怪物狩り
カウェアの結界が生成され、銀音は苦戦していた。
「どうしたんですデスサイズ?死神の名は伊達だったのかい?」
後ろ歩きで屋上から屋上へと飛び移り、銀音を正面に据えているローブの人間は余裕気ながらも隙が無い。
「ヴェスタ!」
「舐めてるのかな?」
銀音の風の砲撃は剣で軽くあしらわれる。ローブの人間からすれば無駄と分かっている攻撃を無暗に撃っているようにしか見えないようだ。
銀音は通常通り焦ることなく対処の過程として行動している。
まずは飛び道具への相手の対処を見ている、が。
「そんなことしていたら君のご主人様殺されちゃうよぉ?早く本気出したら?」
「…」
同様は顔に出ていない、しかし敵の言うとおりに事が運ぶことを銀音は良しとしなかった。
ローブの人間からすれば銀音が本気を出すことは利になることなのだろう。
それがどういう目的あってのことなのかは、銀音自身にも察しが付く。
(魔術の後出し、その隙を狙っているはずです)
どうしても大きな力を使えば反動で動きが鈍る。
ならば相手の出方を見るしかないのだが、みすみすと逃がすわけにもいかない。
こうして付かず離れずの距離を保っているが、銀音の第一の目的として有史の護衛がある。
痺れを切らして相手の誘いに乗ろうかと動く瞬間、ハッと隣のビルのガラスが視界に映った。
反射した姿はカウェアの青白い空間で見づらいことこの上ないが、銀音はしっかりとその姿を捉えた。
それは弓を携えメガネをかけた男、有史の友人にして向埜家の男・根室 僚の姿であった。
僚はハンドサイン、というかただ人差し指で進行方向を指し示しただけである。
攻めろ、と言う意味で銀音は受け取った。未だ向埜家に不信感は抱いているものの、状況に突破口が見当たらない現状では埒が明かない。
銀音もそう簡単に従う人間ではない、状況が動かなければ。
「ん?」
瞬間、ローブの人間の左右後ろから弓を構えて飛び上がる人影があった。
どちらも同じ人物、根室の姿だった。
「ほい」
二人の根室はローブの人間の軽やかな体捌きについていけず、矢を外す。
そして次の瞬間には二人とも斬られていた。宙を跳ねるような動きにまるで対応できていない。
だが、斬られた僚たちの身体からは血は出ない。その幻が歪んで消えていく。
「手ごたえ無し、あ」
空中で動く際に見えたビルの真横にはもう一人、根室が立っていた。矢をつがえ、ローブの人間へ狙いすましている。
「落ちるが良い!!『壬雷矢』!」
「バーカ、そんなの分かってんだよ!『アブロガティオ』!」
雷を纏った矢の勢いをローブの人間はそのまま受けた。
魔法を展開し、まるで先読みしていたかのように対処する。しかし、注意は銀音から逸れていた。
「うぐっ、あ、え?」
「『メメント・ヌラフーガ』」
僚の攻撃を受け止めるのに精一杯だったローブの男は、その際に隙を見せた。
四方八方から現れる黒い帯がローブの人間の手足へ巻き付き、網目を張るようにして拘束する。
ハッと銀音を再度視界内へ捉えたときには、大鎌が首元に近づけられていた。
「あがっ!あごふっ!」
その大鎌は何の魔術を纏うことなく振るわれ、ローブの人間の首を落とした。
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着地した銀音は無様に転がる首を掴み、その顔を確認する。
その際にスタっと何者かの着地音を耳にした。
警戒を緩めない銀音は咄嗟に大鎌の刃先を向けた。
「うぐっ、不要な助力だったか?」
「…なんの真似です?」
それが僚であることが分かると銀音は大鎌を下ろした。
僚は、口調の割には何かに怯えたような表情だ。
「向埜家がコルセルニを手助けする理由がありますか?」
「何度も言われていることを俺の口から言わせる気か」
「組織事情を抜きにした素敵な友情関係ですか」
「そもそもの話をすれば、会長と俺は向埜家の一員として貴様らに接したことはない」
「結果的にそうであっただけです、その内には何を抱えているのかは知る術はありません」
やはり堅い銀音のスタンス、僚は銀音との会話をしていくうちに思った。
(俺以上に会話を面倒臭くできるとは、恐れ入った)
何を張り合っているのか、心の中で白旗を揚げていた。
「それは結構だ、だからこそ会長と俺は貴様に宣言したいことがある」
「宣言?」
「貴様の大嫌いな向埜家、それを潰すとな」
銀音の変わらない表情が、少しだけ動きを見せた。
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青白い夜の世界が目の前に広がると、それがカウェアだと気づくのに5秒くらいかかった。
一秒一瞬と争う状況に俺は認識が遅い。
「戦況は振り出しだ、諦めろ、クソガキども」
「上から目線は貴様らの標準なのか?いけ好かん相手だ」
既に会長は戦っている。俺の拘束から抜けた敵が二本の斧を手に暴れているのだ。
金属音を立てて火花を散らしている目の前の戦いに介入していけるだろうか?
「『ウェーレ・エクスプロ―ジオ』」
「『錬刃』!」
双方の詠唱と同時に得物がぶつかり合うと、爆発が起こった。
見るからに斧使いの魔術だ、爆風の中から斧使いが先に飛び出る。
「ふぅん、生意気にも実力は十分か」
「賞賛の言葉とは殊勝だな」
爆風の中から会長の声と共にシルエットが浮かび上がる。
やがて見えた姿は無傷、爆発の痛手など微塵もないようだった。
「じゃ手心無く、存分に殺す!」
「私をか?やれるならな、受けて立とう」
得物が走り出すように剣戟が始まった。
斧から発する小爆発を会長は刀で受けても全く傷つかない。刀も折れたりしていない。
爆弾をいなすような軽やかな身のこなし、ただし、会長自身は防戦のみである。
攻撃を差し込める機会を窺っているようだったが、まるで隙が無い。
一触即発、斬られたら一撃で死ぬ可能性が高いのは普通だが、爆発するとなると更に死の可能性が高くなる。
やはり躊躇っているのか、だとすれば俺の一手が事態を変えることが出来る。
風向きを会長有利に変えたいが、俺の一手を…どこに撃てばいい?
射出型ナイフでその刃先を斧使いの方へ向けるが、定めた一瞬のそこへ会長の背が映る。
会長を盾にされた、斧使いが完全に場を支配している。
このままでは会長の集中力切れが心配だ。
「なるほど、志木!」
「あはい!」
「手を出すなよ、この悪は私が断罪する」
完全に殺す人の言葉だった。会長ならやりかねないが、相手が殺しに来ているのならこっちも腹をくくるしかないか。
「やれると思っているのかぁ!?」
「貴様が不死身でないのならな!」
変わらずの斧使いの猛攻、対しての変わらずの会長の防戦。
いや、更に体勢が後ろのめりになってきている。
それどころか回避の動きも鈍くなってきているような…
「『ディフォルマティオ・ロンジャン』」
二振りの斧の持ち手が伸びる、そして会長目掛けて振り下ろされた。
寸前で避けれたが小爆破で床が砕かれ、ひび割れる。
やがて崩れ、体勢はより不安定になるところに斧使いが得物を振り上げた。
「会長!」
逃げ場がない、会長が死ぬ、そう思った俺は手を出すところだった。
しかし、そう綺麗に事は進まない、いや会長が進ませなかった。
窮地からの脱出、砂ぼこりが上がる手前一瞬にして斧使いから距離をとることが出来た。
崩れる瞬間の足場を蹴ったのか?だとするととんでもない脚力だが、何故だか会長ならできるという信頼がある。
「黙って見ていろ志木、いくら力を持つものであろうと、一瞬の隙さえあれば仕留めることなど容易い」
会長が刀を鞘に納め、手にかけたまま抜刀の構え。
これは、居合か!?
「居合、その程度で敵うと思っているのか?かっこつけのためだけのお遊びだろ?」
物理的にはそうなんだろう、でも魔術的にはかっこつけ大事。
魔導師なら分かるはずだが、何故か不用意に会長へ接近する斧使い。
この油断はチャンスだ。会長の居合が決まれば勝ちだ!
そう思っていた。
「『纏装・庚光刃』」
「そのまま塵になれぇ!」
抜刀し、刀が斧使いを切り裂く、ことはなかった。
会長は抜刀と同時に刀だけを投げつけ、鞘だけを手に持ち、突撃してくる斧使いの横を素通りするだけだった。刀は斧に辻斬りされ、半分くらいでポッキリと折れる。
「刀なぞ安いものだ、このかうぇあという空間ではな」
「ぐ、があっ!」
斧使いが血を吹き出し倒れた。会長は刀を失っただけで無傷。
刀に代わる強烈な得物が会長の手にあった。
鞘、から吹き出る白い光。
「形に惑わされた貴様の負けだ」
「会長!!」
俺は喜々として会長へ駆け寄った。
「いやーやっぱすげぇっす会長、チョーリスペクトっす」
「俗な賛辞は頂けんな、それよりこの男から情報を聞き出す必要がある」
斧使いの方を見る。痛みで悶絶しているようだった。
「今のうちに銀音を呼んで来い」
「え、銀音さんを?」
「なんだ?何か問題か?」
「いやてっきり自分で縛り上げて聞くのかと」
「万が一反撃されたらどうする、私とて人だ、コルセルニの力が借りられるのなら借りるさ」
意外な反応だ、いやそうか、銀音さんがやたらと神経質になっているだけで会長は寛容なスタンスでずっといたんだ。
カリっとと斧使いの方から床を掻く音がすると会長は鞘から出る光の刃を構える。
「なんだ?追撃はないのか」
スッと、眠りから覚めるように起き上がった斧使いは、まるで何もなかったかのような様子だった。
立ち上がり、破れた服はそのままでも血はどこにもついていない。
「ほう、まだ戦えるらしいな」
会長が喜々とした表情で言う。なんて顔しているんだ。
そして俺は肝心なことに気が付いた。
「会長まずいことになりました」
「なんだ?手短に言え」
「銀音さんの連絡先を知りません」
あれだけ接してはいるものの、俺は彼女の電話番号すら知らない。
向こうからいきなり現れては接してくるから今も監視しているんじゃないかという気もするが…
「意外と奥手なのだな」
「やり手扱いしないでください、チャラ男じゃねえんですよ」
御陵の俺に対するレッテル貼りが広まり過ぎて、会長までそんな認識なのだろうか。
しかし、俺が襲われても助けに来てくれないのはやはり何かあったからか。
「ヘウプミー!!銀音さ…」
俺は必死な叫び声をあげるも途中で爆音にかき消された。
斧使いが爆発したのだ。火柱が上がり、火山の噴火を間近で味わったかのような熱気。
火山は言い過ぎた、サウナで温度が上がり過ぎたぐらいか。つまりは熱い。
「アツゥイ!!」
「喚くな、生きるか死ぬかの瀬戸際だ」
会長が冷静に火柱を見据える。俺もそれに倣って見てみる。
火柱が風に巻かれて薄まっていくと、そこに巨大なシルエットが浮かび上がる。
人では考えれないような、巨体だ。
牛頭の巨人、ミノタウロスと形容すべきか。
巨大な二つの斧と共に神話に出てくるような怪物がそこに顕現したのだった。
「これは、相手にとって不足無し、と言うところか」
「会長、俺は退いて銀音さんと合流するのが賢明だと思うんですが」
「私がこの怪物を抑えよう、お前は助けを呼んで来い」
どんだけ戦いたがりなんだよこの人。
「了解です、ヤバかったらマジで退いてくださいね!」
「誰にものを言っているか」
俺は会長を背に走り出した。直後にファンタジックな爆発音が聞こえる。
あのミノタウロスが逃げる俺を襲ってきていたのか?それを会長が止めたって図式なら理解できるが…
だが次の瞬間には炎を纏った大斧が俺の顔の真横を通過した。
火傷しそうな熱が頬に伝わる。この攻撃が来るのは、会長が抑えれていない!?
ふと俺は背後を見る。
片手に大斧を持った牛頭、その足元に燃え焦げている何かがあった。
「え」
信じたくない光景だったが、その焦げた残骸から手前にある鞘は紛れもなく会長の物だった
人物ノート⑭
三橋 浩司
有史のクラスメイト。特別仲がいいというわけではない。
大規模なイベントで呼ばれる程度でせいぜい友達の友達ぐらいの仲。
だが道を踏み外せば有史は放っておけないだろう。
魔導師としてはなり立てで大した実力はない。




