サイシュ沖海戦
早朝、公国艦隊の兵士は強烈な光で目を覚ました。光の方向には大きな水柱と雲が立ち上り、空を覆っていた雲を消し去っていた。それは艦橋にいた者も例外ではなく、初めて見るその爆発に息を呑んでいた。
「すぐに潜水艦隊に連絡しろ!」
嫌な予感を感じたマンターはそう命じたものの潜水艦隊からの返信はなく、その被害の大きさは目の前にある水柱が物語っていた。
静かな艦橋で将校の1人がマンターに話しかけた。
「敵艦隊が砲撃戦距離に入りました」
「そうか。戦艦は主砲発射せよ」
主砲塔が回転し、砲身が生き物のように上下に動き始めた。
「主砲誤差修正完了。発射警報鳴らします」
ブザーが艦内に響き渡り、静かな朝を打ち破った。
「発射」
艦を震わせ炎とともに砲弾は主砲から飛び出した。全戦艦から一斉に発射された主砲は大きく弧を描きながら姿の見えない帝国艦隊へと飛んでいった。
帝国の艦隊に突如として砲弾が降り注いだ。水柱が多く上がり、一発は駆逐艦に命中して艦を真っ二つに折っている。
「救助急げ!」
ルビウスは大声を上げたが、弾薬が誘爆したのか、燃料に引火したのか、駆逐艦の大爆発の煙が晴れる頃にはその姿はなかった。
「公国艦隊を発見しました」
「すぐに砲撃を開始せよ!」
戦艦や巡洋艦が火を吹き始め、海には轟音が響いた。両陣営ともにレーダーや偵察機の情報から砲撃を行ったが、公国の砲弾は至近弾が多いのに比べて帝国の砲弾は当たる気配がなかった。
「砲撃精度では公国に敵わんな。距離を詰めて手数で戦うぞ」
帝国艦隊は速度を上げ、一気に公国艦隊へ詰め寄った。主砲だけでなく副砲の射撃も始まり、海は鉄の雨に襲われた。
統率の取れた砲撃で遠距離砲戦を優位に進めていた公国艦隊であったが、交戦距離が縮まり帝国の砲撃が激しくなると、不利な状況に立たされた。
「マンター艦隊長、敵の副砲も射撃を開始したようです。いくつかの艦は損害が大きく砲撃戦ができないので手数で押されています。ここは一旦退却すべきかと」
将兵の発言にマンターは怒りを露わにした。
「何を言ってるんだお前は!我々はここで負けるわけにはいかないんだよ。ここで退却するということは公国を見捨てることになるんだぞ!我々は死ぬまでここで戦わなければならないのだ。わかったら砲撃戦を続けろ!」
マンターは焦っていた。ここで負けてしまえば公国に上陸されるのは時間の問題だ。サイシュ公国のような小国が大国に使われることは想像に難くない。しかし、特殊砲を使おうにもエネルギー充填中に砲が狙われでもすればエネルギーが放出されて大爆発を起こすだろう。
マンターの目の前には未だ風で流されない大きな雲があった。それは潜水艦隊消滅の証であり、同時に帝国の技術力の象徴でもあった。おそらく、これ以上帝国の侵攻を許せば、先の共和国だけでなく公国を始めとした多くの世界中の国々が被害に遭うだろう。
マンターは特殊砲の発射命令を出した。エネルギーが充填されていき、砲身が光り始める。
帝国の偵察機はその様子を上空からはっきりと捉えていた。
「偵察機より報告!敵戦艦の砲身が光り始めました!」
「全艦集中砲火せよ。やつに撃たせるな!」
公国の戦艦に対して砲撃が始まり、多数が命中した。しかし精度の悪い射撃は光る砲身に当たることはなく、ついにその大砲は帝国の艦隊を照準に捉えた。
「マンター艦隊長、発射準備が完了しました」
「よし。発射。」
全てのスイッチが切り替えられ、射撃手が発射スイッチを押した。砲身の光は一層強くなり、ついに光の束は飛び出した。
次の瞬間、両艦隊の間で大爆発が起こった。光の束が精度の悪かった砲弾の一つに直撃し、爆発したようだった。海面は持ち上げられ、一時的に海水の雨を降らした。
マンターは何が起こったのか理解できず、艦橋から雨の降る外を眺めていた。すると雨の中からこちらに向かってくる艦影が見えた。
「敵艦隊を目視で確認!」
誰かが叫んだ。しかし、エネルギーを使い果たした戦艦は何もできずに目の前で繰り広げられる砲撃戦を眺めるのみだった。
ルビウスは全艦突撃を命令した。
「駆逐艦は雷撃、巡洋艦と戦艦は全砲門を開けて砲撃を開始せよ」
合図と同時に帝国の艦隊は一斉に光り、無数の砲弾を放った。混乱する公国艦隊は砲撃するものもあれば、艦を旋回させているものもある。旗艦と思われる中央の戦艦は沈黙し、周囲の戦艦や巡洋艦が砲撃をしている。
矢の如く公国艦隊に突っ込んだ帝国艦隊はまるで海賊のように砲弾を撃ち込んだ。次々と艦艇を撃沈していき勝敗は決まった。ルビウスは公国の艦隊に向けて呼びかけた。
「我々は帝国海上艦隊である。貴君らの勇猛果敢な戦いぶりは見事であった。我々は貴君らの命を保証する。貴君らに告ぐ、投降せよ。繰り返す、投降せよ」
ルビウスは今後の作戦のためにも無駄な弾薬消費はやりたくなかった。そして何より、無駄な殺戮は好まなかった。しかし公国艦隊からの応答はなく、戦艦の砲塔だけが帝国艦隊に向けられていた。
「間も無く要請から30分です」
「いつ彼らが発砲するかわからん。警戒は怠るな」
要請から1時間後、公国艦隊から一隻のボートが近づいてきた。そこにはマンターが乗っていた。マンターは帝国の戦艦に引き上げられ、ルビウスと面会した。
「私は帝国軍上陸部隊海上艦隊長のルビウスです。あなたは公国の艦隊長だとお聞きしました」
「はい、私はマンター公国海軍中将です。交渉のためにここへ参上しました」
「交渉ですか?」
「はい。我々は帝国の新型爆弾が公国本島でも使われることをとても危惧しています。もしあの兵器を使用しないと約束していただければ投降しましょう」
「少し時間をもらってもいいですかな」
ルビウスは面会室から出るとシクス将軍に連絡をした。
「シクス将軍様、公国の艦隊長が交渉を持ちかけてきました。 A-1爆弾を公国本島で使用しないと約束すれば大人しく投降すると言っております。どういたしましょうか」
「あの兵器はいわば帝国の最終兵器だ。そう簡単に手放すわけにはいかない」
「そうですよね…交渉の内容を変更できないか聞いてみます」
「まあ少し待て。これ以上戦争が続くなら手放すことはできないが、ここで戦争が終わるならその交渉はのめるということだ」
「と言いますと?」
「マンターという男に和平交渉ができないか聞いてくれ。我々帝国としてはこれ以上の戦争は望まない。ある情報によるとオトシュ王国がサイシュ公国側について帝国に宣戦布告を行うつもりらしい。これ以上の戦争の拡大はどちらにとっても不利益だ。だからマンターはこの要求を受け入れるのではないだろうか」
「わかりました。持ちかけてみます」
部屋に戻り、ルビウスは早速話した。
「我々帝国はこれ以上の戦争を望みません。そこで、あなたに公国との和平を結ぶ手伝いをしてほしい、というのが我々の出す条件です。いかがですかな?」
「そうすれば新型爆弾は使用されずに済むんですよね?」
「はい」
「ならわかりました。その条件を受け入れましょう。我々は帝国艦隊に投降します」
「ありがとうございます。それでは艦隊に戻って投降の準備を進めてください」
ルビウスが握手しようと立ち上がった時、床を突き上げるような衝撃が走った。廊下を走る音が聴こえ、将兵が部屋に入ってきた。
「艦隊長!上空に航空艦隊が現れて砲撃を開始しました!」
「第何艦隊だ?」
「共和国の紋章です!公国の艦隊上空に現れて我々に対して砲撃を行っています!」
「何だと!すぐに撤退だ!対空戦闘用意!」
低く、鈍い爆発音が体に響く中、マンターは外に共和国航空艦隊がいるのを確認すると深くため息をついた。
「マンター殿、これはどういうことですかな?まさか、時間稼ぎのためにこのようなことを?」
「いえいえ!そんなことはありません!」
「本当ですかな?」
「はい。誓って嘘はついていません」
「…信じましょう。あれは一体どういうことなんですか?」
「おそらく、例の作戦が始まりました」
「例の作戦ですか?」
「公国は対帝国秘密同盟に加入しておりまして、戦争初期から同盟国に援護を要請していました。そこでオトシュ王国に亡命していた共和国航空艦隊を公国の戦線に投入することになったんです。まさか今来るとは思っていませんでした」
「ということはあれはオトシュ王国の軍隊ということですか?」
「いえ、あれは義勇軍として参加しています」
「オトシュ王国の参戦は計画にあるんですか?」
「私も詳しくは知らされておりませんのでなんとも言えません」
「そうですか」
共和国航空艦隊の護衛を受けながら、公国の残存海上艦隊は海の彼方へと消えていった。帝国の艦隊に大きな被害はなかったものの、航空艦隊の出現によって戦局は大きく覆された。帝都の参謀本部が作戦続行を命令したことで、航空戦力の乏しい上陸部隊は不安要素を抱えつつ目前に迫る公国本島へ向かうことになった。
夕日の沈む海を見ながらルビウスは
「侵略戦争の立場が逆転したな」
そう呟いて帝国の未来を案じるのだった。