僅かな戦いの暇
訓練は順調だ。覚えた魔術や魔法は増え、剣を扱う体術、剣技もスムーズに吸収できている手ごたえがある。無論体力も必要で…
「ほらあと2周!このペースは遅すぎるぞ!」
「うひぃ!」
現在、俺は陽太郎と共に校舎周りを走っている。
いつもは運動部が部活はじめに走っている校舎周りだが、走り終えた隙を狙って走っている。つまり、4時過ぎの夕方だ。
ぬくぬくとテーブルゲーム部でくつろいでいた自分にはとんでもない災厄だ。
陽太郎が「走りに行こうぜ!」と部室の扉を開いてきた時点で…
いや、足音が近づいてきた時点で嫌な予感はしていたんだ。
なんで運動部に入らなかったのか、無論運動嫌いだったからだが。
だがこれなら最初から運動部に入っていればと後悔。慣れ、経験ほど頼れるものはない。
全く、中学からのブランクを埋めるには少し休み過ぎた。
「よーし、走り終えられるだけの根性はあるようだな」
「ぜぇぇ…はぁぁ…!」
何とか走り切ると上半身がアスファルトに吸い込まれるようにして倒れる。
吐血しそうなほどの疲れだ。
「よし、じゃあ」
「終わりか、あざっした」
「そんなわけないだろ、おいこら逃げるな」
帰宅モードの俺の方を掴んでくる陽太郎。
嫌だ、帰りたい。
「ちょっとトイレ」
「…隙を見て逃げる気だな?」
「ここでしてもいいんすよ?」
「おうやってみろ」
「いやだからしたらいかんでしょう」
「いかんのか?」
「…」
…えっと、確か素手で魔術を使うには指先を杖に見立てて詠唱。
「リガレ」
「あ!おま、うごぉ!」
拘束魔術を陽太郎へかけた。走り出し、陽太郎から距離を置く。
こけたのか、鈍い音が後ろから聞こえた。痛そう.
なるべく遠くに行くために使われていない離れた古いトイレを目指す。
近くのトイレだとすぐ追いつかれる。
素人の俺の魔術なんてすぐ解かれるだろう。
だが追ってくるほど執着もない…とは言えないな。40%ぐらい追ってくるはずだ。
陽太郎はそういう熱いやつだ。熱血教師さながらと言うべきか。
教師…北川先生はどうしているんだろうか?
あの戦いの夜から3日経つが、日常は異変無く続いている。
代わりの国語教師が来て北川先生の穴埋めはされているし、学校も平穏そのもので爆弾が仕掛けられていたとかそういうわけでもない。
変化と言えば、せいぜい不満を垂らす生徒がいる程度だ。
なんせ教師の鑑みたいな人だったからな、授業に関する助言はしてもらってもそれ以外には関与しない。
人格否定したりしないしうるさくない、それだけでも理想の教師とか案外ハードル低いもんだな。
代わりの教師はとてもうるさい教師で、北川先生が恋しすぎるガチ恋勢が増産中だ。
知らない方がいいこともあるもんだ、まさかその先生が世界征服の一端を担っているとは夢にも思いはしないはずだ。
知ればショックを受ける人々は大多数だろう。
特に女生徒なんかショック受けすぎて不登校、なんてこともあるかもしれない。
なんか各クラスで2,3人ずつ休んでたらしいが、そういうことなんだろうね。
トイレを済ませて戻る。ゆっくりでいいだろう、あんまり早いと地獄が早まる。
「うるさいって言ってんの!!」
「はい!すみません!」
突然聞こえた大声に思わず震えあがって謝ってしまった。情けなっ。
俺に対していったわけじゃないのに気が付くと声の主を探る。
北校舎は最東端部分がピロティとなっており、俺はその柱を隔てて、その中心にいる人物を見る。あれは…北川先生に熱烈アピールをしていた上島さんか。
「アンタに言われなくても分かってるっての!てかアンタには関係なくない?」
上島さんに責められている女生徒、あれは…大月?
「…同じ高校の生徒だよ、関係ないなんて…」
「それだけじゃん!なんなの!?」
「ダメだと分かってることを止めちゃいけない理由はない」
「だーかーら!アンタに私の事情は関係ないって言ってんの!」
「だから、関係なくないってさっき言った」
「このっ!」
口論はヒートアップし、反論できなくなった上島さんが拳を振り上げた。
これはいかんと思い、二人の間を割って入ろうと駆けだした。
「それ以上はいけない!」
女性の、しかも学生程度の拳の威力を受けるのは容易い。
しかし、その軌道を予測するのは容易くなかった。
「ふごっ!?」
「うえぇ!?」
上島さんの拳が俺の口に入ってしまった。
口を殴られたってことは歯に当たっている可能性が高いわけだ。
しかも俺の痛覚が歯に当たっているよと悶え叫んでいる。いてぇ!
逆に言えば歯の鋭さを上島さんは味わったわけだ。そのまま拳を引いて暴力沙汰にしないでもらいたい。
「な、なによ、関係ない奴が続々と」
「アンタと同じ高校だよ!さっきから大月が言ってんのに分かんねえのか?」
「…おお」
なんか後ろで大月が感心していた。何が「おお」だよ。
「何のキャットファイトだよ、暴力沙汰にして事件にでもしたいのかよ」
「そいつが構ってきたんでしょ!何とかするならそっち!」
「…らしいがどうなんだ大月」
上島さんが必死に訴えるので大月に向き直る。
「矛先がこっち向いた、有史はどっちの味方だ?」
「正義の味方だ」
「正義とは?」
「俺の正しいと思うこと!」
「では、そこの女は今はいない先生に恋焦がれている、これは有りか、無しか」
「う~ん」
教師と生徒の恋となると禁断ではあるものの、教師から手を出すのはいけないが生徒からアプローチを仕掛けるのはありだと俺の中の正義の天秤は示している。
しかしどっちにしたって教師側からOKを出すのは絶対的にダメだ。
「20歳まで、待とう!!」
ストップの平手を上島さんの方へ向ける。
そう、全ては時間が解決してくれる。さすれば合法にもなろう。
なお、手を向けた先には誰もいなかった。
「あ」
逃げたようだった。これ大月の邪魔しただけだったな。
「茶々を入れに来たなら帰れ」
「…はい」
大月のもっともな意見に俺は従うしかなかった。
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陽太郎の元へ帰ってきた。
腕組んで足踏みをしている。どうやらご立腹のようだった。
「やっと帰ってきたか」
「悪いとは思っていない、俺は俺の尿意に従っただけだ!」
「それはいいだろう、だが魔術を使う場面は考えろ」
陽太郎が指を差す。
指した方向にはぐったりと女生徒が二人、ベンチで寝ていた。
「お前が魔術を使ったのを見られていたせいで記憶消去を使わなけりゃならなかった」
「ふーん、へー」
「なんだよ?反省しているようには見えねえが」
俺はとんでもない悪知恵を思いついた。俺が魔術を使う度、見られれば陽太郎はフォローに回らずを得ない。
「いや~反省してますともせんぱーい」
「反省なんてしないだろ、その様子じゃ…」
振り向いた節に気がついたようで陽太郎はハッと反応する。
「ここで宴会芸でも披露すれば、陽太郎は記憶消去に徹することになる」
「…思いついてもやるなよ?」
「安心しろよ、俺もやっちゃいけないラインを弁えてるって、その代わり…」
「…言っとくが、この訓練はお前が死なないようにするための訓練だからな」
「にしても急すぎるぜ、もう少し加減しろっての」
「そうこう言っている場合ではありません」
「うひゃあ!!」
背後から銀音さんの声が聞こえた。びっくりして全身が震えあがる。
「急に現れないでくださいよ、びっくりしておしっこ漏らすかと思った」
「品のないことを言わないでください、その程度で怯えていると実践だと膀胱ごと破裂していますよ」
「ひえっ!」
想像するだけで痛々しい。俺も勇気を持たなければ。
よく見れば銀音さんが制服でいる。かわいいが、なんで?
「てか、なんでここに銀音さんが?」
「紹介したい方がいます、呼び出されてもいるのでそのついでに有史さんも会っておいた方がいいかと」
「コルセルニ教会の人?」
「はい、所属は我々と同じです」
陽太郎が腕を組んで何か考えている。
「うーん、誰だ?」
「ディテクティブです」
「あ、あのおっさんか」
思い出したようにポンと掌にポンと拳を置く。
「どんな人なんだ?」
「フランクでいい人だ、自分がダメ人間だって自覚してくれてるから気兼ねなく話してくれるんだぜ」
「いい…人?」
ダメ人間と言う時点でいい予感はしない。
心構えは堅実に行こう。
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部室に一応顔を出してから学校を出る。
銀音さんは別に部員でもないので先に行くとのこと。
ああ、銀音さんと帰り道で駄弁りたかったな。
「そういえば、昨日の襲ってきたおっさんはどうなったんだ?」
あの殺人鬼に懸念を抱くのは癪だけどどうしても気になる。
学校に死体があったとかは聞いていないし、北川先生以外の話題で騒々しい話は聞いていない。
「あーあいつはこっちで回収したよ、日本支部に送って尋問するんだとさ」
「そうか、良かったぁ」
「自分が殺人者にならなくてってことか?」
妙に声色に真剣みがある。そっか、陽太郎は戦場を巡ってきたんだもんな。
殺しに臆する俺の姿を見てムカつきもするだろう。
「それもある、だけど会話できる存在が居なくなることに少し残念に思うというか」
「何言ってんだ?」
自分でも何を言っているのか分からない。
でも、安易に殺す選択をするのはなんか違うんだよな。
「平和ボケした日本人の誇りとでも言うべきか」
「…んまあ、お前はそれでいいや」
何かを諭そうとした陽太郎は諦めたようにして話を終わらせた。
もっと何か厳しいことを言われるかと思ったが、あっさりと引き下がってくれたな。
断頭台に上がるがごとくの覚悟は無駄になったようだ。
辛気臭い雑談をしていると目的の場所についたようで、陽太郎がある事務所の前で足を止めた。
「ここだ」
「…探偵?」
どこぞの小学生が出入りしていそうな事務所だ。
ただし1階は車が2台止まっている。
窓ガラスには『樋宮探偵事務所』と書いてあった。
「なんかワクワクするな!こういうところって入ったことないからさ」
「樋宮さんは態度こそあれだが、遊びじゃないことだけは胸に留めておけよ?」
「了解!」
勿論、エンタメ気分で連れてこられたわけではないのは自覚している。
しかし憧れとか偶像とかはそう褪せるものではなく、思う心は止められないだろう。
何、俺とて心持は立派な大人だ。内に秘めておくなど容易い容易い。
「あ」
「…」
事務所に入ろうと階段へ向かおうとすると、そこには小学生ぐらいの女の子が先にいた。
階段を上っていく、他に店があるわけではないので事務所に用があるのは確定だ。
だが探偵に用事などあんな小さな子があるわけがない。
つまり、事務所の、探偵の子ども。
「まさか漫画みたいな設定がこんな身近なところに」
「遊びじゃねえって言ったばっかだよな?あれ?俺言わなかったっけ?」
「今初めて聞いたわ」(大嘘)
「じゃあ気をつけろよ?というか俺はいいけどお前はどう対応されるか分かんねえからな、心しとけ」
陽太郎の言葉に、軟体動物のような俺の姿勢へ背骨を無理やりねじ込まれるように身が入った。
面識のない相手だ。心持ちは面接官を相手にしているときのように臨むべきか。
陽太郎が先行し、ドアを開けるとごたごたと口論が聞こえてきた。
「なんで教えてくれないの!?」
「何故教えなければならない?依頼でもないのに」
「お金ならある!」
「受け取らない、子供の金じゃあ到底払えない額だ、諦めろ」
先ほど入ってきた女の子と大人の男性の口喧嘩。
厳しい大人の論理に女の子はひどく拒絶されているようだ。
「お客さんが来た、帰りなさい、ん?」
そっと入室し、大人の姿を見た。
ブラインドを背にし配置された机、その椅子に座っている人物。髭を生やした濃い顔に鼠色のスーツ。
現代の探偵のイメージそのものの姿だった。
「帰りなさい」
「やだ!」
「では話は明日聞こう、今は帰れ、でなければ一生話は聞かん」
「…っ!」
女の子は少し怒った様子で俺たちを涙目でにらみつける。
そしてその勢いのまま外へ出て行った。
「お疲れ様です、樋宮探偵」
「ノックぐらいしろ、取り込み中だったらどうするんだ」
「あの子は娘さんですか?」
「いや、俺はそもそも独身だ、一度コルセルニに依頼された件でたまたま付きまとわれただけだ」
「あんな子供に付きまとわれる案件ってどんなのだよ、うらやま…いや何でもない」
陽太郎が何か口を滑らしたが聞かなかったことにしよう。
「で?そいつは誰だ?依頼人か?」
「うちの新人っす」
じっと探偵さんの視線が俺の方へ向いた。
気圧されて頭を下げる。
「は、初めまして、志木有史って言います」
「志木?」
俺の名字に突っかかった。やはり親父関連か。
「この時期に、志木の息子…」
「分かってると思うんすけど、こいつは親の企みに関しては何も知らない、私怨は無しっすよ」
「勿論だ、知っていたとしても今どうこうする気は無い、利用するだけ利用させてもらおうか」
じっと俺を睨む目、私怨が混じっているともいえる眼は俺にはとてつもないプレッシャーを感じた。誰かの人生が壊れたような、仇を見るかのような姿勢は本来俺に与えられるべきものか。
銀音さんと陽太郎、他の大人たちが優しすぎただけでこれがスタンダードだ。
「まあ座れ、立っているのもなんだ」
促され、俺たちは部屋の中心のローテーブルを囲って座る。うお、なんと柔らかいソファ。
「…」
「…」
沈黙が流れる。なんだ陽太郎まで黙って。
カタカタと奥の台所からの音が響く。しばらくすると奥から誰かが来た。
奥さんか?いやしかしこの人は独身と言っていたな。じゃあメイドさん?
「お待たせしました」
「ご苦労」
出てきたのは銀音さんだった。トレイにティーカップを乗せて運んできた。
そういや先に行ってるって言ってたな。メイドさんがいるとか考えて損した。
いや、メイドの銀音さんと言うのも…
「では本題に入ろう」
樋宮さんの一言でハッと我に返った。いつの間にか銀音さんも座っている。
おっと煩悩が入った、抑えろ抑えろ。
「先日、件の空間の発生が確認された、学校とはまた別のものだ」
緊張が走る。犯罪者たちがまた動いている事実に俺は少し鳥肌が立った。
「まだ学校の件も片付いてないんすよね」
「現時点では学校の方に動きはありません、調査ならできる余裕はあります」
学校の件って、北川先生も逃げて足取りのつかめない現状か。
そんなに仕事増やして大丈夫なのか?てか他人事ではないけど。
「ちなみにそれは俺にもできることなんですかね?」
「魔法に心得があればできることだ、やること自体に然程難度はない」
「ま、トラブルがあっても俺らが対処するから大丈夫だ、安心しな」
「…どの口が」
「ん?」
「なんでもありません」
堂々と胸を張る陽太郎に静かに悪態をつく銀音さん。助けて貰っている身で言うのもあれだが、確かに陽太郎の言葉に安心はできない。
「銀音さんがいれば安心ですね」
「俺は?」
「まあ、ニアリーイコールってことで」
「そりゃどういう意味だ」
陽太郎は相当な自信家だ。この自信が悪い方に振れたのが俺の扱いなわけで、銀音さんと同じようには見えない。
「現場は学校から離れた位置にあるコインランドリーだ」
樋宮さんが銀音さんにタブレットを渡し、銀音さんは俺たちに見やすいようにテーブルに置いた。
この位置は、うちの高校だと余裕で自転車通学を余儀なくされる距離か。
「どこに隠されているかは把握できないが、学校の方よりはまだ魔力が弱い、手遅れになる前に芽を摘んだ方がいいだろう」
俺たちは無言でうなずいた。事の重大さは身をもって知っている。
北川先生に受けた痛みが誰かに伝播する、そんな想像するとより一層やらなければならないという使命感に追われた気がした。
脅威に次ぐ脅威、休んでいる暇など作ってくれるような甘い相手ではない。そう構えた。
人物ノート⑥
石井 正
玲瓏高校1年生。文芸部員で図書委員。
何もかもが普通の基準で満たされているため、極端な周りに対して常識人らしい振舞いをする。
部内では一番真面目に取り組んでいるとのことで、次期部長に早々候補とされている。
あまりに平均的なスペックなので体も常に平衡なのでは?と解釈され水平器扱いされたこともある。