盾と矛
「マンター艦隊長、敵が来ました」
「そうか。迎撃隊を発進させて特殊砲も射撃準備に入れ」
「了解しました」
轟音を響かせながら迎撃機は飛び立ち、砲にはエネルギーが充填された。そして海には静寂が訪れた。先程まで空を覆っていた雲は流されて晴れ間が見えている。
「迎撃隊が接敵しました」
「何機かが突破したようです」
「特殊砲に敵が見え次第射撃せよと伝えろ」
「了解しました」
敵は同じ戦法を使ってきている。このままいけば勝てる。そうマンターは確信した。
「特殊砲射撃開始。目標、敵攻撃機」
数キロ離れた敵機に照準を合わし、砲は一本の光を放った。それは雲を突き破って敵に向かっていった。
少し前、第29A特務大隊は敵の迎撃網に入っていた。
「全員準備はいいな!敵が来るぞ!」
爆撃機から無数の曳光弾が飛び、その中を敵戦闘機は突っ込んできた。セイツェマンは一心不乱に引き金を引く。聴覚は機関銃の音に支配され、自分の心拍音だけが生を実感させてくれる。雲を抜けてやってくる戦闘機はまるで魚を狙う海鳥のように一直線に飛んできた。敵はかん高いエンジン音で空気を震わせながら弾丸を撃ち込むが、エネルギー装甲に銃弾はなすすべなく弾かれている。
「第一小隊は速度を上げてここを振り切るぞ!エネルギー装甲全面展開!」
赤くなった機関銃を冷やしながら爆撃機は速度を上げた。敵を抜け、雲を抜けると海上にたくさんの艦艇が見えた。
「敵艦隊発見!」
キースの声が機内に響く。続けてアモスが声を上げた。
「敵の大砲が光ってるぞ!」
下を見ると敵の戦艦が光らせた砲身を高く上げ、こっちを狙っているのが見えた。おそらく報告にあった光の束はあの砲から発射されたのだろう。
「全機、真正面から受けずに機体を傾けろ!まともに受けるんじゃないぞ!」
ジェルソン少佐が隊に呼びかけ、少し敵艦隊に対して機体を傾けた。
次の瞬間、閃光が機内を覆い視界が奪われた。
「全員無事か!」
セイツェマンは耳鳴りが続いていたが、ジェルソン機長の声でようやく現状が把握できた。おそらく光線は機体右側に直撃したようだ。しかし、エネルギー装甲が光の束を弾いたおかげでなんとか機体は耐えられたようだった。機体のエネルギー残量は半分を切っていた。
「全機被害はないな。敵艦隊に向けて突撃せよ」
激しくなる対空砲火の中、特務大隊は敵艦隊に突撃を敢行し次々と爆弾を落としていった。水柱が多く立つ海面を機体はすり抜けていき、艦隊から離脱することができた。他の隊も爆撃を成功させ、多くの艦艇が火を上げているのが見えた。セイツェマンはほっと息をつくと、それまでの体の緊張がほぐれた。
「全機帰還する」
ジェルソン機長の命令で特務大隊は帰路についた。
セイツェマンは作戦終了後、帰還途中に民間機を見た。それはオトシュ王国の紋章が描かれておりサイシュ公国に向かっているようだった。ランドルとセイツェマンは不思議そうにそれを見ていた。
「戦時なのに民間機がこんなところを飛んでるなんて変だね」
「とりあえずジェルソン少佐に報告しておこうか」
ランドルと共に機首にいるジェルソン少佐のところへ報告に向かうと、少佐は司令部に報告しておくと言った。加えて、こちらから手出しをしないようにとも言われた。
艦隊に着くと、特務大隊は英雄として再び称えられた。シクス将軍からも直々にお褒めの言葉を頂いた。
「第29A特務大隊の諸君らには何度もお世話になっている。本当に感謝する。そしてこれからの一層の健闘を祈る」
一方で爆撃を受けた後のサイシュ公国艦隊は被害対応に追われていた。甲板には大きな穴があき、外にむき出しの機銃席はほとんどが血に染まっている。各艦に備えられた救護室は部屋に向かう廊下まで負傷兵で溢れかえっており、壁や床が赤く染まっていた。
「被害の状況は?」
「轟沈が駆逐艦6、軽空母4、巡洋艦2です。その他ほとんどの艦が小破または中破です」
「敵との砲撃戦距離まで残り50kmです」
マンター海軍中将は頭を悩ませていた。公国の新兵器がどんな敵にでも通用するものではないとわかった今、戦略の変更が求められるからだ。
「待機中の潜水艦隊に連絡。予定通り波状攻撃を開始せよ。武装が使える艦艇も対艦ミサイルの発射準備に入れ」
「了解しました」
「いつになったら計画が実行されるんだ」
マンターは爪を噛みながら雲に覆われ始めた空を見ていた。
「レーダーに飛行物体が多数出現!おそらく敵ミサイル!」
「全艦、対空戦闘用意」
帝国艦隊中にサイレンが鳴り、艦内を兵士たちが慌ただしく動き始めた。ルビウス艦隊長がシクス将軍に話しかけた。
「シクス将軍様、ここから先は敵ミサイルの射程範囲であり、砲撃戦距離でもあります。そこで足の遅い輸送船団と砲撃戦ができない空母群をここで待機させようと思っています」
「そうか、なら戦艦に乗り換えねばならないな」
「ここからは危険が伴いますので将軍様には空母で指揮を執ってもらおうと思っています」
シクスの顔が険しくなり、ルビウスは少し不安そうな顔をした。
「兵士が戦っているのに指揮官が後方にいられるものか。私は皆と行くぞ」
「将軍様に危険なことがあってはなりません。前線指揮は私ルビウスが行いますから、どうかここは引いてください」
ドーゲン将軍補佐も話に入り、将軍を説得した。
「この戦いは本当に互角です。我々が退く可能性も十分にあります。そんな時に将軍様をお守りできるかはわからないのです。ですからここは後方で指揮を執りましょう」
少しの間があり、シクス将軍は話し始めた。
「わかった。そこまで言うのならここに残ろう。健闘を祈る」
「ありがとうございます。必ず勝利してみせます」
空母群、輸送船団は後方に残され、戦艦を中心とした砲艦が敵の待つ海域へと向かっていった。しばらく進むと敵のミサイル攻撃は激しくなり、迎撃するのがやっとという状況になった。
そんな時、急報が入った。
「哨戒部隊が敵潜水艦を複数確認!この艦隊が囲まれたとのことです!」
公国潜水艦隊第二戦隊は帝国上陸艦隊を取り囲み、一斉に攻撃を開始した。
「敵潜水艦がミサイルを発射!」
「すぐに対空システムを起動せよ」
艦隊は砲撃を開始し、ミサイルを撃墜する。ミサイルを全基撃墜後、砲身を冷やすためにシステムはオフにされた。しかし、敵は冷却時間を待つはずもなかった。
「ミサイルです!第二波が飛んできます!」
「対空システムは使えるか!」
「冷却完了まで残り2分!ですがそれでは間に合いません!」
「かまわん、冷却を待たずにシステムを起動せよ!加えて空母群に援護要請!」
援護要請に応えて第29A特務大隊が発進した。大隊が到着する頃には艦隊の対空砲火はまばらになっており、かろうじてミサイルを撃墜している様子だった。
「A-1爆弾使うか?」
「潜水艦が離れすぎている。各個撃破だな」
ヴェルン大尉とジェルソン少佐が相談した後、大隊はそれぞれ潜水艦に対して攻撃を始めた。しかし、潜られると通常爆弾では威力が足りず、一隻も撃沈できずにいた。空はだんだんと暗くなり、夜戦に突入しようとしていた。
「暗くなる前に終わらせないと厳しいな。誰かいい案持ってるやつはいないか?」
ジェルソン機長は機内に呼びかけるが、返答はない。
「んー困ったな」
するとランドルが口を開いた。
「追い込み漁みたいに潜水艦を一箇所に集めて、そこをA-1爆弾で仕留めればいいんじゃないですか?」
ヴェルン大尉は上手くいくのか疑問に思う一方でジェルソン機長はなるほどといった様子で聞き入っていた。セイツェマンも他の方法を模索していたが、すぐに潜ってしまう潜水艦にはあの新型爆弾を使うほかなく、セイツェマンは模索するのを諦めるのだった。
ランドルの提案から、艦隊左舷方面の潜水艦を重点的に狙い、右舷側に追い込んだ後そこにA−1爆弾を投下することになった。追い込んでいる間は右舷からのミサイル攻撃が激しくなるだろうが、そこは艦隊の対空システムに頼るしかなかった。
すっかり日も暮れた頃、海には照明弾が投下され作戦が始まった。明るく照らされた海には潜水艦の影がはっきりと見えた。左舷方向で追い込みが始まる中、右舷方向では敵のミサイル攻撃も始まっていた。艦隊は使える砲を全て使ってミサイルを撃墜し、激しい攻撃を受けながらも未だ被害は出していなかった。この作戦は翌朝まで続いた。
空が明るくなりはじめ、太陽が上がろうとしていた頃、敵の潜水艦は艦隊右舷方向に集められた。潜水艦は海面に顔を出し、ハッチを開けて今にもミサイルを発射しようとしていた。そこへセイツェマンの乗る隊長機が突っ込んでいった。
「爆撃態勢に入る。爆弾倉開け」
風を切りながら飛ぶ機体の爆弾倉が開き、人一倍大きな爆弾が露わになる。
「投下」
その爆弾は海へと投げ落とされ、ハッチから火を噴き出した潜水艦隊へと向かっていった。
水平線に太陽の頭が見え始めた頃、太陽の数百倍明るい光が海を覆った。それは海上に浮かぶ帝国艦隊の影を際立たせ、海に大きな波紋を生んだ。
潜水艦隊撃滅作戦は成功し、全てが終わる頃には潜水艦の影は一つも残っていなかった。