親の負債
「いやぁ、助かりましたよ、さあほら、何でも頼んでもらって結構ですよ」
自宅の近所の喫茶店に入り、俺は恩人の彼女とテーブル席に着いた。
勿論、俺のおごりだ。恩人に対するお礼はしなければならない。
お小遣いは…まあすっからかんになるけど。
「学生である貴方に払わせるつもりはありません、お気になさらず」
「あ、はい」
断られてしまった、優しい。
「すみません、ココアを」
「オリジナルブレンドで」
注文を言って、向き合う。
ここからが本題だと言わんばかりに彼女の目は真っすぐ俺を刺していた。
「率直に言います、私の目的は志木健一の忘れ形見の監視です」
「志木、健一」
その名は聞き覚えがある。何故なら志木健一は俺の…。
「父さんの…忘れ形見」
「はい」
少しテンションが下がった。そんなことはお構いなしのようで、彼女の目は真摯に俺を刺し続ける。
「父さんは、何をやったんですか?」
監視ということは目が離せない。
即ち俺の身に危険があるか、俺自身が何かをするか、だろう。
父さんが何かをしたというのなら、俺はその責任を取らなければならない。
「ミスター健一は…あの空間の制作に携わりました」
あの空間、つまりカエルの化け物が俺を襲ってきたあの空間。
「あの空間は魔導の法則を歪めるものであり、強者を弱者、弱者を強者へと変貌させる魔導規定に反するものです」
「失礼いたします」
ウェイトレスさんが俺たちの目の前にに注文の品を持ってきた。
俺はカップを持ち、コーヒーを一飲みして言う。
「質問、いいすか?」
「はいどうぞ」
そしてソーサの上に置いて問う。
「魔導って、何ぞや?」
「…まずはそこから説明しましょう」
無知なのを分かっていた言葉だが、呆れたような様子だった。
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魔導とは、叡智の具現化である。
古来の人々により蓄積された知識が募り、杖を通して実体に影響を与える。
そういったものを魔導なのだという。
その説明を最初に聞いたときは心霊現象か何かと思ったものの、呪殺に見せかけた魔術による殺人があったのも事実だと聞かされたときはもう一人でトイレに行けないかと思った。
もしかして宇宙人やUMAとかもまさかそう言った陰謀があるのではないだろうか?
「世間一般での奇妙な現象は魔獣や魔術現象の可能性はありますが、定かではありません」
「なるほど、ロマンがある話ですね」
俺の好みの話ではないが、根室が聞けば一意見かましてくるところだ。
「理解していただけたでしょうか?」
「何となく、その類の話は現代世界でも意外に身近だったりしますし」
ゲームとかアニメとか、割と使われるファンタジー要素だ。
絶対的なフィクション、それは共通認識だが、それが存在するとなれば…
「もしかして俺、知っちゃいけないこと知りました?」
「いえ、むしろ知らなければいけません、貴方の周囲に蔓延る脅威を」
脅威、確かにさっき襲われたばかりだ。まるで不審者に襲われたようなもの。
「あれに対する処置って言うのは、どのような?魔法警察とかに電話とか?」
「あそこでは電波は遮断されています、魔術でさえ思い通りに使えない空間で、連絡手段は皆無に等しいでしょう」
「え、えっとじゃあ」
連絡手段は皆無、それを聞いて俺はあのカエル共の餌食になることが確定したかのように思えた。
「殺されるしかないって、ことですか?」
今回は運良く助けられただけで、いつもこの人がいるわけじゃない。
つまり、自分で対処するしかないってことか?
「あなたには、一緒に戦ってもらいます」
「戦う…?」
戦うという言葉にあまりピンとこなかった。そんなことはお構いなしに話は進んでいく。
少女がカバンから何かを取り出すとドサッと、テーブルの上に重量のある何かを置いた。
「これは?」
「魔術書です、読み込んでおいてください」
「ほほー」
関心は持つものの、よく考えるとこれを全て読み込めと言われているも同義。
こうも辞典並みに分厚い本を置かれるとやる気が失せる。
「動画サイトとかに上がっていたりしません?」
「魔術は広げるべきものではありません、そんなものは即削除されていますよ」
「じゃあなぜ俺に?」
「現問題の標的があなただから、実際にあの空間に立ち入ったので理解には苦しくないはずですが」
「…?」
そんなことを言われてもあれが俺を標的にされたってことには理解が追い付かない。
なんで、俺が?ただ一つの疑問が気掛かりだった。
ただ一つ分かることは、生前の父さんが何かをしていた。
「やっぱり、父さんは何かやらかしたんですか?」
無表情な彼女から即答されず、一間置いて返ってきた。
「…言葉を選んでいても、恐らく十全な理解は得られないと見ました」
唾を飲む。この前置き、嫌な予感がする。
「志木健一は、魔導界の規程する法に抵触しました、つまりは犯罪者です」
亡き親の負う罪、俺はしばらく声が出なかった。
「…」
「信じられないかもしれませんが、事実です」
「ちょっと待ってください」
反応に困る。魔導界の法とは言っても俺は魔導界というものを初めて知ったわけだし、表に出ていないモノが迷惑を被っているって言っても、実感がわかない。
「魔導界の犯罪者って言うと、俺たちの生きるこの、普通の世界でどれくらいの罪?」
「ほぼ、そのままです」
「ニュースとかに取り上げられるような?」
「はい」
俺は頭を抱えた。正直、その言葉さえも疑わしい。
今日であったばかりの女の子に「お前の親父は犯罪者!」とか言われても。
「父さんがそんなことするわけ…」
「事実です」
突拍子もない言葉に惑わされいつの間にか狼狽しまくりの俺に、冷水をぶっかけられるようにして彼女の言葉が飛んでくる。
否定し切れない。父さんがいつも俺に見せてくれていた表情は、態度は、他の人に対しても同じようだったとは限らないから。
「それで、俺は責められる立場にあると?」
少し心配だが実感がわかないので、取りあえず自分のことを考える。この後何をさせられるとかの詳細は聞いていこう。腹は括るけどまだ死ぬ気は無いから。
「いえ、あなたに責任を負わせるつもりはありません、これは私たちの親世代に配分される責任です」
「ああなんだ、じゃあ、何か他の問題が?」
「状況的な事実なのですが、あなたを殺そうとする敵がいます」
「それが、あのカエルみたいな化け物?」
「いいえ、それとは別にあの空間を作り出した元凶です」
父さんは、あの空間の制作に携わっていたという、ならその協力者が敵?
「志木健一は、魔術を限定させるあの空間に一工夫していました、あなたがあの空間を出入りできてしまったのもそれが原因です」
「一工夫、とは?」
「有体に言うDNA認証です」
意外にもハイテクノロジーなことを一言口にして、少女はカップを一啜りする。
「…なんて近代的な」
「勿論、科学で解明されている技術そのままではありません、魔導技術を導入されていなければ、ここまでの脅威にはなっていませんから」
ここまでの脅威、とは言われても、どの程度の脅威なのかは分からない。
ただ少なくとも、俺の命がピンチな規模なのは分かる。
「問題なのは、このままあの空間を野放しにして技術が発達してしまえば、魔術によるDNA認証のプロテクトを徐々に緩めていき、一般に浸透させてしまう可能性があります」
「浸透すると、どうなる?」
「一般の人々が空間の主の支配下に置かれます。支配者の生まれたディストピアの誕生です」
なるほど、映画やアニメで見たことがある統制下になるわけだ。あれだな、小便をするのにも許可がいる的な
「さながら魔王様志望ってところですか」
「魔王と言うよりは悪帝ですね、相手は私たちと変わらない人間です」
より具体的なビジョンを想起させ、危機感が高まった。…気がした。
「よし!じゃあその世界征服を企む悪者を成敗しろってことですね!覚悟、決まりました!」
両頬を叩いて気合を入れる。目的は分かりやすくて悪いことは無い。
「…言い出した私が言うのもなんですが、怖くないですか?」
「うん?怖いけど、でも怖がったところでどうってなるわけじゃないでしょう?」
命の危機に晒されて実感した。だからこそこれは俺がやらなければならない。
「こんな思いを他の誰かにさせたくない、それに、父さんのせいだって言うなら、なおのこと躊躇う理由は無いさ」
少女は俺の意思をしかと耳にして、そのまま無表情に書類と羽をカバンから取り出した。
「ではサインを」
「…うおぉ、本格的だ」
羽は羽ペンだった。こんなのは映画やゲームとかでしか見たことがない。
「これはれっきとした重要書類です、あなたの、コルセルニ教会への加入の手続きなのです、こうして魔術のかかったペンでないと認められませんから」
「コルセルニ教会?」
「私の属する魔導教団です」
「ふむ」
俺は腕を組んだ。勧誘には乗らない主義なので悩みどころ。
「怪しい宗教ではありませんよ」
自らを怪しい宗教だと言う方が安心できるまである。どちらにせよ乗りたくはないが。
…だが命には代えられない。
俺は羽ペンを手に取る。自分の名前を下線の上に連ねる。
「これでOK?」
「はい、大丈夫です」
少女は書類を受け取り、それを見つめた。
「それでは、これからよろしくお願いします、志木有史さん」
「うっす!よろしくお願いしまっす、…ええと」
そう言えば名前を聞き忘れていた。
「銀音と呼んでください」
「よろしくっす!銀音さん!」
弟子入りがごとく、謙って礼をした。
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あの日の鮮烈な光景は一生忘れないだろう。
8月31日、中学2年、夏休みの終わりの日。白熱電球が不気味にキッチンを照らす。
際立ったのは赤、赤い、血だ。両親の体から流れ出る血、凶器であろう刃物から滴る血、その色が血の範囲を超えて侵食する。
その死体すら、その凶器すら、その犯人すら、赤い色を植え付けた。
犯人はシルエットのはずなのに、暗い影に隠れて見えなかったはずなのに、赤い。
俺にとっての赤は、両親のその血の色だ。
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高校に入学してからは親戚の家である筒地さんの家に居候をしている。
夫婦共に穏やかな良い人たちだ。ただ、娘さんは俺のことを良く思っていないみたいだけど。
「ただいまー」
「おう、おかえり」
帰宅し、リビングへ出ると、筒地博康さんがテレビを見ていた。
ビールを片手に野球中継を見ている。
落ち着きのある大人、或いはどこにでもいる良い大人だと思う。
「ご飯できてるよー」
筒地衣里子さんがダイニングから呼びかける。
俺はその言葉に甘んじてテーブルへついた。
「今日は遅かったね」
「すみません、ちょっと人と話し込んじゃって」
「いいのよ、学生は楽しんでこそよ」
時計を見れば短針は8時近くを差していた。
いつもは六時あたりに帰ってきているはずが、意外にも話し込んでいたらしい。
「それに修一くんも帰ってこないし」
「あー、また泊まりっすかね」
「そうね、鍵は閉めておくわ」
修一は俺の兄でこの家に一緒に引き取られた、はずなのだが、大学生と言うことで色々好き勝手やっているのである。いいな、大学生。
「里奈ちゃんは?」
「部屋で勉強中、テスト近いから」
「テスト?」
「小テストですって、前回低い点とったから焦っているんじゃない?」
従妹の筒地里奈は中学2年生、学校が違うとこうした違いも多々あるのだが。
「教えられたらいいんだけどな」
「教えてくれたら助かるんだけどねぇ」
衣里子さんは微妙な反応をする。
それもそうだ、今年の元旦、俺は初日の出を見せようと里奈ちゃんを連れて自転車で近くの浜辺まで駆けたのだが、里奈ちゃんはお気に召さなかったらしく、以来不機嫌になってしまった。
「無理やりはダメよ?」
「それは分かってます」
前回の失敗から反省して学ぶいい子ちゃん体質なもので、しばらくは彼女とは話さないだろう。
「里奈のこと、嫌いにならないであげてね」
「そんなの、こっちから嫌いにならないで欲しいと頭を下げたいほどですよ、ハハッ」
そもそも初日の出の件は俺が発端だ。俺が責任を負わなければならない。
この家庭には感謝しても感謝しきれないしな。
家族を失って孤独だった俺に居場所を作ってくれたこの人たちは守るべきだ。
そうだ。父さんが何を企んでいたにせよ、関係ない。
俺はただ俺の尊い日常を守るために戦おう。
「御馳走様でした!」
俺は夕食を食べ終え、部屋で魔導書を読み込もうと決心した。
いずれ戦う、そのときに備えて。
人物ノート②
銀音
コルセルニ教会所属の魔導師、謎多き少女。
沈着冷静で言うべきことは厳しく、真摯に伝える真面目な性格。
魔術、魔法双方に優れ、得物である鎌の扱いもそれなりである。
好きなものは甘い物全般、苦手なものは苦い物、辛い物全般。
嫌いなものは兄の類。