二つの影
思い立ったが吉日、情報を得たのなら即行動。
事務所を後にして俺たちは現場に急行した。
遅くなるので筒地さんには連絡を入れてから行く。
場所は隣町に近いとこのコインランドリー。
目立った店も何もないいかにもな辺境だ。
これからこの場所は消失する!…放っておくとね。
俺たち3人はやたらと広い駐車場に立つ。田舎特有の広さだ。
「人がいるようですね」
「日も落ちて浅いぜ、いるだろうよ」
「まあまだ6時だし、むしろピークなんじゃ?」
そういえば調査の方法を聞いていなかった。どうするんだろう?宇田先生がやっていたことだろうか?
「まず人払いをします」
銀音さんが小型の何かを取り出した。
キーホルダにでもついていそうな大きさだ。
堂々と入り口まで行き、扉を少し開ける。そこから何かを突き出した。
「何してるんだ?」
「人払い、っつうか眠らせって感じだな」
眠らせ?っと疑問はこれから起きることで解消された。
銀音さんの持っていた何かはポインタで、光を当てたところに魔法陣を浮かび上がらせる。
中にいる人々は一斉にそこに注目し、集まり出す。
ざっと5人程度だろうか?ポインタを当てたところ、稼働中の洗濯機に集まったところで、何をするわけでもなくただ注視している。
「え、なんなの?」
「いいから待ってろ」
グルグルと回るドラム式洗濯機を猫じゃらしを追う猫のように利用者たちが首をグルグル動かす。そしてしばらく経つと一斉に倒れた。何?変なものでも食った?
「催眠魔術です、一般人相手にはただの光を杖にしても効果的なので便利です」
光を杖に…ってなんかかっこいいな。
ガラッと引き戸の出入口を全開にし、堂々と入る。
「さて、調査開始です」
「おっしゃ、一個ぐらい壊してもいいよな?」
「ダメに決まってます、常識を学んでください」
魔導に常識…?野暮な突っ込みか。
しかしこれで人払い、というか調査に専念できるけど…
「具体的に何やるの?」
「有史さんと陽太郎は荷物チェックをお願いします」
「おいおい、このぐっすりしてる客の中に結界張ってる主犯がいるってのかよ」
「念のためです、主犯そのものでなくとも何も知らせず加担させている可能性もあります」
闇バイトみたいなことさせているかもしれないのか、怖いな。
「んで?音っちは?」
「私は魔法で探知します」
そう言うと銀音さんはコインランドリーの中心に立ち、試験管のような入れ物の栓を抜いて中に入った液体を垂らす。液体は車輪軸のように四方八方に分かれて空間の端まで這いずっていった。
「魔法的解析です、3分ほどかかります」
なるほど、魔導界の調査、一般で言うルミノール反応の類か。
取りあえずよくわからないことは全部銀音さんに任せて俺たちは荷物を調査する。
ただ、当然ながらコインランドリーなので衣類があり、手が止まる。
「…下着類を漁るのってなんか気が進まないな」
「オーケー、衣類の調査は俺に任せとけ」
そういう問題じゃないんだけど…
まあこの時間帯で洗濯する不用心な女性はいないだろう。
いや、家族の物もあるか、なんにせよ衣類まで調べるのは憚られる。
しかし町とか世界を天秤にかけるとしたら、仕方ない。仕方ないじゃん…
そんなことを考えているうちにコインランドリー内の明かりが点滅する。
そして消え、辺りは真っ暗になった。
「想定通りです」
「迂闊に外へ出るなよ有史、敵さんのお出ましだ」
と、俺にはそう言っておきながら陽太郎は腕を捲りながら外へ出た。
そして何かが陽太郎へと飛来、当然のように避ける。
飛んできたのは矢だ、弓矢の矢。
射ってきた位置を探ろうとすると、車道を挟んだ少し高い丘の上に何者かがいた。
仮面をかぶった二人組、一人は弓を持っていてもう一人は刀を手にしている。
「有史さん、ここは結界内ではありません、私たちに任せてください」
そう言って銀音さんも出ていく。
言い方こそ無難だったが、ここから動くなと言うことだろう。
大丈夫、アタイ約束守れる子!
「レディトス!」
「ヴォカーレ、グラディウス!」
銀音さんはどこからともなく飛来してきた鎌を手慣れた手つきで手にする。
陽太郎は地面から現れた大剣の握り手を掴み、臨戦態勢に入った。
俺も剣を一応出しておく。
仮面の二人からの攻撃はない、なんだ?変身中は攻撃してはいけないなんてお約束があるわけでもないのに。
と思っていると刀を持っている方が動き出した。スカートが視認できる限り女性のようだ。
接近してくる最中に弓を持った方が射ってきた。
「弾逸らしのいい練習台だぜ!」
放たれた矢は陽太郎の手によって斬り落とされる。
すげえ反応速度、銃弾でも切れてしまうんじゃないかと思うほどだ。
そんな場面に気を取られているうちに銀音さんと刀の女が激突、ほぼ真上に振り上げた鎌を下ろす瞬間だった。
鎌という重い武器に対して刀は軽い、何をもってそんな無防備な振るい方をしたのか。
疑問は浮かぶが更なる疑問が積み重なったので俺は何も考えられなくなった。
刀の女はその鎌の刃に対して刀をぶつけたのだ。
上下のつば競り合いと言うw家の分からない状況。
そのまま刀を銀音さんへ振るえばいいものを何故そんなことをしたのか。
そしてそのまま刀の女が押し上げ、上昇する。
「銀音さん!」
慌てて外へ出た。
だが銀音さんは屋根の上に行ったのか視界内に捉えられず。
「おい有史、外に出んなって言ってたろ」
陽太郎の方を向くと弓の方とつば競り合いをしていた。しかも弓ではなく矢一本で。なんで?おいおい、三本でも大剣と打ち合うには足りないぐらい
素人目にも分かるようなへんてこな戦い方だが、これはもしや魔導的な戦い方なのか?
とは言うものの、陽太郎が弓の方を圧倒しているのは明らかだ。
そして、弓の方が矢を斬り落とされ、今にも陽太郎が振り上げた大剣で裂かれようとしている。そんな状況を、見過ごせなかった。
「『アッチェラレティオ』!」
足が動き出していた、口もだけど。
弓の奴の腰に抱き掴み、魔術で加速する。
「なっ!」
驚嘆の声を上げたのが聞こえた。こいつからだ。
どうやら不意打ちは成功らしいな、なんつって。
とは思いつつもノープランノーブレインなので着地点は見えていない。
それで場面切り替わって近くの河原。勢いあまって法面をグルグルと転がる。
「き、貴様、何を」
何か耳馴染みのある声が聞こえた。顔を上げれば仮面の男。
気になって仮面を引っぺがした。
「あれ?ねむろん?」
「おい、我がペルソナを…」
やたら知的なメガネの男はかの有名なスペクター卿、もとい根室であった。
「何やってんだよ、弓なんか持って」
「こちらのセリフだ貴様、我々の作戦が」
「作戦?」
ともかく、すぐ斬りかかるんじゃなくて話し合えるということは敵じゃ、ないのか?
「理由などあとで…退くがいい!」
「うわ!」
すごい勢いで後方に投げられた。根室、まさかこんなに腕力があるとは。
「ぐべっ!」
原っぱに打ち付けられて地面の堅さをこの身で感じると、一転して景色が暗くなった。
代わりに青白い光が点在し、肌に触れる風の感覚がなくなった。
「これは!」
バッと起き上がり、根室の方を見る。
「ぐっ!」
「邪魔なんだけど…アンタ何?」
根室が謎の女にナイフを突き立てられていた。
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有史と仮面の男、もとい根室がその場から飛ぶように去った後、陽太郎は「あちゃー」と一言つぶやき、頭を掻いた。
「まあ予想できたけどな」
陽太郎は余裕気だ。襲われていたというのに。
更には有史と根室が一緒にいることで、別に不都合ではないような様子だ。
仮面の男が有史には危害を加えない、そう確信があったのだろう。
陽太郎は上を見上げる。屋根上からはかつーんかつ―んとやる気のない鉄同士のぶつかり合う音が響いている。それを聞いてほくそ笑む陽太郎。
しかし結界が張られ、景色が変わる表情は一転する。
「音っち!それと会長さん!」
陽太郎は地面を蹴り、空中に浮かび上がった魔方陣を蹴りと、上昇する。
「1対3か、やり辛いな」
コインランドリーの屋根上には銀音と仮面の女が刃同士をぶつけていた。
しかし相手はお互いではなく、間にいる鎖鎌を持った男であった。
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明らかに殺意を持った逆手持ち。しかしその視線は刺した人物にではなく俺へ向けられていた。そして根室が反撃に矢で殴りつける。が、躱されると距離をとられる。
「根室!」
明確にぶっ刺されていたので心配になるが、根室は片腕を横に広げた。「来るな」のジェスチャー、だよな?
「不覚、不注意の応酬だ、責任があるのはこの俺自身、貴様は黙ってそこで見ていろ」
片膝をついてきつそうな状況だが、傷口に手を当て、そこに魔法陣を展開した。
治癒魔術のようだ。だが、少し治癒に徹する時間が長い。
傷口が深かったか?
「退きなよ、用があるのは後ろのそいつだけ」
相手は殺意を絶やさない。見た目は周囲の青さが反映して青く見える。
水の影がその姿を覆っている。近くに川があるからか?
「俺も貴様には用はない、さっさと消え失せるが良い」
「じゃあ殺すよ、命の価値を知らないとか、生きてる価値ないよね」
根室は構える。太い三本の矢をつがえ狙いすます。いや、すましているというより腰の位置に据えて雑に構えている。
「『風制・局射』!」
詠唱を唱えたと同時に矢を放つ。三本の矢は拡がって飛び、途中で角度を変えて全て謎の女へ向いていた。
「よわ」
謎の女はハの字をナイフで空に描くと、どこからともなく湧いて出た水が矢を弾いた。
防がれるのは分かっていたようで根室は次の行動に移っていた。
透明化、に近い半透明化。それを駆使して女の背後に回ろうとする。
俺の目には薄く見えるだけだが、相手からはどうだろう?もしかして完全に見えなかったりするのだろうか?
「ふざけてるの?」
「ぐおっ!」
宙に浮かぶ水が触手を形成し、根室を捉える。虚しくも根室は地に抑えつけられた。
ダメだった!
「ぐ、まさか俺の姿を見破るとは」
「何アンタ、薄くなるのが特技なの?」
「手の内を口にすると思うか?」
状況が状況ならカッコいいセリフなんだが、地に伏せられている奴が言うと却ってかっこ悪いな。腕を上げてかっこつけてるけど、状況がシュール過ぎて緊張感がない。あれ?命懸けてるんだよね?
「どうでもいいけど、アンタが投げたそれ、何?」
水の触手が俺の前方を這いずり回り、何かを探している。
あれ、さっきの変なポーズってなんか投げたポーズだったのか。
しかしバレバレだ。何か仕込むにしても雑過ぎるだろ。
俺も剣を構える。流石に手助けにしなきゃ根室の命が危ない。
剣先を女の方へ向け、ヴェスタを撃てるように狙いすます。
だが、根室に手を出すなと言われたことが気掛かりで撃てずにいた。
あいつにも何か考えがあるのか?単純に銀音さんに怒られたのが少しショックで躊躇っている節もあるが、いざとなったら撃たなきゃならない。
ああ、どうしよ!?どうすればいい!?
「根室ぉ!」
「手出し無用だと言っている!」
根室に強く言われるが、当の本人は何もできないでいる。
今動くべきだ、と判断する直前、事は起こった。
「『解印』!」
「くっ!?」
投げたものに触手が触れた瞬間、根室は詠唱らしき言葉を発した。
日本語だが、触手に対して効果を発揮したようで沸騰するように破裂した。
同時に根室の拘束も解ける。
「な、なんで!?」
「貴様ごときに理解できまい!『天刃矢』!」
根室はそのまま弓、じゃなくて矢を両手に魔術を纏わせて突き出す。
衝撃波のように放たれた魔術は女の腹部へと接近する。
「ネガシオ!」
魔法によって遮られ、根室の魔術は女に届かず終わる…かと思った。
「ごほっ!?」
魔法を貫いて魔術は届いた。女は吐血し、後ずさりする。
「遅いな、神速の俺の手からすれば遅すぎる」
「げ、幻影魔術…!?」
幻影魔術って、名前からして幻影を出す魔術だが、もしかして根室、結構強い?
「俺の力が弱かろうが何だろうが、理を覆すことは叶うまい」
「く…ジェリークーストス!」
女は焦って命令するように言う。詠唱、なのか?
すると女に掛った水の影が蠢きだす。
それは実体を取り戻すように濃くなっていく。いや、これは比喩ではない。
実体がそこにある。クラゲの実体だ、潜んでいたのか。
「じゃあ毒が人を殺すことも道理だ!」
その巨体が動き出し、激流のような勢いの触手が根室へ向かう。
「!?ディフェンシオ!」
根室は魔法を発動させて事なきを得た。一時は。
「ぐっ!」
絶えず繰り出される激流の猛攻は、根室の魔法にひび割れを起こしていた。
苦境に立たされている中、俺はわずかな期待と不安を同時に抱え込んでいた。
根室は隠し玉をいくら隠しているんだ?
根室を抑えた今、女の方は手が空いている。そして俺の方へナイフを向け始めた。
「お前が、…お前がいなければ…!『ムルトテンタクルム』!」
怒りが明確に向けられることがわかるとクラゲとは別の触手が俺へ向かってきた。
なるほど、触手はクラゲのものだけじゃなくてこの女自身のものもあるか。
冷静に分析している風に考えてみたけど目の前で起こっていることをそのまま言っているだけに過ぎなかった。俺が窮地を脱せられる未来は見えない。
「ネガシオ!」
剣の先に魔法を展開する。触手は軌道も安直、急な方向転換がない限り防げるはずだ。
そしてそれは無かった。そう、防げたのだ。
触手の一つは。
「え」
『ムルトテンタクルム』という魔術について無知だったという他ない。
触手は一つだけではなかった。俺を睨む触手がひと―つふたーつみっつぅゔ!
無理だ!俺には数えられない!数える余裕なんてない!
「ごほっ!」
四方八方から襲い来る触手にどうしようもなく殴打される。
拘束されるでもなく切り裂かれるでもなく叩かれ、嬲るかのような殺傷力の低さ。
「楽には死なせない!」
「絶影・似姿!」
ぼこぼことリンチにされている中、見えたのは根室が俺の前に出ている姿。
でも 透過している限りは幻影なんだな。あくまでけん制のため、それも効果なし。
このまま殴られ気絶させられて死ぬのか、と半ば諦めムード。
…おい待て、俺の手にはまだ剣があるぞ。
「ディフェンシオ…」
魔法を発動させると触手は俺への暴力を止めた。
これは、効いている?
「な!?隠し玉を」
「ヴェスタ!」
俺は女の方へ目掛けて撃った。
殺す気こそ抑えたが怒りはどうも抑えられないようで、肩と首の輪郭を抉った。
「ぎ!?」
「リガレ!」
拘束魔術ですかさず両腕と胴体をまとめる。
「ご、ジェリぃ、クーストスぅ!」
クラゲの触手が拘束魔術の縄を裂く。
途端に俺たちは攻勢に回った。
「『連伝槍・掌底』!」
「ヴェスタ!」
俺は魔術を女に、根室はでかいクラゲに放つ。
だが、俺の魔術は当たらなかった。女が川に倒れ込んだのだ。
クラゲは吹っ飛ぶが、宙に現れた魔法陣に乗り、沈み込むように消えていった。
女は川に落ちたまま、浮き上がってこなかった。
「…やべ」
「深追いは禁物だ、化け物が潜んでいる可能性もある」
身を乗り出す気配を出していたのか、根室が俺の肩を掴んで静止した。
「いやでもそれはさっきの女も同じだろ?」
「むしろ奴の領域だ、水を扱う魔導師ならば根城よ」
でもこのままだと見殺しになる。
「何に準じているのか知らんが、最優先すべき事項を間違えているぞ」
根室が俺の胸を叩く。自分の命が優先、か。
「貴様は強くない、故に守られるべき存在だ」
つまり俺は弱い、か。少し文句を言いたくなるが、事実だし、しかしもどかしい気持ちがグルグルする。
「…言いたいことはいくらでもあるけど、まずは現状だ」
「なに、貴様の周辺事情は死の魔術師より概ね聞いている、合流が先だ」
根室はスタスタとコインランドリーの方へ戻ろうとする。
「待てよ、根室」
俺の呼びかけに応じず足を止めない。
構わず俺は問いかける。
「お前、俺の敵じゃないんだよな?」
「敵味方などという二極的考えは止せ、取りあえず俺が言えるのはお前を守らなければならないということだ」
ハッキリしないことを言う。こいつ、回りくどいことを言いたいだけじゃないのか?
「敵じゃないんだよな?」
「そうなるかどうかはお前たち次第だ」
相変わらずなんてあいまいな、要領を得ない答えなんだ。
現状理解は銀音さんたちに聞くとしよう。
とぼとぼと根室の後についていくことにした。
人物ノート⑦
白刃
故人。数十年前に日本から消えた『三条家』の一人。
鎌を得物とし、戦場で幾人もの魔導師を殺害して回った強者。
その強さも得物も、憧れた存在を模倣したものである。
贋作は所詮真作には敵わなかったのだ。
最後は銀音によって切り刻まれ死体すら残さずこの世から消えた。