためにも私はA-1爆弾を使うことも視野に入れて考えている。皆の意見を聞きたい」
他の将校は異論がない様子だったが、参加していたマンターは苦渋の顔を見せた。それを察したルビウスが手を挙げた。
「シクス将軍様、恐れ入りますがA-1爆弾の使用は控えていただけませんか」
「どうしてだ、ルビウス」
「公国の首都はまだ避難が完了しておらず、一般市民が多くいると聞きます。ここで爆弾を使用すれば多くの罪なき人間が死ぬことになるのです。ここはもう一度降伏勧告を行うべきです」
すると他の将校達が反論し始めた。
「ルビウス殿、我々帝国はラース共和国首都にも同じ爆弾を同じ理由で落としました。そこにはここよりも多くの罪なき人々がいたでしょう。今更爆弾を使うのに躊躇する必要はないかと思いますが」
「小官も同意です。ここで爆弾を使うことで戦争終結につながることは、これ以上の犠牲が出ないということになるのです。それに我々の損害もこのまま戦いを続けるより遥かに少なくなるでしょう。ここはA-1を使用すべきです」
ルビウスは押され、爆弾の使用は致し方無しという雰囲気が流れ始めた。シクス将軍は少し考えた後、話し始めた。
「この艦にはA-3新型砲弾が積まれてなかったか?それが使えないだろうか」
マンターは隣にいたルビウスに聞いた。
「A-3とは何ですか?」
「A-1爆弾などAシリーズで使われているエネルギーを砲弾に詰めたものです。A-1爆弾ほどの威力を持っていますが、艦隊戦でこっちが巻き込まれるのを防ぐために爆発の出力を調節できるのが特徴なんです」
ルビウスは思いついたように顔をぱっと明るくし、シクスは話を続けた。
「砲弾の出力を抑えて爆発させるだけでも十分効果があるんじゃないだろうか。そうすれば敵に威圧をかけつつ民間人の被害を抑えられる」
将校の1人が手を挙げた。
「将軍様、恐れ入りますが威力を抑えればA-3を使う意味がなくなるのではないでしょうか。それなら艦隊から地上砲撃を行えば済むと思います。ですがそれでは早期終結は望めないでしょう」
将校達が頭を悩ます中、マンターが勇気を出して手を挙げた。将軍が指名し、マンターは話を始めた。
「恐れ入ります。元公国海軍中将のマンターです。A-3の出力を少しだけ下げて、空中で爆発させるのはどうでしょうか。地上に直接的な被害が及ばないくらいの威力で、かつ十分な爆発であれば少ない被害で早期終結が望めるかと思います」
将校達は考えたが、敵味方の被害を抑えつつ敵に兵器の威力を示す方法は思いつかなかった。誰からも異論は出ず、シクス将軍はこの案を採用した。将校達は作戦に取り掛かるため急いで部屋を後にした。
残ったマンターは呆気に取られていた。まさか捕虜である自分の案が採用されるなど夢にも思っていなかったのだ。それに加えて、皇帝の息子である将軍に対して反論ができる環境にもとても驚かされていた。祖国と帝国の違いをはっきりと感じた瞬間だった。
一方その祖国では何度目かの臨時会議が開かれていた。戦局は劣勢であるが、敵の侵攻を大幅に遅らせられていると報告があった後、キーウェル大臣は話し始めた。
「帝国の進軍速度は落ちましたが、戦局が悪いことに変わりはありません。ですが、オトシュ王国大使館より朗報がありました。秘密同盟各国が本格参戦の意向を示し始めたとのことです。タイミングを見計らって帝国に対して宣戦布告を行うとのことです」
久しぶりの良い話題に会議に参加していた者達は喜んだ。キーウェルは話を続けた。
「宣戦布告後、同盟国は帝国本土へと侵攻し、この国にも兵力を派遣するとのことです。その日まで耐え抜くことができれば公国の勝利も見えてくると思います。もうすでにオトシュ王国ではここへの軍隊の派遣が始まっているそうです」
会議はより一層盛り上がり、アベルノ公爵の顔も明るくなった。その日は会議出席者を集めての宴会が催された。
次の日、首都からも見える位置に帝国の航空艦隊が現れた。公国は航空隊による迎撃や対空砲火を行うが、航空艦隊に対してはどれも無力だった。椅子に腰掛け窓からその艦隊を睨んでいたアベルノ公爵の部屋にキーウェルが訪れた。
「アベルノ閣下、帝国の航空艦隊が現れました」
「ここからも見える。本当に大きいな」
「シェルターへの避難をお願いします」
「それはできん」
「どうしてですか?」
「先代から受け継いだ土地に敵を侵入させるわけにはいかん。ましてや帝国など論外だ」
「我が軍の兵士も奮戦しております。公爵閣下がいなくなっては彼らの戦う意味もなくなりますので、どうか避難してください」
「私は公爵だ。だからこそ彼らの働きを見届けねばならん」
外では帝国軍が公国に対して降伏を呼びかけている。
「ですが、敵の総攻撃がもうすぐ始まるのです。ですからどうか避難してください」
「何度言えばわかるのだ!私は何者の指図も受けん!たとえ帝国であろうと我が臣民であろうと、だ!私は侵略戦争で帝国の残虐さを見た!しかし、我がサイシュ公国はその猛攻を跳ね除けたのだ!我々が奴らに負けるわけがなかろう!」
「ですがどうか…」
「私は逃げん!」
アベルノ公爵が椅子から勢いよく立ち上がり、机の上にあった花瓶が床に倒れた。キーウェルが慌ててその花瓶を拾おうとかがんだ時、部屋は閃光に包まれた。
一瞬、時が止まったように静かになり、数秒後に雷を集めたような大爆発が起こった。建物は揺れ、壁に掛けてあった絵画が落ちてきた。アベルノ公爵は口を開けたまま外を見つめており、キーウェルはアベルノ公爵を守るために駆け寄った。
空には大きな雲が一つだけあり、他の雲は全て吹き飛ばされていた。雲の影には帝国の艦隊が浮かんでいた。
公爵の部屋に慌てた職員が走ってきた。
「帝国が降伏勧告をしてきましたがどうしますか」
「…勧告を受け入れよう」
アベルノ公爵が職員に告げると職員は走って行った。キーウェルは何が起こったのか分からず、突っ立っているだけだった。
2日後、帝国軍は公国首都に入城し、降伏文書調印式が行われた。シクス将軍ら帝国の大使は占領した旧公国の空軍基地に降り立った後、式が行われる公爵邸まで護送された。公爵邸に着くとキーウェルが大使達を出迎えた。キーウェルは帝国の大使の中に捕虜となっていたマンターを見つけると暇を見つけて話しかけた。
「マンター君、生きていたのだな」
「キーウェル大臣、お久しぶりです」
「捕虜での生活は大変だっただろう」
「いえ。それより大臣の方が大変だったのではないですか?」
「ああ。アベルノ公爵が首都に残るとおっしゃられたせいで兵も市民も大変だったな」
「そういえばアベルノ公爵は?」
「昨日、オトシュ王国に亡命された」
「そうでしたか。キーウェル大臣は行かれないのですか?」
「私は戦後処理があるからここに残っただけだ。公爵を慕う者は皆オトシュ王国に亡命したよ」
「秘密同盟国から連絡はあったんですか?」
「いや、何も。我々を見捨てた国々だ。もう何もないだろうよ」
少しの沈黙があり、キーウェルはマンターに聞いた。
「ところでマンター君、君はこの後どうするつもりだね?このまま帝国の捕虜として生きていくのか?」
「いえ、この先のことは何も考えておりません。守るべき国も無くなりましたから」
「この国はこれから波乱を迎えるだろう。そこで君のような優秀な部下を持ちたいと思うのだがどうかね?」
「よろしいのですか?私のような裏切り者を起用して」
「国を支えてくれるなら誰も責めたりせんよ。やってくれるのだね?」
「はい。謹んでお受けいたします」
正午すぎ、キーウェル全権大使は降伏文書に調印した。帝国はサイシュ共和国を保護国とし、無期限の帝国軍駐留を認めさせた。この事実は世界中で伝えられ、世界覇者としての帝国を再び印象づけた。
その頃、オトシュ王国では秘密同盟の総会が開かれていた。もちろん議題は帝国である。盟主であるオトシュ王国の代表シーヤは演台に上がり話し始めた。
「先日、同盟国であるサイシュ公国が帝国に降伏しました。この戦いで、公国にはラース共和国に続きあの無差別新型爆弾が使用されました。これ以上の帝国の暴挙は許されるものではありません。そこで我々オトシュ王国は帝国中心の世界を打破し、正義の鉄槌を下すために対帝国戦争を提案します」
議場には大きな歓声が起こり、満場一致で帝国への宣戦布告が決定した。
そして翌日、オトシュ王国は
「帝国の新型兵器は人類を滅ぼしかねず、それを躊躇なく使用する帝国は悪魔の手先である。我々オトシュ王国は人類保護の正義のためにシグマ帝国へ宣戦を布告する」
という声明を出した。それに続くように帝国を取り囲む各国も宣戦布告し、帝国は敵に囲まれる形となった。サイシュ共和国で戦後処理に当たっていたシクス将軍も宣戦布告の報を聞いた。そして、急報が飛び込んできた。
「オトシュ王国とエアード王国が帝国本土への侵攻を開始しました!加えてこのサイシュ共和国北側に敵の航空艦隊を発見したとの報告です!」
公国戦争が終わった惑星歴2051年、新たな戦争が勃発した。秘密同盟各国により帝国包囲網が結成され、帝国本土への侵攻が始まった。「悪魔帝国からの解放」が謳われたこの戦争で帝国は苦戦を強いられることになる。侵略戦争で作り上げられた帝国中心の世界がこれを機に崩壊した。




