魔導の心構え
それは朝早くから始まった。登校前、俺が優雅に朝食のトーストにかぶりついているとインターホンが鳴る。朝からお客様か?と他人事のように咀嚼しているとそいつはやってきた。
「有史君、お友達よ」
その一声で地獄の日々が始まった。
そこにいたのは昨日見知ったガタイのいいマッチョメン、竜前先輩であった。
「よっす、訓練の時間だ」
「まだ飯食ってるんですけど」
「さっさと食え、メニュー考えてあんだからよ」
朝で気乗りしないものの、朦朧となんとなーく訓練を受け、三途の川を見た。
「はぁ…はぁ…」
「おうおう、まだまだ距離あんぞ」
町内一周を指示され、「まあ昔やったしできるっしょ」と甘い覚悟で臨んでいたのだが。
数分後、ひいひいと酸素の循環に必死になっている自分が居た。
体育教師がごとき厳しさ、いや、体育教師でも今どきやんないな。
ごぼごぼと血反吐を吐きそうな息切れに呼吸がままならない。
今朝の俺は授業を聞く余裕なんてなかった。
「おーい、チャラ男っち、今朝もナンパでお疲れかな?」
御陵の声が聞こえる。好き勝手に言われているが文句を言う気にもなれない。
授業内容もおぼろげだ。
寝てるせいで一度先生からの注意は受けたものの、言葉は何一つ入っちゃあいない。
「お前は稀代の天才だ」「最高だな!志木!」などと言われた気がする。そう聞こえたんだからそういうことにしよう。
怒涛の午前を抜け、現在昼飯。机の上に取り出したるは…
「プロテインバー!」
今朝、ほぼ無理やり連れて行かれたということもあり、弁当を持ってきていなかった。なので登校の際に竜前先輩にコンビニで色々買ってきてもらったのだ。
体積が少ないので携帯性良し、栄養価良し、味などのバリエーション豊富と便利な食事だ。
ただし…
「味が薄い…」
弁当と言うのは午前中の授業を頑張ったご褒美みたいなものとして捉えていたが、こうも味が薄いとありがたみも薄まるというべきか。
腹が膨れても舌が貧困になる。贅沢な悩みだ。
「どうしたの?」
「…大月」
隣の大月が弁当を広げ、俺の哀れな姿に声をかけてきた。
すごい、普通の女子高生の弁当が羨ましい。
色もカラフルで緑、赤、茶色とバランスが整っている。
そういう色の差違が明らかな味の濃さを醸し出している。
よだれが出てしまう、一種の飯テロだろう。
「…」
「…食べる?」
「いいのか!?」
「一つだけ」
そう言って大月は唐揚げを一つ、箸で掴んだ。
そして俺の口へと運ぶ。その恵みの雫を、俺の舌で優しく包もう。
「あーん」
「…」
「おごぉ!?」
低速で俺の口に到達するかと思われた唐揚げは、急にスピードを上げて突っ込んできた。
何とかうまく嚙み砕けたが、そのまま呑み込んでしまうと味わうどころではなかった。
「もうちょっと優しくしてくれよ」
「…なんかちょっとムカついた」
「えぇ?なにが?」
「もうあげないよ」
大月の少し不機嫌に見える理由はハッキリせず、昼休みは終わった。
唐揚げは美味かった。
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放課後、部活の時間になり、俺たち文芸部はダラダラと部室に入り浸っていた。
「面白テーブルゲームを開発したんだ!その名もカードアンドチェス!」
「ふ、面倒なゲームは御免だ、もう少し分かりやすいものにするがよい」
「お前文芸部の活動ぐらいしたらどうだ?」
根室と石井は俺の作ったゲームに否定的だ。
我らが文芸部は週末に読書感想文を提出する課題がある。二人ともそれに手をかけているみたいで原稿用紙を机の上に広げている。
「俺はほら、家でやるからさ」
「俺たちは家でやる気起きないんだよ」
「同じく」
二人はとても遊べるような状態ではなかった。
「えー、じゃ大月…」
「…」
大月はいつも通り部室の端で寝ていた。誰も俺とは遊ぶ気が無いのだ!
「はあ、いいよいいですよ、一人遊びを極めてやりますとも」
「そろそろ中間テストだろ?大丈夫なのか?」
遊ぶことしか脳にない俺に石井は正論をかます。
しかし、俺に正論は通じない。
「安心しろ!俺は勉強しても右から左へ受け流すスタイルだ!」
「聞いて損したわ」
石井が呆れたところで部室の扉が開いた。
「お前たち、というより志木、何をしている」
会長が開口一番に俺を指摘してきた。なんだい、いつものことじゃないか。
「お、会長、一緒にやります?」
「そんな時間などない、新入部員を紹介する」
「新入部員?」
こんな時期に入部とは珍しい。と、そこには見知った顔が現れた。
「ども!竜前陽太郎だ!よろしくな!」
今朝からいい思い出の無いあの顔だ。
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部活が終わり、とある行きつけの喫茶店、その地下の訓練場にて。
俺と竜前先輩は卓球をしていた。
「なんやかんやで体を動かすのは楽しいだろ?」
「分からんでもないですがねっ!」
返ってくる弾はどれも重い。ピンポン玉だから軽いんだけど感覚的には結構重いんだ。
体の疲れがたまっているからだろうか。
「だからってあそこまで運動させることはないでしょうがっ!」
俺は怒りをピンポン玉に込める。
俺は竜前先輩を紹介された後、何故かサッカー部の球拾いに遣わされた。
訓練の一環らしいけど、ただひたすら走らされたせいで訓練と言うよりはただの運動部の練習だ。
一方で竜前先輩は普通に試合にまで混ざっていた。
しかも圧倒的にボールを独占し、自チームは勝利したのだと。化け物か。
「それで?なんなんすかこの状況は」
流されるままに卓球を始めたが何の意図があってのことかは知らない。
俺の質問と共に跳ね返したピンポン玉を、竜前先輩は打ち返さなかった。
「…にぃ」
そして不気味な笑みを浮かべて卓球台をひっくり返した。
「うおっ!な、なんだあ?」
「その質問、俺が答えると思うか?」
豪快に跳ね飛ばした竜前先輩の姿は、どうも陰っているように見えた。
そして口から白い息を吐き出し、猛獣と相対しているかのような緊張感だ。
これは…答えは行動で示す、と言うことか。
「さて、早々にくたばるなよぉ!」
竜前先輩が拳を振り上げた瞬間、拳の先には魔法陣が現れているのが見えた。
あれは魔導の発動サイン、それも当然、魔術の方だろう。
魔術・正式名称『魔導構築術』。実体に影響を及ぼす魔導の力だ。
風を操ったり火をつけたりと、一般的な不思議パワーのイメージとしてはこれが近いだろう。
竜前先輩は魔法陣の中から何かを拳を突き、飛ばす。
空気の拳、俺にはそれが理解できた。
「『ネガシオ』!」
俺は魔法の言葉を唱えて手を前に据える。そこに魔法陣が展開し、空気の拳を受け止め消えた。
魔法・正式名称『魔導解析法』。魔術が攻撃用なら魔法が防御用、魔法は魔術に対するメタである。
これは恐らく、復習だ。竜前先輩は俺の学んだ魔導の力を試しているんだ。
「オーケー、じゃあこれはどうだ!?『ヴォカーレ・サクスム』!」
今度は岩を発現し、それを拳で砕いた。砕かれた無数の小石が俺の眼前目一杯に広がっていく。
この場合は…
「『ディフェンシオ』!」
広範囲バリアが有効だ。魔法『ディフェンシオ』で捉えきれない量の物量を防ぐ。
魔法の基本は習得した。これで終わりだろう。
「『フランム・マグナ』!」
「へ?」
俺が最後に見た光景は爆炎ともいえる勢いの業火であった。
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死んだかと思われた俺は無事に生きていた。炎が眼前に来るとそんな臨死体験ができるんだなと。しかし全身に浴びた炎の熱さは本物のはず…。
「悪い悪い、まさかそこまでだったとは」
俺は立ちあがり、竜前先輩の顔を見る。
ヘラヘラとしている。
「俺ってば人に教えたことないからさ、荒っぽくなるかもしれねえ」
何を今更言ってんだ?と突っ込みを入れたくなるが、こちらはありがたーい訓練を受けている身なので文句も言えない。俺は遺憾の意を胸の内に秘めながらも立ち上がる。
「どうも、もうちっと手加減してくれてもいいんじゃないですかね」
「ふっ」
そのすかした笑いには「何甘いこと言ってんだ?」と言う意図を感じた。
そうだよな、実戦はどんな即死級の魔術が飛んでくるか分かんないんだもんな。
「まあ、まだ未熟ってことだ、日々精進せよ」
「了解です」
「あとな…」
竜前先輩は拳を突き出し俺の頬を掠める。
「敬語はやめろよ?俺が話したいのは対等なやつとだ」
敬語を使うなと脅しかけてくる人とか初めて見た。
だがこうも熱血系だとこちらとしてもやりやすい。友人と話す口調に直す。
「…分かったよ、陽太郎」
「うしっ!物分かりが良くて助かるぜ」
満面の笑みを浮かべる陽太郎。
「あとな」
今度は陽太郎の表情から笑いが消えた。一体何を言うつもりか。
「音っち、銀音はな、お前を命がけで守っている、それは分かるだろ?」
「そりゃ勿論」
コルセルニ教会の任務だとか何とかで仕事には全力なんだろう。命がけと言う言葉は仕事への真摯度合いを表している比喩表現である。
そう、思っていたのだが、陽太郎の態度を見る限りではそうではないようだ。
「銀音がお前を守っているなら、お前も銀音を守れ」
ふざけた様子はない、本心からの陽太郎の言葉。
「…ああ、もちろんだ!」
「頼むぜ!」
俺たちは拳を重ねた。守るというのも何をすればいいのか知らんが、できることを俺はしよう。それができる環境に身を置いているのだから。
人物ノート④
大月黒音
玲瓏高校1年生。
クール、と言うよりは引っ込み思案で近くにいる有史や御陵としか交流のない少女。
文芸部と言うこともあり本が好き、しかし好みの内容は独特でミステリー、中でもスプラッター系が好みの対象らしい。
R18 の内容のものが文芸部の棚にあるが全て彼女のものである。