大人の定義
白鳥の重量オーバーをなんとか耐えさせ、うまく地上に出て校舎から脱出できた。
グラウンドの地面スレスレを飛行している。
中心にはなんか大勢集まっている、教室にいたハロウィンの仮装みたいな人たちだ。
「あ、おーい!」
やたら元気のいい声が聞こえた。あれは、御陵か?
なんかちょっとテンション上がってきた。
「とうっ!」
調子に乗って飛行中に降りた、そして案の定、痛い目に遭う。
「うおっと、ちょ、ぎゃっ!!」
最終的にはこけて地面におでこを擦り付けることになった。
土の味が口の中に広がる。
「ぺっ!ぺっ!」
「おいおい、大丈夫かよMVP」
俺の襟首をつかむ大男、見ればそいつは陽太郎の顔をしていた。
と言うか陽太郎だった。
「陽太郎!」
「ちょいちょい言いたいことはあるが、まあ及第点だ、よくやった」
「そう思ってるならもうちょい労わってくれてもいいんだけど」
襟首をつままれ地面へ引きずられて歩いていく。
中心に着くと離された。
「ぎゃっ!」
「おいてめーら!今日の功労者様だ!労われ!」
陽太郎が何か呼びかけてる。俺への賞賛、いや実はこれ俺に怒ってないか?
「一番の戦犯はテメーだトカゲ野郎!」
「手を出すなとか余裕ぶりやがって負けてんじゃねー!」
「あーん?日本から出たことの無いか弱いお前らを守ってやってんだ感謝しろよ!」
陽太郎と他の魔導師との文句の言い合いが始まった。
地面に伏す俺の扱いが功労者の相応とは思えない。
「ほら、つかまって」
「あ、ああ、ありがとう」
俺に手を差し伸べたのは御陵だった。色々あり過ぎて感覚がマヒしてるけど、こいつがここにいることも衝撃的なはずだ。
「ありがとね、学校守ってくれて」
「おう、…これでいいのか?」
「何が?」
「割と大事なはずだと思うんだけど、こんなあっさり…」
「正当な報酬が欲しいの?」
「いやいやそういうわけじゃなくて、単純に実感が湧かなくて…」
ドゴォン!と校舎の方から轟音が聞こえた。
校舎が崩れていく。いつも見ているものが壊れていく光景と言うのは、日常が非日常に変わっていくような感覚だった。
「校舎、なくなっちゃったね」
「終電なくなったみたいな言い方するね」
しかしどう補修するんだ?やっぱ魔法なり魔術なりで元に戻すんだろうか。
結界が崩れて太陽の日が差す。
太陽に照らされた部分から修復されていく校舎。
そういえば前の破壊もなんか修復されてたな、てっきり業者の仕事が早いのかと思ったけど、こういう裏があったのか。
「有史さん」
「ん?」
圧巻の光景に気を取られている中、呼ばれて振り向くと頭にデコピンされた。
「いてっ」
「勝手なことをしたことへの罰です、本国での命令違反はこんなものでは済まされませんよ」
銀音さんの無表情の背後には静かに燃える青い炎は見える。
オレンジより青い炎のほうが熱いらしいね。
「すんませんでした…」
とりあえず素直に謝る、そして補足する。
「でもでも、実際は逃げないほうが良かったわけじゃないですか、こうしてみんなが無事で、えっと…」
「…」
「どう、でしょう?」
「反省の色が全く見られません」
結果オーライの結末と俺にに呆れた様子だ。
銀音さんはそこに「けれど」と言葉を付け足す。
「あなたのおかげで助かった人がいるのも事実、無下にはできません」
「銀音さん…」
「私が90%正しい判断を下していても、10%は間違いで、今回はそれだった、だけです」
銀音さんの手が俺の頭に伸びる。そして、撫でられた。
「今回は感謝の言葉を送りましょう、ありがとうございます」
直接的に感謝された、すごい形式的で無機質な言い方だった。
けど、銀音さんの口元は少しほころんでいた、気がした。
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その後、業者みたいな人たちが北川を連行していった。
あのあとどういう処罰が下されるのかは、知らない。
そこはあちらのルールに任せよう。俺の知るところじゃない。
世間はあの北川が学校を去っただけで何も変わらなかった。
そりゃそうだ、全ては結界内で起こったことで、魔導師ですら一部のものしか認識できていない。
上島さんのことも、まだ行方不明ということになっている。
そして土日を挟んで月曜日の放課後。
「おっす!て、お前しかいねえのか」
ひとり寂しく部室でまどろんでいると陽太郎が入ってきた。
変わらずのテンションだ、平穏安寧に思い入れがないのか、単純に慣れているのか。
「なんだ?体調不良か?」
「同学年の生徒が実質的に亡くなったのにそんな気分になれねえよ」
「なんだぁ、好きだったのか?」
「違うけど、そういうのに慣れてないだけだ」
普段通りの気分でいるのにも罪悪感がある。
非日常に身を投じたその日からざわついて仕方がない、思ったより自分のメンタルの弱さにビビる。
実際、紙一重の戦いだったしな。
俺があの符術を発動していなかったらどうなっていただろうか?
「ひとつ注意事項があるぜ有史、前の戦闘の後、死体の回収を損なった」
「死体の回収?」
「いつもできる限りはしてるんだが、消失したり木っ端微塵になったりとできなかった事例は多い」
そんな怖いことしてるのか、でも大事そうだな、人死には変わりないし。
「だが音っちの言うには撤退時に拡張領域最深部二つ手前の層には死体を二体確認した、らしい」
「2つ、か」
妙な数字だけの詠唱を使う二人、そして…
「あれ?なんかデスブリンガーとかいうやついなかったっけ?銀音さんは倒してなかったのか?」
あの戦闘で戦って勝ったのなら、銀音さんなら殺しているはず。
「勝った、らしいが殺し損ねたらしいな、何やってんだか」
「そうか、多分、俺が勝手に降りていったから急いでいたんだと思う」
なんか足引っ張ってばっかだな、俺。
「…今回のことでお前に落ち度はねえよ、勝手に気落ちすんな」
「慰めてくれてる、のか?」
「ちげえよ、お前にはもっとやってもらうことがある、大量にな」
「うへぇ」
「せっかくだし祝勝会でも開くか、一事件の終わりを祝うんだ、音っちも反対しないだろう」
「…そうだな!」
気落ちしていても仕方がないしな、テンション上げてくか。
パラッと、何かが俺の足元に落ちた。
紙だ、拾い上げる。
『あなたの大人の定義はどのようなものですか?』
前にも見た文だ。答えを定めているのなら相当高慢だなとは思うものの、今見ると答えを求めて質問しているように見える。
俺もこの問いには未だ答えれない。提出期限明日までなのに
「大人、ねぇ」
「どした?」
「大人の定義ってなんだろうか?」
ぴらぴらと紙を翻しながら陽太郎に聞く。すると不機嫌な表情で言った
「おーとーなーだぁ?」
「なんだよ、思うところがあるのか?」
「あるんなら俺が教えて欲しいね、大人を名乗るガキみてえな奴にしかあったことねえからよ」
ふんぞり返る陽太郎、一体何があったっていうんだ…
「でもまあ、未来の理想の自分を想像するのが一番じゃねえの?大人とかクソ曖昧な定義なんだからよ」
すごい助言らしい助言を聞いた。未来の理想、つまりは…
「あー」
「なんだよ?なりたいものがないってか?」
「そういうわけじゃないんだけどよ」
俺は筆を走らせた。理想の自分、何かをできるようになった自分。
未来と言えど何十年先か、できることは変わっていくだろう。
なら一歩一歩を踏みしめて成長し、その経験を糧にしよう。
そうして作られる俺の歴史こそが大人への道、なのだろう。
つまりなんだろう、下手な理想を抱いて横着したり道を踏み外すと大人への道へは近づいているようで遠くなる。きっとその道を見失う。
北川はそういう人間だった。だから大人じゃない。
じゃあ俺は…現実的な一歩を書こう。
『18禁サイトでの年齢確認に「はい」と答えられるようになる』
これが答えだ。すっきりした。
陽太郎はグッとサムズアップをする。
日差しが俺の手元を差し、それが正解であると歓迎しているような気がした。
人物ノート⑭
志木 健一
志木有史の父親。
コルセルニ教会からは大規模犯罪計画の容疑者として見られていたが、何者かに殺されてしまう。
殺された理由は謎だが、関係者、即ち現在進行形で計画に加担している犯罪者たちを追うことで暴くことが出来るだろう。
真実は息子の信じた善意か、或いは悪意か。




