ドラゴンと踊る戦士
戦うとは決心したものの、するべきことはお勉強。
自宅ではダラダラとしてあまり集中できないので翌朝、学校へ持っていく。
夏休み明けのテストも終わっていたので基礎勉学については考えなくてもいいだろう。
やってられんなあ、なーにがスイヘイリーベ僕の船だよ。
語呂が適当すぎるじゃないか。
こういうのが浸透して覚えづらい語句が基本になっていくのが中々馴染めない。
「いっそアウトローを気取ってみるか」
「何言ってんの?」
「うお!?」
魔術書を机の上に据えて考え込んでいると、ふとした独り言が飛び出た。
そんなところを突然の襲来者に聞かれていた。
「なーに?不良に転向すんの?チャラ男じゃなくて?」
「チャラ男要素どこだよ」
どいつもこいつもチャラ男扱いしてきやがる。ピアスもしてないし髪も染めてないのに。
てか校則違反だし、それ。
「何読んでんの?」
こいつは御陵 恵、中学からの知り合いで何故か一緒のクラスになってしまった。
妙に勘が鋭い、何故か俺の持つ弁当の具材を当てたり、テストの点数で結果も見ていないのにマウント取ってきたり、…後者は単純に俺のお頭の問題かもしれんが。
「最近風水にはまっててな~金運が~」
「もっと金運アップする方法、教えてあげよっか?」
「…いや、良いです」
なんか煙に巻こうとしても更に濃い煙で俺の進行方向を阻害してくるのが厄介。
こいつの上手を取れる気がしない。
「ねえねえ!昨日うちの猫が人間みたいなしゃべり方で鳴いてさ!」
「へー、それは縁起のいいことで」
「茶柱が立ったみたいな反応すなー!」
どうもSNSでのやり取りが達者のようで、スマホをひけらかしては動画を見せつけてくる。
「どうよ!?」
「可愛いねーすごいねー」
「ちゃんと見なさい!」
本を読んでいるというのに頭を揺らしてくる。やめなさい金運アップの方法を俺が今調べているでしょうが。違った魔術書だった。
しかし、魔術の存在とはそんな隠されたものなのだろうか?
実はこの御陵が知っているのではないだろうか?
「なあ御陵、魔術って知っているか?」
「んー?何それ?やっぱオカルトにずっぷり?」
「いや、ちょっとオカルト研究部に布教されて」
「そういうの付き合い良いと損するよ?」
確かにオカルト研究部、通称オカケンの連中に付き合っても面倒ごとしかない。
偶に面白いことがあったりするが。
「だからチャラ男なんだよ」
「人当たりがいいと言え、頼ってもらえんのが嬉しいんだよ」
まずはチャラ男の定義から確固たるものにしろ。チャラチャラしてないだろ。
ムキムキの戦闘民族でもないし。
「ちょっと男子―!誰か体育祭の準備手伝ってよー!」
「おおっと!委員長の助けを呼ぶ声がする!ここは手の空いたこの志木有史に
お任せあれい!!」
助けを求める声を聞いて衝動的に適当な口上と共に駆けだした。
体育祭も近い、俺もクラスの一員としてお手伝いさせていただきまぁす!
「あ、委員長、それ前言ってたゆるキャラ?」
「そうだけど、よく気づいたね」
「似合ってんね!」
「そ、そう、ありがとう」
「さてと、委員長こいつはどこへ運べば…ってどしたの?」
助けに行って一言交わしたら何故か委員長が俯いてしまった。
「…そういうところがチャラ男じゃん」
後ろでボソッと言われたが何がチャラ男なのか分からない。
ていうか笑ってるし、人の社交辞令を笑うな!
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周辺にはあらゆる店が立ち並び、退屈させない姿勢を見せる街並み。
その一帯を見渡せるような高いビル。その屋上には銀音がいた。
何かを探すようにして辺りを見渡している。
「成果はあったか?」
銀音の隣に黒猫が立った。声の発生源は紛れもなく黒猫からだ。
「…コルセルニ神父」
「報告は迅速に願いたい」
黒猫の目には万華鏡のような魔法陣が映る。
「確証の無いことを報告するのは混乱を招きます」
「報告とは正確に行うものだ、確証がないのなら確証がないと一言添えて報告すればいい」
「その報告の必要性を感じません」
「定期報告は貴様の安否確認のためでもある、貴様の緊急事態に対応するためにも必要だ」
「猫の使い魔で監視しているのだから関係ないと思いますが」
頑なに非を認めない銀音、コルセルニ神父はそれ以上追及することなく本題に入る。
「まあ良いだろう、竜前はそちらへ着いたか?」
「いえ、未だ確認していません」
「久々の日本故、観光でもしているのだろう、最悪、任務には貴様一人で対応してもらうぞ」
「一人ではありませんよ」
「…志木の息子か」
コルセルニ神父は言動に含みを持たせる。
猫の様子からは察せられない何かが彼の情緒に触れたのだろう。
「奴が何を考えていたかは不明瞭だ、息子に何か細工を施している可能性も否定できん、常に一人であるつもりで臨め」
「…了解」
ぼそぼそと話しているうちに日が落ち、夜になった。
空の青は深く濃くなり、光に見放された空白に影が集う。
「出てきたか」
「はい」
銀音と猫の視線の先には書店、そこから出てくる志木有史の姿。
買った雑誌を見てニヤニヤと笑顔を浮かべている。
ところが、そこへ光さえも飲み込むような闇が迫る。
「見計らっていたようですね」
「人為的の線は高くなったな」
闇に飲まれた通りの街灯が次々と消えていく。
そしてそのまま、有史さえも飲み込んでいった。
「いけ!」
「言われなくても!」
銀音はビルから飛び降り、有史を追う。
その隣を高速の何かが並んだ。
「!?」
「ひゃっほおおおおお!!」
背にはガタイのいい男が昂った声を上げている。
その巨躯から予測できないほどの速さは、魔導の存在でしか考えつかない。
爬虫類のような鱗、だが翼を持ち現実世界ではあり得ない容貌。
ドラゴン、銀音はその魔導生物と共に闇へと切り込んだ。
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怪奇現象に遭ったかと思った。
学校帰りに今日発売の漫画雑誌を抱えてワクワクしていた俺の興奮を返して欲しい。
恐怖とかいう感情要らないから、と思いつつ足はガクガクと震えている。
原始的な本能には逆らえないのだと、生物というシステムの檻を感じた。
これは、昨日起きたやつだ。
俺が入り込めてしまう結界、銀音さんはそう言っていた。
ここでは魔導の法則がゆがめられるとかなんとか、強者を弱者にするとか。
だとすれば、俺が強者になっているかもしれない。
「ふぅ…」
俺は冷静になり一呼吸、ポケットからメモ帳を取り出した。
魔術書を読んで覚えきれないことをメモしたものだ。
こういう緊急事態に備えていたんだ。抜かりないぜ。
まずは得物の生成、対象は床。魔法陣は、なんだこれ、複雑すぎる。
そう言えば生成する得物は必要最低限にメモしていたんだった。
ハルバート、突くもよし切り払うもよし、長柄の最強武器だ。
これ一つで何とかなるとは思ったが、そもそも近接武器があまり頼りにならなさそうだが。
獣とか持ち込まれたら為す術ないし。
それとナイフ、こっちは魔法陣が簡単だ。
ハルバートの魔方陣はなんとか省略できないものかとメモをちぎったら、
「あ」
切り取ったページが床につく。
着地した部分から波紋が広がり、拡大化した魔法陣がごっそりと床を吸収する。
ハルバートが、空に生成された。
浮遊するそれを手に持ち、実体を確認する。
「おお」
メモ帳越しでも発動するんだな。ならばナイフも、とメモ帳を落とす。
同じようにナイフが生成された。
ハルバートを右手、ナイフを左手に持つ。
これで、昨日の化け物が来ても対応できる。
と思うのは早計だった。
途端、通りの奥から何かが飛来してくる。
「うおっ!」
咄嗟にハルバートの刃で弾いた。
あぶねえ、反射神経万歳!
弾いたものを見る。
犬?犬らしき影だ。雰囲気が昨日のカエルと似ている。
まさか、こいつらの他にバラエティ豊富な形態があるって言うのだろうか。
「グルルゥ…」
「うわ!生きてた」
豪速球でハルバートの刃部分に当たったっていうのに生命活動を停止していない!
だが、四肢がうまく動かせないようで唸ることしかできない。
ええ…ここを攻撃するのか、なんかいじめみたいでいやだな。
そう思っていると犬の化け物が動き出した。ねちねちと粘着質な音を立てている。
何を仕掛けてくる?炎でも吐くのかな?と身構えていると、案の定、何かが飛んできた。
「うえっ!?」
頭だ。犬の頭部、執念深く俺へ牙を向けてきた。
ガウガウとハルバートの刃と持ち柄の節を食らいついてくる。
どこで買った恨みかは知らないけど、生きてればいろいろあるもんだな。
なんて能天気に考えているとポロっと、刃部分が崩れた。
「ええ…なんてもろい、俺の練度が低いから?」
使い物にならなくなったハルバートを犬ごと投げ捨てる。
そのまま俺は逃走。残った得物はナイフだけだ。
あの犬単体程度の脅威ならこれで何とか切り抜けられそうだが、
「グルルルゥ」
逃走経路に大量の犬の群れ、ナイフ一本でどうにかなる相手ではない。
ただの犬じゃないんだ、あの時のカエルみたいに殺しにかかってくるだろう。
だけど、ここで死ぬわけにはいかない。
覚悟を決めていると、上空の何かの影が覆った。
「ブレス!!」
誰かの掛け声とともに怪物の叫び声が聞こえると、炎が犬たちを燃やし尽くした。
灰となって消えていく犬どものシルエット。
炎が止むと、上空の物体が下りてきた。
ドラゴンだ。想像上の生物だ。
だが目の前のそれは実体がある。
「も、もしかして」
「ドラゴンを見るのは初めてか?新人」
ドラゴンの背に乗っていた人がいた。煙の向こうでおぼろげに見えるが、誰なんだ?
「新人、ってコルセルニ教会の人か?」
「おう、コルセルニ教会所属、竜前陽太郎、ただいま現地に到着ぅ!」
やたら勢いのある先輩がドラゴンに乗って、この街に参上した。
「つーわけでよろしくな!えっと志木…」
「うっす!有史っす」
「よろしくな!ウッスユウシッス」
「志木有史と申します!」
「???どっちだ?」
ドラゴンの上から聞いているせいかよく聞こえないようだ。
てか聞こえないんじゃなくて区切りが分からないだけじゃ…
そんなやりとりに割って入るようにして犬の群れがこちらへ向かってくる。
「鬱陶しいぐらいの数だな」
「何とかならないですかね?」
「まあ任せとけい、先輩の戦い方ってやつを見してやる」
そう言うと先輩は前へ出て手を掲げて言った。
「『インヴォカーレ』!『グラディウスマギウス』!」
詠唱か!?少しワクワクしてきた。
しかしその期待は裏切られ、特別なことは何も起こらなかった。
銀音さんからは結界は魔導の法則を歪めるものだと言っていた。それで先輩の魔術は発動しなかったようだ。
ただ、先輩が犬の化け物に噛みつかれる様を見せられただけであった。
「え!?なんで!?」
「先輩、今特殊な結界内らしいっす」
「はいぃ!?」
前情報もなしに突っ込んできたようだ。とても動揺している。
何だか一気に不安になってきた。
先輩に噛みついた犬共は下のドラゴンがじっとしているわけもなく、振り払い引き剥がされる。
炎を吐いて焼き尽くしたが、先輩の顔面から血がダラダラ出ていた。
あれ大丈夫なんですかね。引き剥がした時にドラゴンの爪が刺さっているんじゃないか?
「ちぃ、焦り過ぎたぁ!」
「無暗に突撃するからです、人の話は落ち着いて聞くものですよ」
どこからか声が聞こえたと思えば、先輩の上空から鳥が現れた。
鳥、というか白鳥?やたら口元の膨らんだペリカンっぽい巨大な鳥だ。
その背には銀音さんが立っている。
「準備は万全に、急いて失敗しては元も子もありません」
「間に合わなかったら面倒なことになるだろうが、音っち、お前新人を見捨てる気か?」
「見捨てる気はさらさらありません、私は策を練った上で監視をしていました、唐突に現れて成り行きで結界へ入っていったあなたとは違います」
「つらつらとお利口さんなこと言いやがって、変わらねえな」
「陽太郎も変わりませんね、恐らく今のはあなたの一世一代のピンチでしたよ」
「確かに、一瞬死んだかと思ったわ」
「それが何故か、理解して言っていますか?」
「はは、理解しているわけねえよ死にかけたことなんて何回もあるし」
「では説明を省きます」
「ウソウソウソ、ジョーダンに決まってんじゃんか」
先輩のお茶らけっぷりに銀音さんは呆れたようだ。
素直に説明してくれと平伏する姿勢を見せると渋々先輩と向き合う。
「この結界内では通常の魔術は使えないことはないですが、基本的に劣化しています」
「なるほど、ハンデ空間か、それって相手も同じことだろ?」
「原理的にはそのはずですが、何か結界の効果を無効化する手段を持っている可能性はあります、あくまで推測ですが」
「そんで?俺たちはどう戦えばいいの?」
「この結界内で使用可能な杖を渡します」
そう言って銀音さんは何か細い筒から小さい何かを取り出した。
髪の毛、か?
「『フォルマティオ』」
そう唱えると、銀音さんの手には前に見た大鎌と、大剣が現れた。
「使ってください」
「おう、どういう原理か知らねえが、まあいっちょやってやるさ」
大剣を投げ渡す銀音さん、慣れた手つきで先輩がそれを受け取る。
危ないなぁ。
「よし!新人、プロの戦い方ってやつを見せてやる」
「はあ」
「来やがれ化け物共!」
先輩が勝手に盛り上がっている中、銀音さんがこっちに近寄ってきた。
鳥から降りて俺の手を取る。
「ここはあの男に任せましょう」
「俺たちはどこへ?」
「あなたの杖、戦うための武器を捜します」
戦い方を披露してくれるはずの先輩は放置なのか…
すみません、と俺は一礼して銀音さんに手を引かれる。
戦う術を見つけるため、その場から離れた。
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離れるとは言っても結界は規模が思ったよりも狭い。
建物群の密集した地帯だから開けた場所が無く、狭所での警戒が必須となる。
そんな中、ある程度静かな所で俺は銀音さんにレクチャーを受けた。
「先ほど、剣と鎌に変化したこれ、なんだかわかりますか?」
「…髪の毛?」
「そうです、あなたの髪の毛です」
「俺の!?」
「しー」
銀音さんは人差し指を口の前に立てる。
少し声を荒上げてしまった。これでは敵に見つからないように移動した意味がない。
俺は少しボリュームを落として訊く。
「なんで俺の髪の毛?」
「DNA認証の話を以前にしましたね、それに関連しているのですが、ここで杖を使うには特定の人物の細胞が必要です」
「結界に入るだけじゃなかったのか」
「陽太郎には事前に説明してあなたの髪の毛を渡していたのですが、よく理解していなかったみたいですね」
あの竜前とかいう先輩の杜撰さが窺える。大丈夫なのだろうか。
「しかし、実力は信用しても大丈夫です、ドラゴン使いは魔導師の中でも相当高位の実力者ですから」
「あの無鉄砲な行動は大丈夫なんですかね?一応作戦でしょう?」
「彼自身は聞き分けのいい人です、それに不足分を実力で補うことも多々ありました」
ゴリ押しってことですか。力こそ全てって、真理なのかな。
「しかし何事にも不測の事態と言うものは付き物、彼の失態の責任は死をもって果たしてもらいましょう」
「怖すぎない?っていうかそれで死んだら尻拭いは銀音さんに行くんじゃ…」
「彼の実力を過信した私の責任でもありますので仕方がありません」
その辺の覚悟は決まっているようだ。戦いに身を投じてきた実力者の風格だ。
「そのことを踏まえて、あなたにも責任を負う覚悟をしてもらいます」
「えぇ!?おれぇ!?」
情けない声が自分の口から飛び出た。他人事だと思っていた話がまさか自分に飛び火するとは。
「確かに俺も協力するって言っちゃったけど…戦い方わかんないんですが」
「まずは武器を用意することから始めます、ただ…」
「ただ?」
「あなたの場合、武器をどう出現させればいいか」
分からない、か。俺より知識のある人が言うと絶望感半端ないな。
「髪の毛抜けばいいんじゃないの?」
ブチっと、髪の毛を抜く。
「それは魔術の練度が高くなければ武器を形成できません」
試しに握ってみる。何も起こらない。
「なるほど、実力不足ね」
「私たちの武器の形成はこの世界の法則を解析した上で可能なことですが、受け入れられているあなた自身ならばさほど難しいことではないはず」
「って言っても武器を無から作り出すなんてどうやって…」
瞬間、影が覆った。落石を予感して俺は咄嗟にその場から飛び退いて上を見上げた。
ビルの上、月の光に照らされて仁王立ちしている人影があった。
「ククク、これは好都合だ、コルセルニのリーサルウェポンがこう網に引っかかってくれるとはな」
「…誰ですか?」
銀音さんも困惑している様子だ。一方的な知り合いなのか?
「デスサイズ!ここでお前の首を落とす!」
ギラっと輝く大鎌を構え、人影が急降下。
猛禽類の爪のような鎌の刃が銀音さんへ向けられた。
「銀音さん!」
事態は一瞬だ。そんな奇襲に対応できるわけもなく…
「ぐッ!」
「流石はデスサイズ!相手にするには不足無し!」
前言撤回、歴戦の魔術師は違った。
大鎌を大鎌で受け止め、敵の第一撃を防いだ。
襲撃への防御から転じて投げ飛ばすように弾く。
「ぬおっ!?」
敵の驚嘆の声を聞く限り、力は銀音さんの方が上のようだ。強い。
「だが…守りながらこの俺の攻撃に耐えられるかな?『スルクールス』!」
立て直した謎の男が武器を持たない方の手で正面に一の字を切る。
その軌跡に添うようにして魔法陣が展開、そこから何かが放たれる。
「有史さん、私の後ろに」
銀音さんが俺を影で覆う様に背にした。俺もそこをキープする。
瞬間、そこには銃撃戦のような緊迫感が周囲に張られた。
銃撃戦とか実際に遭ったことないけど、より近い例としては台風時に外へ出ていた時に吹き飛ぶ物体を避けたいがために柱を盾にした時が近いかな。
実際は、それ以上だけど。
「ひいいいい!!」
銀音さんは魔法陣を作って盾にしているけど、どれくらい持つか。
相手の連撃が止む気配がない。
「ち、面倒だ!」
攻撃が止んだと思いきや今度は接近戦。
ほぼ奇襲で失敗しているのにまともにやりあうか。
そうなると安心できる、かと思いきや…
「しぇあっ!」
「くっ!」
鎌と鎌のつば競り合いに銀音さんがやり辛そうだ。
それは、俺のせいだ。
鎌と言う形故に盾の後ろに刃が届きやすい。銀音さんは防戦一方にならざるを得ない。
「銀音さん!俺やっぱり離れた方が」
「ダメです!ちゃんと後ろに居てください!」
「でも!」
敵が他にいないとは限らない、離れたすきに俺がやられるかもしれない。だが一時的に離れることなら可能だ。
「よそ見をしていると怪我が増えていくぞ!」
「うぐっ!」
さっきから銀音さんからは苦悶の声しか聞いていない。
このまま頼っていても逆転する気がしない。
「ごめん!」
「有史さん!」
俺は離れた。この戦いに参加するにあたって自分の命には責任を持つと言った。
ならばここは俺の判断に任せてもらいたい。
走り出し、路地を行った。
「油断!」
勿論あの男の狙いが俺に定まっていることは分かっている。
だから十字路を曲がった。そして追尾してくることを予想して角で待つ。
が、そこまでの能力は無く、投擲物は一直線に通過した。
「っふう、あぶねーぜ」
これで銀音さんの負手にはならない。後は俺を狙う他の敵だが…
「グルルルル」
「…そういえばそうでしたっけ」
犬共が唸り、今にも噛みつかんとじりじりと迫ってくる。
俺は脱兎のごとく逃走、十字路の反対側まで突っ切っていく。
躊躇う時間は無かった。そして何とか銀音さんが戦っているであろうその通りを走り過ぎることが出来た。
「きゃうん!」
何ならついてきた犬共が流れ弾を喰らって儲けもんだ。
「ガウッ!」
「うあっ!?」
ただし、トップスピードで追いついてきた犬に関しては何ともない。
そいつが俺の足に噛みついてきた、それはどうあれど決定事項のようだ。
「クソッ!離せこの狂犬!」
足に噛みついて離れない、この行儀の悪い犬を壁に叩きつける。
「ググッ…」
「この野郎…」
噛みついてきているのは一匹だけだ、一匹ぐらいは軽くいなせると思っていたが、大分見誤った油断だった。
「グルゥ…」
「マジかよ、何体いるんだよ」
追加で3匹ぐらい、俺の進行方向からやってきた。
一匹に手間取っていたら、このまま3匹に食い殺されかねない。
だったら!
「てめえらで食い合え!」
足を3匹の方へ向けて噛みつかせた。
勿論犬型生物が的確に俺の肌を狙えるわけもなく。
「ガァ!」
「っしゃあ!!」
3匹を噛みついている1匹の胴体へ上手く噛みつかせた。
噛んできた犬の力が弱まる。
足を振り、犬を引き剥がすと拘束から逃れた安堵感から油断して次の敵の手に不意をつかれた。ビルの上からの奇襲だ。こんなことする野良犬いねーよと言いたくなるアクロバティックな襲撃。
「ええ!?」
痛みに構っている暇はなかった。
アドレナリンの鎮痛効果に頼って何とか引き剥がそう対応する。
が、落ちてくる犬は一匹だけでなく、滝のように数匹の影が俺へ直撃してきたのだ。
「がああああ!!」
死ぬ、死んでしまう。落下物に当たる衝撃と上手く噛み付かれた数匹に与えられる持続ダメージによって瀕死の重体に陥る。
・・・俺も父さんと母さんの元へようやく行くのだろうか。
諦めと覚悟は似たようなものだ。
死への覚悟は、生きることへの諦めである思った。
最初は必死に足掻こうとした。けどいずれその手は止まった。
足掻けば足掻くほど苦痛が強くなるようで、それが途方もない遠い道のようで…
体から力が抜ける。
「『ナーゲル』!」
誰かの声と同時に飛来した何かが犬共の体を突き刺していく。
それは槍のような、生物的な粘性を帯びた凶器だった。
「大丈夫か?」
空から巨竜に乗っておりてくる人物、竜前先輩だ。
「…これが大丈夫に見えますか?」
「そんだけ口が聞けるなら大丈夫だな、見せてみろ」
竜前先輩は俺の体の傷を探ると『サアナ』と唱えた。
すると紫色の光が灯ったと思ったら青い光が上書きするように発光した。
「お、おおー」
「感心している場合じゃないぞ、お前も覚えるんだ」
もう既に訓練は始まっているんだと言わんばかりに言う竜前先輩。
しかし、これを覚えろと言われても何がなにやら分からない。
詠唱を覚えるのか?あんまり覚えてないけど。
「まあいい、とりあえず立て、そんなヒロインみたいな立ち回りされると虫唾が走る」
手を差し伸べられる。その手を取っって立ち上がる。
「窮地は脱した、あとの助けは」
「助け・・・?」
「…必要なさそうだな」
周囲を見渡す竜前先輩に倣う。
犬どもが、俺たちを囲っていた。
ビルの上、ゴミ箱の上、室外機の上、あらゆる高さから奴らは見下ろしている。
獲物を睨むかのような眼光で。
「やってみろ、でなけりゃ死ぬ」
「え、ええ!?」
無茶ぶりに俺はただ戸惑う。こいつらを、俺がやる?
「できるはずだ、決めたんならな」
「…ああ!」
なんとなく、応じてみた。仕方ないじゃん、やれる気がしたんだから。
「さあ研げ!お前のその野心に塗れた牙を!」
「うおおおお!」
竜前先輩の言葉に応じて力を溜める今の俺になら、できる、はず…
「やっぱダメっす」
俺は力尽きた。
「うおおおおおおおい!?」
物理的にキツかった。だって痛みも疲れも溜まってんだもん。
「馬鹿野郎!ここで終わるんじゃねえってうおっ!?」
見かねた犬どもが襲ってきたようで先輩はそれに応戦する。
無理だよ、俺に野心なんてないし、大層なこと考えてないし。
…でも、無関係の人が俺みたいに犬に食い殺される可能性があるんだよな?
それで誰かが悲しむ。俺みたいに、親を殺される悲劇を味わう羽目になる。
だったら、そうさせてはいけない。
俺は立ち上がった。
「ようやく決まったか」
向かい来る犬を大剣で切り捨て、待ち侘びたかのような竜前先輩。
俺は空を掴み、前へ出る。
動き出した俺に犬どもの影が集まる。
来る…そして手に取るようにわかる。
襲ってきた二体の犬を、斬った。
ただの空を掴んだ手で何かを斬れるはずがない。
そう、これは得物、デカいナイフだ。
ナイフと呼ぶには大きすぎるが、ナイフと以外表現しようのない刃物だ。
これで俺も、戦える!
「うおおおおお!!」
襲いかかる敵はどれも同じ、犬型の知能のない化け物だ。
俺でも倒せる!
その瞬間、向かい来る犬共を一撃で蹂躙する爆撃が俺の目の前で起こった。
砕けたコンクリートの地面の破片が俺の頬をかすめる。
吹き上がる砂塵の中、きっと向けられた視線に体が震え上がった。
「そうか!貴様が核か!」
俺の生きられる導線を確保したと思いきや、その希望は崩れ去った。
現れたのは銀音さんと戦っていた男。
鎌をこちらへ向けて今この瞬間にも斬りかからんとする勢い。
待て、銀音さんはどうした?まさか負けたんじゃないだろう?
「『ヴェントス・フーヌス』」
頭上から聞こえた声で、その杞憂は瞬時に証明された。
「がっ!?」
襲ってきた男は絶命の一声を立てて、体が三つに分かれた。
生々しい人体の断面を晒しては塵となり、掻き消えた。
「おー音っち、間に合ってよかったぜ」
横から聞こえる余裕気な竜前先輩の声色。
スタっ、と降りてきたのは銀音さんだった。
「一瞬躊躇っちまったから後輩が大怪我するところだったぜ」
愉快気に話す先輩をよそに銀音さんはきりっとした表情を変えず俺の前までスタスタ歩いてくる。と言うかこの雰囲気は怒っているんじゃ…
パァン、と痛みと同時に空砲が鳴った。
空砲じゃないビンタされた音だ。
「え…?」
「不用意な行動は慎んでください。あなたの死は、あなたの物だけでは無いんです」
人工物の光と人気が回復していく中、俺の耳にはただ風の音だけが聞こえていた。
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場所を移動して、俺たちは喫茶店に入った。
テーブル席に座り、銀音さんと対面する。
「まあ、指示を無視した件については後々改善していけばいいじゃねえか、そうピリピリすんなって」
隣で先輩が雰囲気を和らげようとしている。
俺も緊張を解したいところだが、色々あり過ぎて楽観的になるのもどうかと思う。
銀音さんが怒っているのもそうだし、俺を襲ってきた男は死んだ、んだよな?
人の死を間近で見るのは、あの感覚を思い出してあまりいい気分ではない。
それに、
「とりあえず歓迎会でもパーッっとしようぜ?」
隣の初対面(ココ重要)の先輩のテンションにも戸惑うばかりだ。
「つい先日まで一般ピーポーだった奴に無理を強いるなよ」
「生還率を上げるためにすることです、無数に存在する選択肢で何を選んで良いかがわからない内では、有識者の言葉を聞いてより正解に近い厳選された選択肢を選んだ方がいいでしょう」
「でも、お前から離れたおかげで敵に隙が出来たのも事実だぜ?」
「…」
今度は銀音さんと竜前先輩がピリピリし始めた。
真剣な様子の銀音さんとおちゃらけている竜前先輩とで雰囲気が違う。
確かに死のリスクを背負うことは軽く考えてはいけない。
しかし、過去の例なのか、竜前先輩の言うことに銀音さんが上手く言い返せないでいる。
もしかしてあれか?ある会社が『うちはここ十年は事故もなくやってきました!』と言っていた矢先に起きてしまった事故を見てしまったかのようなシチュエーションなのだろう。
「有史さん、あなたには3つの約束事をしてもらいます」
銀音さんが俺に向けて言った。
「一つはなるべく、私の指示には従ってください」
絶対と言わない辺り、竜前先輩の言葉を聞き入れたようだ。
「私も少し言い過ぎました、確かに状況を判断できるのは本人だけです」
「ようやく折れたか、お堅い脳みそもようやく弾性を帯びてきたな」
「だからこその二つ目です、私を信頼して欲しいのです」
信頼、それはつまり一つ目の指示に従うこととの表裏一体。
いや、若干曖昧か。信頼の解釈にもよるけど。
「元より、俺に頼れる人は銀音さんしかいませんし、余程のイレギュラーな事態が無ければ従います」
「俺も頼ってくれていいんだぜ?」
「OK、困ったらよろしくお願いします先輩!」
竜前先輩という頼りになりそうな人もいるし、不安になることはない。
「それと、すみませんでした、銀音さん」
俺は頭を下げた。
「何にも分かってなくて、勝手に行動しちゃって」
「…そうですね、迂闊な行動だったのは変わりありません」
「ほんっとうに反省しています」
「ただ、私が動きやすくなったのは事実、あなたのおかげです」
「銀音さん…!」
なんか胸がホッとした。悪いことしたっていう認識のまんまだと後味悪かったから。
「それと3つ目です」
話題転換したと思いきや、銀音さんが席を立った。
「マスター、例の」
「…」
カウンターの向こうにいるダンディなマスターは顎でどこかを差した。
「二人とも、行きますよ」
どこかへ行くのだろう?見当もつかないまま銀音さんについていった。
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トイレへ行く経路、だが
開くドアはトイレでなく「STAFF ONLY」の文字が書かれたドア。
その先にはすぐに階段があった。ホラー映画の館みたいな設計だ。
それに急な角度だ、少しでも足を踏み外したらそのまま落ちていきそうで、手すりから手を離せない。
階段を降りるとそこは広い空間だった。体育館のようなスペース。
他にも空間があるようで「アスレチック」や「空対空訓練」などのプレートが書かれた扉がある。明らかに地下に造るには広大過ぎる。
「ここが隠し訓練所です」
「おお、すげえ」
素直に感動する。コルセルニ教会ってもしかしてすごいお金持ってる?
「ヨーロッパ支部の方よりちと小さいなあ」
スケール感の違うことを聞いた。これより大きいってどういうことだよ。
でも日本じゃないなら土地の広さの感覚も違うのか。
「有史さん、あなたには3つ目の約束事として、力の鍛錬をしてもらいます」
鍛錬、それ即ち、練習。嫌でもまさかぁ…
「魔術の鍛錬かぁ、楽しそう!」
「魔術に限った話ではありません、ちゃんと身体の鍛錬も欠かさずにお願いします」
運動部嫌いの俺に対する拷問宣言だった。
知ってた、知ってたさ。銃の扱いが上手い貧相な男がいるか?
そいつがロケットランチャーをぶっ放している姿が見えるか?
見えない、強い武器は強い体と共にあるんだ。
茫然としていると陽太郎が俺の肩に手を置く。
「付き合うぜ、新人」
「ハハ…」
とてもうれしくない歓迎会だった。
人物ノート③
竜前陽太郎
コルセルニ教会所属のドラゴン使い。
かつてはフリーの傭兵だったため、戦闘経験は豊富。
それゆえに結界内では力の減衰は著しく、召喚獣であるドラゴンの力に頼りきりにならざるを得ない。
有史より年上だが敬語を使われることを嫌悪している。
銀音は最愛の妹分であるが、敬語を使ってくるため残念に思っている。
明るくノリがいいが大人が嫌い。自分より弱い、小さい人間が好き。