共犯者になった日
土砂降りの雨だった。雨雲が日の光を遮り、地上の景色は不透明だ。
特に草木の生い茂る森林に至っては視界は零にも等しいだろう。
そんな場所で私たち三人は穴を掘っていた。
背後には寝袋、丸々と覆って留め具を端まで閉じている。
これを、今掘っている穴に埋めることが私たちの目的だ。
「がんばれ…もう少しだ」
兄さんが私たちに言う。もうすぐ、もうすぐだ。
雨の止まない内に、これを成し遂げなければ。
成し遂げれば、私たちは許される。何もかも、父からも母からも、家の人間全てから。そして神からも。
私は一息つくと手を空へ伸ばし、わずかな雲の切れ目を覆った。
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10月も終わる頃、体育祭が終わった。
秋の風物詩ではあるものの、秋なんてなんにでも合うんだから運動なんてものは特別感がない。
というかそんなこと言うんなら保健体育の授業なんて作ってんじゃねえ、と憤りに満ちる所存である。
秋にだけ運動すればいいじゃない。
「あーだりぃ」
一人花壇の前で呟く。大切な花たちにこんな言葉を投げかけるのもどうかと思うが、ウクレレも弾けないし、他に吐き出す場所がないし、どうしたものかと。
取りあえず水をやる。花たちは笑っているように見えるが、その裏には虚ろな表情が滲み出ているようだ。まるで俺の鏡写しのよう・・・。
「やはりお前たちには分かってしまうんだな、ハァ…」
「誰に話しかけてんだ?」
「うお!?」
横から陽太郎が話しかけてきた。接近するまで気が付かなかったとは俺の勘も鈍ったものだなと、歴戦の戦士のようなこと考えてたらすごい違和感に気づく。大剣だ、陽太郎が大剣を肩に担いでいる。
今は普通の現実世界の日本、こんなでかいものがあったら周りが黙ってないだろう。
「何その大剣」
「あん?杖だよ、知ってるだろ?」
「そりゃ知ってるけど…なんで今持ってんだ」
「いつも持ってるだろうがよ」
「え?」
「ん?」
…そうだっけ?そんなわけないよな、だったらもっと早く気が付いているはず。
「ああ、もしかして魔法の練度が高まってきたのか」
「魔法の練度?」
「魔法ってのは魔術を打ち破る力だ、だからその練度が上がれば魔術の欺瞞を看破できる」
その言葉から察するに常に魔術を掛けているかのようだ。
「つまり、真実を見通す力だ」
「…おお!かっこいい」
「感動するなよ、魔導界じゃ赤子が自分の足で立つ段階でしかねえ」
パチン、と指を鳴らす陽太郎。
すると校舎の影から金髪のオールバックな厳つい男が現れた。
「つーことで、まずはお前に試練を与えよう」
「おいおい、不良先輩をあてがうのは勘弁してくれ」
俺がそう言うと金髪の不良先輩が「あ?」とこめかみに青筋を立てた。
「そう、こいつはやることやってるやべ―奴だ、サッカー部のキャプテンを務め部活への情熱を有して県ベスト4に進出した恐ろしい奴だ」
「それだけ聞くと普通にキャプテンの鑑なんだけど」
それ聞いて少し照れ臭そうにしているのもなんか、危ない人間には見えない。
「だがこいつの裏の顔は雷の魔導師だ、閃光の玉使いだ」
「勝手に二つ名つけてんじゃねえよ、しかも絶妙にダサいやつ」
金髪先輩が文句を言う。
よくよく見れば金髪なだけで他は別に荒っぽい所作があるわけでもない。
別に不良ってことはなさそうだ。俺は金髪の先輩に頭を下げる。
「すみませんでした先輩、勝手に勘違いして」
「お、おう、分かったんならいいけどよ」
「で、試練てなんだよ陽太郎」
向き直って陽太郎へ聞く。
「先月の事件で礼がしたいとのことでな、お前の訓練に役立てるようにした」
「へーそりゃあ喜んで、って」
サッカー、玉使いと言う言葉にすごい地獄を感じる。過酷で厳しい用途しか思い浮かばない。
案の定、先輩はグルグルとサッカーボールを指先で回している。それバスケットボールでやるやつだろ、ハンドだハンド。
「つーことで、体育祭で疲れているところ悪いが、いや、疲れているからこそいい訓練になると思うぜ」
バチバチとサッカーボールが光始めたところで今日の過酷は決定したようなものだった。
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西日が強くなってきたころ、やっと俺は休憩することができた。
まさか電撃のサッカーボールを受け止めろとか言われる日がこようとは思わんだろ。
「いっつぅ…」
電撃を喰らっても魔法で治してもらえるとはいえ、痛かった記憶は消えない。
別にケガをしているわけでもないのにすごい裂傷を負った気分だ。
トイレに行こうとピロティの辺りを通る。
すると、目を引いた光景があった。
夕日が差す中、黒い子猫と戯れる黒髪の少女。
思わず指で枠組みを作ってしまった。
そんなことしていると少女はこちらに気づいた。
大月だった、なんかショック。
「…何してる?」
「将来は画家になるって決めたんだ」
「会話不成立、お前はダヴィンチよりモナリザになった方がいい」
「おいおい辛辣だな、俺は君の美しさを口に出しただけだぜ」
「ナンパ男に用はない、サヨナラ」
「あ、おい…」
するりと俺の隣を通り抜ける。俺も別に呼び止める理由はない。
だけど何やってたんだろう、体育祭が終わったらすぐ帰れるのに。
「ニャー」
俺の足元に黒猫がすり寄ってきた。
「おーよしよし」
珍しいこともあるものだ。
何だこの個体、デレ期か?いやむしろ俺のモテ期か?
遂に俺から滲み出るフェロモンに獣は抗えなくなったか、最近よく猫を見かけるがそういうことか。
猫らしからぬ懐き具合に夢中になって肉球をいじりたくなって触れてみると…
「それはやめた方がいいな」
「…」
唐突にしゃべり始めた。人語をしゃべる猫がいる。
俺は衝撃を受けなかった。あ、いや、遅れて衝撃が来たァ!
「なんだぁこの珍動物は?やっぱり魔導生物?」
「この猫はいたって普通の生物だ」
瞳をキラキラと輝かせて言う猫、よく見るとその瞳には魔法陣が浮かび上がっている。
「私はトラッシュ・コルセルニ、この猫を通じて君に話しかけている」
「これは…使い魔ってやつですか」
「そんなところだ、この伝達手段のおかげで一般人には絶対聞かれないようになっている」
「…もしかして何度か話しかけてたり?」
「ああ、どうやら聞こえなかったようだがな」
なんか先月から猫の姿を見るようになっていた気がしたが、そういうことか。
「どうやら魔法の練度が上がってきたようだな、私としても喜ばしい」
「初対面なのにそんな父親みたいな…って」
ん?コルセルニって言ったか?コルセルニ教会?
「君たちの長だからな、戦力をつけることは歓迎すべきことだ」
「あ…もしや、コルセルニ教会のコルセルニ?」
「ああ、神父を務めている」
ダラダラと汗が出てきた。あれか、社長が部下の様子を見に来るあれか。
脳裏に浮かぶ命令違反の経験、クビになることもある、のだろうか?
「銀音の手を焼いているようだね」
「も、ももも申し訳ございません!」
「いやいい、キミたちは可能性なのだから」
意外と寛大、か?いやこういうのは言葉の裏を読み取らなければいけない。
そうやって浮かれて道を外れることもあれば許容できないこともあるはず。
「逆に言えば、今のうちに好き勝手すればいいさ、キミの父親のようにならない程度に」
と思っていたら明言してくれた。だが、少し心に深く刺さる言葉だ。
道を踏み外すな、と言いたいのだろう。俺にとってはこの上なくわかりやすい。
「…父さんは、やっぱり敵に加担していたんですか?」
「真偽は未だ定かではない、だが風潮として健一は悪であるとされるだろう、少なくとも我々魔導師たちの組織間ではそうなっている」
そういう広い目で見ればそうなのだろう、だけどこの神父さんは知っているはずだ。
俺に残された結界への対抗手段と、父さんの死の理由を。
「神父さんは、どう思っているんですか?」
「他人の言葉を気にするのはまだ早い、私が答えて君が確信したとしてもそれは君の本意ではない」
きっぱりと言い放たれる。
「まずは決めることだな、そして決めた道から逸れないことだ、もし逸れたのなら、君の負けだな」
「…そうですね!分かりました!!」
俺は頬を叩いて気を取り直す。
既に決めたはずだ、父さんを信じるって。
「それで、君はこんな遅くまで何をしているんだ?」
「陽太郎と訓練を、ってもうこんな時間!?」
スマホで時間を確認すると既に18時、日も落ちて空の青が濃くなっていた。
タッタとスポーティな足音が耳に届く。
「いくら何でも休み過ぎだぜ、有史?」
夜を照らす車のヘッドライトがごとく目をぎらつかせて、陽太郎が現れた。
「い、いや流石にもう暗くなってきたしそろそろおいとま…」
「させるわけないだろぉん?」
俺は首根っこを掴まれる。陽太郎がぎらついた笑みを見せると、血の気が引いていくのを感じた。
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絶望の表情で遠のく有史を黒猫は黙して見守った。
退屈そうに毛づくろいやあくび、猫特有の所作を行っていると、後ろに人の気配。
「志木有史の訓練は順調です、何も案ずることはありませんよ、コルセルニ神父」
「私にはそうは見えんな、陽太郎が訓練を担当しているのならいずれ無理が来るはずだ、お前もそれは
分かっているだろう?銀音」
暗闇に溶け込むには白すぎる少女、銀音は無表情だがどこか不服そうだ。
黒猫が彼女の顔を見ず淡々と言う。
「明後日、本部からウィストを派遣する、文句はあるまい?」
「…オウデン先生なら安心です、了解しました」
「それまで陽太郎と、有史君の面倒を任せる、ではな」
黒猫はサッとその場から去った。その姿を銀音が無表情で見送る。
また一つ、面倒事が増えた。
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翌日、特に異変もなく平穏な日々は続いた。
だが俺の精神には不穏が住み着いていた!!
「腹筋100回!腕立て100回!スクワット200回!その後走り込みィ!!」
「無理無理無理無理!!」
「無理って言うのは実際やりすらしねえ噓つきの言葉なんだよ!ほらやれぇ!!」
実際に無理、ではなかった。走り込みまですべてこなし、何とかやり遂げたが…
その後はアスファルトに寝転んで根を張っていた。
普段は汚い地面に寝転がるなんてあり得ないけど、こうも疲れると躊躇が無くなる。
青い空の下、日の光が気持ちいい。体力の回復に専念しているとほかのことが何にも頭に入らない。
「快晴だな」
頭の上から声がした。顎先の角度を地面に対して90度上げてみると、いいものが見れた。
スカートの裏地だ。多分女子高生が履いているスカートの裏地を見る機会なんて無いかと思ったけどあるんだね意外と。あ、スパッツなんかで興奮する煩悩は持ち合わせていません。
「会長…恥ずかしくないですか?」
「何を見ているか、空を見よ空を」
黒髪の麗人、向埜蒐会長は座り込んで空を指す。
「我々が守った空だ、感慨に浸るのもよい」
「そんな大袈裟な、せいぜい一高校を守った程度でしょ」
奴らの脅威は世界レベルで警戒すべきなんだろうけど。
スパッツなんて見てても面白くないので空へ視線を戻した
「仮にそうだとしても、我々の目を通して見た空は有る、素晴らしいとは思わないか?」
「今回の部活テーマはポエムですか?」
聞いてて恥ずかしい言葉をサラッと言うなあ、この人。
と、少し考えて後悔の念が募ってくる。血の気が引くのを感じた。
「堂々とサボってよくそんなセリフが吐けるものだ」
「あば、ばばばば…」
そういえば体育祭後にもちゃんと部活動はあるのだった。
半ば強制的に文芸部に入れられた身としては義務のようなものでそれを失念していたとすればそれはもう授業をサボったのと同じようなもので…
大したことじゃないな…いや、大したことだ、不良ならそれで済ませるが俺はれっきとした優等生。
今会長に謝れば許される!謝罪のお辞儀の角度は90度以上で誠意を持って!
「申し訳…」
「有史!30分後に部活さぼって訓練所行くぞー!」
バッド、ソー・バッドタイミング。
なんでそんな的確に地雷を踏めるようなことを言えるのか。
「あ、会長さんじゃん、生徒会は休日も活動してんのか、忙しいな」
「私だけじゃないぞ?部活動に専念する多くの者達は皆多忙だ、無論、文芸部もな」
「ん?そうだっけ?」
陽太郎は本気で忘れているようだ、まあこいつの目的は文芸部での活動じゃないしな。関心が薄いのも仕方ない。
世界の平和を守るためなら些細なことだ。
「と、言うわけで、俺達先に帰るんでっ」
そのまま俺はダッシュで校門を目指す。
「待て阿呆」
襟首を掴まれた。スタートダッシュを決めたはずなのになぜ届いたし、マジックハンドでも使ったのかな?
「お前たちが何を企んでいるのかは知らないが、返すべき恩があるとは思わないか?」
返すべき恩、会長に?なんかあったっけ?
俺には微塵も覚えはないけど陽太郎にはあったようで、らしくもなく頭を下げた。
「きょ、協力してもらいどうもありがとうございます」
「ああ、ついでに言うなら志木、根室から渡されたあの符は我々向埜家の秘術だ」
「なぬっ!?」
起死回生の一手は向埜家の術、会長のだったのか。
「そりゃあ、どもです」
「というわけで恩を返してもらおう」
恩着せがましい、とは言えないか。実際あれがなければ多分負けていた。
銀音さんだって、あんな状況で戦えなかっただろう。
「何をすればいいんですかね?」
「俺達にできることはただ一つ、この肉体美を披露することだ…」
「そうか、脱ぐしかないかぁ」
「勝手に決めるな馬鹿者共」
自分の体操服に手をかけたところで頭をチョップされる。冗談に決まってるだろ?
「で?何をご所望で?」
「お前たちの言う訓練所…」
陽太郎が口を塞ぐ。失言だったか。
「そこへ私を案内しろ」
何を言いだすかと思えば、会長自らが部活動を放って来たのだった。
人物ノート⑮
坂本 康太
玲瓏高校2年生、サッカー部のキャプテン。
裏の顔は魔導師であるが特に大きな思惑に巻き込まれているわけでもない一般魔導師。
魔導師のみの知る超次元サッカーなる競技にも出場しているが、それはまた別の話だろう。




