防空戦
時は遡り第三海上艦隊から攻撃隊が出撃して間も無く1時間が経とうとしていた頃、迎撃隊の包囲網を敵の攻撃隊が突破したとの連絡があった。
「対空ミサイル発射。防空駆逐艦、防空巡洋艦は艦隊から離れて迎撃陣形をとれ」
ルビウス艦隊長は旗艦である空母の艦橋から外の様子を見ていた。各艦から訓練通りにミサイルが発射され、海にはまた普段通りの静けさが戻った。しかし、レーダーを見ると遠くでは友軍機と敵機が入り混じり、一方では艦隊に近づいてくる敵集団がはっきりと捉えられていた。そこに向かって先ほど発射した十数本のミサイルが飛んでいく。
「ミサイル着弾しました。3機撃墜ですが、依然として15機ほどがこの艦隊に向かっています」
「迎撃態勢に入ってくれ。訓練通り、いつも通りにやれよ」
艦隊長は緊張を和らげるために言ったが、あくまでも自分に向けてだ。手に持っている双眼鏡からは汗が滴り落ちていた。
ルビウス艦隊長は第三海上艦隊配属になってからは平穏な日々を送っていた。侵略戦争時代は若さゆえの活気があったが、今ではただの老人となってしまい現実的にものを考えるようになってしまった。若い時のようにこの戦争にも勝てるだろうか。そんな不安が何度も頭をよぎる。
「艦隊を離れた防空戦隊より連絡。敵攻撃隊を目視で確認、これより対空戦闘を行うとのことです。敵がこの艦隊にたどり着くまで間も無くです」
「よし、総員対空戦闘配置」
艦内にはサイレンが鳴り、将兵たちが走り回っているのが振動を通じて伝わってくる。
「配置完了しました」
「わかった。しばらく待機せよ」
「ふぅ」と一息ついた次の瞬間、沖が明るく光った。それは先日駆逐艦がやれらた時と同じ光だった。すると艦橋の照明やモニターが全て消え、明かりは沖の光だけになった。
「何が起こった!」
「全電源喪失!他の艦との連絡とれません!」
「予備電源に切り替えろ!敵攻撃隊の位置はわかるか!」
「見張り兵が敵機を目視で発見したとのことです!」
「総員自由射撃!敵機を近づけさせるな!」
合図とともに空母の対空砲が火を吹く。それを見て他の艦艇も対空射撃を開始した。敵機のうち数機は高度を下げて対空砲火の中を突っ切ってくる。
「艦隊長!低空飛行しているやつが敵の新型機です!」
そう言われて双眼鏡で見ると、報告にあったようにそれはレシプロ機だった。大きな砲口をこちらに向けて飛んできている。
すると、レシプロ機の砲身が光り始めた。その1機に対して対空砲火が激しくなる。しかし砲身の光は消えず、ただ空母めがけて飛び続けている。このままでは空母がやられてしまう。そう思った時、レシプロ機は翼端が吹き飛び、スピン状態に陥った。相変わらず砲身は光ったままだ。
「新型機を1機撃墜!」
艦橋内は安堵に包まれたが、レシプロ機の砲身からは光の束が発射された。それは海面に突き刺さり、海を押し上げるほどの大爆発を起こしている。艦は流され、空からは海水の雨が降り注いだ。爆心地のすぐ近くにいた駆逐艦が爆発に巻き込まれたようだったが、かろうじて浮いているのが見えた。
「戦闘を続けろ!敵機にアレを撃たせるんじゃない!」
艦隊長は冷静になれない士官たちにそう告げ、状況把握に戻った。降り始めた雨は小一時間降り続き、その間空母は視界を確保できず爆発音や砲撃音だけが海に響いていた。艦内は薄暗く、会話もない。砲撃音から察するに敵の攻撃はまだ終わっていないのだろう。
すると突然、視界を覆っていたものを突っ切って、これまでの人生で最も明るい光を目にした。それは太陽を何百倍にも明るくしたような光だった。光が弱まってくると音と風が艦を揺らした。視界は晴れ、艦橋の窓はヒビが入り、飛行甲板に出ていた整備兵の何人かは爆風で海に転げ落ちている。そして、空には大きな雲が立ち上っていた。雲の影は艦隊全体を覆い、ちっぽけな舟たちを見下ろしているようだった。
晴れた海には、敵の攻撃に晒されたせいなのか、それともさっきの大爆発のせいなのか多くの艦艇が燃えていた。立ち昇る雲の麓にいる艦の姿は一つも見えない。幸い主力艦は無事のようだったが、駆逐艦や巡洋艦には大きな被害が出ていた。空母の甲板にも負傷者が大勢転がっている。
「敵が撤退していきます!」
青空に飛行機雲を描きながら敵は海の彼方へと去っていった。
通信機器は相変わらず使えず、艦隊全ての電源が落ちていた。水平線に沈みゆく太陽がこれから夜を迎える艦隊を不安にさせる。夕暮れの明かりと艦隊の炎が同化して、まるで太陽に艦が溶けていくようだった。
帝国旗を掲げた艦は炎をゆらめかせたまま夜を迎えた。被害の少なかった艦は電源を回復し、通信ができるようになっていた。その時、友軍攻撃隊が帰還するという報が艦隊長の耳に入った。
「よし、攻撃隊を労うためにも片付けを始めようか」
甲板に突き刺さった破片やどこからか飛んできた魚が散乱している飛行甲板を全員で掃除することになった。全員無言だ。黙々と作業をする中で仲間の遺体が見つかることがあった。嗚咽をもらす者もいれば、怒りを露わにする者もいた。艦隊長はその様子を見て、若かりし頃を思い出していた。
艦隊長ルビウスは子供の頃に読んでいた本の影響で海軍に入隊した。当時は帝国が力をつけ始めており、戦争の絶えない日々だった。入隊当時ルビウスは巡洋艦の機関砲部隊に配属されていた。5人の仲間と死と隣り合わせながらも楽しい生活を送っていた。しかし、ある時巡洋艦は敵の急襲を受け、爆弾を数発受けた。ルビウスは艦内にいたことで無事だったものの、爆弾が炸裂した付近には他4人の仲間がいたらしく、救護室に着いた時にはもう全員息を引き取っていた。ルビウスは敵を憎んだ。しかし、復讐の一心で戦争を戦い抜いたものの、心が満たされることはなかった。艦隊長になっても敵を憎む気持ちは消えなかったが、なぜ憎んでいたのか理由がわからなくなってしまっていた。
そしていつしか憎しみは戦争に向けられた。
作業が行われている甲板の上でルビウスは、後世のためにも自分たちの代で戦争自体を終わらさなければならないと心に誓ったのだった。
甲板清掃終了後、続々と攻撃隊が帰還してきた。共に生きていられた喜びを分かち合う兵士たちで甲板は埋め尽くされ、お祭り騒ぎとなっていた。艦隊長は艦橋から兵たちに呼びかける。
「皆よくやってくれた!こうして多くの者と再会できたことをとても喜ばしく思う!先ほど参謀本部から連絡があり、第一海上艦隊がここへ向かっているらしい。海上警備任務を引き受けてくれるそうだ。そこで、第三海上艦隊は1ヶ月ほど本土で休暇とする!諸君らは次の戦いに備えて十分英気を養ってくれ!」
甲板からは歓声が上がり、またお祭り騒ぎへと戻っていった。ルビウスが艦隊長室に戻るとジェルソン少佐が待っていた。
「君は仲間と喜びを分かち合わないのか?」
「ああいう雰囲気は少し苦手でして」
艦隊長はそうか、という風に頷いた後、椅子に座った。
「まあ君も座りなさい。何か話でもあるのかね?」
「聞いて良いのかわかりませんが…」
「言ってみなさい」
「一体艦隊に何があったんですか?帰ってくれば多くの船が燃えてましたし、兵士たちの様子もおかしかったですよ」
「…君には言っておかなければならないだろう」
艦隊長は一息置いた後に攻撃隊が出撃してからのことを話した。ジェルソン少佐は終始黙って話を聴いていたが、最後に「ありがとうございました。良い休暇をお過ごしください」とだけ言って部屋を立ち去った。
帝国による初めての攻撃が行われ公国側に大打撃を与えたが、公国側も惜しみなく新兵器を実戦投入したことで帝国側にも深い傷を与えた。しかし、帝国側の空母や戦艦など主力艦クラスは無事であり、後の対公国戦において大きな影響を与えることになるのだった。