戦いの目的
「部外者がコルセルニの施設を使うなど言語道断です、あなたには即刻退去してもらいましょう」
厳しい口調でウィストさんが言う。でも言っていることはまともなことだ。
なんでこんな悪役感が滲み出てるんだろう。体制派に対する革命側が主人公の映画を見過ぎたか。
「いいだろう、では私が勝ったらどうする?」
「考えておいてください」
表情を変えず即返されると流石の会長も戸惑った。
「…それはどういう意図があっての」
「あなたが万が一に勝てる可能性はありません、適当に夢でも見ていてください」
挑発、ではなくただ事実を淡々と述べているようだ。
陽太郎に圧勝した会長に負けるビジョンは見えない。だが、ウィストさんの実力は未知だ。
それ以前に、大人と子供、その格差は見過ごせないものだろう。
早速決闘の準備に入る。
ガツン、と大盾が訓練所の石床に突き立った。ウィストさんが背負っていたものだ。
ウィストさんの首辺りまである巨大な盾、何物も通さない意思を具現化したかのよう。
対して会長は刀、小さくないのだろうが大盾を見た後だとサイズ感がバグる。
「あ、じゃあマスター呼んできま…」
「私が見るので必要ありません」
銀音さんが勝敗を見るのか。
「会長が不利じゃない?」
「私は私怨を挟まない主義です」
私怨はあるんだ…
でも俺もしっかりと見ないとな。
銀音さんを信用しないわけじゃないけど銀音さんのヘイトがどれだけ溜まっているかはわからない。素人ジャッジで恐縮ですがっと。
「では両者構えてください」
ギラっと刀が室内の光を反射する。
今に飛び出しそうな勢いの会長に不動を維持するウィストさん。
「では、スタート!」
マスターほど唐突感のない合図で会長が動いた。
正面からでは防御側の思うツボ、だからこそ回り込むのが妥当な判断だ。
だが、会長のその速さは目では追いつけない。魔術を何かしら使っているのはなんとなくわかるが、単純な魔術頼りの動きとは違う。
ウィストさんの背後をとった、はずだが。
「効きませんよ」
刀の一撃は余裕気に大盾で防がれた。あれだけ大きなものを180度、一瞬にして会長の一撃を遮っていた。弾かれた攻撃の反作用で後ろへ飛び下がる。
「ほう、重装かと思ったが、意外に動けるものだな」
「あなたがノロすぎるだけです、想定内のことしかできないのですか?」
「む」
ウィストさんの口調は他人の神経を逆撫でする様な言い方だ。
会長は少し憤ったようで足を速める。
やがて、会長の姿が増えた。ウィストさんを囲い、袋叩きにする。
多角からの斬撃、それが幻覚ではなく一つ一つが質量を持っていると思うと恐ろしい。
実際、その想像は当たっていた。大盾の衝突音が明らかに甲高く、ウィストさんもその衝撃を受けているようだったからだ。
その音の間隔も一律、ウィストさんの動きは速いとは思えないが的確に攻撃を防げている。
会長の機敏な動きはやはり魔術による幻覚だ。だが…
「ふ!」
「ッ!?」
ウィストさんが会長から大きく後退した。危機を感じたように見える。
「どうやらウィスト氏、あなたは魔術に対する防御は堅固なようだが無魔術への対応は一歩遅れているようだ」
会長の言葉で合点がいった。なるほど、魔術と自身の体術を織り交ぜて魔法に対抗しているんだ。
魔術は物体に対しては効果が高い、だが魔法で抵抗されるとその効果は薄まる。
だが魔法は物体に対しての効果は全くない。
魔術、魔法、物体と、効果の差は大きいが実質的な三竦みの形式が出来上がる。
その中で魔術と物体の両方を使えば強固な物体の盾だろうが魔法だろうが、攻撃は少なからず通る。
ウィストさんは表情を崩さない。細目の無関心な表情を浮かべるだけだ。
「やれやれ、呆れた物です、向埜家の血族ともあろう者が、それだけで得意げにされては…」
パチン、と指を鳴らすウィストさん。
「困りますね」
「!?」
瞬間、会長の腕が下がった。だらんと、やる気をなくしたかのように。
それとは裏腹に苦悶の表情を浮かべる。
「ぐぅ…これは」
「それではもう戦えないでしょう、今すぐ這いつくばり、謝罪の意を示せばあなたの降参を認めましょう」
え、降参するのにわざわざ謝らないといけないの?性格わりぃ。
実際、これは何が起こっているのか俺の目ではわからない。
「銀音さん、どうなってるんです?」
「大盾は防御することで魔術の真価を発揮する杖です、彼女はオウデン先生の大盾を何度も斬りつけた、即ちオウデン先生の術中にあるということです」
「術中?」
「大盾から放たれる魔術が彼女の腕に影響したようです、彼女の刀を通して」
見るからに会長はしてやられた、と意表を突かれているようだ。
刀も持っているだけで精一杯のようだ。手に力が入っていないのだろうか?
「…痺れ?ているような」
「正解です、よくわかりましたね」
おお、症状を当てただけで褒められた。なんかいい気分。
「魔術なんですか?でも詠唱とかないですけど」
「あなたにはやはり聞こえませんか」
「あ、やっぱり魔術で隠されているんですね」
そりゃあそうだ、相手にアッパーするぞと言って殴る奴はいない。
行動の前に一々宣言していたら対策されてしまう。でも発声することは必須なのは基礎で学んでいる。
となると会長も発声しながらあの動きをしているのか。フィジカル訓練がいかに大切が分かる。
「…いや、いいハンデだな」
会長は痺れた手で刀を持ち直し、片手で構えた。
「からかっているのですか?」
「いや、少し本気の片鱗を出そうと思ってな」
空いた手には鞘、腰に携えていたそれを抜き取り、刀と同じく長物の武器のように構えた。
二刀流、痺れた腕で構えるには少々不格好だが…
「貴方の力に通用するか、試させてもらうぞ!」
先ほどと同じような俊敏な動き、いや、それ以上に捉えきれない。
「私を欺くには弱すぎる魔術です、『ディテージェレ』」
大盾が光を発すると、会長の姿が明瞭になる。
「え」
「終わりですね、『ケラウノス』」
会長が刀を大盾に当てた瞬間、雷が落ちた。室内なのに雷が。
雷撃が会長へ落ち、光が覆った。焦げ臭い匂いが広がる。
こんなものが人に当たればたまったモノではない。会長の身体は消し飛んだのだろう。
片方だけは。
「!?『アポシンデオ』!」
「くっ!」
俺の視界には二人の会長がいた。一人は雷を落とされ消えたが、もう一人は背後に回って斬りつける直前まで行った。
その一瞬に気づいたウィストさんが大盾を振り回し、会長の一撃を退けた。
パコン、と軽い音が響いた。
その音の後、ウィストさんから距離を置く会長。
会長の手には、何も握られてはいなかった。
「ふ、手詰まりだな」
会長は平手で両腕を上げだ。
「降参しよう、私の負けだ」
あっさりと宣言した。
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会長は認めると荷物を持ってさっさと出て行った。
潔い引き際だが、どうも引っかかる。
会長ほどの人間がただでやられるとは思えない。何か策を練っているようでならない。
「どうしましたか?オウデン先生」
「…いえ、何でもありません」
銀音さんがウィストさんに違和感を感じたようだが、会長の背中を見守っていて何かあったのだろうか?
「厄介払いは済みました、これからあなたたちに話があります」
改まって俺たちに向き直る。俺も未だに分からないことばかりだ。
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月には神が居て、神が魔導の力を地球にもたらしたと言う話がある。
この世に魔術が生まれたとき、争いと言う争いが勃発した。魔術とは知性の暴力と呼ばれるほどに絶大な破壊の側面が強く、魔術師が魔術師を憎み合い、殺し合い、強者だけが生き残る野生のごとき振る舞いが跋扈していた。
波濤の時代、混迷の時代、数々名はあるが、魔導の世界に基礎ができる前の時代があったのだ。
やがて魔法が生まれ、知性の暴走を理性で抑えつけるようになると管理する組織が設立された。
魔導結社、それが数々の魔導師を束ね、争いの中でも秩序を形成し、やがて二つに分かれた。
コルセルニ教会とルミネイト教会、魔導師の集まりである二つは、その主義を真っ向から違えた。
コルセルニ教会は魔術の秘匿、魔導の力は人の手には余るものだと考えた。
だがそれをルミネイト教会は魔導の独占と非難した。
ルミネイト教会は魔術の普及、技術や文化の発展を目指し啓蒙活動を行う。
それをコルセルニ教会は魔法で阻止した。
この二組織間の争いは激化し、数々の隠された戦争を経て、やがて膠着状態へ落ち着いた。
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その膠着状態が今の状況らしい。ウィストさんがつらつら語っているが歴史の授業を聞いているみたいであくびが出る。なんで放課後にこんな話を聞かなきゃならんのだ。
「そして今、膠着状態が解かれようとしています、マイモン・コルセルニが残した理外の魔術によって」
「ふーん、ってコルセルニ?」
名前からしてコルセルニ教会の関係者だが、なんでそんな戦犯みたいな輩がいるんだ?
「コルセルニって主義からして非戦派っぽいですけど…」
「マイモンは現教会長であるトラッシュ・コルセルニ神父の父親に当たります」
猫の使い魔を通してでしか会話をしたことがないが…あの人の父親か。
「あれは他の教会がコルセルニの主義を曲解したそれをやろうとしていたのです」
「曲解、っていうと」
「魔導の独占ですね」
それが出来てしまう理外の魔術とは一体…
「我々が使う魔術魔法、まとめて魔導というものが月の神によって恩恵を受け、使用が可能となっています、が、理外の魔術はそれを一切無視して独自の体系を形成しています」
ウィストさんは俺を指す。
「あなたも、使用したことがあるはずです」
あの結界内での俺の異常な魔術の威力、あれが理外の魔術?
「これまでも同様にマイモンの遺した理外の魔術がありました、〈魔眼〉〈精霊術〉、魔眼は既に対処に当たりましたが精霊術は未だ解決の目途が立っていません、そんな中にまたほかの理外の魔術が発生した、由々しき事態です」
他の事件もあるのか、平和主義者も大変だな。
「その上、私たちには干渉できない特殊な結界まで出現、あなたたちに頼らざるを得ない状況にあります」
ウィストさんは俺と銀音さんを一瞥する。ウィストさんたち大人にとってはそれは歯がゆいことなのかもしれない。…もしくは生意気なガキに命運を託すのを苛立っているかも。
「ですが、こちらの件に関しては既にいくつかの情報を得ています」
「情報?」
「北川菊也から得た情報、ですか」
銀音さんが言う。そういえばあいつはコルセルニ教会の本部へドナドナされていったのか。改心すればいいね。
「正確には確保した理外の魔術の関係者からの情報です、揃いも揃って柱のことを口走っていました」
「柱?」
「理外の魔術の結界、教会はこれを〈カウェア〉と呼称しました、このカウェアで奴らの準備が終わると
柱が形成されるようです。12本の柱が形成されれば世界は理外の魔術に支配され、エイモンの意思を受け継いだ首謀者の望むままになります、そんなことはあってはなりません」
ウィストさんは俺の両肩に両手を乗せ、託すように言った。
「柱の形成を阻止するのがあなたたちの目標です。重荷を背負わせるわけではありませんが、それが世界の命運を決める一手になります、 緊張せず全力で対処するようお願いします」
「は、はい!」
「緊張せず、と言ったはずですが?」
「ええぇ…」
そんな無茶振りを言われる。無理だろ緊張するなとか。
銀音さんが横に並ぶ。
「あなたは一人ではありません、私や陽太郎がいます、いざやられたとしてもコルセルニからまた増援を送ってきます」
やられた時、考えもしたくない。だから、強くならなきゃいけないのか。
銀音さんも、陽太郎も、根室も会長も、やられないように、強くなって支援する。
俺が真ん中に立つ必要はないんだ、後ろからでいい、器用に立ち回れれば、きっと守れる。
「気持ちは落ち着いたようですね」
「はい!」
「では私からの話はここだけの話で、くれぐれも内密にお願いします」
「はい!」
俺は確固たる精神でウィストさんに返事した。
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「ってなことがありまして」
翌日、放課後の生徒会室にて昨日のことを会長へ報告した。
そもそも協力者に内密にして何の得になるのか分からない。殺されかかってるんだ、今更隠し事をしている場合か。
「なるほどな、柱が危険の予兆か」
「だが、学校では柱が形成される前に我々は危機に瀕した。先に邪魔者を排除しなければいけないのだろう」
「分からんぞ、北川のやり方が堅実だっただけで、我々を無視して柱を形成できたのかもしれない」
…なんか二人の会話が堅苦しいな、重役の会話か?なんか会長の座る席の後ろの窓から光差し込んでるし、後光がすごい。
「してガーデナーよ、なぜ我々に話そうと思った?」
「え?助からない?情報は多いに越したことないでしょ」
「貴様が志木健一の息子でなければ、信じてやれたかもしれんな」
二人して何故か俺に不信を抱く、なんで?
「父さんの名が何で出てくるんだ?」
「志木健一、我々向埜家にとっては要注意人物だ、不利益を被ったこともある」
う、と自然に口から苦悶の声が出る。マジか、二人ともそんなことで疑ってかかってきているのか。
…だけどまあ、最悪信用されなくてもいいか。銀音さんと陽太郎とで頑張ろう。
「いや信じてもらえなければそれでいいですけどね?どうせ俺の虚言ですよとほほ」
「というのが向埜家にとっての見解だ、お前の言うことは信じてやろう」
「へ?」
急な掌返しに唖然とした。
「今の私たちは所属組織の事情は入らない、共に学校を守る同志だ」
「少し試しただけだ、許せガーデナー」
なんかホッとした、というかこの二人も性悪なことするな。
俺は机に突っ伏してだらけた。
「なんだよもー信用してくれるなら早く言えよー」
「お前も警戒心が無さすぎだ、銀音を見習えとは言わんがもう少し用心しろ」
それはそうかもしれんけど、待てよ?これが見方の違い?距離感ミスってる?
己を省みていると会長が立ち上がり、俺の襟首を掴んだ。
「ホワッツ!?なんすか急に!?」
「せっかくだ、見回りに協力してもらおう、なに、危険だったら助けてやるさ」
「案ずるなガーデナー、ちょっとした野暮用だ」
「野暮用と言ってくれるな、我々魔導師として大切なことだ」
行く先も明かされないまま会長と根室に付き合わされる。
一体俺は、どうなっちゃうんだ~?
人物ノート⑰
マイモン・コルセルニ
コルセルニ教会2代目神父。コルセルニの教会の掲げる魔導の秘匿を独占という目的で進めていた野心家。
非難した同じコルセルニの人間が粛清し、亡くなった。
だが彼の遺す理外の魔術が他の者へと渡り、その遺志は消えずにいた。




