月の夜の円舞曲
日々の訓練は順調だ。
陽太郎に実践的なことは教えてもらい、座学は独学で、分からないことは銀音さんに教えてもらうようにして魔導の叡智を吸収していく。
魔術、魔法を使う際に必要なことは三つ。
一つは杖、魔導師の象徴たる杖は魔術を使用するための触媒であり、形はより自然で儀礼的なものが望ましい、らしい。
例えば、銃というより文明レベルの高いものと魔術師の杖とでは触媒としての適合レベルが違う。
物理的に戦えば銃が強いが、魔導の世界においては杖の方が有用だ。
実際に銃を使わせてもらい、杖と比べて試したところ、違いは大きく出た。
『ヴェスタ』、これは風で槍のような衝撃波を放つ魔術だ。
これを同じ距離で空き缶に向って放った結果、銃では缶を少しへこませる程度。
杖はスクラップ同然とばかりに中心から食い破り、破片を飛び散らせた。
この差は明確である。
二つ目は詠唱。どのような魔術を使うかを言葉で発し、顕現する。
基本的な魔術はラテン語で発するようだが、独自に体系が発達したりするとほかの言語でも発動できるようになるらしい。
現に陽太郎はドイツ語で魔術を扱っているようだ。
ただ共通して必要なのは「召喚」「付加」等の形式。
召喚は『ヴォカーレ』、「付加』は『ウェーレ』と詠唱の前に置くらしい。
つまり『ウェーレ・ヴェスタ』と唱えると杖に風の槍が纏いつくようになっている。
この辺は応用の幅は広そうだ。
最後三つめは発動する位置。俺たち人間は目をもってして魔導の力を発動させる位置を指定しているらしいが、その辺の感覚はまだつかみ切れていない。
ただ一つ確実なことは、魔術という暴力の塊を扱うときは相手をしっかり捉えろ、と言うことだ。
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『今夜8時、高校の校門まで来てください』
訓練で疲れ切った体をベットで休ませているとスマホにメールが届いた。銀音さんからだ。
デートのお誘いかな?と楽観的な想像をしつつも場所が学校、時刻が夜の時点でそんなわけないという否定が徐々に強くなっていく。
振り返って自分をアホだね、と小馬鹿にしたくなった。
時刻通りに走っていくと二つの人影があった。
銀音さんと陽太郎だった。案の定である。
「ごめーん!待った?」
「ぎりぎりだな」
「10分前には着いているのが基本です、気を付けてください」
魔術師は時間に厳しいようだ。まあ危険に身を投じるわけだしそうか。
デートなどとふざけた気分で来てはいけない。
…いや事前情報ぐらい教えてくれよ。
「それで、何やるんすか?」
「もちろん、対処です」
対処、即ちいつもの結界が張られる、その対処の意。
「え、この学校で?なんで?」
「今は人を待っています、来たらその疑問を含め簡易的な説明をします」
「当然、訓練なんかじゃないのは分かるな?」
「お、おお」
二人の目がいつになく真剣だ。いや銀音さんはいつも真剣か。
「有史さん、これを」
「あ、はい」
銀音さんから短冊みたいなものを渡された。
「これは?」
「簡易魔術です、札を張れば、張った対象に魔術が発動します」
「符術とも言う」
「それは転移魔術の札です。魔力を消費しないので、緊急時に使ってください」
保険、みたいなものか。一応取り出せるように尻ポケットに突っ込んでおく。
「あ、あと不要かもしんないけどお前用に作ってもらったぜ」
「うお!?」
陽太郎が放り投げた物を受け取る。
これは、ナイフ?鞘に彩られた豪奢な金の装飾に革のベルト、これは腕に通す大きさだ。
「結構拘りの作品らしいから大切に使えよ?」
「リアルに使う機会なんてあるのか?」
「使う機会はない方がいいです。あくまで用心のためと思ってください」
一応、右の二の腕に巻いておく。
確かに、俺みたいな素人が出るより銀音さんたちで対処できれば安全だよな。
校門を超えて侵入し、昇降口前に来る。
すると誰かの足音が聞こえてきた。校舎からつかつかと歩いてくる。
「ご苦労さん、コルセルニ教会諸君」
「結界はどうですか?」
「敵が出入りしている痕跡はいくらかある、清掃員に化けたり配達員に化けたりと、こそい真似をする」
出てきたのは教員、宇田先生だ。
暗闇だが、ちゃんとわかる。
向こうも俺に気づいたようでこちらを向いた。
「お前は…俺の授業の時は決まって寝ている常習犯こと志木か?」
「大体の授業で寝ています!抜かりはありません!」
「抜かりしかねえよ」
良かった、ちゃんと宇田先生だ。まさか銀音さんとよくわからない話をしているときは誰かと思ったが、普通の先生だ。
「こいつを連れて行くのか?不安だが」
「はい、彼の父親が原因である限りはこの因果を逃れる方法はありません」
俺の様子を見て不安を覚えているようだが、無理もないか。
昨日まで普通の教え子だと思っていた子供がこうして奇妙な戦火に巻き込まれているのだから。
「まぁかしておいてくださいよぉ!俺がいる限りはこいつは絶対死なないんで!」
横から俺に肩組しつつ言う陽太郎、変わらずフランクなやつだと思いつつも頼れる先輩だと思う。
「そうか、ならいいが…」と不安を払拭している体で宇田先生は脱線した話を戻す。
「俺の調べたところによると、奴らの荷物は赤3、即ちスカーレット級宛の荷物だった」
「スカーレット級…!?」
銀音さんが怪訝な顔つきになる。
「なるほどな、他には?」
「後は普通か、それ以下の魔術師宛の荷物だったな」
「OK、音っち、分かってるよな?」
「…ええ、私がスカーレット級の相手をします、相手は恐らく『フェニックス』ですから」
フェニックス、なんか強そうな名前だけど…。
「俺は把握しておくべきかな?そのスカーレット級?とか言うの」
「…マジ?」
「…」
俺の問いに二人とも信じられないといった反応を示した。
場が凍り付いたように硬直する。うう、銀音さんのため息がつらい。
「魔術指南書と共にコルセルニ教会用語集はお渡ししたはずですが?」
「え、あれ全部覚えるの?」
「当たり前です!学業とは違います!これは自分の身を守るために必要なのですよ!」
銀音さんはかち切れだった。宇田先生は横でぼりぼり頭を掻いているし、擁護してくれそうもない。そんな中で陽太郎が言った。
「しゃーねえ、御守りは俺に任せとけ」
「…大丈夫なのですか?」
「フェニックスを引き付けてりゃ後は大した奴らじゃねえ、『アガリタスク』だけは要注意だな」
何言っているかわからんが、取りあえず陽太郎についていけばいいのだと分かった。
「そんなところか、後は、お前たち次第だ」
「任せといてくださいよ先生」
「いやに気楽だな転校生」
「ま、並みの魔術師よりは強い自信があるんで」
すげえ余裕だ、こっちまで安心感が伝わる。
「…悪いな、お前たちにこんな仕事を押し付けて、本来大人がすべきことだろうが…」
宇田先生は改まって言う。
その瞬間に、世界が変わる感覚が来た。
「!?」
「…来ました」
「さあて本番だ」
宇田先生は言いかけた言葉を最後まで言えずに消えた。
世界が、変わったのだ。
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校門より外は出られないようになっていた。触れても硬い壁がそこにあるような質感。
透明なのに外へ出られない違和感は動物園の檻に閉じ込められた気分だ。
「敷地内ぴったりに張られているな、人為的なものには間違いない」
「それは今更の話です、確認するまでもないでしょう」
「こういう確認こそ音っちのうるさい確認が必要なんじゃないの?」
「自然にできた結界ならば杞憂で終わるだけです、しかしそうでないのなら、何者かの意図が含まれていたのだとすると危険度は断然違います」
「用心に越したことはない、ってことっすね
「はあ、めんどくせーな、集団行動は」
一人気だるげに肩を回す陽太郎。
やっぱりソロが好きなのか。
「有史、俺チーム戦とか共同戦線とか張ったことないから荒っぽくなるけど勘弁な?」
「お、おお、なるほど、巻き込まれるよなって意味な!」
「いや、護衛とかはやったことあるからそんな天災みたいな認識は違う」
違うんかい!てっきり必殺技で爆発でもするのかと思ったわ。
「ただな、邪魔だけはすんじゃねえぞ」
その一言は一際凄みを帯びていた。絶対のタブーのような言い様だ。
「魔力を感知しました、フェニックス、近づいています、陽太郎、手筈通りに」
「了解!ザコ狩りなら任せろ!」
その台詞にプライドはあるのかと疑わしかったが、あのフェニックスと言う人物以外は特段強いというわけではないそうだ。
出現の予感がする校舎の向こう側、赤く夜空を彩ったかと思いきや、瞬時に銀音さんが飛び出した。
鎌で刈り取るようにして一瞬見えた影をかっさらっていったのだ。
「さて新人、校舎へ逃げ込めぇ!」
「だあああ!!」
陽太郎に促されるまま、即座に走り出した。
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暗い校内は不気味ではあったものの、洞窟を歩くようで少しわくわくしていた。
自信のみの危険が迫っているというのに、我ながら気楽なもんだ。
それもこれも陽太郎が隣にいるおかげだろうか。俺が女の子だったら惚れているところだ。
下駄箱から中央階段の手前まで来る。
ここからは右へ行けばクラス教室のある南校舎、左へ行けば特別教室のある北校舎だ。
一階のガラス戸からは二つの校舎の間にある中庭へ行ける。敵を探すなら候補はこれぐらい、あとは体育館か。
「敵の気配が感じられんな」
「え、それってやっぱただ者じゃないのか?」
「それほど弱いってことだよ、探れないほど魔力とか俺のレベルじゃねえ、これならお前ひとりでもやっていけるんじゃねえか?」
「そんな無茶な…」
「謙遜すんなって」
「…それ、俺を持ち上げてる?」
「…んまあそんじょそこらの奴らとは違うとは思ってるぜ」
そりゃ君らの世界の大戦犯の息子だから違うでしょうよ。
「確かに持ち上げ過ぎたな、お前が低級魔術師を相手にして死ぬ確率はやはり高い」
「やっぱり」
「だが、それは俺との訓練がなければの話だ」
活き活きと自慢げに話す陽太郎。
即ち今の俺は…
「俺が役に立たないことを教えた覚えはねえ、あとはお前次第だ」
この校舎にいる奴らに、勝てる!
「先行していいってことだな?」
「おう!」
「よっしゃ!」
俺はクラス教室の方へ走っていった。殺意が巣食う、暗い闇の中へと。
と、俺は蔭へと踏み入る前に足に急ブレーキをかけた。
「怖くなっちゃった…」
あまりに感覚がマヒしていたが怖いものは怖い。
滲み出す恐怖心に俺は気づいてしまった。後ろを振り向くが、そこに陽太郎はいない。
すっかりいない、まるで俺を見捨てたように。
「うおおおおおおい!!」
保護者を見失った迷子のように昇降口の方を探すが、いない。
マジで一人にする奴があるか!
俺は特別教室側へ走っていった。
同じ失敗は繰り返さない、そう決めていたが。
陽太郎がどこかへ言ったらどうしようもないじゃないか。
待てよ?これはチャンスかもしれない。
俺は足を止めた。ここで戦績を上げることはプラスだ。
思い上がりかもしれないけど、陽太郎が俺からは目を離したってことは期待してるってことだと思う。憶測で動くのは危険だが、実際行動しなければ始まらない。
かと言って、シーンと静まり切った校舎をうろつくのは中々ハードルが高い。
単純に俺がビビりなだけなんだが。
たじろんでいると後ろからパリンとガラスが割れる音がした。
「な、なんだぁ!?」
振り向くと、ガラス戸を突き破って侵入してきた不審者がいた。広義では俺も不審者だが。
「へへへっ、弱そうな奴がいるじゃねえか、新しい力を試すにはもってこいか」
弱そうなおっさんに弱そうと言われた。まあ俺と同レベルっぽいが。
だからこそ油断はしない。俺は空に剣を握る動作をして得物を出現させた。
「そっくりそのまま、返させてもらうぜ、アンタより夜の校舎の雰囲気の方が怖い」
「ああ?粋がるなよ小僧が、てめえみたいなのは一生怯えて頭を垂れてりゃいいんだ」
うわー、嫌なタイプのおっさんだ。公共の場で遭いたくないタイプだ。
おっさんは手に持つナイフを俺に向けた。
「死ねや『イニエシオ』!」
「うわ!?」
向けたナイフの刃をスペツナズナイフのようにそのまま飛ばしてきた。
剣を盾にして防ぐ。
「ほお…防ぐとは、中々だな」
「防いだだけで賞賛とかどんだけその技に自信あんだよ」
「これを喰らって生きてたやつはいないからなぁ、まあそれだけだが」
おっさんは走り出し、距離を詰めてきた。
だが奴の手のナイフの刃はもう無いはず…
「はぁ!?」
だがナイフの刃はあった。どこから生えたのか。
「死ねヤァ!!」
勿論防ぐ準備はしていた。刃は無くとも殴打として柄を使われる。
だが殺傷力としては刃があったときの方が上、端的に言えば舐めていた。
結果、俺は剣で刃を逸らしたはいいものの、二の腕を掠めてしまった。
「いったっ!」
「おらぁ!」
がら空きになった反対側におっさんの拳が放たれた。
俺はそれを、腹で受け止めた。衝撃で後ろへ吹き飛ばされる。
「効いたか?効いただろ、場数がちげえんだよ」
「うお…」
腹を抑えてうめく。ダイレクトに当たったな。
「痛いか?そのまま殺して楽にさせてやるよ、ハハぁ!」
再び放たれるナイフの刃。その寸前のところで理解した。
青い光、それが魔術の刃であること。
迫りくる青い刃、その刹那、俺は手で受け止めようとかざした。
「『ネガシオ』」
受け止めてその刃を弾いた。空に舞った刃は溶け込むようにして消える。
「なっ!?」
「アンタがどれだけ殺してるか知らねえけどよ…」
俺は剣を握りなおす。切るべき相手を正面に据え、構える。突きを放つ姿勢で。
「こちとら魔術のプロに手取り足取りみっちり教えてもらってんだよ!!『ヴェスタ』!」
突きを放つ。衝撃波を槍状に形成し、飛び道具のように進撃した。
風の槍は不審者の男の脇腹をえぐり、負傷させる。
この感覚…罪悪感!?
赤い血が俺の良心をひどく刺激する。
俺は初めて、自分の意思で人を傷つけた。
「…あ?」
「バカかよ」
と、勝手に思っていた。
次の瞬間には青い刃が俺の脛を突き刺していた。
「がぁ!?」
ここでなんとびっくり、このおっさんに対する罪悪感はすっぱりと消えていた。
「『イニエシオ』!」
反射的に怒りが吹き出し、手に持つ剣が柄頭にブースターが取り付けられたかのように勢いよく飛んで行った。
「がっ!」
剣はおっさんの肩へ突き刺さった、殺しかねない勢いで。
そのまま肩ごと吹き飛ばして腕を欠損させてやろうかと思ったが刺さるだけにとどまった。
「『レディトス』!」
手元に戻る魔術を唱え、剣は柄の中腹を俺の掌に合わせた位置に来る。
おお、初めて使ったけどすごい便利だ。
倒れたおっさんへ向き直す。
「殺してやろうかと思ったけど、やっぱりてめえと一緒になるのは嫌だね」
「…ちっ」
悔し気に悪態をつくおっさん。持っていたナイフはさっきの一撃で手放したようで離れて転がっている。ざまあみやがれ。
原もえぐっているしここから逃げられるようには思えない。抵抗手段もないだろう。
俺は倒れたおっさんに剣を向ける。
「『リガレ』」
「ぬがっ!?」
拘束の魔術を唱えて光の縄で縛った。
念のためだ。このままこいつを裁くべき場所で捌いてもらおう。魚みたいに三枚に下ろしてもらおう。
「いでぇ、いでぇよぉ、ち、血が出てるじゃねえか…」
呻くおっさん、見ると血だまりのようなものが床に広がっている。
俺がヴェスタで風の斬撃を飛ばした時のあの傷か。
確かに手ごたえがあったが、ここまでの威力が出ていたとは。
回復魔術を掛けてやるべきだろうか?
いや、わざわざこんなやつにかけてやる必要なんか…
「こ、このままじゃ俺は死んじまう、お前も俺と同じ殺人鬼になるんだ…!」
「…」
少し考えた。見捨てるべきか、否か。
そこで唐突に後ろから肩へ何かが突き刺さった。
「…ヴぇるぐ」
「…な、んだ?」
唐突な肩の痛みに片膝をついた。矢だ、矢が刺さっている。
魔術によるもののようで、矢は光になって消える。そして俺の肩を抉った痕だけが残った。
撃ってきたのは、中央階段にいる巨体の男。
黒衣を纏い、フードを被っている。だがその下は包帯でグルグル巻きになっていることと、嘴のような生物的な突起があるように見える。
そして、手の指先は俺を指している。あれから出てきたのがさっきの矢か。
「がまーふら、イズだ、ヴぇれ」
何を言っているかわからん、だが敵であることには変わりない。
複数の敵、陽太郎がいない中、そんなに相手をしろって?無茶だ。
「がべ」
「『レクペレシオ』…無茶かな?」
矢による傷を魔法で治す。矢は魔術だったようだ。
本当に?自分に問いかける。一見して無茶だと決めつけた、いわゆる偏見ってやつじゃないか?自分の限界を知らないんじゃないか?
「…ヴぇすた」
「やるしかねえよな!」
選択肢はない。相手が攻撃してくるというのなら、迎え撃つだけ。
『ヴェスタ』の速さは出始めこそ速いが、魔術で顕現した風をしっかりと見れば避けられるレベルだ。
そう、ドッヂボールでちょっと速いボールを投げるやつ程度には。
中央階段を正面に据え、刃を巨体の男に剣を向ける。
「へ、昔からボールを避けるのは得意だったんだぜ」
「がぇ」
まともな返答はない。果たして人なのか、それとも『召喚獣』と言うやつか?
「が、ヴぉかれ」
巨体の男の足元に魔方陣が現れ、大剣の柄がぬっと出てきた。
無意味に発している狂人かと思っていたが、魔術を発動する詠唱なのだろうか。
というかさっき『ヴェスタ』を発動したんだから詠唱に決まっている。
じゃあさっきから何の詠唱をしてんだ?
「カジェ」
「『ヴェスタ』!」
何がどうあれ仕掛けてくる前に倒す。召喚獣なら手加減不要だ。
発動した『ヴェスタ』は巨体へ向って行くが、当たりはしたものの外傷はつけられず。
壁に向かって蹴りを入れている気分だ。
だが勝機が見えないことに無力感を感じてはいけない。何事も一歩一歩。
効かないのなら手を変え、技を変え、と活路を見出すことから始めるんだ。
「だったらもうてめえに直接ぶち込んでやるぜ!『ウェーレ・フランマ』!」
炎の魔術を剣に纏わせ、たたっ切る。
「であっ!」
「バルぞ」
「何ぃ!?」
普通に手で受け止められた。まあ目に見えていたけど。
ボリボリと巨人が刃を撫でる。余裕ぶりやがって…
「なんちゃって」
俺は尻ポケットから銀音さんから渡された札を巨人の額に叩きつけた。
「グルぞ」
「ここじゃ狭すぎる」
そうして俺は札を使った魔術『符術』を発動させた。
「付き合ってもらうぜ」
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校門付近、屋内と変わらない風の流れにここが結界内であることを実感する。
夏場とか絶対に暑い。炎の魔法とかぶっ放されると熱さで死ぬんじゃないだろうか?
なんてどうでもいいことを考えながら俺は剣を手放し巨人から距離をとった。
校門を背にする。ワープしても未だに剣を掴んだままで取り戻せそうにない。
やはり化け物か。ならば握る拳に力が入るというものだ。
「レディトス!」
剣が手元に戻った。巨人は剣の無くなった手を不思議そうに見てから俺へ向き直る。
「グァエ」
大剣を構えて戦闘モードだ。さて、正面から行くのは当然死ぬだろう。
ならば接近戦はやめて飛び道具を使う。ヴェスタか、上手くいくか分からないあの魔術を使うか。ま、どっちも使うんですけど。
「ヴェスタ!」
勢いよく放った風の槍は大剣で防がれる。
「ヴェスタ!ヴェスタ!ヴェスタ!」
いずれも弾かれ、弾かれ、弾かれる。だとすれば今思いつく手段は
「ナーゲル!」
陽太郎の使っていた魔術を使ってみる。果たして俺に使えるかどうか分からない賭けだったが、杞憂に終わった。魔法陣が展開し、無事発動に成功する。
「よっしゃ…」
と喜んだが、なんか思ってたんと違う。
魔法陣からは人ではない爬虫類のような巨大な腕が突き出た。その爪が巨人を切り裂く。
「…あれ?」
確か陽太郎の使った時は爪みたいなのを飛ばす魔術だと思ったんだけど。
「ご、ゴレナ」
だがチャンスだ。発する声も途切れ途切れでままならないようだし、これ以上何かされる前にぶっ倒してやる。
「ナー…」
と、意気込んだが、ごっそりやる気が抜け落ち、詠唱は失敗。
疲れたわけでもない、何か、足りない。
「なー・・・ゲル」
発声はできても何も起こらない。
何だこの違和感は?
夢の中で行動を制限されているような感覚だ。これは、魔力切れ?
「『インクリメンタム』!」
ならば別の魔術をと詠唱する。
腕を伸ばした。比喩的表現ではなく実際に、某人気漫画のような伸びっぷりで。
腕が被害にあうのはまずいが、ヴェスタが効かない以上他に手はない
腕の一本くらい、安いもんさ!
「『イグニス』」
とふざけているとすごい炎の魔術を放ってきた。
炎の魔術の最大級、ゲームなんかでも聞いたことがあるあの魔術。
直撃したら確実に死、そんなことは分かっている。
「『スキャンデレ』!」
腕は螺旋を描き、炎を取り巻くようにして避ける。
そして本体の俺だが、このまま避けたら作った螺旋の腕ごと動くので焼き切れてしまう。
現状、テレビのコードみたいになっている。
腕も少しでも動かしたら炎に触れることになる、ならば。
「『インモビレイゼーション』!インクリメンタム」
腕を固定化し、さらにそこから腕を伸ばしながら移動した。
そうすれば炎の通り道を彩るだけで何の被害もなく、綺麗に避けられる。
魔術も俺の予想通りに働き、ついに巨人の首元に刃先を突き付けた。だが…
「き、斬れねえ…」
切れ味が足りない。刀じゃないんだ、数回斬れば、切れ味が落ちる。
あれ?まともに斬ったっけ?杖としか扱っていないような…
あ、そういえば掴まれてた!ボリボリ刃をそぎ落とされてた!
つまり今のこの剣はナマクラ、鈍器として活用するにも軽すぎる。
腕を元に戻し、刃に手を当てて切れ味を確認する。
錆びついた鉄パイプのような質感、こんなものでは斬れやしないのも納得だ。
「なら、切れ味を上げればいい!」
即座に行動を決め、駆けだした。巨人の首へ。
対する巨人は大剣を突き付け、詠唱を開始。
「フルべれすク、ぺーれ、Дナ」
「ネガシオ!」
俺は魔法を盾にするようにして巨人の魔術に対抗しようとした。
だが魔術は発動しない。いつ発動するかタイミングがつかめない。
地面が盛り上がり、俺はそれを避ける。
「ウェーレ!ネガシオ!」
避けきれないものでも盛り上がりの予兆の時点で現象停止の魔法を足裏に纏う。
足元に地面盛り上げの魔術を停止させながら駆け続ける。
足裏に地面が若干盛り上がってから現象が停止するため、そこを蹴って良い感じに加速できる。
「うおおおおお!!」
接近、と言うか加速しすぎて止まれない。巨人も大剣を構えている。
このままでは俺の剣とのぶつけあいですごい反動が来るだろう「
手がジーンってなるどころじゃない。最悪折れるんじゃないか?
ならば切れ味を上げたい、切れ味を上げる魔術なんてのはないが一か八かだ。
「『ミスキャンサス』!」
俺の知識を総動員し、切れ味を上げるイメージを作り上げる。
ミスキャンサス、ススキは植物では切れるイメージだ。
それを拡大解釈し、叩きつける。
対抗する巨人の大剣ごと、たたっ切る!
「えっ!?」
そのイメージは収まるところを知らず、大剣のみならず巨人の頭ごと斜めに斬ってしまった。
「…あ」
ふと思ったが、俺は植物との相性がいいようだ。
知識があるというのもあるが、何よりイメージのしやすさが段違い。
土いじりしてきたかいがあるというものだ。
「ふぅ…」
一息ついて戦果の巨人の死体を見る。
血こそ出ないものの、断面は生物のそれだ。
グロテスクだ。あまり見たいものではない。
それに斬る感触も、好みじゃない。
争いに参加しなきゃよかったという後悔も残るが、これも父さんの責任を全うするため。
今更後になんて退けないな。
グラウンドの方では爆音が鳴り響いている。
銀音さんが戦っているんだ。
加勢に行った方が…いや、やめよう。
この爆音と光、火器で撃ち合いでもしているような圧迫感、俺はついていけなさそうだ。
却って足手まといか。大人しく陽太郎についていこう。
で、陽太郎はどこへ行った?
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有史が走り出し、そして黒い闇に飲まれるまでの一連を、陽太郎は抵抗する暇もなかった。
「!?」
転移魔術、有史を別の空間へ追いやり、分断されてしまった。
こうも簡単に敵の術中に嵌まってしまう自分に驚く。
陽太郎自身は何も危機感は無かった。
魔力が感じられない、つまり低級魔術師しかいないと思っているからだ。完全な油断だ。
「…まさかそういう裏を突いてくるとはな」
「経験不足のルーキーかい?こんな基本にまんまと嵌まるとは驚きだよ」
陽太郎は声の聞こえた方へ大剣を振るい上げる。
空を切った大剣が地面に垂直になると同時に天井が轟音を立てて土煙を上げた。
砕けた跡の残る天井に異変はない。落ちた砂塵もいたって普通の石膏だ。
「基本がなってないよ?」
「平和ボケした国での戦い方は慣れてなくてな、特にこういった屋内は…」
姿の視認できない敵との問答を終わらせるために、陽太郎は指を鳴らす。
途端、校舎の天井を破壊される。何かが落下地点を中心に周囲を蹂躙し、外とつながる開けた場を形成した。
月の光で照らされたその何かのフォルムは正にファンタジー世界の象徴である生物。
「俺閉所恐怖症だからさ、ついぶっ壊しちゃうんだよね」
ドラゴンの召喚、それによって陽太郎は現状を打破した。
相手の一方的なアドバンテージを崩し、自分の有利な地形で戦う。
それが彼の戦闘スタイルだった。
崩れた学校の廊下は遮蔽などない。陽太郎の周囲にポツンと人が立っていた。
「さあて、観念して腹くくれ!」
「力任せで僕を殺す気かい?」
隠れていた敵を見るや否や大剣を振りかぶって接近する。
「『ワーフェン・フラーム』」
「『ヴォカーレ・ドラグノイド』」
互いに小言のような詠唱、しかし顕現したのは壮大な光景だった。
竜が敵へ炎を吐き、敵もまた魔法陣を二つ前方へ出した。
炎は魔法陣によって防がれるように、敵へとは届かなかった。
魔法陣に魔術や実体に干渉する力はない。
あくまで魔術や魔法の兆候、ただのエフェクトだ。
魔法陣から現れたのは、盾を持ったトカゲ男、竜人ドラグノイドだ。
「ち、面倒な真似を」
「同族同士で潰し合え」
敵、竜人の召喚士は見下すように吐き捨てた。
竜人の持つタワーシールド、炎を防ぐ大盾は突破するのに困難を極めるだろう。
単純な力押しをするにも相手は竜の同族、果たして押し合いで勝てるか。
「竜人が1だとすると、うちのかわいこちゃんが2、単純計算で俺が加われば圧倒できるな」
「算数は苦手なのかい?『サクスム』」
竜人の後方で構えていた召喚士が杖を振るう。
すると陽太郎へ向かって岩が投げつけられた。
ピンポイントに狙われるが、陽太郎は大剣一振りで一蹴する。
「何?仲間に入れてほしいわけ?お前なんて誤差だよ誤差、ナーゲル!」
気楽に言葉を返しながら攻撃を返す陽太郎。
まるでテニスでもしているかのような余裕だ。
「ネガシオ」
召喚士が杖を振るうと、杖の全身の軌跡がカーテンのように翻った。
ナーゲルで放たれた数本の爪はそのカーテンに当たって弾かれる。
光のカーテンには魔法陣が刻まれていた。
「可視化してくれるとは親切だなおい」
「僕もあまり使い慣れていないからね、それぐらいのハンデはあげるよ」
「せいぜい気張ってろよ!」
陽太郎は挑発に乗るようにして竜人に真っ向から駆けていった。
命知らずの特攻、竜人に果敢に挑んでいく様は敵側からすれば蛮勇、愚行と侮りの言葉を送られるだろう。
だが、敵は知らない。陽太郎の正体を。
「『エラスティシタス』!」
魔術を唱えながら駆けてくる陽太郎、迎え撃とうと二体の竜人は得物、湾刀を手に構える。
だが陽太郎は跳躍し、大剣を竜人二体に対して押し付けるようにぶつけた。
陽太郎の大剣は弾力を帯びており、竜人たちの力を受けて陽太郎ごとバネのように跳ねる。
そう、竜人たちを飛び越えて、召喚士の前へと出たのだ。
「タイマンから逃げんなよへたれ野郎!」
「うひー、怖いもの知らずかい?」
陽太郎に対して皮肉じみた感動を口にする召喚士。完全に竜人をいなしたと見えているようだ。竜人を超えたからと言っても背には竜人、振り返って剣を振られれば、ただじゃすまない。
「おいおい、ただの竜使いと思ってんじゃないだろうな?」
実際、陽太郎の背後に1体の竜人が迫ってくる。
その湾刀が振るわれるところで陽太郎は大剣を背へと回す。
湾刀と大剣がかち合った。
竜人と陽太郎の力比べ。人間である陽太郎は圧倒的に不利である。
それは陽太郎自身もわかっていたことだが、その笑みは崩れない。
「たかが一撃程度、防げるないはずがねえ」
「でも僕の攻撃は防げない、終わりだね『アクス』」
召喚士は空に針を生成し、陽太郎へ投げつける。
鎧も何もない人間の陽太郎にはそれを防ぐ術は皆無だ。
ただ見たまま判断するならば。
だが針は弾かれた。
陽太郎の腹部に当たって鉄の音を響かせて転がった。
「…あれ?」
「でぇい!」
竜人の一撃に手いっぱいだった陽太郎がその機を待っていたかのように動き出した。
あえて竜人に圧し負けることによって押し出され、召喚士との距離を詰める。
「終わりなのはてめえだ!」
「なっ!?」
召喚士の顔面へ目掛けて陽太郎のハイキックが炸裂する。
大剣は使えない。すぐさま追撃を仕掛けてくる竜人に対応するためだ。
「ごっ、ぐぐ」
「ち、まだ意識があるのか」
とどめを刺そうにも竜人を防ぐ手は空けられない。
竜人も召喚士に手を出されたら同じように陽太郎とつば競り合いはしていられない。
全力で潰しにかかってくるだろう。
「がっ、ヴォカーレ・アルミラージ!」
召喚士は角の生えたウサギを召喚した。
体を掴むとすぐさま走り出し、その場を去った。
脱兎のごとく、というより脱兎そのものだった。
「やべっ、任務失敗はシャレにならねえ!」
一旦大剣を捨てて追い始める陽太郎。
竜人はその背に湾刀の一撃を入れようとしたところで、地面に伏した。
振り返るとそこには自身を抑えるドラゴンの前足。相手をしていたはずのもう一人の竜人といえば、ドラゴンの口の中へ入っていく下半身がそれだろう。
そのまま餌食となるのは、もはや当然の帰結だ。
戦闘は逃走劇へと変わり、陽太郎は召喚士を追いかける羽目となった。
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校庭にて、激しい戦闘が繰り広げられていた。
炎の鳥を纏った女性が、空中から地上の銀音へ無数の火球を投げつける。
「そらっ!」
「『ネガシオ』」
銀音が魔法で対処する。一言で全ての火球を弾いた。
だが攻勢に回ろうにも火球の対処に忙しない。
「ヴェントス・フーヌス!」
「『レピュディアシオ』!」
魔術を発しようとも発動する前に強力な魔法で止められる。
炎を纏う敵・フェニックスは容赦がない。
だが、徹底しすぎて何か怖れているようにも見える。
反撃されることが、ひどく痛手に感じているのか。
「『セプルトゥラ』!」
「させるか!」
魔術と共に鎌を振ろうとする銀音に、フェニックスは鎖のような炎の尾を振り、絡みつかせる。
絡みついた尾はトカゲのように自切し、新たな尾を生やす。
銀音の魔術は発生するも、盛り上がった地面はフェニックスに当たらない。
対等な戦闘には発展させたくないような、もどかしい防戦だ。
(死角から一撃、発動できれば…)
単純に魔術の発動を成功させれば有利になる。
たった一つでも発動させれば、そんな思考を巡らすも思うようにいかない。
フェニックスが両腕を合わせ、掌から魔法陣を展開させる。
「『フランマ・マグナ』!」
「『ディフェンシオ』」
強力な火球の魔術に、球状の魔法で防ぐ。
「『コンティーヌス』!」
追加詠唱で火球を吐き出し続ける。
銀音は一度距離を取り、すかさず魔術を発動させる。
「ヴェスタ!」
風の槍を発動させ、フェニックスへ放つ。
防御されるのは目に見えた結果だ、だが…
「!?」
フェニックスが魔法を使うことなく風の槍は消失した。
誰かに妨害された。直感で周りを見渡す銀音。
「だぁああああ!!」
その隙にフェニックスが突撃、赤熱の刃を足先に蹴りを繰り出す。
「っ!!」
その鋭い弾丸のような速さの一撃を、いなした。
「なにぃ!?」
的確に鎌の刃をフェニックスの足の側面に当て、斬り落とす勢いで払った。
フェニックスは放物線を描き上昇、銀音と向き直る。
足は切断は斬れていないものの、脹脛から出血していた。
「ぐぅ!」
フェニックスは傷口を焼いて止血する。
その手当に集中している隙を突き、銀音は校舎の方へ魔術を放った。
「ヴェスタ」
だが視線はフェニックスに向けたままだ。鎌の柄込みだけを校舎へ向けている。
投げやりの当てずっぽうのようにも見える姿勢。しかし、フェニックスは狼狽えた。
「げっ!」
風の槍が捉えたのは一人の男。暗い中、遠目に見れば校舎を彩る装飾にも見えるそれの正体を見破り、穿った。
青白い魔法陣が一瞬だけ光り、爆風が起きると男の姿は消えた。
「これで対等です」
「くっ!このぉ!!」
フェニックスは周囲の大気を集める。魔法陣を背に大技の気配が漂う。
乾燥した空気、吸うだけで咳き込みそうな空気の変わりようには生々しい炎の予感。
「『フェニックス・フランマ』!」
絶大、神々しい大火がグラウンドを焼く。
無差別にばら撒かれた火の粉が地面に着いては跳ね、騒ぎ立てる。
そんな中に銀音は向かい合う様にして立っている。
白いドレスが黒くなっていく。が、それは火による焦げ付きではない。
髪と共に袖、スカートの裾、襟、ドレスの全ての端から黒ずんでいく。
「容赦はしなくていいですね、ようやく全力が出せる」
「っ!!」
猛火した全体の火の勢いが、若干フェニックスに吸い取られるかのように弱まる。
全身が黒く染まった銀音は赤い目を光らせ、空中のフェニックスへ黒い一撃を放った。
「ぐぅ!!」
炎を結晶化したような盾でフェニックスは黒い一撃を受けた。
上空へ落とされるような勢いで圧される。
何とか学校の敷地内の際に留まり、姿勢を安定させた。
が、銀音は眼前にまで迫っていた。
「!?」
「『インテリトゥス』」
鎌の刃ではなく、峰をフェニックスへ押し付け、魔法を発動した。
途端、炎が強風に吹かれ全て鎮火する。
フェニックスの纏う炎も消え、宙から落ちて地面へと衝突。
銀音は悠々と地面に着地、地面に倒れ伏すフェニックス、だった女を見下ろす。
完全なる銀音の圧勝だった。
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召喚獣らしき巨人を何とか倒し、お手すきになっちゃったので校舎の陰からグランドをそっと覗く。
絶賛戦闘中の銀音さん、炎の鳥みたいな奴に苦戦、と言うよりも攻勢に回れない様子だ。
…まさか負ける、なんてことはないよな?どうも変に最悪な事態を考えてしまう。
ただ自分にできることは今のところは何もない。せいぜい陽太郎と合流することが最善だ。
そう思案したところで校舎の方に衝突音が響いた。
ヴェスタ、だが俺が放つものとは威力がまるで違う。
続いて何かが落下した音、若干の地響きがアスファルトを伝う。
落下位置はおおよそグラウンドに対し、校舎を隔てたところ。
簡潔に言えば俺の近く、振り向いた曲がり角の先。
恐る恐る覗く。
そこには、見知った顔の人物がいた。
「…北川先生?」
紛れもなく、うちの国語教師だった。
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北川先生と言えば無愛想だがさりげない生徒への優しさを感じられると評判だった。
分からないことは何度も徹底して説明してくれるし、授業終わり前に質問タイムを設けてくれる。テスト期間になると放課後も専ら生徒の質問に答えている人気者だった。
「…志木か」
北川先生は落ち着いた様子で俺を視認する。
動揺した様子もない、まるで俺がここにいることが分かっていたかのように。
…よく見れば袖が破れている。何が起こったのか。
「この件からは手を退け、お前の身柄だけは保証してやろう」
「…そんなんに乗ると思いますか?」
無知な人間に対する常套句だ。だからこそ、これには怯まない。
「アンタたちを放っておくと、ディストピアが形成されるらしいんでね」
俺は剣を先生へ向ける。先生はため息をつきながらメガネをクイッと位置直しして得物を持つ手で拳を俺に向けた。
「手加減は、できないぞ」
「してもらうつもりもないっす」
してもらえたらそれはそれで嬉しいけどな。
剣を構える。
北川先生も得物を構える。
「ん?そ、それは…!」
「気づいたか」
先生の手に持つあれは両刃剣、双刃剣とか言われてるやつ。
その中でもナイフを二つくっつけている物を俺は知っている。
「は、ハランデイ」
「ハラディだ」
多分、一番ロマンがありかつ、実用性の低い武器だ。
剣のリーチが長かったのなら大群相手に無双できそうな雰囲気はするが…
ナイフでは話にならない。
「そんなんで俺を倒せるとでも?」
「志木、お前は魔術の何たるかを知らない」
クルクルと俺へ向けてハラディを回す。
刃を向けるわけでもない。ビームでも出すのか?
だが、得物でアドバンテージをとっているのなら、挑みやすいというものだ。
「ヴェスタ!」
魔術を放とうと詠唱するが、発動しない。
「!?」
「だから言った、お前は何も知らない」
先生は未だクルクルと回している。
刃先は、青白く光り円を描いている。
「だがそれでいい、知らない方が、きっとな」
その軌跡は刃先から炎のように燃え上がり、日輪くぐりの輪のように見えてきた。
「何も知るな、お前の地獄はほんの一瞬、この炎で終わる」
その魔術の一連の動作を見ていた。
警戒は解いていない。魔法の展開の準備もしている。そのはずなのに。
「ん?」
目が、熱くなった。目頭が熱くなったんじゃない、目が熱いんだ。
「がっ!?」
花粉症になったときの火でないぐらい、目を取り出したくなる。
瞼を閉じても消えない。じりじりと俺の感覚が焼ける痛みに支配されていく。
「があああああああああ!!」
俺は痛みに悶えてのたうち回るしかなかった。
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北川菊也は目を伏せる。焼け死ぬ生徒の姿を見たくないという良心は残っていたのか。
せめてもの情けを掛けたつもりだが、いざその場面を見てみると心苦しいものだ。
その苦しみに苛まれているとハッと目を見開いた。
電波を受信したかのように、校舎の方をじっと見ている。
北川はその場から去る。苦しむ生徒を背にして、見捨てるように。
そして向かった先は、非常口。
通称裏口とも言われるそこへ向かい、タイミングを見計らって走り出していた。
出てきたのは、陽太郎と戦っていた召喚士だった。
「ヴォカーレ!ワイバーン!」
詠唱を口にしながら飛び出してくると召喚した巨大な飛行生物・ワイバーンの背に乗る。
その際に北川も飛び乗った。驚きの身体能力だ。
「ナーゲル!」
陽太郎は爪を飛ばし、撃墜を試みるが北川がハラディを回転させると掻き消えた。
「な!?」
そして刃先を点火、輪を作る。
陽太郎は反射的に袖で視界を遮った。
そのままフェニックスの元まで低空飛行する。
フェニックスは倒れ、そこへ黒いドレスの女・銀音が近づいているところだった。
「雛田!」
北川がハラディを回転させながらそれを銀音に向けた。
その隙に召喚士がフェニックスの襟元を掴み、回収する。
銀音はすぐさま反応し、ワイバーンの足と尻尾を斬り落とした。
撃墜はできなかった。良いように道具として使われながらもワイバーンの根性が発揮されたか。
若しくは…
飛び去るワイバーンの背に乗る北川と一瞬目が合った。
北川は銀音に気圧され、銀音は赤い目で理解した。
北川が魔法に特化した魔術師であることを。
遠くなるワイバーン、銀音はそこから手が出せずに怪訝に睨むしかなかった。
「音っち!」
陽太郎が走ってくる。銀音はそのまま視線を陽太郎へ向けた。
「い!?」
「何をやっているんですか?」
「あー、すまん、逃がした」
「大口叩いてこれですか、ドラゴン使いの名が泣きますね」
「いや、実際に敵は雑魚しかいなかった、ただ癖の強い奴が一人いてな」
「フェニックス以外は搦め手頼りの小賢しい術師でした、ですが侮るのは論外と言うものです、…本当に戦場上がりですか?」
「基本正面衝突だったからな、、小細工もまとめてブレスで薙ぎ払ってた」
はぁ、とため息をつく銀音。
「有史さんはどうしたんですか?」
「あ」
陽太郎がハッと思い出したように口を開けては目を逸らす。
「…陽太郎?」
「…どうだろうな、あ、いや大丈夫大丈夫、あいつ結構強いから」
「…」
陽太郎は視線を逸らしながら弁明する。銀音を見ないのは、彼女から滲み出る怒気に怯えてのことだろう。
「陽太郎、覚悟しておいてください」
パァン、と乾いた音が校庭に響いた。
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死というものについて、考えていた。
俺たちはいずれ死ぬ、生物である以上逃れられない運命だ。
だけどここにある自我はどうなる?俺と言う世界は?
死んだらそのままブラックアウトで永遠の無が続くのか?
それとも輪廻転生?死後の世界?
全く分からない、だからこそ全人類の最大の謎なんだ。
だがそこに俺は意味を求めない。
ただそこからわかることだけ、それだけを恐れている。
生者との別れ、それだけは確実だ。
父さん、母さん、俺が死んだら…
また、会えるのかな?
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はっ、と目が覚める。
らしくもない考えに拒絶反応を起こしたように無意識の繭から抜け出した。
上体を起こして周りを見渡す。
「おはようさん」
「…」
少しテンション低めの陽太郎と銀音さんが居た。
「えっと、おれは確か…」
額を抑えて意識を失う直前のことを思い出す。
双刃剣、炎の輪、そして北川先生。
「そうだ北川先生!」
「逃げられました」
俺の反応に即座に答える銀音さん。
淡々と話す彼女の姿は何物も敵にならないような万能感に溢れていた。
「まさか先公が敵とはな、宇田は何やってんの」
「宇田先生はあくまでコルセルニの協力者です、魔術に精通はしても実力は並以下ですので期待する方がおかしいです」
「これだから弱者に徹する大人は嫌いなんだ、そのくせ無駄に威張るし」
陽太郎を見ると少し頬が赤くなっていた。敵から攻撃でも喰らったのだろうか?
「…俺確か、目が焼けて」
「幻覚です、あの北川と言う男は魔法に特化した魔導師、あなたを焼いたのはあなた自身の無意識に発した魔術ですよ」
「そんな芸当が」
「厄介だな、でも正面からやりあって負ける気はしなかったが、流石にお前をタイマンさせるわけにはいかなかったか」
目の周りに触れる。熱かったその皮膚の下は鎮火したようでホッとした。
「魔法で治せる程度の被害と時間経過でしたので幸いでした」
銀音さんが治療してくれたのか。魔導の遥か先輩とは言え、女の子にそうフォローされるとなんだか自分が情けなくなる。
「有史さん」
「あ、はい」
銀音さんが急に話しかけてくるので少しキョどる。
無表情なので感情は分からないが、何故か怒っている印象だ。取りあえず謝っておこう。
「すみません」
「貴方が謝る必要はありません、今回は我々、正確には陽太郎の落ち度なので」
「否定できねえ」
珍しく陽太郎が劣勢だ。れっきとした落ち度があるのだろう。
しかし、我々、かぁ…
「今回、交戦したことで北川なる男、そしてもう一人の召喚士の手の内を知れました、隠している手はありそうですが、独自術式を知れたことは大きな収穫です」
「フェニックスは?」
「事前情報は既に手に入れていました、それに術式破壊を行ったのでもはや脅威にはならないと考えていいです」
「おお、さすが音っち」
「陽太郎は早く成果を上げてください」
「いでっ!」
なんか二人で話が盛り上がってる。ちと寂しい。
「なあ銀音さん、俺って一応コルセルニ教会の一員なんだよな?」
不満を口に出すようにしていた癖が働いた。
流石に生意気だと思われるかもしれない。だけど不満を感じたことは事実なので撤回はしない。
「ええ、そうですが」
「なんだ?役割を与えられず不満か?」
陽太郎は痛いところをついてくる。まさにその通りだ。
「何もできなかった…」
「相手は魔法に長けた魔導師でした、何もできないのは仕方ありません」
「その辺は俺が詫びよう、魔法特化とか搦め手を予想してなかった」
「未知の結界内にいることを自覚するべきです」
「わーたって、すまんかった」
陽太郎が一貫して申し訳なさそうにしている。
だが、俺に力があれば問題なかった。
北川先生を倒せる力があれば…
「結界を破壊します」
「へいどーぞ」
「有史さん、良いですね?」
「あ、はい」
銀音さんが確認をとるのは、この結界内で俺が強く恩恵を受けているからだ。
俺はこの結界が無ければ雑魚にも等しい。というか雑魚そのものだろう。
「『アパトム』」
結界に亀裂が入り、割れているさまが見える。
本物の夜空が俺たちの帰還を迎えた。
人物ノート⑤
御陵 恵
玲瓏高校1年生。有史のクラスメイト。
有史のことをチャラ男扱いしあることないこと吹聴してまわる迷惑スピーカーちゃん。
その質の悪い性格の更生を願い、有史は一度奮闘したものの、未だ捉えきれないその様相に半ば諦めている。